『魔法使いの嫁 × ロード・エルメロイⅡ世の事件簿 ――魔法使いと魔術師、その隣人たち――』   作:丹波りん

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第7話 裏道の裂け目

 エリアスは、裏道の奥へ進んでいた。

 さっきまで感じていた違和感は、奥へ行くほどはっきりしてくる。

 何かが起きている。

 それだけは分かる。

 けれど、チセとルツの姿はどこにもない。

 いつもなら、この道を歩いていれば二人の気配を感じ取れるはずだった。

 それが今は、途中から綺麗に途切れている。

「……おかしいね」

 エリアスは足を止めた。

 暗い道の先へ視線を向ける。

 そこで、何かが動いた。

 一匹ではない。

 いくつもの影が、同じ場所に集まっている。

 エリアスは目を細めた。

 裏道の番をしているものたちだった。

 使用者が便宜的に「猟犬」と呼んでいる、顔のない犬のような姿をしたものたち。

 普段なら、それぞれが決められた場所にいる。

 道を通る者が、決められたことを守っている限り、必要以上に近づいてくることもない。

 けれど、今は違っていた。

 何匹もの猟犬が、ひとつの場所を取り囲むようにしている。

 鼻先を地面へ近づけ、何かを探すように嗅ぎ回っていた。

 低い唸り声が、暗い裏道の中で重なっている。

「どうしたの?」

 エリアスが声をかける。

 返事はない。

 ただ、そのうちの一匹がエリアスへ顔を向けた。

 顔はない。

 目もない。

 それでも、そこに向けられた意思だけは、エリアスにも感じ取れた。

 エリアスはゆっくりと近づいていく。

 そして、猟犬たちが集まっている場所へ目を向けた。

 地面に、裂け目があった。

 黒い線のような裂け目だった。

 地面の上に走ったそれは、周囲の景色からそこだけ切り離されたように見える。

 細い亀裂にも見えるが、近づいてみれば、奥行きがあることが分かった。

 人ひとりが通り抜けられるほどの幅はない。

 けれど、腕を差し入れたり、

 小さなものを通したりするには十分なほどの隙間が、暗闇の向こうへ続いている。

 エリアスは、その前でしゃがみ込んだ。

 裂け目の向こうへ意識を伸ばす。

「……チセ?」

 返事はない。

 けれど、気配がある。

 確かに向こう側へ続いている。

 チセの気配。

 そして、ルツの気配。

 二人とも、まだ向こうにいる。

「そういうことか」

 エリアスは小さく呟いた。

 裏道の中に、別の流れが生まれている。

 それが何なのかまでは、まだ分からない。

 けれど、チセたちが自分から道を外れたわけではないことは感じ取れた。

 猟犬たちも、裂け目を嗅ぎ続けている。

 どうやら彼らにとっても、これは普段とは違うものらしい。

 エリアスは裂け目へ手を伸ばしかけて、止めた。

 勝手に広げることはできない。

 裏道には、裏道の理がある。

 そこにいるものたちが守っているものを無視すれば、

 チセたちを助けるどころか、もっと面倒なことになる。

「ねえ」

 エリアスは、猟犬たちへ声をかけた。

「チセたちは、何か悪いことをしたのかな?」

 何匹かが、裂け目へ鼻先を寄せる。

 低い唸り声が返ってくる。

 エリアスは、その様子をしばらく見つめた。

「……違うんだね」

 猟犬たちは動かない。

「じゃあ、この裂け目の向こうへ行くことはできる?」

 今度は、別の唸り声が返ってくる。

 エリアスは少し考えた。

「対価が必要なんだ」

 猟犬たちが、じっとエリアスを見る。

「分かったよ。ちゃんと用意する」

 エリアスは裂け目を見た。

 その向こうには、チセとルツがいる。

 なら、対価を惜しむ理由はない。

「でも、その前にひとつだけお願いしてもいいかな?」

 エリアスは少しだけ首を傾けた。

「チセに連絡を取らせてほしいんだ」

 しばらくの間、返事はなかった。

 やがて、一匹が裂け目の脇から少し離れる。

 それに合わせるように、ほかの猟犬たちも道を空けた。

「ありがとう」

 エリアスは微笑んだ。

「それじゃあ、少し待っていてね」

 そう言って、エリアスは対価を用意するために、一度裏道を出た。

 裏道の番をするものたちが求めるものは、いつも同じとは限らない。

 そのとき、その道が受け取るものによって違う。

 エリアスは、それをよく知っていた。

 しばらくして、彼は対価を手にして再び裏道へ戻った。

 それは、生の肉だった。

 人の手で作られた料理ではなく、生命の気配がまだ濃く残るもの。

 エリアスは、それを裂け目の近くへ置いた。

「これでいいかな?」

 猟犬の一匹が近づき、鼻先を寄せる。

 やがて、それは肉を咥えた。

 ほかの猟犬たちも、それを確かめるように周囲へ集まる。

 しばらくして、裂け目の周囲から気配が薄れた。

 エリアスは、それを確認すると、懐から一枚の紙を取り出した。

 紙にペンを走らせる。

『チセへ。

 こちらでは少し変わったことが起きていて、君たちを探しているところだよ。

 無事なら、それだけでも知らせてくれると嬉しい。

 すぐに帰すのは難しそうだけれど、もう少し調べてみるから心配しないで。

 この紙に返事を書いてくれれば、ボクのところまで届くようにしてあるよ』

 書き終えると、エリアスは紙を指先でつまんだ。

「それじゃあ、お願いね」

 紙の端が、ふわりと浮いた。

 次の瞬間、紙は一枚の形を保てなくなった。

 細かな紙片へと、ばらばらにほどけていく。

 紙片は風もないのに空中を舞い、それぞれが別々の動きを見せた。

 散ったかと思えば、今度は互いを追うように集まり始める。

 細い紙片が重なり、翼を形作る。

 別の紙片が尾となり、さらに小さなものが頭とくちばしを作っていく。

 ばらばらになったはずの紙が、ひとつの形へ戻っていく。

 やがて、それは一羽の小さな鳥になった。

 紙でできた鳥は、翼を震わせる。

 エリアスが裂け目へ向かって手を差し出すと、鳥はその手を離れた。

 白い紙の鳥は、黒い裂け目へ向かって飛んでいく。

 そして、その隙間へ身体を滑り込ませるようにして、向こう側へ消えていった。

「チセ」

 エリアスは、見えなくなった鳥のあとを目で追う。

「ちゃんと届くからね」

 返事はない。

 ただ、裂け目の向こうにある気配は、まだ消えていなかった。

 エリアスはその場に立ち、しばらく暗闇を見つめる。

 チセたちは、まだ帰ってこられない。

 けれど、完全に道が途切れたわけでもない。

 ならば、方法はある。

「さて」

 エリアスは、ゆっくりと立ち上がった。

「ボクも、もう少し調べてみようか」

 猟犬たちが、低く喉を鳴らす。

 裏道の奥には、普段なら存在しないはずの裂け目がある。

 その向こうには、チセとルツがいる。

 エリアスはそれを確かめるように、もう一度だけ裂け目へ視線を向けた。

 それから静かに歩き出した。

 今度は、帰り道を探すためではない。

 チセたちが戻ってくるための道を、見つけるために。

 

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