異世界を救ったTS姫様と勇者は、現代に帰還しても男女カップルチャンネルの配信でてぇてぇ営業して生きていく。ダンジョン配信もやるよ 作:vhuphje
「もう音、入れちゃうよ」
「まだ待機画面になったばかりだぞ」
「前に始まる前の声が入った時、妙に評判よかったでしょ? 待ってる人もいるし、開始前くらいなら」
「……いいぞ、事故じゃないなら」
イオリがマイクを開いた。
画面には〈勇者と姫の帰還配信〉のロゴや開始予定時刻だけが出ている。
俺が開けたポテトチップスの袋から、イオリが1枚取る。
がさ、と袋が鳴り、続いて、ぱり、と小さな音がした。
『音きた』
『昨日の続報まだ?』
『遠征の詳細ください』
『ゲーム配信してる場合なの?』
『なんか食ってる?』
『咀嚼音配信始まったwww』
『姫様ポテチ食ってる?』
『ASMRやれ』
『世界の異変よりポテチ』
イオリはもう1枚取って口へ入れると、袋の口を折ってテーブルの端へ置いた。
「これ、休憩で食べよう」
「もう終わりか」
「始まるからね」
俺が袋へ手を伸ばす。
「リョウも休憩まで待って」
「イオリは2枚食べたろ」
「だから?」
「俺はまだ1枚だから」
「もうはじまるよ」
『普通にポテチ食ってて草』
『昨日戦ってた二人です』
『通常営業』
『〈かわいい〉』
イオリが、俺のクッションを足でずり、と押した。
「もう少しこっち」
「近い」
「二人とも画面に入らないんだよ。リョウが大きいから」
「イオリが小さい」
「僕は普通です」
小窓用のカメラには、床へ並んで座る俺たちが映っている。
イオリは画面を確認し、二人とも収まったところで頷いた。
イオリは薄いグレーの長袖に濃いグレーのパンツで、裸足。長い髪は右肩へ流していた。
「始めるよ」
「ああ」
ようやく待機画面から切り替わる。
『きちゃ』
『ゲーム!』
『昨日の7番から来ました』
『勇者肩大丈夫?』
「こんばんは。〈勇者と姫の帰還配信〉です」
イオリは、まず昨日から続いているコメントへ答えた。
「7番については、ミナトさんと管理側でも過去ログを確認しています。新しく確定したことが出たら、また話します」
「肩は大丈夫だ」
「それはリョウが決めることじゃないからね。一応診てもらって、骨には異常なしです。ですから、今日は前から予定していた、5年ぶりのレースゲーム配信です。ただ、昨日ひとつ目的が増えました!」
「それ本気なのか?」
「もちろん! 僕たちが昔から男子の親友だったことを、大盛ラーメンを食べずに証明します」
『勇者無事で良かった』
『7番は待機了解』
『まだ言ってる』
『去年もなんか証明しようとしてなかった?』
『証明失敗してる時点で間違いなのでは(名推理)』
『異世界よりそっちを証明したいの?』
「この議論は、今日で終わらせます。決着します!」
イオリは真顔だった。
「高校生の頃に遊んでいたレースゲームで、本気の対戦をします。なので今日は視聴者参加はなしです」
「それは昔と同じだな」
「そう。だから証明になるんだよ? 3本先取。負けた方が、遠征配信の告知サムネイル案を5枚作る」
「それはいつもイオリの仕事だろ」
「僕が負けたら僕が作る。リョウが負けたらリョウが作る」
「俺だけ罰だな」
『ガチ対決イイネ』
『遠征の話をしろ』
『姫に得しかない』
『ガバガバ』
「昨日ミナトさんやリョウと一緒に考えたんだけど、いまの僕がただ男子っぽいことをしても証明にはならないんだよね」
「ラーメンはそうだな」
「女子だって食べるからね。だから今日は、5年前のデータを使います」
「ゲームよりラーメンのほうが女子は避けそうなんだが?」
「……なんでそんなこというの?」
『勇者の納得してない感w』
『ミナト巻き沿いで草』
『姫様なんかテンションおかしいな』
「今日はみんなもリョウもまとめて納得させます! 高校生の頃にリョウの家で遊んでいたゲームです。保存データも残ってるし、昔どう遊んでたか質問にも答えます! すでに質問箱にきてる質問をいくつかピックアップしてますが、他にも送ってください!」
「……それで男子まで証明できるのか?」
「できるよ。5年前からリョウと一緒に遊んでた僕と、いまここにいる僕が同じだって見せればいいんだから」
イオリは自信ありげに頷いた。
「だから、今日で終わらせます」
『自信あるなw』
『〈なるほど〉』
『姫様ゲーム上手いイメージないんだけどw』
++++++++++
プレイヤー選択画面に二つの名前が並んだ。
【RYO】
【IORI】
それぞれの名前の下には、車両設定、勝敗数、コース記録が並んでいる。
俺の本体なのに、イオリのプロフィールも俺とほとんど同じだけ埋まっていて、記録の日付はどれも5年前で止まっていた。
『IORIデータでかい』
『客の保存量ではない』
『常設2P』
『リョウ家の住民だった?』
『アルファベットだと被りが多すぎる』
「住民ではなく、毎週遊びに来ていただけです」
「夕飯までいた」
「リョウのお母さんが、僕の分まで作ってくれるからでしょう」
「食べていくって顔をしてた」
「……そんなずうずうしかったかな?」
「そういうわけじゃないが」
『5年前の日付なら召喚前ってことか』
『通い妻』
『ただの親友系ヒロインでは?』
第1レース。まずは質問なしで、感覚を取り戻しながらの対決だ。
イオリは軽く、小回りの利く車。俺は重く、速度のぶれない車。
この組み合わせも5年前から変わっていない。
【START】
2台のエンジン音が一斉に上がる。
最初のコーナーで、イオリの肩と膝が内側へ傾く。裸足のつま先まで床を押した。
コントローラーを傾けても意味はないのに、身体ごと車を曲げようとしている。長い髪が肩から滑り、少し遅れて前へ落ちた。
『姫様全身で曲がってるな』
『画面がうるさい』
『昔からこれ?』
『カメラ位置分かってるな』
「入る、入る……入った!」
イオリの車が狭い内側へ滑り込む。
「そこは狭い」
「入ったからいいの!」
俺が外側から並ぶ。
「そっちから来ないで」
「レースだぞ」
「次のコーナーで内側を取られるから言ってるの!」
次の直線で二台の距離が縮まる。
「押さないで!」
「当ててない」
「寄せてる!」
「当ててない」
「近い!」
『画面見れば普通にレース』
『昨日の亀戸から来た人が困惑してる』
『音声だけ切り抜くなよ絶対だぞ』
『画面も音声もうるさい』
最後のコーナーでイオリが内側へ入りすぎ、立ち上がりで速度を失ったところを、俺が先に抜ける。
【1st RYO】
【2nd IORI】
「あーっ!」
イオリがコントローラーを抱え込み、膝を縮める。長い髪が両肩から前へ滑った。
『悲鳴たすかる』
『姫様普通にうるさくて草』
『探索中こんな声出さないよなw』
『昨日の岩甲獣よりゲームで声出てる』
『悲鳴切り抜き待ってる』
「悲鳴じゃないよ!」
「大声ではある」
「リョウまでそっちに乗らないで!」
小窓の中では、女の身体になったイオリが、5年前と同じ顔で悔しがっている。
「いまのは、リョウが寄せたからだからね」
「当ててない」
「分かってる。だから余計に嫌なんだよ」
『ガチで悔しそう』
『これで何に自信を持ってたのかわからんw』
++++++++++
3本先取ということになっているので、配信画面のスコアも書き換える。
【対戦スコア リョウ 1-0 イオリ】
2本目の前に、イオリが1枚目の質問を開いた。
【男同士の頃、ゲーム中はどんな感じでしたか?】
「イオリはうるさかった」
「うるさくない」
「ゲームセンターの入口からでも、でかい声が中から聞こえた」
「筐体の音だよ」
「落ちる前だけ声が高くなる」
『悲鳴じゃん』
『5年前から悲鳴素材』
『男でもやっていたのか……』
『〈かわいい〉』
『男の姫様から愛でてる奴がいる』
第2レース。
1本取られたイオリは最初から攻めた。
ブレーキが遅く、内側へ飛び込む距離も短い。
「今度は先に行く」
「無理するな」
「ゲームで心配しないで」
中盤の高速区間。ガードレールのない下り坂で、イオリの車が内側へ寄りすぎた。
「あ」
キュッとタイヤが鳴って、後輪が滑る。
「待って待って、落ちる、落ちる、落ちる!」
車がコースの外へ飛び出した。
【COURSE OUT】
「うああっ!」
視界の端の小窓で、イオリが全身で跳ねた。長い髪が遅れて揺れ、裸足が床をずるっと滑る。
『でたwww』
『汚い悲鳴たすかる』
『本日2本目』
『切り抜き師歓喜』
『探索では聞けない声w』
画面が暗転し、復帰までの数字が表示される。
俺の前にはもう誰もいない。後ろにいたはずのイオリの車の音もなくなり、それが気になった。
ゲームなんだから、そのまま走ればいい。分かっているのに、気づけばアクセルを緩めていた。
『え』
『いま緩めた?』
『レースだぞ』
『勇者?』
イオリの車が戻った時、俺はまだ高速区間を抜けていなかった。
「……待つな!」
「待ってない」
「明らかに減速したでしょ?!」
「後ろから来なかった」
「落ちたんだから来るわけないでしょ!」
イオリが追いつき、横へ並んでそのまま俺を抜く。俺もアクセルを踏み直した。
「来ないで、来ないで!」
「追いつくぞ」
「まだ、次のコーナーまで待って!」
「待ってない」
「今度はそっちの意味じゃない!」
『勇者の人レースって分かってる?』
『姫様をおいていけない勇者』
『待ってないらしい』
『ガチ勝負とは』
最後の直線。
届かない。
【1st IORI】
【2nd RYO】
「勝った!」
イオリがコントローラーごと両手を上げた。髪も膝も喜びに合わせて跳ねる。
けれど笑ったのは一瞬だった。
『歓声もでかいw』
『音量注意』
『待った人を確認中』
『勝ったっていうのかこれ』
『ゲームでも待つのかよw』
「……これ、勝ちでいいの?」
「勝ちは勝ちだろ」
「途中で待った人がいるんだけども」
「緩めただけだ」
「同じだよ」
イオリはコントローラーを膝へ戻した。
「まあ、勝ちは勝ちでいいか。次のレースの前に、また質問を確認しよう」
スコア表示が切り替わる。
【対戦スコア RYO 1-1 IORI】
+++++
【二人が友達になったきっかけは何ですか?】
「高校1年。同じクラスで、僕がゲームの攻略表を見ていたのが最初です」
「数字が間違ってた」
「間違ってない。古い表だっただけ」
「違ってたんだろ」
「更新前の数字だったの!」
『始まりからこれか』
『攻略表でレスバして友達』
『普通の男子高校生感はある』
『かわいい』
『これで男子証明する気かw』
「それで、放課後に一緒にやって」
「イオリが負けた」
「そこは重要じゃないよね?」
イオリがコントローラーを膝に置いたままこっちを睨んだ。
「次の日も来た」
「リョウもやるって言ったでしょ?」
「その次も、毎日」
「毎日ではないよね?」
「最低週5」
「うん、土日は違うってことだよね!?」
『やっぱり親友系ラブコメなんだよな…』
『週5でも十分重い』
『学校で週5は毎日では』
『異世界はまだ知らんけど親友だったのはもういいだろ』
++++++++++
「ここで対戦はいったん止めます」
イオリがタイムアタック画面を開いた。
「いま1対1だけど、対戦だと相手の動きが混ざるからね。別々に走って、記録も比較します。さっきのリョウみたいな変なことをさせないために、ちょうどいいし」
「待ったことを気にしてるのか」
「待ってないって言い張ってる人の記録は、客観的に測らないと駄目でしょ?」
イオリが自分のプロフィールで、さっきと同じコースを選ぶ。
【GHOST DATA LOADED】
【PLAYER IORI】
【RECORDED 20XX/XX/XX】
「お?」
イオリの指が止まる。
『え』
『5年前のイオリ』
『召喚前?』
『男子高校生だった時の記録?』
『さすがにこれは気になる』
イオリが表示された日付を確認した。
「これ! これ僕だ! 召喚される1週間前!」
『うおおおお』
『これは強い』
『5年前のIORI実在』
『召喚直前まで遊んでるじゃん』
『親友だった証拠また増えた』
「ほら! 5年前の記録、ちゃんと残ってる!」
イオリが得意げに画面を指す。
「性別は書いてないけどな」
「リョウは黙ってて!」
『wwwww』
『性別欄なし』
『証明したいところだけ残ってて草』
『作戦の穴を発見』
『やっぱりラーメン不可避』
「まだ終わってないから!」
イオリがコントローラーを握り直す。
「ここからだから!」
15話をお読みいただきありがとうございました。
本気レースゲー配信回➀をお届けしました!
ふたりは男子の親友だと証明できるでしょうか。
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