異世界を救ったTS姫様と勇者は、現代に帰還しても男女カップルチャンネルの配信でてぇてぇ営業して生きていく。ダンジョン配信もやるよ 作:vhuphje
第0話 TS姫様と勇者は、ダンジョンができた地球にむかって最初の配信をした
俺――相沢リョウは、異世界で勇者になった。
同じ高校の男子生徒だった親友、小宮イオリは、俺と一緒に召喚されると同時に女の身体へ変えられて、姫君として異世界の王国に迎えられた。
3年後。
俺たちは異世界でできた仲間とともに魔王を倒し、二人で地球へ帰ろうとしていた。
イオリの青っぽい黒の長い髪が風に乱れ、内側の白い毛束が何度も閃く。血と煤で汚れた濃紺の戦闘服と外套も大きくはためいていた。
王宮で組み上げた帰還術式は、光の端から崩れ始めている。
イオリは床を踏みしめ、崩れかけた術式をつないでいた。薄灰色の右袖から肩、背中へ回る金糸が焼けていく。
それでも最後まで、イオリは術式から手を離さなかった。
+++++
靴底が、ドンッと硬い地面へ着いた。俺はすぐに剣を抜く。
魔王を斬った時の傷が残る刃へ、向こうにいた時と同じように魔力が通った。
「イオリ、危ないから後ろに下がれ」
「リョウ? もう地球に帰ったんだよ? 魔物とかいないよ」
「まだ分からないだろ」
イオリは言い返しかけて、動きを止めた。
自分の手を見ている。
細い指に、白い手首。肩から前へ落ちた長い髪。
その内側だけが、消えかけた帰還の光を受けて白く浮かんでいる。
「……戻ってない」
「何が」
「身体だよ」
光が消えても、イオリは異世界の姫君の姿のままだった。
3年前、俺と同じ男子高校生だったイオリは、召喚された日にこの身体へ変えられた。
目線は俺の肩口まで下がり、長い髪が細い肩へ落ちている。その姿も、もう見慣れていた。
「地球に帰れば、戻るかもしれないと思ってた」
「俺も」
イオリは赤くなった指先を確かめるように曲げた。帰還時の術式を支え続けたせいで、まだ少し震えている。
「……まあ、そう都合よくはいかないか」
イオリはもう一度、自分の手を見る。
「戻らないことは、あとで考えるとして。この姿で僕だって分かってもらえるかな」
「俺が見てる」
「リョウだけじゃなくて」
「俺も一緒に説明する」
イオリは俺を見て、小さく息を吐いた。
「……うん」
声はいつも通りだった。
呼吸だけが、帰還術式を支え終えた直後のまままだ浅い。
「呼吸、ゆっくりしろ」
「してるよ?」
「してない」
「……こっち見すぎ」
「見ないと分からないだろ」
イオリは眉を寄せたが、それ以上は言い返さなかった。
「イオリ」
もう一度名前を呼ぶと、イオリは唇を結んで俺の後ろへ入った。
異世界の戦場で染みついた位置だった。
肩が俺の背中へ一瞬触れる。
ほどけかけた髪が俺の腕へさらりと流れ、さっきまで自分の身体を確かめていた指が、今度は俺の外套を軽くつかんだ。
「近いぞ」
「リョウが後ろに下がれって言ったんでしょ」
「離れろとは言ってない」
「じゃあ言わないで」
言い返す声は、いつもの調子だった。外套をつかんだ指は離れない。
俺はそれを見ないふりで確認し、周囲を見る。
濡れた岩壁に、頭上の青白い結晶ができている。
足元の暗い通路には、奥へ続く、大型の爪痕がある。
「魔物の爪痕か?」
「……魔物?」
イオリも、岩壁と床を順番に見ながら言う。
「魔力がある。でも、向こうの洞窟とは流れ方が違う」
帰還先を間違えたのかと思った。
「リョウ。あれ」
岩壁に白い板が取り付けられていた。
【第二層・保守管理区域】
【許可なき立ち入りを禁止する】
日本語だ。
天井には金属製の照明。壁沿いには電線が走り、床には黄色と黒の規制線まである。
「地球だ」
「うん……たぶん」
「日本語だぞ」
「でも……地球に魔力があるのはおかしいよ」
+++++
その直後、通路の奥から複数の足音が聞こえた。
俺は剣を構え直す。
「待って。日本人かもしれないよ」
「まだ斬ってない」
「構えながら言わないで!」
角を曲がって現れたのは、たしかに王国の騎士ではなかった。
銃に似た武器を持ち、黒い装備。装備には小型のカメラがくっつき、他にも見たことのない計器もつけている。
「停止してください!」
聞こえてきたのは日本語だった。
意味だけが頭へ届く異世界の言葉ではない。
3年間、イオリ以外の口から聞かなかった、日本語そのものの音だった。
「……日本語」
前に出ていた俺が何か言うより先に、イオリが声を震わせた。
魔王城が崩れた時にも、帰還術式が切れかけた時にも、こんな声は出さなかった。
イオリが長く息を吐く。
俺も剣を下げる。帰れた。
少なくとも、日本語を日本語のまま交わせる場所へ。
イオリは、消えかけた帰還の光へ目を戻し、ほっと緩んだばかりの眉を少しだけ曇らせた。
「……セシリアたちに、無事に着いたって伝えられないんだね」
「ああ」
光は、もうほとんど消えていた。
俺たちが通ってきた向こう側へ、声を返す方法はなかった。
近づいてきた兵士のような人が俺たちに声を掛ける。
「武器を地面へ置いてください。ゆっくりと」
俺は剣を床へ置いた。
「探索者証を見える位置へ。登録番号を答えてください」
「……持ってないです」
「何の番号だ」
後ろの隊員が、腕の端末を操作する。
「本日の入域者・避難者名簿、該当なし。この区画へ入った記録もありません」
先頭の女性が、消えかけた帰還の光を見る。
「どうやって、ここへ入りましたか?」
「入ってない」
「では、どこから?」
「異世界から帰ってきた」
端末を操作していた隊員の指が止まった。
「……異世界?」
「3年前に、異世界に召喚されたんです!」
後ろにいたイオリが俺の隣へ出た。俺の背後から離れても、外套の端だけはつかんだまま。
「向こうで3年間過ごして、魔王を倒したあと、仲間たちと完成させた帰還術を使って戻ってきました」
困っているのに、説明する声はきれいに通る。
王宮で磨かれ、戦場でも仲間へ届いてきた、イオリ自身の声だった。
俺達の背後に残る光を見る目が変わった。
「その説明については移動後に詳しく確認します。まず、お二人の安全確認を行います」
「ここは日本なんですよね」
「はい。日本です」
「東京?」
「東京都内です」
外套の端を握っていたイオリの指が、完全に離れた。
「ここは……ここは、何ですか?」
「第三新宿ダンジョン、第二層保守管理区域です」
「すいません、もう一度」
聞き返したのは俺だった。
「第三新宿ダンジョンです」
「第三?」
少なくとも、みっつある。ダンジョンが。イオリが俺を見る。
「第三」「新宿」「ダンジョン」という三つの言葉を、頭の中でどうにか一つへつなげようとしているような顔だった。
漫画なら「?」の文字が浮かんでいる。
きっと、俺も同じような顔をしていただろう。
「ダンジョンって、あのダンジョン?」
「ほかに何があるんですか」
女性の方が不思議そうだった。
3年間かけて、俺たちは異世界の魔王を倒したのに。
――ようやく戻ってきた地球には、俺たちの知らないダンジョンができていた。
+++++
それから3日間、俺たちは検査と事情聴取を受けた。
魔王を倒したこと、異世界で3年間過ごしたことも、
イオリが召喚される前は男だったことも、
これがすべて、記録上は「本人の申告」になった。
日本語は通じたけれど、その意味は、まったく通じなかったのだった。
仮の住居へ通されたのは、帰還4日目の夕方。
イオリは、大きすぎる検査着の袖口を握りながら、返却された異世界の戦場でつけていた装備を見ていた。
「またそれを着るのか?」
「この方が分かるでしょ?」
「何が」
「僕たちが、本当に向こうから帰ってきたってことが。誰にでも」
「そうか……。俺も着替えるか」
イオリは検査着の背中へ手を回し、結び目をほどいた。
青墨色の長い髪を胸の前へ集め、俺へ背を向ける。
「リョウ。背中、見て」
「痛むのか」
「検査台が硬かったんだよ。傷のところ、ずっと当たってて……まだ少し痛い」
「先に言え」
「検査の人には言ったよ。リョウには、いま言った」
検査着が、イオリの細い肩からするりと滑り落ちた。
白いうなじから、狭い肩、薄い肩甲骨へ続く背中があらわになる。
右の肩甲骨の下には、焼けた金糸を写したような薄赤い傷が残っていた。
帰還術式を支えた時に負ったものだ。
「右下だけ、まだ赤い」
「やっぱり?」
「そこは治りが遅い」
「……よく覚えてるね」
「毎日見てたからな」
「そういう言い方しないで」
傷を避け、指先をその脇へ当てる。
熱はないし、腫れも、帰還した直後よりは引いている。
それでも、俺の指が触れた瞬間、イオリの白い背中が小さく強張った。
「痛いか」
「冷たかっただけ」
「さっきも聞いたな」
「リョウの手がずっと冷たいんだよ」
傷が開いていないことを確かめ、手を離す。
「服を着ても大丈夫だ」
「うん」
イオリは俺へ背を向けたまま装備を着直した。
白い肌と傷が布に覆われる。
戦場の装備に戻ったイオリが、顎を上げ、肩を開く。
3日間、借り物の検査着で説明を繰り返していた時の、所在なげな立ち方ではなくなる。
勇者の隣で戦った、イオリの立ち方だった。
「髪」
「あとでやる」
「もう絡まってる」
「自分でできる」
「手伝うよ。いつも通り」
イオリは一度、俺を見た。
それから、机の上の銀の留め具へ触れ、俺に差し出した。
セシリアが、3年間で何度もイオリの髪へ差してくれた留め具だった。
「……低く。一つで」
「分かってる」
椅子へ座ったイオリの髪を低く集める。
内側の白を隠しきらないように整え、銀の留め具を差した。
「冷たい」
「悪い」
「手じゃなくて、留め具が」
「そうか」
「手も少し冷たいけど」
声に、ようやくいつもの面倒くささが戻っていた。
「できた」
イオリは小さな画面へ映る自分を見て、服と髪を確認した。
その後で、俺が隣へ入っていることを確かめるように見る。
そして、ふっと柔らかく笑った。
「リョウ」
「なんだ」
「向こうで見たこと、僕たちの言葉で残そう」
そうして、俺たちは配信を始めた。
異世界を救った勇者と姫君の帰還報告を、最初に見ていた地球人は11人だった。
+++++
地球へ戻ってきて、2年後。
「配信、始めるよ」
「分かってる」
東京のマンション。
机には二人分の朝食と、今日使う探索端末が並んでいる。
イオリはカメラへ向き直り、青墨色の長い髪を肩の後ろへ払った。
「おはようございます。今日は第三新宿ダンジョン、浅層区域の定期調査です。現地からの映像は、入場確認が終わってからね」
『〈おはよう〉』
『〈かわいい〉』
『勇者眠そう』
『今日も同居配信』
『今日は浅層』
イオリは流れるコメントやスタンプを見ながら、探索端末へ今日の観測項目を表示した。
話す順番も、機材を見せる角度も、もう迷わない。
「リョウは前衛。僕が後方から観測と配信を担当します。危険度は低いですが、規定どおり安全を優先します」
「危なくなったら下がるんだぞ」
「浅層だけどね」
「浅層でもだ」
『過保護勇者』
『髪きれい』
『浅層でも通常運転』
「仕事上の役割分担です!」
イオリがすぐに否定する。
「髪、右側が少し崩れてる」
「え?」
俺はカメラのケーブルに挟まっていた髪を外し、白い内側を濃い髪の下へ戻した。
「取れた」
「取る前に言って!」
『朝から髪を直す勇者』
『距離が近い』
『手つきが自然』
『異世界でもやってた?』
『〈安全確認〉』
「向こうでの戦闘前は、リョウが結んでたこともあるよ」
「ことも、じゃないだろ」
「余計なことを足さなくていい!」
『仲良し』
『また異世界の思い出が生えてきたよ』
『やっぱ付き合ってるよね』
『つまりいつもってこと?』
「付き合ってません!」
「普通の親友だからな」
『親友は朝から同居配信しない』
『異世界で3年戦う親友』
『朝から髪も直す親友』
『これは普通』
イオリが言葉に詰まる。
黒灰色の目が、コメント欄と俺の間を一度だけ往復した。
「……今日の調査内容へ戻ります!」
俺たちは今も、東京で一緒に暮らしている。
探索者として仕事をしていることも、その腕も、もう疑われていない。
ただ、俺たちが本当に異世界へ行き、そこで3年間を過ごして帰ってきたという話だけは、今も別だった。
初配信から2年。
俺たちは、
自称勇者と自称TS姫の、
謎のカップル系ダンジョン配信者として知られている。
付き合ってはいない。
今日も二人で、地球のダンジョンへ潜る。
――異世界を救ったことは、いまも、信じられていないままで。
プロローグをお読みいただきありがとうございます。
最大11人だった初配信から、この2年で何があったのか。
次回は、その始まり「ふたりの帰還の時」の目撃談@匿名掲示板からはじめたいと思います。(この0話と一緒に投稿予定です)
毎日投稿させていただきます。
続きも楽しんでいただけたら嬉しいです!!