『魔法使いの嫁 × ロード・エルメロイⅡ世の事件簿 ――魔法使いと魔術師、その隣人たち――』   作:丹波りん

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第6話 魔法機構の技師

 「では、アンジェリカという人物について、もう少し聞かせてもらいたい」

 Ⅱ世はそう言って、改めて智世へ視線を向けた。

 先ほどまで話していた魔法と魔術の違い。その話を掘り下げれば掘り下げるほど、

 智世の周囲にあるものが、単純な異文化ではなく、

 独自の理屈によって組み上げられているらしいことが分かってきた。

 だからこそ、次に確認すべきなのは、それを支えている人物である。

 「アンジェリカさんは、魔法機構の技師をしています」

 「魔法機構の技師」

 Ⅱ世はその言葉を繰り返した。

 意味は分かる。

 少なくとも、単語の組み合わせそのものが理解不能というわけではない。

 魔力によって動作する機械や装置。それを製作、調整する技術者。

 時計塔にも、似た領域を扱う魔術師はいる。

 魔術礼装を製作する者。

 魔術回路を組み込んだ装置を研究する者。

 魔力を蓄積し、必要に応じて放出する機構を扱う者。

 そうした技術そのものは、決して未知ではない。

 だが、智世が口にした「技師」という言葉には、どうにも引っ掛かるものがあった。

 「具体的には、何を作る?」

 「魔力を使って動く機械です。それから、

  魔法や魔術に使う宝石を加工したり、ナイフみたいな道具を作ったりもしています」

 Ⅱ世は黙った。

 魔力を動力にする機械。

 宝石加工。

 刃物。

 それぞれを分けて考えれば、どれも時計塔の中に対応する技術はある。

 問題は、その三つが同じ人物の仕事として並んでいることだった。

 「宝石の加工は、魔術用のものということかね?」

 「はい」

 「ならば、宝石そのものに魔力を蓄えさせる、あるいは術式の媒体として利用する?」

 「そこまでは、私には分かりません。

  ただ、使うものによって形を変えたり、加工の仕方を変えたりしているみたいです」

 「ふむ」

 Ⅱ世は頷いた。

 ここまでは、まだ驚くほどのことではない。

 時計塔にも宝石を扱う魔術師はいる。宝石の性質を利用する術式もある。

 むしろ問題なのは、アンジェリカが宝石を「研究対象」としてだけではなく、

 「用途に応じて加工する素材」として扱っているらしいことだった。

 研究と製作。

 その二つは似ているようで、実際にはかなり違う。

 魔術師はしばしば、自らの研究成果を自分のために使う。

 術式を組み、理論を確立し、その結果として得られたものを礼装へ落とし込む。

 そこには、術者個人の魔術系統が強く反映される。

 だが、技師という言葉が意味するのが智世の言う通りなら、アンジェリカは少し違う。

 素材を見て、用途を決める。

 用途に合わせて加工する。

 必要なら機構そのものを組み替える。

 つまり、個人の魔術を道具にするのではなく、

 道具そのものを成立させるために魔術を利用している可能性がある。

 「魔力を使って動く機械、というのは?」

 「電気の代わりに魔力を使うんです」

 「電気の代わりに?」

 Ⅱ世はわずかに目を細めた。

 智世は頷く。

 「はい。アンジェリカさんは電気で動く機械のことも知っているので、

  それを参考にしているそうです」

 そこで、Ⅱ世は一度考えを止めた。

 電気で動く機械を知識として理解し、それを魔力によって置き換える。

 それは、単純に「魔術で機械を動かす」という話とは少し違う。

 機械を成立させるためのエネルギーとして魔力を使う。

 それならば、魔術は機械そのものではなく、

 その動力を生み出すための技術として組み込まれている可能性がある。

 ――魔術を機械へ組み込んでいる。

 最初に浮かんだその考えを、Ⅱ世はすぐに修正した。

 正確には、機械の構造へ魔術を従属させているのかもしれない。

 いや、それもまだ早い。

 現時点では、アンジェリカがどこまで機械工学そのものを理解しているのかすら分からない。

 分からないものを、既存の分類へ押し込むべきではない。

 「アンジェリカは、機械そのものの仕組みも理解しているのか?」

 「はい」

 智世は頷いた。

 「電気で動く機械についても、いろいろ知っているそうです」

 「なるほど」

 Ⅱ世は静かに息を吐いた。

 少なくとも、魔術師が機械を道具として利用しているだけではなさそうだ。

 電気で動く機械を知り、その仕組みを参考にしながら、動力だけを魔力へ置き換える。

 もし智世の理解が正しいなら、そこにあるのは魔術の応用というより、

 異なる原理を組み合わせて一つの技術へまとめる発想だ。

 それならば話は変わる。

 魔術によって機械を動かすのではない。

 機械を動かすためのエネルギーとして魔力を使う。

 この二つは似ているようで、設計思想がまるで違う。

 前者なら、機械は魔術の容器に過ぎない。

 後者なら、魔力は電気や蒸気と同じく、機構を動かすための動力として扱われる。

 Ⅱ世は、昨日見た鞄の中身を思い返した。

 海鋼岩のナイフ。

 蛍石のルーペ。

 幻想種から得られた素材。

 それらは単なる珍品の寄せ集めではなかった。

 素材には素材の性質がある。

 その性質を見極め、用途に合わせて加工し、実際に使える形へ落とし込む。

 もしアンジェリカの仕事がそういうものなら――。

 「……一人の魔術師が、自分の魔術を補助するために礼装を作っている、という話ではないな」

 智世が顔を上げる。

 「違うんですか?」

 「いや。君の話を聞く限りでは、むしろ逆だ」

 Ⅱ世は少し考えてから続けた。

 「アンジェリカという人物は、魔術を使うための道具を作るのではなく、

  魔術や魔法を扱うための環境そのものを技術として組み上げているように見える」

 智世はしばらく考えたあと、ゆっくり頷いた。

 「そうかもしれません」

 「ふむ」

 その答えは、Ⅱ世にとって興味深いものだった。

 時計塔において、礼装は多くの場合、魔術師個人の延長として存在する。

 術式を補助する。

 魔力を蓄える。

 特定の現象を起こす。

 あるいは、魔術師自身には扱えない機能を肩代わりする。

 それらは基本的に「魔術師がいて、そのために礼装がある」という構造だ。

 ところがアンジェリカの話は違う。

 魔力を動力として機械を成立させる。

 宝石を用途に合わせて加工する。

 幻想種の素材を扱う。

 それらを組み合わせて、実際に使える道具を作る。

 もしこれが一つの工房で一貫して行われているなら、

 そこにあるのは礼装製作というより、魔術技術そのものの生産工程だ。

 ――工房。

 その言葉が、Ⅱ世の頭の中に浮かんだ。

 時計塔の魔術師にとって、工房は単なる作業場ではない。

 研究の場であり、術式を維持するための環境であり、

 ときには魔術師そのものの研究成果を体現する場所でもある。

 だからこそ、優れた工房を持つ魔術師は、それだけで一定の力を持つ。

 アンジェリカという人物が、もしそうした工房を運営しているのなら――。

 「その仕事は、アンジェリカ一人でやっているのか?」

 「いいえ」

 智世は首を振った。

 「ヒューゴと一緒に作っています」

 「ヒューゴ?」

 また新しい名前が出た。

 「アンジェリカさんの使い魔です」

 Ⅱ世は一瞬、言葉を止めた。

 使い魔。

 またしても、その言葉だ。

 智世の傍らにいるルツ。

 そしてアンジェリカの工房にいるヒューゴ。

 同じ「使い魔」という言葉で括られている。

 しかし、Ⅱ世はすでに一度、その言葉の内側に妙な違和感を覚えていた。

 「ヒューゴは何をしている?」

 「素材を探したり、加工したりしています。

  それから、アンジェリカさんと相談しながら道具を作ります」

 「相談?」

 Ⅱ世はその一点だけを繰り返した。

 智世が頷く。

 「はい。ヒューゴも意見を言うんです」

 「意見を?」

 「この素材ならこっちのほうがいい、とか。この形なら使いやすい、とか」

 Ⅱ世は黙った。

 高い知性を持つ使い魔。

 それ自体は珍しくない。

 契約者の言葉を理解し、状況を判断し、独自に行動する存在もいる。

 では、問題は何か。

 Ⅱ世は頭の中で、知っている使い魔をいくつか思い浮かべた。

 使い魔は術者の手足として機能する。

 観測する。

 伝達する。

 戦闘を補助する。

 場合によっては、術者の代わりに一定の判断を行う。

 だが、それらは基本的に「術者の目的を達成するための存在」だ。

 もちろん、例外はある。

 しかし――。

 「つまり、ヒューゴはアンジェリカの命令を受けて働くというより、

  製作そのものに参加しているわけか」

 「はい」

 「自分の判断で?」

 「そうだと思います」

 「……なるほど」

 Ⅱ世は眼鏡を押し上げた。

 ここでもまた、同じ構造が現れた。

 智世とルツ。

 アンジェリカとヒューゴ。

 どちらも「主人と使い魔」という言葉だけなら時計塔の分類に収まる。

 だが、その実態は従属関係だけではない。

 「君とルツも、似たような関係なのかね?」

 智世はルツを見る。

 「そうですね。ルツは私が間違っていたら教えてくれますし、危ない時は止めてくれます」

 『必要ならな』

 ルツが静かに答えた。

 Ⅱ世はその返事を聞き、昨日のことを思い返した。

 グレイが礼装を構えた瞬間、ルツは迷わず智世の前へ出た。

 だが、智世が止めると、それ以上は動かなかった。

 命令されたから従った――それだけではない。

 自分で危険を判断し、自分の意思で行動し、そのうえで主人の判断を受け入れた。

 それは、従属というより協力に近い。

 「面白いね」

 ライネスが口を挟んだ。

 「兄上がまた難しい顔をしている」

 「考えているだけだ」

 「それを難しい顔と言うんじゃないかい?」

 Ⅱ世は無視した。

 「君たちの使い魔という言葉は、我々が使う場合よりも、関係性を重視しているように見える」

 「関係性……」

 「主人が使い魔を使役する。それだけではない。互いに判断し、役割を分担している」

 智世は少し考えたあと、頷いた。

 「はい。ルツは家族みたいなものですから」

 その言葉に、Ⅱ世は一瞬だけ黙った。

 家族。

 軽い言葉ではない。

 魔術師と使い魔の契約が、家族と呼べるほどの関係へ変化すること自体は否定しない。

 だが、智世だけではない。

 アンジェリカとヒューゴもまた、技術の共同作業者として存在しているという。

 偶然にしては重なりすぎている。

 「……では、ヒューゴはどんな存在なんだ?」

 「水の精霊みたいな存在です」

 「精霊?」

 「ヴォジャノーイというものだと聞いています」

 Ⅱ世はわずかに眉を寄せた。

 その名称そのものには覚えがある。

 伝承上の存在として知られるものと、

 実際に目の前で活動している存在が同一であるとは限らない。

 だが、重要なのは名称ではない。

 「ヒューゴは、水に関係する性質を持っている?」

 「はい」

 「それが製作にも関係するのか?」

 「たぶん。素材を扱う時にも、アンジェリカさんがヒューゴに相談しているので」

 「……なるほど」

 そこで、また一つ繋がった。

 幻想種。

 素材。

 技術者。

 使い魔。

 工房。

 どれも時計塔に存在する。

 だが、時計塔ではそれぞれが別の専門領域として扱われることが多い。

 幻想種を研究する者。

 礼装を作る者。

 宝石を扱う者。

 使い魔を研究する者。

 それぞれの知識が、必ずしも一つの流れにはならない。

 ところが、アンジェリカの仕事はそれらを一つの工程へ組み込んでいる。

 素材を得る。

 性質を把握する。

 加工する。

 機構へ組み込む。

 必要なら宝石を使う。

 最後に、それを魔法や魔術のための道具として完成させる。

 「……なるほど」

 Ⅱ世は低く呟いた。

 「君が昨日持っていた道具を見た時にも感じたが、あれは単なる礼装の集合ではないな」

 智世が顔を上げる。

 「そうなんですか?」

 「ああ」

 Ⅱ世は机の上へ目を向けた。

 「時計塔でいう礼装は、基本的に魔術師の術式や魔術回路を補助するためのものだ。

  もちろん例外はいくらでもあるし、一概には言えない。

  だが、君の道具には少し違う傾向がある」

 「違う?」

 「素材を扱うための道具があり、観察するための道具があり、加工するための道具がある」

 Ⅱ世は指先で机を軽く叩いた。

 「つまり、一つの魔術を発動するためだけではなく、

  魔法を扱うための一連の作業そのものを支えている」

 智世は静かに頷いた。

 「はい。アンジェリカさんは、そういうものを作っています」

 「……やはりな」

 Ⅱ世は確信を深めた。

 この人物は、単に優れた礼装職人なのではない。

 少なくとも智世の話を信じるなら、もっと広い意味での「魔法技術者」だ。

 そして、その技術を成立させるためには、素材についての知識だけでは足りない。

 幻想種の素材を扱うなら、入手方法を知らなければならない。

 採取した素材を保存する方法も必要になる。

 素材の状態による性質の変化も把握しなければならない。

 さらに、それを加工しても神秘としての性質を損なわないための技術がいる。

 そのうえで、実際の用途へ組み込む。

 これは一つの術式を覚えるのとは訳が違う。

 「アンジェリカは、素材のことにも詳しいのか?」

 「はい」

 「自分で探しに行くことも?」

 「ヒューゴと一緒に探しに行くこともあるそうです」

 「……そうか」

 Ⅱ世は腕を組んだ。

 その時点で、彼の中ではアンジェリカという人物の輪郭がかなり変わっていた。

 宝石を扱う技師。

 機械を作る技師。

 幻想種の素材を扱う技師。

 礼装を作る技師。

 普通なら、どこか一つに専門を絞る。

 少なくとも時計塔では、その方が研究者としての立場を築きやすい。

 だが、アンジェリカは違う。

 素材から機構までを一続きのものとして扱っている。

 「……もしこれを時計塔でやっている人間がいるなら、かなり目立つはずだ」

 ライネスが首を傾げる。

 「宝石加工や礼装製作だけなら、そこまで珍しくはないだろう?

  時計塔には、それぞれの分野を専門にしている魔術師がいる

  幻想種の素材を扱う者だっているはずだ」

 「ああ。だからこそだ」

 Ⅱ世は答えた。

 「一つ一つなら珍しくない。だが、複数の領域を横断して、

  それを一人の技術として成立させているとなると話が違う」

 「なるほど」

 ライネスは少し考える。

 「つまり、専門分野が違えば、それぞれ別の学科や派閥と関わることになる。

  その分だけ、名前が残る可能性も高くなるわけか」

 「そういうことだ」

 Ⅱ世は頷いた。

 「これほど複数の領域をまたいで技術を扱う人間がいれば、

  どこかの学科か派閥と接点を持つ。工房を持っていれば、

  そこから情報も出る。希少な幻想種の素材を継続的に扱っているなら、なおさらだ」

 「それなのに、兄上は知らない」

 「ああ」

 Ⅱ世は頷いた。

 その事実こそが、今のところ最も気に掛かっている。

 もちろん、Ⅱ世が知らないからといって、その人物が存在しないわけではない。

 時計塔の外には、独立した魔術師もいる。

 古い家系が独自の研究を続けている場合もある。

 閉鎖的な工房ならば、外部へ情報を出さないこともある。

 だから、「知られていない」という事実だけで異常と断定することはできない。

 しかし――。

 「それでも、少し妙だな」

 「妙?」

 グレイが尋ねる。

 「これだけの仕事をしているなら、技術そのものがどこかへ流れているはずだ」

 Ⅱ世は静かに続けた。

 「弟子がいるのか。顧客がいるのか。素材の取引先があるのか。

  工房を維持するための資金はどうしているのか。

  誰かから技術を学んだのか。それとも、独自に築き上げたのか」

 智世は少し困ったように首を傾げる。

 「そこまでは、私もよく知らないです」

 「そうか」

 それは当然だろう。

 智世自身は技術者ではない。

 彼女にとってアンジェリカは、道具を作ってくれる人物なのだ。

 しかし、Ⅱ世にとっては違う。

 アンジェリカの技術は、智世の身元を考えるうえでも重要な情報になる。

 「少なくとも、今まで聞いた話からすると、

  アンジェリカという人物を単純な『礼装職人』として扱うのは適切ではない」

 ライネスが笑う。

 「また分類を始めたね、兄上」

 「分類しなければ理解できないだろう」

 「それはそうだ」

 ライネスは素直に頷いた。

 Ⅱ世は智世へ視線を戻した。

 「仮に彼女を時計塔の魔術師として分類するなら、

  どこに置くべきか。宝石。礼装。工房。使い魔。幻想種。

  どれも当てはまるが、どれ一つとして完全ではない」

 「……そうなんですね」

 「つまり、分類の仕方そのものが合っていない可能性がある」

 Ⅱ世はそう言って、少しだけ考えた。

 時計塔の分類は、決して世界そのものではない。

 魔術師が自分たちの研究を整理するために作った枠組みだ。

 ならば、枠の外側にあるものが存在してもおかしくない。

 問題は、その「枠の外側」が何なのかだ。

 「君の話を聞いていると、アンジェリカという人物は、

  特定の魔術を極めるというより、

  魔法を成立させるために必要な技術を広く扱っているように思える」

 智世が頷く。

 「はい」

 「それなら、彼女が魔法使いであることも重要なのかもしれないな」

 「どういう意味ですか?」

 「魔術師なら、普通は自分の術式を中心に考える。

  だが、君の話では、アンジェリカは魔法を使う者が

  何を必要とするかを中心に道具を考えている」

 Ⅱ世はそこで言葉を切った。

 「魔法そのものだけではなく、それを扱うための技術まで含めて、一つの仕事としている」

 智世はしばらく黙ってから、ぽつりと答えた。

 「アンジェリカさんは、そういう人だと思います」

 「なるほど」

 Ⅱ世は頷いた。

 そして、ふと視線を落とす。

 自分の前にある情報は、まだ断片的だ。

 智世。

 エリアス。

 アンジェリカ。

 ヒューゴ。

 ルツ。

 魔法。

 魔力で動く機械。

 幻想種の素材。

 礼装。

 どれも単独なら、時計塔の知識の中に似たものを見つけられる。

 だが、すべてを一つにまとめようとすると、どうしても説明できない部分が残る。

 Ⅱ世はそこで、あえて一つの結論を避けた。

 未知のものに遭遇した時、最も危険なのは、早すぎる分類だ。

 分からないものを既知のものへ無理に押し込めれば、見落とす。

 逆に、未知だと決めつければ、既知の部分まで見失う。

 ならば、今必要なのは――。

 「……まず、技術の構造を知るべきだな」

 「構造?」

 「ああ」

 Ⅱ世は頷いた。

 「アンジェリカが何を知っているかではなく、

  どうやってその知識を得たのか。どのような理屈で道具を作り、

  どこから素材を手に入れ、誰から技術を受け継いだのか」

 それが分かれば、彼女が時計塔の外にいる理由も見えてくるかもしれない。

 独立した魔術師なのか。

 閉鎖的な家系に属しているのか。

 特定の工房で技術を継承しているのか。

 あるいは、時計塔とは別系統の技術的伝統を持っているのか。

 いずれも現時点では可能性に過ぎない。

 だからこそ、断定はできない。

 「アンジェリカについては、まだ聞くべきことが多そうだ」

 智世が頷く。

 「はい」

 「特に、彼女がどこで技術を学んだのか。

  それから、ヒューゴがどの程度その製作に関与しているのか」

 Ⅱ世は一度言葉を切った。

 「そして、君が持っていた道具が、彼女の工房ではどのような基準で作られているのか」

 「……分かりました」

 智世は素直に答えた。

 その返事を聞いて、Ⅱ世は椅子の背へ身体を預けた。

 まだ結論は出せない。

 むしろ、分からないことが増えたと言ってもいい。

 だが、それで構わない。

 事件を解く時と同じだ。

 最初から答えが見えているわけではない。

 目の前にある事実を一つずつ拾い、既知の知識と照らし合わせ、

 それでも説明できない部分だけを残していく。

 そうすれば、やがて「何が分からないのか」が見えてくる。

 今のところ、アンジェリカという技師について分からないのは、能力そのものではない。

 その能力が、どのような体系の上に成り立っているのか。

 そして、なぜその技術を持つ人物が、これまで時計塔の情報網に引っ掛からなかったのか。

 Ⅱ世はそこへ思考を絞った。

 「……なるほど」

 小さく呟く。

 ライネスが横から覗き込んだ。

 「何か分かったのかい?」

 「いや」

 Ⅱ世は眼鏡を押し上げる。

 「ようやく、何を調べればいいのか分かっただけだ」

 「それは随分と兄上らしい答えだね」

 ライネスの声に、わずかな笑いが混じった。

 Ⅱ世はそれに答えず、再び智世を見る。

 目の前の少女は、自分が話していることがどれほど興味深いのか、

 まだ十分には理解していないらしい。

 だが、それも当然なのだろう。

 彼女にとっては、アンジェリカもヒューゴも、

 魔法も、道具も、すべて日常の中にあるものなのだから。

 Ⅱ世は静かに息を吐いた。

 知らない技術。

 知らない人物。

 それでも、現時点で異常と決めつける必要はない。

 まずは知ることだ。

 その技術が何を基礎とし、誰によって受け継がれ、どのように使われているのか。

 そこまで分かれば、今まで点にしか見えなかった情報も、いずれ一つの線になるだろう。

 その線の先に何があるのか。

 今はまだ、Ⅱ世にも分からなかった。

 

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