異世界を救ったTS姫様と勇者は、現代に帰還しても男女カップルチャンネルの配信でてぇてぇ営業して生きていく。ダンジョン配信もやるよ   作:vhuphje

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第9話 TS姫様と勇者、初配信が終わったあと二人きりで反省会をした[回想編①]

 これは、2年前のこと。

 

 

 初配信の終了表示が消えた。

 本と空き箱の間へ立てかけたスマートフォンの画面から、配信中を示す赤い表示が消える。

 

 部屋には、古いノートパソコンの動作音と、小さな冷蔵庫の音だけが残った。

 

 イオリは折り畳み椅子へ座ったまま、もう何も映していないスマートフォンのカメラを見ていた。

 膝には、たいして守れなかった手書きの進行表を置き、その上へ両手を揃えている。

 王宮で人前へ立つ時にも、たった今の配信でも使っていた姿勢だった。

 配信が終わったことを、張りつめた身体だけがまだ理解していないかのようだ。

 

「終わったぞ」

「うん」

 

 返事はかえってきたが、進行表を押さえた指は動かなかった。

 

「イオリ」

 

 二度目に名前を呼ぶと、右の眉だけがかすかに動いた。

 声は届いている。

 けれど、身体を配信中の緊張からとくところまでは届いていなかった。

 

 俺は机の向こうから、イオリを見る。

 

 低く結んだ髪は乱れ、白い内側の髪が濃紺の服へ張りついていた。

 その身体も姿勢も、3年間を生きたイオリ自身のものだ。

 それでもイオリは、帰ってきた地球で、自分が本人だとどう説明すればよいのか分からなくなっていた。

 

「最大同時視聴者数は11人。最後まで残ったのは9人」

「ああ」

「1人は、帰れてよかったって言ってた」

「そうだな」

 

 ようやく、イオリが両手をほどいた。

 紙の縁を押さえていた指先へ、細い赤い線が残っている。

 

「でも誰も信じなかった」

「1人は分からないって言ってた」

「信じたとは言ってない」

「まあそうだな」

「僕たちは3年間、本当に向こうで生きてたのに」

 

 声が、配信中より低くなる。

 

「魔王もいた。死んだ人もいた。リョウの右腕も、僕の背中も、いまも痛い」

「ああ」

「帰るために、向こうの人たちにも手伝ってもらった。帰れないかもしれないって、何度も思った」

「ああ」

「それが全部、僕たちにしか分からない話のまま終わった」

 

 俺は、何を言えばいいのか分からなかった。

 本当だと言えばいいのか。俺が知っていると言えばいいのか。

 どちらも、イオリが欲しい答えとは少し違う気がする。

 

「家族にも、すぐには僕だって分かってもらえなかった」

 

 イオリが、自分の手を見る。

 細い指。召喚前とは違う掌。

 

「記憶を話して、昔のパスワードを入れて、家の中のことも全部答えた。それでも、身体が違うから、調査が必要だって……」

「必要なんだろ」

「分かってる」

「100%疑ってるわけじゃない」

「それも分かってるよ」

 

 イオリの言葉が少しだけ速くなった。

 

「分かってるけど。僕が僕だって説明するたびに、僕の知ってることが、証拠として切り分けられていくみたいで。僕たちは帰ってきたのに、帰ってきたことだけ、誰にも分からない」

 

 イオリが俯いた。その拍子に長い髪が肩から前へ落ちる。

 薄灰色の右袖から肩へ回る、帰還術で焼けた金糸へ、白い毛束が絡みかけた。

 俺は手を伸ばし、その白い毛先を、するりと外す。

 

「何?」

「絡んでたから」

「いま、髪はどうでもいいでしょう」

「切れたら困る」

「僕が?」

「俺が」

 

 イオリがぱっと顔を上げた。黒灰色の目が、俺を見る。

 

「……どうしてリョウが困るの」

「綺麗だから」

「いま言うことじゃないよ」

「嘘は言ってない」

「そういうところ、3年前から何も変わってない」

 

 イオリは呆れたように息を吐いた。

 それでも、さっきより声が戻っている。

 俺は外した髪を、イオリの肩の後ろへ流した。

 

「俺は知ってる」

「何を?」

「イオリがイオリだってこと」

「リョウが知ってるのは当たり前でしょ」

「ああ」

「最初から一緒だったんだから」

「ああ。でも、俺が知ってるだけじゃ足りないなら、ほかのやつにも話せばいい」

「さっき話したよ」

「一度で全部話したからだ」

「本当のことだから話したんだよ」

「……多すぎたんじゃないか?」

 

 イオリが止まった。

「何が?」

 

「異世界へ行った。身体が変わった。勇者と姫になった。魔王を倒した。帰ってきた。地球のダンジョンは俺たちのせいかもしれない」

 

 一つずつ指を折る。

「11人には多い」

「人数の問題じゃないと思う」

「俺にも多かった」

「リョウは一緒にいたでしょう」

「だから分かった」

 

 イオリが、もう何も映していないスマートフォンを見る。

 

「向こうでは、姫君だった僕へ直接話しかけられる人は、最初から限られてた」

「ああ」

「ここでは、僕が選ばないといけないんだね」

「何を」

「読むコメント。答える質問。話す順番」

 

 しばらく考えてから、イオリは膝の上の進行表を持ち上げ、裏返す。

 何も書かれていない面へ、大きく文字を書いた。

 

【次回】

 

「何をするつもりだ?」

「質問に答える」

 イオリのペン先が、紙の上をさらさらと走り続ける。

 

「今日は、僕たちが言いたいことを全部詰め込んだから……」

 

 剣と魔法。姫君。元男子。

 異世界の食事。魔王のこと。帰還した方法。

 イオリは、視聴者が疑問に思いそうな言葉を並べていく。

 

「次は、見ている側が何を分からないのか、一つずつ拾って、ていねいに答える」

「異世界の全部が分からないと思うぞ」

「だから、一回で説明しようとしたのが間違いだったんだよ」

「信じるか?」

「それは、そのあと」

 

 イオリは机へ身を乗り出し、昔から変わらない持ち方でペンを走らせていた。

 

「もう一回やるか」

 

 ペンが止まった。

 イオリが首を少し傾け、俺を見る。右の眉が上がっていた。

 

「……一回だけやろう」

「ああ」

「それで、誰も信じなかったら終わり」

「ああ」

 

 「一回だけ」と決めたあと、イオリはもう一度【次回】と書いた紙へ向き直った。

 さっきまで紙へ跡を残すほど強く握っていたペンも、今度は普通にさらさら走っている。

 

「リョウも、勝手に『俺の姫』とか言わないで」

「事実だろ」

「その、所有格を外してっていってんの!」

 短期滞在室の白い壁へ、イオリの声が響いた。

 配信中よりよく通った。

 

 

+++++

 

 

 2年後。現在。

 

 2周年配信の終了表示が消えた。

 

「……終わった」

 

 イオリはソファへ沈んだまま、ノートパソコンを膝へ引き寄せた。

 配信管理画面を開く。

 

「最大同時視聴者数、72,284人」

「多いな」

「多いよ。歴代1位だよ」

「そうか」

「これまでの1位だった討伐も、2位だった昨日の第三新宿の裂け目も抜いた」

 

「……このチャンネル、ほんと何を見に来られてるの?」

「イオリ」

「全部に僕いるよ!リョウも!」

 

 管理画面を下へ送るイオリの指が止まった。

 

「……あ」

「どうした」

「登録者も45万人越えてる。裂け目の件の前は43万人台だったのに。まあ45万人は記念とか考えてなかったからいいけど」

「おめでとう」

「リョウもこのチャンネルの運営側なんだけど?」

「イオリが回してるからな」

「そういう問題じゃないよ」

 

 そんなことをいいつつ、イオリは小さく微笑んだ。

 

 ダンジョンができた直後から配信を続け、登録者100万人を越えている先輩たちには、まだ遠い。俺たちは、地球の探索者としては後から来たから。

 でも、2年前、最初の配信を最後まで見ていたのは9人、最高でも11人。

 

 今日見た人は、その数千倍。

「向こうの世界がネタ扱いなのはあまり変わらないけど……でも、配信者としては、さすがに成長したね」

 

 2年前、「次でも誰にも信じてもらえなければ終わり」と言った。

 それでも、俺たちはその次も、そのまた次も配信した。

 

 イオリのノートパソコンに、新しいメールが届いていた。

 探索庁からだ。

 

【探索庁から追加共有】

【第三新宿の観測記録と一部特徴が類似する未分類波形を検出をしています】

【現地観測の補助と委託を依頼】

【予定期間 X月X日より2泊3日】

【業務範囲・報酬・補償条件は添付資料参照】

 

 イオリの指が止まる。

 

 俺も画面を見る。

 宛先には、「相沢様」「小宮様」と並んでいた。

 

 2年前、本人確認と異常事例の調査を受ける側の書類へ書かれていた名前。

 いま届いた依頼では、現地観測を補助する協力者として求められている。

 

「同じ亀裂か?」

「まだ分からない」

 

 イオリは詳細を開いた。

 添付資料には、観測地点や現地拠点、担当業務と委託報酬、事故時の補償範囲、公開可能区域、それに携帯型空間歪計の貸与予定まで並んでいた。

 

「行くか?」

「行く。もちろん」

 

 返事は早かった。

 

「第三新宿で取った記録と、現地で取る波形を直接比べられ。携帯型の歪計が使えるなら、昨日より細かい変化も取れる」

「ああ」

「同じものなら、僕たちが確認した方が早い。第三新宿以外でも起きてるなら、放置できない」

「ああ」

「ただし、配信で場所は言わない。探索庁と公開範囲を確認して、許可された区域だけ映す」

 

 イオリは依頼条件を確認し、受諾する意向と、配信で公開できる範囲について探索庁へ返信した。運営担当にも、遠征予定を共有する。

 

 そんなことを話しながら添付資料を見直していたイオリの指が、ふと止まった。

 

「……リョウ」

「なんだ」

「僕たち、今のダンジョンは知ってるよね」

「ああ」

「管理ゲートも、誘導線も、観測器も。どういう手順で探索するかも」

 

 イオリは、いま閉じたばかりの依頼資料を見る。

 

「でも、最初の頃を知らない」

「こっちにいなかったからな」

「3年間、丸ごと」

 

 ダンジョンが最初に見つかった時。

 まだ探索者という仕事も、入域の手順も、いまの観測設備もなかった頃。

 

 資料では読んだ。

 帰還してからの2年間で、今の制度も仕事も覚えた。

 

 けれど、その時に現場へいた人が何を見て、何を異常だと思い、どうやって今の形までたどり着いたのか。

 それを、俺たちは知らない。

 

「第三新宿と別の場所で似た波形が出てるなら、そこも知っておきたい」

「誰に聞く?」

 

 イオリが、配信予定の一覧を開いた。

 

 遠征とは別に、何度も日程だけが動いていた予定がある。

 

【榊ミナトさん 初コラボ】

 

「あ」

 

 イオリの声が少し上がった。

 

「ミナトさん」

「ああ」

「ダンジョン発生初期から探索に関わってるんだよね」

「そう聞いてる」

 

 イオリが画面を見たまま、少しだけ考える。

 

「……聞きたいこと、増えた」

 

 イオリは、正式な依頼への返答を終えると、今度は初コラボの配信予定を開いた。

 

「今度は、僕たちが聞く番だね」

「何を」

「僕たちがいなかった間の、地球のこと」

 

 イオリは配信タイトルの下書きを書き換える。

 

【初コラボ 先輩探索者・榊ミナトさんに、最初の頃のダンジョンを聞きます】

 

「これでいく」

「質問するだけか?」

「初コラボだし。聞きたいこといっぱいあるよ」

 

 イオリは、もともと用意していた質問メモを開いた。

 

 初めてダンジョンへ入った時、何を持っていった?

 最初に見た魔物は?

 初めて持ち帰った素材は、いくらになった?

 昔の探索者って、どんな格好をしてた?

 配信を始めたきっかけは?

 

「けっこうあるな」

「先輩に聞きたいこと、前からあったからね」

 

 その下へ、イオリは新しい質問をいくつか書き足した。

 

 ダンジョンが見つかったばかりの頃、何が一番おかしいと思った?

 今ある誘導線や観測設備は、最初からあった?

 昔と今で、一番変わったものは?

 

「……最後のほうだけ、なんか急に仕事っぽくなったな」

「増えたんだよ。聞きたいことが」

「で、探索庁の遠征の準備は?」

「コラボ企画のあとでも間に合うよ」

 

 イオリは質問メモを見直した。

 

「これ、全部聞くのか?」

「全部聞けるかは分からない。でも、聞けるところまで」

「増えたな」

「僕たち、その3年間を知らないから」

 

 俺たちが異世界で生きていた3年間。

 地球では、誰かが最初のダンジョンへ入っていた。

 

+++++

 

 翌日。

 

 配信開始の表示が点灯した。

 

「こんばんは。〈勇者と姫の帰還配信〉の小宮イオリです」

 




9話をお読みいただきありがとうございました!

初配信の日を振り返りならが2年間の成長を実感する夜でした。
次のお話から、異世界と、ダンジョンのできた地球の謎に迫るコラボ配信回をお届けする予定です!

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どうせ、よろしくお願いいたします!
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