異世界を救ったTS姫様と勇者は、現代に帰還しても男女カップルチャンネルの配信でてぇてぇ営業して生きていく。ダンジョン配信もやるよ 作:vhuphje
[……映ってますか?]
2年前の僕が、カメラに向かって問いかけている。
当時の視聴者から、返事は来ない。
僕の黒灰色の目が、画面の端から端へ動いているのがわかる。
それを見た現在のコメントが、早くも流れてくる。たくさん。
『こころなしか若い』
『〈かわいい〉』
『なにこれ?悲壮感ある』
『やっぱ勇者とお姫様なんすねえ』
『この服で毎日やらないか』
過去の僕がもう1回問いかける。
[……聞こえてますか?]
少しして、2年前の画面に、最初のコメントが流れてきた。
【音聞こえてます】
過去の僕とリョウが、同時にノートパソコンへぐっと顔を近づけた。
[聞こえているみたい]
[ああ]
[返事をした方がいい?]
[した方がいい]
過去の僕がスマートフォンへ向き直る。
[音声確認ありがとうございます]
現在の配信画面に、大量にコメントが流れる。
『〈かわいい〉』
『勇者変わらない』
『コメント1個に丁寧な姫様』
『見てるのが3人しかいない』
『初コメ大事にされすぎだろ』
『これガチ恋不可避』
過去映像には、また沈黙が続いた。
視聴者数が4人になる。
5人になる。
しばらくして、さっきとは別のコメントが、また1件だけ届いた。
【何の配信?】
過去の僕は、再び画面へ身を寄せた。
[何の配信? ……ご質問ありがとうございますっ]
「固い」
現在の僕は、思わず言った。
「まあ、お城でも初めの頃は、知らない相手にはあれくらいで話してたような気もする」
「ここは王宮じゃない」
「この時は分からなかったんだよ」
過去の僕は、膝の上へ両手を揃えた。
[まず、自己紹介をさせてください。僕は、小宮イオリといいます]
[相沢リョウです]
現在の配信画面には、また新しいコメントがどっと流れてきた。
『!!!!!』
『名字あったの????』
『相沢!?』
『小宮』
『急にフルネーム出た』
『姫様って名字あったんだ』
『相沢くんと小宮さん←ラブコメ感あるな』
『フルネーム新鮮すぎる』
リスナーほどではないけれど、僕も驚いた。
「あ。僕たち名字まで名乗ってる」
「普通だろ」
「名字を使ってないいまは普通じゃないって認識してる?」
過去の僕が続けた。
[僕たちは4日前、異世界から日本へ帰還しました]
過去の僕は、反応を待った。
10秒ほどして、さっき質問をしてくれたのと同じ視聴者がまたコメントをした。
【異世界?】
[異世界? ……そうです。僕たちは高校に在学中、異世界の魔法で召喚され、向こうで3年間を過ごしました]
画面の右端に半分切れていたリョウが、椅子を寄せて中央へ入った。
いまより少し痩せた長身に、補修跡だらけの濃灰色の服。
伸びた黒髪が、塞がったばかりの頬の傷へ落ちている。
現在のコメントは、僕たちの名字の話が続いている。
『相沢くん、小宮くんって呼び合ってたのかな』
『失踪した同級生小宮イオリくんが姫様になったって今日知った奴いる?』
過去のリョウが口を挟む。
[俺が勇者で、こいつが姫だった]
過去の僕が、リョウを見上げて呆れ返る。
[説明が短すぎるって……]
[合ってる]
[もう……。ごめんなさい。補足させていただきます]
過去の僕は、画面へ向き直った。
[向こうの王国には、勇者は、姫君とともに現れる、という伝説がありました。召喚されたリョウには勇者の力が現れ、一緒に召喚された僕は女性の身体へ変化して、その世界のお城で姫君として迎えられました。リョウは、勇者として魔王を倒すために戦いました。僕も遠征へ同行しました]
過去の僕は、そこで一度息を継いだ。
[約3年後に魔王を倒して、そのあと仲間たちと帰還術を完成させ、4日前に日本へ戻ってきました]
『〈かわいい〉』
『補足したらTSと魔王まで乗ってきた』
『初配信から役割分担が同じだな』
『ずっと同じこといってんだなあ』
『短くても長くてもよくわからないよ姫様』
『初見で理解した奴0人説』
視聴者数が7人になる。
【もともとは男ってこと??ボクっ子???】
異世界の話を一気に説明したつもりだったけれど、関心を持たれたのは僕のことだった。
[もとは男……はい。そうなんです。召喚前は、リョウと同じ高校の男子生徒でした。放課後も、使ってる駅も一緒。その頃の話なら──]
過去の僕の言葉が止まった。
たぶん気づいたのだ。
どれだけ話しても、画面に映っているのは女性の姿と声で、それだけでは、証明にはならないと。
過去の僕が、次の言葉を探している。
その一瞬の空白へ、別のコメントが刺さっていた。
【その大きなおっぱいも異世界で育ったの?】
過去の僕が止まる。リョウが画面を見る。
[その大きな、胸も、異世界で……]
[読まなくていい]
[でも、質問が来てるから]
[答えなくていい]
[配信なのに?]
[それは、知らないやつに話すことじゃない]
見ていられない。
2年前の僕は、本当にその質問へ答えるつもりらしい。
僕はニットの袖口を指先まで引き、両手で顔を覆った。
「だからここを流すなと!」
「もう流れてる」
現在のコメント欄は、もう追えない速さで流れていた。
『エッ』
『まずい……』
『勇者助けて!』
『初心者いおりん見てられん』
『勇者が最初からコメントを止めてるw』
『コメ全部に答えようとしてて草』
『過去姫様、顔赤い』
『リョウの判断がまともだと?』
『配信なのに?が純粋すぎる』
2年前の僕は、質問になんと答えるのかより、答えてよいかどうかをリョウへ尋ねている。そして、答えなくてよいと言われても、まだ納得できていない顔だった。
質問が来た。配信をしている。
なら、答えなければならない。
それくらい単純に考えていた。
過去の僕は少し迷ったあと、またスマートフォンを見た。
[身体の変化は、召喚といっしょに起きました。召喚された時点で、たぶん高校生の女の子としては十分育ってた状態でした。なので、異世界でいちから育ったわけではないです。自然に育ってなくてごめんなさい。一応この身体で3年間生活しているため、日常生活や戦闘にも支障はありません]
「だから、そこまで答えるな!」
現在の僕が叫ぶ。
リョウが、意味の分からないことを言った。
「まあ、支障がないことは大事だろ」
「そういう問題じゃないよね?」
現在のコメント欄にも、似たような言葉はいくつか流れていた。
『姫様の答え終わってる』
『セクハラ被害者が謝罪してて草』
『この子いきなり巨乳になるのは不自然でしたって謝ってるの?』
『ちなみに今も支障ない?』
『勇者の検査が必要ですね』
『勇者の表情w』
『答えなくてよかったやつ』
『姫様謝らなくていい』
いまでも、同じような質問を面白がってする人はいる。
少し言い方を変えれば、答えてもらえると思っている人もいる。
ただ、そのすぐ横を、
『答えなくていい』
『姫様が決めていい』
という言葉が流れていく。
度が過ぎればモデレーターが対応するし、それ以上に好意的な声の方が、いまはずっと多い。
「これは、リョウが正しかったんだね。知らない人に聞かれたからって、答えなくていいことだったんだ」
隣のリョウが言った。
「今もだぞ」
「分かってるよ」
『2年前の姫様も悪くないぞ』
『続けてくれてありがとな』
『〈えらい〉』
『勇者も最初からナイスだった』
「……みんなありがと」
2年前の僕に対してまで「悪くない」と言ってもらえたことが、思った以上に嬉しかった。
さっきまでみたいに笑って流す気分には、もうなれなかった。
「ちょっとしんみりしちゃってごめんね。2周年なのに」
『2周年だからええんやで』
『たまにはしんみりしろ』
『すぐ勇者と姫様で遊び始めるから大丈夫』
『このあと俺の姫が来るので』
少しして、初めて映像がぴたりと止まっていることに気づいた。
いつの間にか、リモコンは僕の手に移っていた。
その親指が、一時停止のボタンを押していたらしい。
「……続き見ようか」
僕は再生ボタンを押し、リモコンをリョウに返した。
++++++++++
2年前の僕は、異世界での自分の胸の発育の経緯について真顔でおかしな謝罪をした。質問した視聴者から返事はなく、僕たちだけが、次のコメントを待っている。
「もう初配信が終わったみたいにまとめるなよ」
リョウが言った。
「でも、正直もう十分すぎるよ……」
現在のコメント欄は、賑やかなままだ。
『まだ開始10分なんですが』
『伝説の謝罪会見はむしろここから』
『俺の姫待機』
『2年前の人たち羨ましいんだが』
「『俺の姫待機』やめてね!」
過去の映像に、ようやく別のコメントが流れた。
【なんで男が姫になったの?】
過去の僕が答える。
[なぜ姫になったのか。その正確な理由は分かっていません]
一度、隣のリョウを見上げる。
[僕自身は、まずリョウが勇者として選ばれて、召喚術には勇者をサポートするお姫様も1人必要だったため、その瞬間にリョウの近くにいた僕が、その枠へ入れられたのではないかと考えています]
[数合わせ?]
リョウが聞く。
[簡単に言えば、ね]
[違うと思う]
[根拠は?]
[向こうは、最初からイオリを姫と呼んだ]
[姫の席が必要だったからでしょ]
[イオリだった]
[説明になってないよ]
現在のコメントは、2年前よりずっと速い。
『この説好き』
『〈なるほど〉』
『サポート役に男友達を調達したって勇者に彼女いなかったからだろ』
『勇者の説明不足は2年前から同じ』
『イオリだった……←w』
「質問は、この時のリョウに言ってね。いまのリョウに聞いても、同じ答えしか返ってこないから」
「イオリだった」
「ほらねっ!」
過去の僕は、質問の答えが不十分だったと思ったらしい。
さらに説明を続ける。
[そもそも、向こうに召喚された時、僕はまだ普通の高校生でした。リョウも。二人とも、その少し前に、高校の修学旅行から帰ってきたばかりで]
[覚えてる]
過去のリョウが、短く言った。
[同じ班だった]
[そう。京都と奈良を回って、二日目の夜にはリョウが全部の枕を僕の布団へ積み上げて──って、この話は今いらない!?]
[いる]
[いらないよ! とにかく、修学旅行から帰って、日常に戻って、その数日後に、いきなり、異世界のお城の、召喚陣の上にいたんです]
「よく考えたら、修学旅行の話、生配信でしなくても、よかったんじゃない?」
「班が同じだったな」
「それ、2年前も言ってるよ、リョウ」
『急に修学旅行で草』
『修学旅行まで設定あったのか』
『しょぼい修学旅行のリアリティいる?』
『枕の話は??』
『勇者~~枕の話の続きよろ』
『おまえら男どうしの修学旅行に興奮するなw』
その間、2年前の画面には、新しいコメントが一つも流れない。
現在のコメント欄は、異世界を設定だと思う人と、僕たちの関係に興味を持つ人が入り乱れている。
過去の僕は続ける。
[異世界側では、勇者と姫君の2人を呼ぶ召喚だったと説明されました。ただ、なぜ僕個人が姫君として選ばれたのかは、分かっていません]
[それから、もう一つお伝えしたいことがあって……。向こうには、王国があって、街や村があって、そこでは僕たちと同じように、普通に暮らしている人たちがいました]
過去の僕は、膝の上に置いた手へ少し力を入れて話す。
[魔王や魔物だけがいる世界ではありません。畑を作る人も、店を開く人も、家族と暮らしている人もいました]
[俺たちだけで3年間生きたわけじゃない]
リョウが、隣から付け加えた。
[はい。戦ってくれた人も、傷を治してくれた人も、毎日の食事を作ってくれた人もいました。僕たちが帰還できたのも、向こうの人たちが力を貸してくれたからです]
同時視聴開始前の異世界の話と結びつけたコメントが流れてくる。
『さっきのセシリアたちのことか』
『昨日の裂け目の向こう側にその人たちがいるかもしれない』
『沈黙やめて』
過去の僕たちの配信は、視聴者数が10人まで増えた。
でも、誰も返事をしない。
静寂が怖くなったのか、過去の僕は次の話へ進んだ。
[そして、僕たちの召喚と帰還が、地球のダンジョンへ何らかの影響を与えた可能性があります]
「ああ……ここまで言ってたかあ」
現在の僕は、2年前の自分を見ながら呟いた。
横でリョウが言う。
「全部説明しないといけないと思ってたからな」
「……そもそも、帰って4日で、なんで配信までしたんだろうね」
「説明しても、誰にも信じてもらえなかったから」
「……そうだった」
「1人でも見てくれる人がいて、記憶してくれればいい、って考えだったんだろう」
過去の僕たちは、まっすぐカメラを見ている。
『泣ける』
『誰にも聞いてもらえなかったから配信したのか』
『今は5万人も見てるぞ』
『きょうはすでにリアルタイム3位、チャンネル歴代も3位』
『帰還4日目の話をすぐ信じろは無理だろ』
『例の亀裂のあとに見ると重い』
『ガチっぽくなってきたな』
[もしこの召喚や帰還が、地球のダンジョン災害へ影響を与えたのであれば、説明する責任があります]
[説明するなら、俺もだ]
[分かってる]
[なら、イオリ1人の責任みたいに言うな]
[では、訂正します]
過去の僕は、本当に言い直した。
[僕たちが異世界へ召喚された時期と、地球で最初のダンジョン異常が観測されたという時期は、ほとんど一致しています。2人を移動させた召喚術が、地球側へ影響を与えた可能性を否定できません]
リョウが続けた。
[俺たちが向こうへ移動したことや、向こうでしていたことが、地球の異常に関係しているかもしれません]
僕が引き取った。
[僕たちは召喚術を使った側ではありません。でも、僕たちの移動が関係しているなら、調査からは逃げません]
『2年前から言ってることが同じだ』
『異世界はまだ保留』
『真面目すぎる』
『誰か返事してやってくれ』
現在のコメントは流れ続けている。
けれど、2年前の画面には、返事がない。
数秒の沈黙のあと、ようやくコメントが1件だけ流れた。
【設定乙w】
現在のコメント欄が、一瞬で反応した。
『うわ、ここか』
『原点きた』
『このあとだぞ』
『俺の姫待機』
2年前の僕は、まだその意味も、この先に何が起きるのかも知らない。
7話をお読みいただきありがとうございました!
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