『魔法使いの嫁 × ロード・エルメロイⅡ世の事件簿 ――魔法使いと魔術師、その隣人たち――』   作:丹波りん

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第43話 戦場を駆ける者たち

アイザックはフラットを連れて、結界の縁をなぞるように移動していた。

結界を背にしていれば、少なくとも背後からの奇襲は防げる。

だが、それは同時に、異形に囲まれた状態では逃げ場が

徐々になくなっていくことを意味していた。

何匹目になるのかも分からない合成獣を叩き切り、

息を荒げながらもアイザックは斧を振り抜く。

拉げた肉体から血飛沫が飛び散り、頬にかかる。

だが、そんなことを気にする余裕は既に失われていた。

「この野郎!!」

飛び掛かってきた飛蝗にも似た合成獣を切り飛ばした、その瞬間だった。

斧の刃が大きく軋み、次いで乾いた音が響いた。

武器が、その耐久の限界を迎えたのだ。

「あぁ!? ……クソっ!! このナマクラめ!!」

砕けた柄を投げ捨て、アイザックは懐へ手を入れる。

取り出したのは、鍵の形をした魔道具だった。

それを空中で捻るように回す。

すると、鍵の形状が崩れ、瞬く間に一振りの大斧へと姿を変えた。

アイザック・ファウラーは、代々続く鍛冶師の家系に生まれた。

彼らが作り上げる武器には神秘が宿り、異形と戦う数多くの者たちを支えてきた。

そして、この鍵は代々制作されてきた武器を保管する倉庫へと直結している。

つまり今の大斧も、そこから呼び出した一振りということになる。

「勝手に使って親父にドヤされたら、てめぇらのせいだからな!!」

怒りを叩きつけるように、アイザックは大斧を振り回した。

迫っていた合成獣の胴体が真っ二つになり、

さらにその背後へいた一体まで巻き込んで吹き飛ばされる。

だが、敵の数は減っているはずなのに、周囲から押し寄せる圧力は一向に弱まらない。

フラットも合成獣を抑えようと魔術を展開する。

しかし、これほどの数に囲まれていては集中が途切れる。

術式を組み上げようとした瞬間、別の個体が横から飛び込んできた。

「うわぁ!? いまの危なかったぁ!!」

咄嗟にしゃがみ込み、頭上を爪が掠めていく。

立ち上がったフラットの額には冷たい汗が浮かんでいた。

このままでは、いずれ押し切られる。

 

***

 

そんな二人の様子を横目に見た双子は、目の前のキメラと渡り合いながら状況を判断していた。

「向こうがピンチっぽい!」

「ここは大丈夫だから、グレイちゃんは向こうへ援護に向かって!」

二人は言葉を交わす間にも、襲い掛かるキメラの攻撃を躱していく。

獅子の爪を紙一重で避け、蛇の尾を切り払い、

山羊の頭部から放たれる魔術を身を捻ってかわす。

一撃一撃は決して軽くない。

それでも双子は互いの動きを理解しているかのように位置を入れ替えながら、

確実にキメラへ傷を刻んでいた。

「はい! 拙が援護に向かいます!」

グレイが素早く駆け出す。

その背後を狙うように合成獣の一体が飛び掛かった。

だが、その瞬間、ジャスミンの刃が閃く。

合成獣はグレイへ届くことなく切り捨てられた。

「少し状況が悪いね」

ヴァイオレットが息を整えながら呟く。

そして、隣のジャスミンへ視線を向けた。

「ジャスミン――《使う》よ」

「了解! さっさとケリをつけよう」

二人は同時に襲い掛かる敵を躱し、距離を取る。

そして、呼吸を合わせるように詠唱を紡いだ。

 

「「【ひとり荒野を歩む力を

    猛り荒ぶ嵐のごとき 獣を鎮める力を

  ―主よ、その力を我らに授け かの者を除け給う】」」

 

瞬間。

双子の姿が掻き消えた。

「……洗礼詠唱か」

離れた場所から戦況を見ていたⅡ世が呟く。

魔術ではない。

聖堂教会が扱う、信仰を用いた簡易儀式に近いもの。

セント=ジョージ。

聖ゲオルギウスの名を冠する一族が、その身に受け継いできた力。

肉眼では捉えることすら困難な速度で、二人は戦場を駆け抜けていく。

一閃、また一閃。

双子が通過した場所には、

まるで鎌鼬に遭ったかのように切り刻まれた合成獣の肉片が舞い散った。

「……速い」

ライネスも思わず目を細める。

その速度は、ただ速いというだけではない。

互いの位置を完全に把握し、敵の動きまで先読みしたような連携。

そして――。

キメラが獲物を見失った。

その場に残された獣が、低い唸り声を上げる。

無防備な瞬間。

そんな隙を、双子が見逃すはずもなかった。

次の瞬間には、獅子の両目と蛇の尾が切り捨てられていた。

「グオォォォォォ!!」

傷つけられた獅子が咆哮を上げる。

「「殺った!!」」

再び姿を現した双子は、残る獅子と山羊の頭部へ狙いを定める。

だが――。

 

「メ゙ェェェェ!!」

 

歪な叫び声が響いた。

山羊の頭部が大きく口を開く。

次の瞬間、傷ついたキメラの肉体から肉腫が盛り上がった。

千切られたはずの肉が蠢き、見る間に傷口を塞いでいく。

失われた蛇の尾すら、肉の塊から再び形を取り戻していった。

さらに、死んだはずの獅子の両目にも光が宿る。

「なっ!?」

ヴァイオレットが驚愕して距離を離す。

ジャスミンも復活した蛇の尾を睨みつけ、苦虫を噛み潰したような顔を浮かべた。

「あいつ……魔術まで使うのかよ!? あの山羊頭!!」

攻め込むことができない。

山羊頭を狙おうにも、獅子も蛇も隙を与えない。

一度崩したはずの戦況が、完全に振り出しへ戻っていた。

「勉強不足だ、バカたれ」

戦場を眺めていたファビオが、呆れたように吐き捨てる。

キメラの厄介なところは、ただ狂暴でタフなだけではない。

それぞれの頭部が独立して思考する。

そして、山羊頭に至っては多彩な魔術まで扱う。

ならば、あの無防備になった瞬間に狙うべきだったのは――。

「まず山羊頭からだ」

ファビオはそう言って、小さく溜息を吐いた。

「知識があれば避けられた事態だ。帰ったら親父さんに拳骨を貰え」

「……そこまで言うかよ」

ジャスミンの声が遠くから聞こえる。

ライネスは戦況を見据えたまま口を開いた。

「だが、やはり生徒が相手取るには厳しいのでは?」

「この程度は対処できなくては、大家の名が廃る」

ファビオの返答には迷いがなかった。

「……相変わらず無茶を言うね」

ライネスが呆れたように呟く。

その横でⅡ世は、戦場から目を離さなかった。

「だが、このままでは……」

言葉の先は続かなかった。

別の場所でも、戦況が大きく動いていたからだ。

 

***

 

智世は、迫り来る合成獣の懐へ素早く潜り込んだ。

左腕で首を掴む。

そのまま身体を捻り、地面へ叩き付けた。

轟音が響き、土煙が舞い上がる。

それでも、智世は止まらなかった。

感覚が研ぎ澄まされていく。

思考より先に身体が動く。

まるで、自分が自分ではないかのように。

その瞳は、普段の新緑を思わせる色から、夜を想わせる深い色へと変わっていた。

胸の奥で荒ぶる鼓動が跳ねる。

一つ、また一つ。

鼓動が大きくなるたび、身体の奥から何かがせり上がってくる。

 

『――子らよ 呪うべき怒りに 焼かれるはらからよ――』

 

頭の中に直接響く、ナニモノかの聲。

智世には、その声の主が誰なのか分からない。

ただ、その言葉だけが妙にはっきりと聞こえた。

頭上から鋭い爪が迫る。

智世は振り返ることすらしなかった。

伸びてきた異形の脚を掴み――。

捩じ切る。

肉が裂け、血飛沫が降り注いだ。

「……っ」

必死に呼吸を整えようとする。

だが、吐き出した息すら熱を帯びていた。

熱い。

身体の奥が、焼けるように熱い。

視界に映るものすべてが、どこか遠く感じられる。

敵の姿が、人の形をしているのか。

獣なのか、それとも――。

……はたして今の私に、人と羊の区別がつくのだろうか。

そう思った瞬間、智世は自分の左腕へ視線を落とした。

そこに施されていた隠蔽魔術は、既に解けていた。

本来の姿。黒く変色した、異形の呪腕が露わになっている。

智世はそれを見つめた。

そして、自分自身を確かめるように、ゆっくりと指を動かした。

 

***

 

「うわっ!」

アイザックの身体が大きく揺らいだ。

疲労で足が止まった、その一瞬だった。

複数の合成獣が一斉に飛び掛かる。

「アイザックさん!?」

フラットが叫ぶ。

だが、助けに向かおうにも周囲を敵に取り囲まれている。

魔術を使うための隙すら与えてもらえない。

アイザックが地面へ押し倒され、鋭い牙が迫る。

「くっ……!!」

万事休すか。そう思われた、そのときだった。

血錆を思わせる、鈍い詠唱が響いた。

 

「【硝子の鏡、荒野の魚影

   霧より出でて、蜘蛛を射ろ

 先に在りて 過去を夢見る 地獄の狩人よ

   過日の獲物を 現世に映せ】」

 

直後。

鋭い斬撃が戦場を横切った。

アイザックへ襲い掛かっていた合成獣だけではない。

周囲を取り囲んでいた個体までもが、一斉に切り裂かれる。

遅れて肉片が地面へ落ちた。

「……すまない、遅くなった」

リアンが歩み寄ってくる。

「……無事か?」

「……遅いよ」

アイザックは息を荒げながらも立ち上がった。

「もう少しで怪物の腹に収まるとこだった」

苦笑を浮かべながらも、その目には安堵が滲んでいる。

リアンは二人の無事を確認すると、遠くで戦っている双子へ目を向けた。

「……押されているようだ」

その視線の先では、未だキメラが健在だった。

「援護に向かうぞ。……フラット、動けるか?」

「はい! すぐに助けに向かいましょう!」

「なら急ぐぞ」

そのとき、アイザックがリアンを呼び止めた。

「リアン。これを使え」

手にしていた鍵を差し出す。

「俺よりは、お前が適任だ」

リアンは一瞬だけ鍵を見る。

そして受け取った。

「助かる。土塊の武器では、どうもな……」

鍵が光を放つ。

形状が変化し、一振りの長剣へと姿を変えた。

その刃は淡い魔力の光を纏っている。

「うわぁ……」

フラットの目が輝く。

だが、すぐに頭を振った。

今は武器に見惚れている場合ではない。

「行きましょう!」

三人は急ぎ、双子の元へ駆け出した。

 

***

 

「もう、あの鬼畜絶対に許さない!!」

ジャスミンが悪態を吐きながら、蛇頭の攻撃を受け流す。

「周りの雑魚は粗方片付いたけど……」

ヴァイオレットが周囲を見渡す。

確かに、先ほどまで群がっていた合成獣の数は大きく減っていた。

だが、目の前のキメラは未だ健在だ。

獅子の牙が唸り、蛇の尾がこちらを睨む。

そして、山羊頭は絶えず術式を展開していた。

どれだけ傷を負わせても、山羊頭が魔術を行使すれば、瞬く間に傷が塞がっていく。

山羊頭を潰そうとすれば、獅子と蛇が隙を与えない。

一種の膠着状態だった。

そこへ、背後から声が掛かる。

「状況は?」

リアンだった。

「遅いよ」

ジャスミンが振り返る。

「……見ての通り、山羊頭のせいでジリ貧って訳」

「アイツさえ倒せればねぇ」

ヴァイオレットも続ける。

「厄介な魔術さえ無くなれば……」

その言葉に反応したのは、フラットだった。

「相手の魔術さえ、どうにかできればいいんですよね?」

リアンが振り返る。

「……できるのか?」

「はい!」

フラットはキメラを見据えた。

「ただ、少し時間がかかります」

その表情から、先ほどまでの焦りが消えていた。

「その間、護ってくれさえすれば」

リアンは一瞬だけフラットを見る。

そして、すぐに周囲へ視線を巡らせた。

「……聞いたな、お前たち」

長剣を構える。

「フラットを援護するぞ」

「「「了解!」」」

ジャスミンが口元を吊り上げる。

「任せたよ、フラット」

ウインクを残し、キメラへ向かって駆け出した。

ヴァイオレットも反対側へ回り込む。

リアンは正面から迫る獅子を迎え撃つ。

アイザックはフラットに近づく合成獣へと向き直る。

四人がそれぞれ別方向から敵を引き受けることで、

フラットの周囲にわずかな空間が生まれた。

フラットはその場に立ち、深く息を吸う。

一度、目を閉じる。

周囲では激しい戦闘が続いている。

刃がぶつかる音、獣の咆哮、魔術が弾ける音。

それらすべてを、意識の外へ追いやる。

大丈夫。皆が護ってくれている。

僕は、僕の仕事を果たせ。

ゆっくりと目を開く。

その視線は、キメラの中でもただ一つ。

魔術を操る山羊頭へと向けられていた。

 

                  「【干渉開始(プレイゲーム)】」

 

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