異世界を救ったTS姫様と勇者は、現代に帰還しても男女カップルチャンネルの配信でてぇてぇ営業して生きていく。ダンジョン配信もやるよ 作:vhuphje
江東ダンジョンの亀戸口は、駅前の喧騒から少し離れた大きな公園のそばにあった。
その出入口に面した道路沿いには灰色の管理棟、木々の向こうには広場や遊具。
さらにその脇を、自転車や散歩中の人が普通に通っていた。
そんな街の景色の中に、地下へ続く入域ゲートがある。
5年前、ここは、道路の下に開いた正体不明の穴だった。
「……なんだか、写真と全然違いますね」
僕はミナトさんの端末に映っている当時の写真と、目の前の景色を見比べた。
規制線と工事用の照明に、その周囲を動く作業着とヘルメット姿の人たち。
写真の奥には、道路の下へ開いた穴。
ミナトさんとの2度目のコラボは、江東ダンジョン・亀戸口を3人で探索する様子を〈ミナト探索記録〉で配信する企画だ。
配信開始から10分ほど。僕たちはまだダンジョンの外で雑談していた。
コメント欄には、僕の感想と似たような反応と、全く違うものを見ているものが入り交じる。
『ここが亀戸口か』
『新宿ビル街のダンジョンしかいかんから新鮮』
『のどか』
『みなとん今日は髪しばってる』
『勇者でかい姫様ちっちゃい』
『住宅街の真ん中やんけ』
前回の室内配信とは違って、ミナトさんは長い髪を後ろでまとめている。
僕も長い髪を低くまとめ、黒のインナーにネイビーのジャケット、細身のカーゴパンツといういつもの探索装備。
リョウは隣で、いつものように剣を下げていた。
「場所はこの写真とほぼ同じだよ。道路自体は作り直されてるけどね」
管理棟の前では、装備を整えた探索者たちが絶えず行き来する。
ゲートへ向かう途中で僕たちに気づき、足を緩める人も少なくなかった。
「ミナトん、配信頑張ってー!」
少し離れたところから声が飛んだ。
「ありがとー!」
ミナトさんが慣れた様子で手を振り返す。
今度は反対側から歩いてきた探索者が「お疲れさまです」と声をかけ、ミナトさんも普通に「お疲れさまです」と返していた。
『みなとん顔広い』
『相変わらずホーム感すごい』
『知り合いおるな』
それに比べると、僕とリョウに向けられる反応は少し違った。
気づいて二度見される。目が合えば、少し遠慮がちに頭を下げられる。
そのたびに会釈を返していたけれど、ミナトさんみたいに、気軽に声をかけてくる人はあまりいなかった。
『勇者と姫様には距離あるの草』
『現物いたらちょっと声かけづらいわw』
『下町民、姫に近寄れずw』
『扱いの差www』
「……僕たち、怖がられてません?」
「はは。有名人だからじゃない?」
ミナトさんが笑いながら言う。
「新宿の浅層なら、もう少し普通に声かけてもらえるんですけどね……」
「あっちは二人のホームみたいなものでしょ」
「ミナトさんだって有名でしょう」
「私はここだと、昔からいる人だからねえ」
リョウがぼそっと言った。
「俺は別に、このくらいでいいけど」
「リョウはそうだろうけどさ」
ミナトさんがこちらを振り返って言った。
「私はこの町がホームだけど、二人って亀戸には来たことあった?」
僕が先に答える。
「ありますよ。高校受験の時に、亀戸天神へ」
「ああ、合格祈願?」
「はい。おかげさまで合格しました!」
ミナトさんが続けた。
「リョウくんは?」
「ラーメン食いに来ました。イオリと」
「……え?」
僕は隣を見る。
「リョウ、いたっけ? 高校入る前だよ僕が来たのは」
「なんか、イオリがお礼参りに行くとか言ってた時だよ。便乗して来た」
少し考えて、ようやく記憶がつながった。
「……ああ! 高校入った後にも来たんだった」
『お礼も欠かさない姫様かわいい』
『最近高校生思い出要素の推し激しい』
『え?あの極太のやつ?』
『野菜めっちゃ乗ってるところ?』
『もしやあそこか』
『男子高校生なら行くわw』
『これがTS姫様の男子時代ってやつかあ』
僕はつい、コメントに乗ってしまった。
「そうそう。すごく太い麺で、野菜が山みたいになってるところ」
「二人とも完食したな」
「食べたねえ」
その頃は、僕もリョウも高校1年の男子だったのだ。
朝ごはんもまともに食べずに電車で天神さまにお礼参りにきて、そのままオープン前の行列に並び、大盛りのラーメンを普通に一杯ずつ食べて、真っ直ぐ帰って、リョウの家でゲーム。
高校1年生ならではの暇な一日。
そんなことを思い出しながら語っているうちに、コメント欄の流れが妙な方向へ変わる。
『待って姫様も完食したの?』
『今もいける?』
『また一緒に完食すれば男子の親友だと証明できるゾ』
『胃袋も変わってるんかな』
『検証不可避』
「…………」
僕はそっとコメント欄から視線を外した。
なんで僕が大盛ラーメンを完食して、男子だったことを証明しないといけないんだ。
「イオリちゃん?」
「……そろそろダンジョンへ行きましょう」
「また食うか?」
リョウまで聞いてくる。
ミナトさんまでのってくる。
「じゃあ今度、三人で亀戸食べ歩き配信する?」
リョウがさらに楽しそうに言う。
「ラーメンの食べ歩きな」
「そうね。まずはラーメンね」
「しません!絶対しません!」
『あ』
『焦ってて草』
『即答www』
『亀戸グルメ回確定か』
『ジャンル変わってる』
「食べ歩きって、何軒か回る企画でしょう!? あれを一杯食べたら一軒目で終わりますよ?」
「俺、残り食えるぞ」
「リョウも成立させようとしないで!」
『w』
『勇者がいた』
『問題解決や』
『何軒でもいけるな』
『企画成立してて草』
『ラーメン→餃子→ホルモン』
「成立してません!」
モニターには、いつの間にかラーメン以外の食べ物まで流れ始めている。重たそうなB級グルメばかりだ。
いやだ。
いつものとおり、無理やり話題を変える配信者特権を使おう。
「……僕たちがラーメン食べてた頃には、ここ、まだ普通の道路だったんですよね」
「そうだね」
僕たちが地球からいなくなっている間に道路へ穴が開き、それが、人類が最初に確認したダンジョンになった。
そして今は、僕たち自身が探索者として、その入口に立っている。
ミナトさんが端末を持ち直した。
「じゃあ、食べ歩きの話はまた今度にして」
「やるとは言ってませんからね」
「仕事しようか」
「はい」
ミナトさんがやっと助け舟をくれた。僕も端末を探索用の表示へ切り替える。
「今日は、浅層にある定点観測機を10か所確認するよ」
「これ、僕たちも仕事でよくやります」
観測値を読み、機械と周囲に異常がないか確認する。
この作業には慣れている。
だけど、今日はこれについても、前から僕自身が気になっていたことを聞くチャンスだった。
半分はリスナーの理解のためで、半分は僕たち自身のための質問。
「正直に言うと、僕たちって『何のためにこれをずっと続けてるのか』は、ミナトさんほど詳しく分かってないんです」
『わからずにやるな』
『普段エアプで説明してるの草』
『聞き手姫様もアリ』
『みなとん先生また出動か』
「なので……改めて教えてもらっていいですか。これ、何を見つけるためにやってるんです?」
「うーん、大きく言えば、ダンジョンが変わってないかを見るためかな」
観測するのは魔力濃度や空間の歪み、温度や湿度、それに壁や地面の状態。
同じ場所の記録を取り続け、異常な変化を拾う。
「一つの数字が少し変わっただけなら、何とも言えない。でも、いくつもの値が一緒に動いたり、現地の状態まで変わったりしたら気になるでしょう?」
リョウが食いつく。
「歪みを警戒しているのはわかっているんですが、実際に数字が大きく動いたとき、何が起きるのか、はっきり理解できてないです」
『勇者が聞くのはガチ』
『歪みの意味分かってる帰還配信リスナー0人説』
『真剣か』
『みなとんほんま覇権初期探索勢やな』
ミナトさんが答える。
「大きいのは空間異常と魔物。新しい空間ができるとか構造が変わるとか、そういうのの前に、大きな変動が出る場合がある。そこまでいかなくても、魔力や空間の状態が変化した場所は、魔物の数とか種類が突然変わることもある。この関連性が分かる前の初期調査は、本当に危険だったんだよ」
『こわ』
『ダンジョンって常に形変わるの?』
『浅いところでも?』
『魔物増えるの嫌すぎる』
『資源の元だからなくなっても困る』
「だから、浅層だからずっと安全ってわけでもないんですね」
「そういうこと。異常を見つけるには、何も起きてない日の記録も必要になる」
「普段が分からなかったら、今日だけ数字が違っても、それがおかしいのか分からない?」
「うん」
今まで仕事で何度も確認してきた観測値が、少し違って見えてくる。
「5年前は『ここが何なのか』を調べてた」
「そう」
「今は『ここが昨日までと同じか』をずっと見てる」
「そういうことだねえ」
僕は端末へ視線を戻す。
魔力の濃度や温度の隣には、空間歪曲値という項目がある。
『もしかして第三新宿の裂け目もそれ?』
『やっぱ歪み=異世界では?????』
『考察厨が活性化してる』
『このコラボ普段聞かない話が出ていい』
「……僕も気になってます。『第三新宿の裂け目もそれ』、なのか」
僕たちのチャンネルでやった配信では飲み込んだことを、流れてくるコメントに便乗して、つい口にした。
「同じものかは分かりません。第三新宿で見つけた裂け目も、まだ何なのか分かってないので。ただ――」
その向こうに一瞬だけ見えた景色を思い出す。
「もしかしたら、こういう歪みの先に異世界があるのかもしれないとは思ってます」
『姫様の異世界考察キターーー』
『うおw』
『ここまで言うの珍しい』
『設定乙w』
『そういえばみなとんの見解はどうなの?』
『結局まだわかってないのか?』
「はい。まだ分からないです」
僕が答えると、ミナトさんも頷いた。
「私も、異世界につながってるかどうかは分からないよ。でも、歪みがあるなら測れるでしょう?」
「記録しておけば、あとで比べられる?」
「そう。今はそれしかないよ」
『とりあえず測る』
『みなとんブレないなあ』
『勉強になる』
『あとから分かるかもしれん』
「じゃあ今日は、意味まで考えながら数字を見ますね!」
「そうだね。……いつもそうしてね」
「……いつも見てます!」
『叱られ姫様www』
『このコラボやっぱ神か』
『勇者も考えろ』
++++++++++
3人で入域ゲートを抜けた。
入口側の管理通路には、僕たち以外にも何組か入域者がいた。
本格的な探索装備の人もいれば、貸出らしいヘルメットを被って案内を確認する人も。
『中も普通に人いる』
『観光地っぽく見えてきた』
亀戸の浅層には、決められた条件を満たせば一般の入域者も入れる区域がある。
一般の入域者は、入口からしばらく白い誘導線に沿って進む。
その誘導線にそって、コンクリートの管理通路を進むと、やがて壁は剥き出しの岩肌に変わる。
照明も一定間隔で設置され、何人かが足を止めて壁を眺めたり、そのまま先へ歩いていったりしている。
壁にはところどころ、今の表示とは違う古い塗料の印が残っている。
少し先では、二人組の入域者が壁際で立ち止まり、古い塗料の印をスマートフォンで撮っていた。
こういう初期調査の痕跡も亀戸ではちょっとした見どころになっているようだ。
「あ、これ。前回話してた頃のですか?」
「そうそう。それ、初期調査の目印。一部はそのまま残ってるんだよ」
『昨日のやつか』
『急に歴史を感じる』
『元祖ダンジョンの史跡じゃん』
1番観測点は壁際にあった。腰ほどの高さの金属製ケースに計測機器が収められ、側面には大きく「01」と番号が振られている。
「これが1番観測点です。魔力濃度、空間歪曲値ともに基準範囲内です」
「前回との差もほぼなし。現物も問題ないね」
「周囲も大丈夫」
同じように2番、3番まで確認する。僕が数値を見て、ミナトさんは前回の記録との差を確かめる。
その間もリョウは周囲への警戒を続ける体制。
作業中にも何組かが僕たちの横を通っていく。
この辺りまでは一般向けの誘導ルートと重なっていて、たまにすれ違う。
『現地民きた』
『手振られてるw』
『姫様仕事中』
異常を探す仕事なのに、「異常がない」と確認する時間が続く。
いざ仕事が始まると地味な企画だが、ミナトさんの配信画面を覗き込むと、視聴者数は維持している。
オフコラボ効果すごい。
『地味だ』
『こういう仕事なんだな』
『勇者ずっと周り見てる』
『新宿とは雰囲気違うね』
3番を離れて少し歩いたところで、そのリョウが片手を上げた。
岩陰から、皮膚が灰色で四つ足の魔物が現れた。
犬より一回り大きい程度で、前脚だけが妙に太い。浅層でも時々見かける種類。
1匹だけだ。
「これなら知ってます」
「亀戸でもたまに出るやつだね」
ミナトさんが答えた直後、魔物はこちらに気づいて身体を低くした。
こちらに走り出す。
リョウが剣を抜いて前へ出た。
飛び込んできた魔物の正面を外し、すれ違う瞬間に首元へ剣を通す。
魔物は勢いのまま数歩進び、そのまま地面へどさっと転がった。
僕は周囲に追加の反応がないことを確かめてから、時刻と位置を記録した。
『はや』
『無言勇者つよ』
『昨日の話だと魔物出ただけで大騒ぎだったよなあ』
安全確認してからコメント欄を見ると、気になるコメントがあった。
「ミナトさん。5年前の調査でいまみたいなことがあったら、どうなります?」
「この種類が当時からいたかは別として、正体不明の生き物が出たなら、写真を取って後ずさりながら、戻って相談だね」
「今は?」
「既知種が浅層で単独行動。なら、討伐して記録して続行」
『慣れってすごいな』
『5年の差』
『人類つよくなった』
『先人たちのおかげやね』
5番を過ぎた辺りから、周囲を歩く人の姿もほとんど見なくなっていた。
「こっちまで来る人は少ないんですね」
「普通に観光したり、採集したりするだけなら手前で足りるからね。こっちは観測や設備点検みたいな用事がある人くらい。わざわざ来る理由があんまりないんだよ」
6番観測点まで来る頃には、三人での作業にも一定のリズムができていた。
「6番、観測値は全部基準範囲内です」
「現物も問題なし」
「周囲も大丈夫」
記録を確定して、僕は端末を次の観測点へ切り替えた。
「じゃあ、次は7番ですね」
いつもなら、ここで現在の魔力濃度や空間歪曲値が並ぶ。
でも、画面には何も出てこなかった。
「……あれ?」
「どうした?」
リョウが振り返る。
僕は一度画面を戻して、もう一度7番を開いた。昨日までの記録は残っているのに、現在値の欄だけが空白になっている。
画面の端を見る。
通信状態を示す表示が、灰色だった。
『ん?』
『数字出ない?』
『止まってる?』
『さっきまでの話のあとだと嫌だな』
「ミナトさん」
「うん?」
「7番、通信切れてません?」
「切れてるよ」
あっさり返されて、僕は端末から顔を上げた。
「いつからですか?」
「今朝から」
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