異世界を救ったTS姫様と勇者は、現代に帰還しても男女カップルチャンネルの配信でてぇてぇ営業して生きていく。ダンジョン配信もやるよ 作:vhuphje
第6話 TS姫様と勇者、同接11人だった伝説の夜を開く[2周年企画➀]
晩秋の日は短い。
昼には、探索庁へ帰還4日目の初配信の未圧縮原本を送った。
夜には、その初配信のアーカイブを、何万人もの視聴者と見る。
朝に公開した配信枠を開く頃には、カーテンの向こうはもう暗くなり、待機所には万単位で人が集まっていた。
家のリビングの一角に設けた配信用スペース。
ここでカメラに映るのは、無地の壁と、濃い灰色の二人掛けソファだけ。
冷蔵庫の予定表も、朝に使った二人分のカップも入らない。
僕は昼の部屋着から、黒に近いネイビーのハイネックニットと、チャコールグレーのパンツへ着替えていた。
髪は黒いヘアゴムで低くまとめた。
青墨の髪が肩へ落ちるところから、内側の白い毛束が少しだけ覗くように。
リョウが隣に座る。
広い肩まで同じ画角に収めると、二人掛けソファの中央には、ほとんど隙間が残らない。
「それでは、チャンネル開設2周年記念――僕たちの初配信を、本人たちが同時視聴します!」
『きたあああああ』
『2周年おめでとう』
『伝説の謝罪会見』
『全視聴者11人』
『このソファでやる配信というだけで勝ち』
『距離近くない?』
『付き合ってない二人の座るソファじゃない』
『俺の姫は何分ですか?』
『異世界の証拠を掴んだ次の日に周年企画?』
『裂け目の話どうなったの???』
『もう3万人見てる』
開始前から、コメントの速さはすごいことになっていた。
画面の隅で、チャンネル登録者の数字も動いている。
いま、44万人と少し。
世界の裂け目と僕のうなじと涙で1万人近く増えた状態から、さらに少し増えてる。
2周年を祝う常連も、初配信の名場面を待ち構えている人も、僕とリョウの距離を面白がる人もいる。
昨日の亀裂から来た新規や、数字そのものを追っている人も混ざっていた。
異世界の証拠だと言う人も、まだ何も確定していないと止める人も、僕たちの返事を待たず、コメント欄だけで会話を進めている。
僕は、その中で同じ意味の言葉をまとめ、必要な話題へだけ返す。
「最初に。昨日の第三新宿ダンジョンについて。現時点で新しく公開できる情報はありません」
画面へ表示した探索庁の告知を指した。
「該当区画は封鎖されています。映像から場所を特定する行為や、許可なく現地へ近づこうとする行為、憶測を事実として拡散する行為はやめてくださいね」
「亀裂は消えてる」
隣のリョウが付け加えた。
「そう。消失は確認されています。ただし、それ以上に公開できる情報はありません。今日は、考察配信ではありません」
『〈了解〉』
『公式待ち』
『う~ん』
『無事ならよかった』
『今日は黒歴史に集中』
『探索庁が調べてるだけで異世界確定ではないぞ』
『ガチで魔王城だったの?』
『昨日は同接歴代2位出てたね』
『なんかごまかされてるような』
「魔王城だった」
「リョウ! いきなり破ってる!」
『草』
『言った』
『開始早々怒られてる』
『勇者さあ』
小さな火種は、リョウの一言で笑いに押し流された。
配信の手綱が、また僕たちの側へ戻ってきた。
リョウは、高速で流れるコメントから、拾ってはいけない一言だけ正確に拾ってくる。それは、2年間配信を続けても直らない。
「それでは本題――その前に。通知から来る人が揃うまでの時間で、質問箱へ届いたものからふたつだけ答えます。待機時間の有効活用ともいいます!」
『正直すぎる』
『早く初々しいいおりんが見たい』
『質問たすかる』
僕は、事前に選んでおいた質問を画面へ出した。
【異世界へ行って、最初に覚えたことは何ですか?】
『急に普通の質問』
『異世界語?』
『魔法』
『剣だろ』
「これは、リョウからどうぞ?」
「魔力を止めること」
「剣じゃないんだ?」
「剣を持つ前から、力が漏れた」
「ああ……訓練場の壁を壊した時の話?」
「少し欠けただけだ」
「壁が欠ける力を、普通は『少し漏れた』とは言わないんだよ?」
『TUEEEEEEE』
『勇者は初日から危険物』
『使い方じゃなく止め方w』
『壁かわいそ』
『異世界の人よく勇者を訓練できたな』
『設定細かい』
『最初に覚えたのが制御って出力おかしい』
「イオリは?」
リョウが僕へ聞き返す。
「僕は、服の着方かな」
『そこから?』
『姫様だから』
『着替えイベント』
『TSをアピールしてく』
『エッ』
『手伝ってあげたい』
「向こうの服は、自分一人で着ることを前提に作られていなかったんだよ。留め具が背中にあったり、何枚もの布を決まった順番で重ねたりして」
「髪もだろ」
「髪は着ないよ?」
「着るだけじゃなくて、扱い方」
「まあ、それも一から覚えたけどね」
僕は、肩から胸元へ流れていた髪を、背中へぱさりと払った。
「召喚された時には、もう腰より長かったから。背もたれに寄りかかるだけでも髪を挟むし、寝る時もどうすればいいか分からなかったし」
『見たかった』
『またそこまで伸ばしてくれ』
『髪初心者の時代』
『最初からリョウが担当?』
「最初からリョウが結んでいたわけじゃありません。前にも話した、侍女長のセシリアに教わりました」
「俺にも、外で落ちない結び方を教えた」
「だから、セシリアをリョウの髪結いの先生としてだけ紹介しないでね。僕についてくれていた人だからね?」
『セシリア?』
『誰』
『前に名前出てた侍女?』
『異世界っぽい名前キタ』
『セシリアさん有能』
2周年を祝う常連だけでなく、昨夜の亀裂の話から来ている初見も多い。
セシリアがどんな人だったのかを尋ねるコメントが続いた。
僕は、その流れに乗るように、次の質問へ画面を切り替えた。
【異世界で、もう一度会いたい人はいますか?】
「全員」
画面に質問が表示された途端に、リョウが答える。
「全員って答えたら、質問が成り立たないよ」
「決められない」
「……それは、僕もそうかも」
さっきまで勢いよく流れていたコメントが、少しだけゆっくりになった。
「代表して名前を挙げるなら、お城ではセシリア。遠征隊では、騎士団長のエルナさん。治療隊では、治療術師のミレイさん」
『一気に人増えた』
『女騎士?!』
『ミレイさんはリョウの治療担当?』
『勇者のハーレム要員でしょ』
『名前からして全員かわいいの確定』
「戦友や治療隊を、片っ端からハーレムへ入れないでね!」
「3人とも美人だった」
隣から、リョウが余計な事実を足した。
「リョウがそれを言うと、余計に誤解が増えるからやめてよ」
『ww』
『美人なのは否定しない姫様』
『勇者は姫様以外も美人っていうのか』
『詳細キボン』
『やっぱり美少女でハーレム作ってたか・・・』
『正妻は姫様だから安心して』
「……きれいな人たちだったのは、本当だけど。それぞれ全然違う人だからね」
僕は、まずセシリアを思い出す。
「セシリアは、厳しそうに見えるけれど、僕がいやだと言ったことは覚えて、次の日にはお世話の仕方を変えてくれた人」
重すぎた服を軽くしてくれた。髪のまとめ方を変えてくれた。
僕がリョウの食事を心配していると気づき、黙って厨房へ伝えてくれた。
「エルナさんは、戦場での歩き方と短剣を教えてくれた人で……訓練では、姫だからって全然手加減してくれなかったよ」
「強かった」
「リョウがそれだけ言うくらいにはね」
「ミレイさんは普段静かな人だった。でも、怪我を隠すリョウには一番怒ってた」
「隠してない」
「腕が上がらないのに『痛くない』とか言うのは、隠しているのと同じだからね」
『異世界でもいつもの勇者』
『全員キャラが濃い』
『〈なるほど〉』
『セシリアさんは隙がない美人』
『エルナ=豪快女騎士』
『ミレイさんは苦労人』
見たこともない3人を想像して盛り上がるコメントの中へ、それとは調子が違う言葉が混ざっていた。
『その人たち本当にいるの?』
『設定の登場人物じゃないの??』
『証拠はある?』
『二人で考えたキャラじゃなくて?』
それを追いかけるように、言い返すようなコメントまで流れてくる。
僕が反応すれば、さらに流れが速くなるかも……。
「いた」
リョウが、僕より先に、はっきり答えていた。
「証明はできない。でも。いた」
セシリアも、エルナも、ミレイも、配信のために名前をつけた登場人物ではない。
同じ場所でご飯を食べた。一緒に歩いた。
傷を治してもらった。怒られた。
僕たちが地球へ帰るために、力を貸してくれた。
「僕たちにとっては、設定じゃないよ。今も。大切な人たちだよ」
『泣ける』
『会えるといいな』
『みんな生きてるかも分からないの?』
『証明できないのつらいな』
『本人たちが忘れてないならいるよ』
『設定だとしても作り込んでる』
好意的な言葉と、慎重な声と反発が混ざっている。
それでも、中心に残ったのは、セシリアたちについてもっと聞きたいという声だった。
「それじゃあ、ここからが2周年の本題です!」
僕は、質問箱の画面を閉じて、初配信のアーカイブ画面に切り替えた。
配信画面の中央には、再生前で止まった2年前の映像。
右の小窓には、無地の壁を背にソファへ並ぶ現在の僕とリョウ。
僕たちの正面にある大型モニターにも、配信用のPCから出している同じ初配信映像が映っている。
画面の中の中央にいる僕は、焼けた金糸と煤を残す濃紺の戦闘服で立っている。
画面の右側には現在のコメントが流れ、2年前に書き込まれたコメントは、アーカイブ映像の中へ残っている。
2つのコメント、両方が見られる状態。
『きた』
『11人の世界』
『俺の姫待機』
「まだ、僕たちを知っている人が11人しかいなかった夜の配信です」
2年前、僕たちから見せようとしても、ほとんど誰にも届かなかった記録を。
昼には、探索庁が空間異常を調べるために原本を受け取った。
そしていまから、何万人もの視聴者が再生を待っている。
「僕たちの最初の配信を、一緒に見ます」
「再生するぞ」
隣に座ったリョウが、初配信映像の再生を割り当てた小型のリモコンを持ち上げる。
「……待って。やっぱり、最初の10分は飛ばそう?」
「初配信だろ」
「最初の10分が一番ひどいんだよ!」
「だから見るんだろ」
「リョウ、今日だけ配信者として有能になるのやめてね?」
『草』
『仲良すなあ』
『普段は無能と思っているらしい』
『逃がすな勇者』
『w』
『全部見るぞ』
『伝説の始まり』
コメント欄の中心が、亀裂や、異世界は設定かどうか、という話から、はっきりと初配信へ移っているのが、確認できた。
うまく話題を運べている。
リョウの親指が、かち、と再生ボタンを押した。
+++++
白い壁。
折り畳み机。
右へ傾いた画面。
映っているのは、2年前、探索庁から短期で貸し出されていた家具付きの部屋だった。
机の上には、僕が失踪前に使っていた古いノートパソコン。
リョウや僕の家ではなかった。
家族も役所も、目の前の女性がその3年前に消えた息子だとは、すぐには認められなかった。
それでも、端末だけは昔のパスワードを受け入れた。
カメラはリョウの古いスマートフォンで、本と空き箱の間へ立てかけてある。
照明も天井の蛍光灯だけだった。
2年前の僕は、額から上が画面から切れていた。
画面の右端に、2年前のリョウが半分だけ映っていた。
長い脚と、片方の肩。伸びた黒髪が頬へ落ち、塞がったばかりの傷へかかっている。
リョウはレンズを見ていなかった。
画角を直そうとする僕と、古いノートパソコンを交互に見ている。
いま見ると、顔が細い。
大きな肩は現在と変わらないのに、頬だけが削げていた。
同時視聴者数は3人。
コメントはない。
画面の中の僕は、何度もスマートフォンとノートパソコンを見比べている。
『カメラの向き変www』
『頭ないなった』
『いまなら開始前に絶対気づく』
「リョウが直したあと、余計に右へ傾いたんだから」
「二人とも映ってる」
「それを直ったとは言わないよ?」
過去の僕が立ち上がって、スマートフォンへ手を伸ばした。
画面がぐらぐら揺れる。
前を開いた濃紺の外套が背中へ流れ、膝丈の裾が揺れた。左右のスリットから、厚手の黒いタイツに包まれた脚がのぞく。
ようやく全身が入った。
帰還4日目。
3日間の検査を終え、透明な保管袋で返された装備を着直している。
異世界から帰ってきたことを、自分の姿ごと見せようとしていた。
白に近い薄灰色の長袖に、胸元から腰まで身体へ沿う濃紺の戦闘服。
腰の革帯には、魔王城で短剣を失ったままの空の鞘。
外套の裏には、洗っても落ちなかった泥と煤が残っている。
お城を出てから、走れるように裾へスリットを入れ、邪魔になった外套の前を開いた。壊れるたびに直し、魔王城から戻ったあとは、帰還術を支える金糸まで縫い足した。
右袖から肩、背中へ走るその金糸は、《術式維持》を最後まで続けたところが黒く焼けている。
その下には、まだ赤い右の肩甲骨の傷があったけれど、それは映らない。
青墨色の髪は低く結ばれ、結び目にはお城から持ち出した銀の留め具が差してある。
映像の中の僕が、たった3人の視聴者に問いかける。
[……映ってますか?]
6話をお読みいただきありがとうございました!
ここから、第2編『同時視聴で振り返る初配信ー「異世界帰り?設定乙w」』がはじまります。
タイトルの回収です!笑
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