異世界を救ったTS姫様と勇者は、現代に帰還しても男女カップルチャンネルの配信でてぇてぇ営業して生きていく。ダンジョン配信もやるよ 作:vhuphje
「陥没事故?」
「うん。ただの道路の陥没事故。5年前のね」
ミナトさんが言う。
僕たちが知っているダンジョンには、どこでも、入域ゲートも誘導線も、観測設備もある。初心者向けの案内まで揃っている。
その入口が、最初はただの穴だった。
「道路が落ちたんですか?」
「そう。公園の前の大きな道路。まず困ったのは、そこを使ってた人たち。通れないし、このまま、周りまで崩れたら危ないでしょ?」
「そうですね」
「だから、通行止めにして、道路の下がどうなってるのかを調べてた」
『亀戸陥没事故』
『姫様たちこの頃いないのか』
『知らんのかい』
『初期ダンジョンの生き証人みなとん』
『俺も知らん』
『勉強します』
「僕、もっとこう……最初から『正体不明の地下空間を発見!』みたいなのを想像してました」
「ダンジョンを探してたわけじゃないからね」
「ですよね」
モニターの端を見ると、僕と同じように初めて知ったらしいコメントと、すでに知っているらしいコメントが混ざっている。
今日はミナトさんの視聴者もかなり来ているから、その差がいつもより分かりやすい。
「そういうのは普通は水道管が壊れたとかなんだけどね。でも、水が溢れてくるとかはなくて。原因が分からないと、道路もちゃんと直せないからね」
「それで下を調べた?」
「うん。そしたら、図面にない空間があった」
「……そこでダンジョンだって?」
「そんな簡単には決まらないよ?」
ミナトさんが笑って言う。
「図面に載ってない空洞が見つかっただけ。そんなものが道路の下にあったら、今度は『どこまで続いてるんだ』って困るでしょう?」
『姫様たちガチで知らない?』
『歴史講座ハジマタ』
『懐かしい』
『地元だけど事故で京葉道路一帯がオワコン化してた』
『当時「ダンジョン」という選択肢がない』
「分かってますよ!ダンジョンって言葉がなかったのは。僕がいま結果を知ってるから、そっちへ引っ張られてるだけです」
ミナトさんが続けた。
「まあまあ。で。だから、中を調べていくわけ」
それまで黙っていたリョウが聞いた。
「最初に変だと思ったのは?」
「風だったって」
「風?」
「穴の奥から、少しだけ空気が流れてきたって」
『この話か』
『風?』
『刑事映画とかでよくあるやつwww』
『帰還配信のキッズはよく勉強しとけ』
『勇者も興味ありそう』
「いま『あーこの話か』って言ってる人いますね」
僕が読むと、ミナトさんもモニターへちらりと目を向けた。
「昔の配信で話したことあるからね」
「じゃあ今日は僕が初見代表です。知らない人は僕と一緒に驚いてください」
リョウが質問を続けた。
「風が吹いてるから、別の出口があると思った?」
「そう。どこか別の地下空間につながってるんじゃないかって。それで調査が続いた」
僕も聞く。
「……だから記録して、先へ入る?」
「うん。そういうこと」
なるほど。
「じゃあ、『広さ』がおかしいって分かったのは、そのあとですか?」
「あと。色々歩き回って、その先にドローンを突っ込んで、調べ回った結果なんだよね。それを地上の図面に重ねたら、合わなかった」
「どれくらいですか?」
「その距離を歩いたなら、とっくに道路の反対側まで抜けてるはずなのに、まだ地下が続いてた、みたいな。そういうのがいくつもあったわけ」
「…それで、どうなるんですか?」
「まずは、機械を疑うでしょ。道路の下の空間の物理法則がおかしいよりは、測量機器が壊れてる方が普通でしょう? でも、何回測り直しても結果が変わらなかった」
『怖い』
『〈なるほど〉』
『非常事態なんだよなあ』
『物理法則終わる』
僕たちは、帰還した日から、それをダンジョンだと知っていた。
でも最初の人たちは、ダンジョンを探していたわけじゃない。
目の前の困りごとを、一つずつ調べていただけだった。
「これ、もともと考えていた質問に近いんですが、最初に入った人って、装備は何を持ってたんです?」
「工事用のヘルメット」
「探索用じゃなくて?」
「道路の下を調べに行く人だからね?」
「たしかに……」
『まだ探索者いません』
『工事用ヘルメットです』
『今の探索者が聞くと逆に新鮮だな』
『調べてたの工事業者とかだからね』
「『まだ探索者いません』って分かってますって!」
僕はコメントを見ながら言ってから、少し考える。
「いや、いま聞いたから分かったんですけど」
リョウが笑っている気配がした。
「リョウ、今笑った?」
「笑ってない」
「口元がちょっと動いた」
「見てるな」
「隣だから見えるんだよ!」
これを続けるとコメントがまた別方向へ行きそう。
すぐにミナトさんに視線を戻し会話を続ける。
「ほかには?」
「ライトとロープ。普通の作業着。測量する人は測量機材。あとは登山用のザックを使った人もいたかな」
「昔の探索者、本当に現場作業員みたいですね」
「いまみたいに、ちょっとレジャーっぽくなったのは、入る人が増えた1年以上たってからだねえ」
『市販の探索服最初に出たとき炎上したよな』
『姫様達が戻ったのが作業員時代じゃなくてよかった…』
『何着てもかわいいよ』
「えーと……たしかに、僕たちはおしゃれな探索服しか着たことがありませんが。じゃあ、どうやって今みたいに、たくさんの人が探索服を着て、気軽に入れるようになったんですか? というか――」
僕たちが地球に帰ってきた場所、そして異世界への裂け目かもしれないものを見つけた場所、第三新宿ダンジョンを思い出した。
「――いまって、亀戸よりほかのダンジョンの方が人が集まってますよね?」
「うん。亀戸の事故を調べてる途中で、ほかにも同じようなものが見つかったんだよね」
「同じようなもの?」
「いまの第一新宿。高層ビルの工事現場だった」
『新宿きた』
『二個目』
『こっちの方が覚えてる人多そう』
『当時ニュースやばかった』
リョウも少し身を乗り出した。
「工事してたら出てきた?」
「そう。地下を掘ってたら、図面にも工事計画にもない空間につながった。調べてみたら、こっちも地上の広さと合わない」
「……亀戸と同じ」
「似てた、だね。正確には」
ミナトさんがそう言ったところで、コメントがいくつか続いた。
『さすがに覚えてる』
『世界中で出始めた』
『新宿→福岡→上海→メルボルンだったか』
「あ、世界で出始めたってコメントありますけど」
「うん。少し遅れて、ほかの国からも似た報告が出てきた」
「日本が最初だったんですねえ」
「もしかしたら他の国にもあったかもしれないけれど、確認されたのは日本が最初。そこでようやく、亀戸の地下だけに起きた変な事故じゃない、ってなったんだよね」
最初に確認されたのが日本、それも東京なら……。
5年前、東京にいた僕たちが向こうの世界へ召喚されたことと、地球のダンジョンには、やっぱり何か関係があるのかもしれない。
でも、ここでその話を始めたら、今日の質問が終わらない。僕はメモへ視線を戻した。
「……それは、調査を急ぎますね」
「急いだよ。何なのか分からないものが、次はどこで見つかるかも分からないから」
「調べる人も一気に増えた?」
「増えた。亀戸だけじゃなくなったからね。測る人、生き物を見る人、地質を見る人、いろんなところから集まった」
「なるほど……」
僕はメモへ視線を落とす。
道路を直すために始まった調査が、いつの間にか、正体不明の地下空間そのものを調べる仕事へ変わっている。
「それで、そうこうしてるうちに――」
ミナトさんが少しだけ間を置いた。
「今度は、魔物まで見つかった」
「……魔物?」
僕が顔を上げる。
『きた』
『ガチで危なくなる』
『ここまでの話は魔物なしだったのか』
「正確には、その時はまだ誰も魔物なんて呼んでなかったけどね」
「危なかったんですか?」
「最初に見つかった小さいものは、それほど。でも調査範囲が広がると、人に向かってくるものも、大きいものも見つかった」
「それは……、工事業者さんが対応する話じゃないですね」
「そう。だから、武器を持った警備の人たちまで付くようになった」
「警備の人たちは普通の装備だった?」
「最初はね。地上で使ってたものを持ち込んでた。ダンジョン専用の戦い方なんて、まだないから」
「なるほど」
リョウが納得したように頷いていた。
危険の話になると、リョウの質問が急に具体的になる。
「でも、それだけなら危険な場所が増えただけですよね? まだいまのダンジョンのイメージには……」
ミナトさんがリョウに返す。
「そうだね。そこで、もう一つ大きかったのが魔力」
「ああ!」
今度は僕にも分かった。
「それで、地球の人が、魔力を使えるようになった?」
「そういうこと! 最初に確認されたのは、調査や警備で何度も中へ入っていた人たち」
『魔力発現きたーーー』
『調査組からだったんだ』
『この辺ほんと世界変わったよな』
「最初から『魔法が使えた!』って分かったわけじゃないよ。急に身体能力が上がった人がいたり、手から熱を発した人がいたり、触れていない物を動かした人がいたり。それぞれ別の現象として調べられてた」
「あとから、同じ力だって分かった?」
「うん。それをまとめて魔力と呼ぶようになった」
僕たちにとっては、異世界へ行った時からそこにあったものだ。
でも地球では、魔力という言葉さえ、現象を見つけてからつけられた。
「そうなると、魔物にも対抗できる人が増える」
「それもある。でも、もっと大きかったのは、中から持ち帰ってたものの意味が変わったことかな」
「素材?」
「石とか結晶とか、魔物の一部とか。それまで正体不明の試料だったものが、魔力に反応するって分かってきた」
『調査試料が資源になる瞬間』
『ここで値段がつくようになるのか』
『資源化』
「なるほど……。それで、研究する人が増える。欲しい人も出てくる」
「企業もね」
そこで、ようやく腑に落ちた。
「……だから、いくつもダンジョンが見つかったことが大事なんだ」
「うん?」
「一か所だけの変な穴なら、危ないから封鎖して調べる。でも、あちこちにあって、中から地上にない資源まで取れるなら――」
「一時的な事故じゃなくなる」
ミナトさんが続きを引き取った。
「これからも付き合っていく場所だって考えないといけなくなったんだよ」
『ダンジョン産業の始まり』
『新宿サラリーマン最強の副業誕生や!』
『そういうことね』
リョウが口を挟んだ。
「それで取りに行けるってわけでもないですよね」
「もちろん。魔物の危険と隣り合わせだからね。どこに何がいるか。どのくらいの頻度で出るか。どこまでなら比較的危険が少ないか。入って、戻って、記録する」
僕はやっと気づいた。
「もしかして、ミナトさんの〈探索記録〉って……」
ミナトさんが今日一番嬉しそうに笑った。
「あ。やっと気づいた? 私は、亀戸の距離異常が何度測っても消えなくて、調査チームが増員された頃から入ってたんだけど、このときの調査状況の公開できるものをブログにしてたのが、〈探索記録〉のはじまりなんだよ」
『みなとんの仕事に帰ってくる』
『伏線回収wwww』
『姫様みなとんの歴史を掘ってくれてありがとう』
『〈なるほど〉』
「そういえば……最初は伝聞だったのが途中から自分のことみたいになってましたね。……それで、浅いところなら、比較的安全な範囲が分かってきたということ?」
「そう。ただし、『絶対に強い魔物が出ない』じゃないよ」
「危険度が低い、ですね」
「そう。そこまで分かって、警備や装備や入域条件も整って、ようやく調査関係者以外も条件付きで入れるようになっていった」
『やっと一般開放』
『長かった』
『今の浅層区分ここからか』
『インフレ時代の救世主ダンジョンの誕生』
僕はコメント欄を追いながら、頭の中でも順番を並べ直す。
「……なるほど。だから、あの道路の穴が、僕たちの知ってるダンジョンになったんですね」
「そういうこと」
ようやく、僕にも今の地球まで道がつながってきた。
道路を直すために穴へ入った人がいた。
その人を守るために入った人がいて、地下で使える力を見つけた人がいて、持ち帰ったものの使い道を探した人がいた。
そして同じような場所が各地で見つかり、そこへ継続して人が入るための仕組みが必要になった。
その先に、僕たちが帰ってきた時の「ダンジョン」がある。
「……これ、まだ続きますよね?」
僕が聞くと、ミナトさんがまた笑う。
「続くよ。このあと、探索者って呼び方が定着して、専用装備ができて、素材の取引も整って、管理制度も変わっていくから」
「今日、全部やったら歴史の話だけで終わりますね」
『もうかなりやってるw』
『地球ダンジョン史5年分だからなあ』
『続きも聞きたい』
『歴史回単独でやって』
モニターにも、続きを求めるコメントがかなり流れている。
「じゃあ、ここから先は別のコラボでやりましょう」
「いいよ。今度は最初から歴史回にしようか」
「決まりですね。僕も今度はちゃんと予習してきます」
『歴史コラボ決定や!』
『みなとん先生またお願いします』
『異世界の歴史もやっていいのよ?w』
そこで、ダンジョン史の話はいったん切った。
そのあとは用意していた質問へ戻って、最近使っている装備や探索中の食事、お互いの配信で気になっていたことまで話した。三人で喋っているうちに、画面の横へ置いていた質問メモもだいたい埋まった。
配信の終わりが近づいたところで、僕はモニターの時刻を確認する。
「それじゃあ最後に、三人から次回コラボのお知らせです」
『きた』
『待ってました』
『次はミナト枠だな!』
「次は僕たちのチャンネルじゃなくて、ミナトさんの〈ミナト探索記録〉にお邪魔します」
僕から振ると、ミナトさんがカメラへ向き直る。
「場所は、今日ずっと話していたところ。江東ダンジョンの亀戸口です」
あらかじめ用意していた告知画像を画面に出す。
【次回コラボ
江東ダンジョン・亀戸口
〈ミナト探索記録〉】
『亀戸きたあああ』
『現地コラボ!』
『今日の話からそこ行くのいいな』
『歴史トーク自体が次回の宣伝やんけ!』
『商売上手すぎる姫様』
『みなとん枠了解』
「人類が最初に確認したダンジョンへ、今度は三人で探索に入ります」
僕が言うと、リョウも続けた。
「昔の場所を見るだけじゃなくて、普通に探索の仕事もするんだよな?」
「もちろん」
ミナトさんが頷く。
「今の亀戸でやってる観測や記録を手伝ってもらいます。今日は昔の亀戸の話だったけど、次は今の亀戸ね」
「僕たちも普通に仕事します」
「俺も了解」
『三人探索!』
『現場のみなとん楽しみ』
『勇者と姫様が世界最初のダンジョンへ』
『帰還配信民みなとん枠集合』
5年前、道路の下に開いた穴から始まった場所。
次はそこへ、僕たち三人で入る。
11話をお読みいただきありがとうございました!
異世界より先に地球の謎に突き進んでまいります!
9話をお読みいただきありがとうございました!
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