異世界を救ったTS姫様と勇者は、現代に帰還しても男女カップルチャンネルの配信でてぇてぇ営業して生きていく。ダンジョン配信もやるよ 作:vhuphje
スタートラインに、5年前の僕がいた。
さっき読み込まれた【IORI】のゴーストデータ。記録された日付は、召喚される1週間前だった。
あれを操作していた頃の僕は、いまとは違う身体だったのだ。
手の大きさも、指の長さも、声も違う。肩から落ちてくる長い髪もないし、重心もちがう。でも、画面に残っている名前は変わらなかった。
「本当に召喚される1週間前だ……」
「よく覚えてるな」
「だって、修学旅行からかえってすぐでしょ。リョウの家で走った」
「……そうだな」
たぶん、その日も夕飯まで残った。
何を食べたかまでは覚えていない。
5年前に僕が走った線だけは、ゲームの中にそのまま残ってる。
『5年前のIORI強そう』
『親友だった証拠だけはどんどん増えるな』
『これはヒロイン』
『DKの自分と競うとか絶対負けるだろw』
僕は事前に選んでおいた質問を一つ開いた。
【5年前は、二人のどちらがゲームに強かったですか?】
「僕」
「俺」
ふたり同時に答えた。
『草』
『www』
『保存データ比較すればよくね?』
『5年前から揉めてそう』
僕としてはコース次第だった。細かいコーナーが続くコースなら僕、高速コースならリョウ。
ただし、高速コースでリョウが強かったのは重い車を使っていたからだと思っている。
そう説明すると、隣からすぐに反論が飛んできた。
「自分で選んだ車だぞ」
「車選びまで含めて有利だったって言ってるの」
「イオリも自分で選んでただろ?」
「僕は好きな車を使ってただけだから」
「俺もそうだぞ」
「……それはそうだけど」
『ケンカきちゃ』
『5年前から同じ会話してそう』
『姫様はずっと軽量級か』
『結局どっちが上なんだ』
『w』
「データを見れば分かるよ」
結局、保存されたプレイヤー記録を開くことになった。
勝敗数も残っている。どちらかが一方的に勝っていたような数字ではなく、二人ともかなりの回数を走っていた。
「ほら。ほとんど同じじゃん」
僕はそう言ったが、リョウは自分の方が少し勝っていると言い張った。
「誤差でしょ」
「勝ちは勝ちだろ」
「5年前からそれ言ってた?」
「言ってた」
『う~んこれは親友』
『やっぱり男かどうかが問題か』
『姫様思ったよりはやそう』
「これだけ争ってたら男子だよね? 男子だったことも見て! 走れば分かるよ!?」
「走り方に性別は出ないだろ」
「リョウは今日ずっとそっち側だね!?」
横を見ると、リョウは何も悪くないという顔でコントローラーを持っていた。
+++++
次の質問を開く。
【今のイオリさんと昔のイオリさん。変わったところと、変わっていないところはありますか?】
これはリョウに答えさせることにした。
最初に返ってきたのは身体と声。それでは見れば分かる。髪も長いと言われたので、ゲームに関係するところはないのかと聞き直した。
リョウは少し考えてから言った。
「負けた時の顔は同じ」
身体も顔も変わったのに、リョウには同じに見えるところがあるらしい。
しかも、僕自身が知らないところに。
『おw』
『また勇者変なところ見てる』
『昔から顔を見すぎでは?』
『勇者w』
「……どこが同じなの?」
「負けた時、右の眉だけ少し上がる」
思わず自分の右眉へ触れた。
「それは、召喚されていた時も?」
「ああ」
召喚されたばかりで、顔も声も身体も変わり、自分だとは分かっていても鏡の中の姿にはまだ見慣れていなかった頃だ。
それでも、困った時の右眉だけは昔と同じように動いていたらしい。
『召喚直後から?』
『眉まで覚えてんのかよ』
『そこ見る?w』
「……僕、自分では知らなかったんだけど」
「自分の眉は見えないからな」
「そういう問題かな?」
「ほかにも変わったところがある」
「何?」
「走れば分かる」
「僕と同じセリフ言わないで。一体何を言ってるのかわかんないよ」
答える気はないようなので、次の質問へ進んだ。
【5年前の自分と、今の自分なら、どちらが速いと思いますか?】
「今」
迷わず答えた。
このゲーム自体は5年ぶりでも、操作するのはずっと僕だ。5年分、何も成長していないはずがない。
リョウは身体が違うと言ったが、それもいまさらだった。
「もう5年使ってる身体です」
手も指も、この身体の方がずっと馴染んでいる。
召喚直後ならともかく、いまさら身体が違うことを言い訳にする気はない。
『強い』
『姫様自信満々』
『5年ぶりでは?』
『フラグ』
「フラグじゃないから!」
「5年前のイオリも自信だけはあったな」
「自信だけって何?!」
僕はゴースト表示を確認しながら、自分のいつもの軽い車を選んだ。
「ちゃんと勝つから見てて」
「見てる」
「あと、これも3本先取の1本に数えるからね。僕とリョウが同じコースを1回ずつ走って、速かった方の勝ち」
「いま1対1だから、取った方が王手か」
「そういうこと。僕のゴーストは勝手についてきたけど、リョウとの記録勝負は別だからね」
『〈なるほど〉』
『第3戦タイムアタックか』
『現姫VS過去姫VS勇者了解』
++++++++++
【START】
半透明の車が飛び出し、僕もアクセルを押し込んだ。
最初のコーナーでは、ブレーキを入れる位置も、内側へ入る角度もほとんど変わらない。
白く透けた車が曲がるたび、僕の肩と膝も同じ方向へ入り、裸足のつま先まで床を押す。
本当はコントローラーを傾けても意味はないし、5年前の僕にも必要のなかった動きなのに、身体全部で車を曲げようとする癖がずっと残っていた。
『同じラインで走ってるな』
『走り方は似てる』
『かわいく全身で曲がるのも前からですか?ww』
『勇者の証言必要』
「ここの走り方も同じだなあ」
隣でリョウが言った。
「話しかけないで!」
「まだ余裕あるだろ」
「いま集中してるの!」
複合コーナーへ入ると、5年前の僕は最初のカーブで少し外へ膨らんだ。いまの僕はその内側を短く抜け、次の立ち上がりで先へ出る。
「よしっ!!!」
『今の方が速いなwww』
『普通に更新できそう』
『5年間の成長きた?』
『〈かわいい〉』
「だから言ったでしょ??!」
「まだ半分だぞ」
「分かってるよ!」
中盤の高速区間が近づいた。ガードレールのない下り坂で、さっきの対戦では僕がコースから落ち、リョウが勝手に減速した場所だ。
『例の場所ww』
『悲鳴ポイントきた』
『また落ちるだろw』
「また落ちるだろって言われてるぞ?」
リョウがコメントを見て煽ってくる。
「落ちません!」
5年前の車は速度を落とさず、ぎりぎりまで内側へ入って、そのまま下り坂を抜けていく。僕も同じ場所へ入ろうとした。
行ける。これはゲームで、落ちても戻されるだけだ。そう分かっているのに、内側へ入る直前、指がわずかに戻った。
「……っ」
止めるつもりはなかった。それでもアクセルが緩み、車体が少し外へ膨らんだ隙に、半透明の車のほうが前へ出た。
『あ』
『緩めた』
『さっき落ちたから?』
『ゴーストはそのまま行ったぞ』
アクセルを押し直す。
残りの区間で差を詰める。次のコーナーでは僕の方が短く入り、最後の直線ではエンジン音を上げながら、少しずつ距離を縮めた。
「届く……!」
白い車の後ろへ迫ったけれど、先にゴールラインを越えたのは5年前の僕だった。
【FINISH】
【GHOST 1:41.992】
【IORI 1:42.418】
5年前の僕に負けた。
「……うそ」
『負けたw』
『5年前つよい』
『今の方が下手?』
『0.4秒ならほぼ同じだろ』
『高速区間の差かな』
ほかの区間では勝っていたはずだ。
リョウも、高速区間だけだと言う。
「……あそこだけで0.4秒?」
「ああ。0.426秒な」
「なんで一瞬で計算してんの……」
「普通だろ」
「もう一回走れば勝てるよ」
「先にリプレイを見ろ」
リョウがリプレイを開いた。
画面では、白く透けた5年前のゴーストと、いま走った僕の車が重なるように再生される。
ブレーキを入れる位置も、車を内側へ向けるタイミングも、立ち上がりで一度だけ外へ振る癖もほとんど同じだった。
「ここ、今の僕の方が速い」
「ああ」
複合コーナーでは、いまの僕の車がゴーストの内側へ入り、先に抜けていく。
「ここも」
「そこも今の方が速い」
「じゃあやっぱり僕の方が上手くなってるじゃん」
「高速区間まで見ろ」
「分かってるよ」
画面が下り坂へ入る。5年前のゴーストは速度を落とさず、ぎりぎり内側を抜けていくのに、いまの僕の車はその直前でほんの少し外へ膨らんでいた。
走っている時には気づかない程度なのに、二台を重ねて見るとはっきり違う。
「……走れば分かるって、これのこと?」
「ああ」
「何が変わったの?」
「今のイオリは、落ちる前に戻ろうとする」
もう一度見ると、5年前の僕は落ちるかもしれない場所へそのまま入り、いまの僕は一度コースアウトした場所へ入る直前、身体より先に指を戻している。
『前より怖がりになった?』
『ゲームでは攻めていいだろ』
『単に下手になっただけでは』
『事故る前に戻すのは探索者っぽい』
『5年前の方が無茶するな』
「……ゲームだから、落ちてもいいんだけど」
「そうだな」
「分かってるんだけどね」
僕は自分の指を見る。怖くて操作できなかったわけではないし、ほかのコーナーでは5年前より速かった。
それでも、一度危ないと判断した場所だけは、考えるより先に戻している。
「もう一回やれば、たぶん行ける」
「そうかもな」
「絶対行けるよ」
++++++++++
その前に、本来のタイムアタックの目的を片づける。
「リョウ、交代」
「まだ走るんじゃなかったのか」
「あとで走るよ。さっき決めた通り、今度はリョウの記録」
僕のタイムは1分42秒418。
リョウがそれを切れば、リョウが王手だ。
「今の記録だけ測りたいから、ゴーストはなしね」
「ああ」
【RYO】のプロフィールへ切り替え、コントローラーを渡す。
リョウが選んだのは、やっぱりいつもの大型車だった。
「待ってないって言うなら、本気で走って」
「最初からそのつもりだ」
【START】
僕の車より、向きを変えるのが遅い。
それなのに、リョウは狭い内側へ無理に飛び込まなかった。コーナーへ入る少し前から車体の向きを整え、出口へ向かって速度を残していく。
「……地味だね」
「速いぞ」
「地味に速いね」
「速ければいいだろ」
『姫様さあ』
『全然崩れないな』
『安定してる』
次のコーナーでも同じだった。
僕なら入りたくなる狭い隙間を使わず少し外から入る。
その分だけすぐに加速へ移る。
派手な動きはせず、一度も大きく速度を落とさない。
「そうやって走ってたんだ」
「何が?」
「いま話しかけたら遅くなる?」
「ならない」
「じゃあ黙って見てるね」
「どっちだよ」
『姫様研究モード』
『自分の時は話しかけるなって言ってたのにw』
高速区間へ入る。
さっき僕が指を戻した場所でも、リョウはぎりぎりの内側へ飛び込まなかった。少し手前で車体を安定させ、そこから一度も崩さず抜けていく。
タイヤもほとんど鳴らない。
「あ、そこから入るんだ」
「この車ならな」
速度表示はほとんど落ちていない。
僕とは走る線が違う。
【FINISH】
【RYO 1:41.864】
「速っ」
『勇者つよ』
『5年前IORIより速いじゃん』
『待たなければ速いなw』
『姫様オワタw』
待っていない時はちゃんと速い、と言ったら、案の定「待ってない」と返された。
「やっぱり2本目では減速してたでしょ」
「後ろから来なかったからな」
「それを待ったって言うんだよ!」
『まだ揉めてるw』
『勇者勝ちかあ』
『姫やっぱ弱いか』
タイムアタックはリョウの勝ち。配信画面の対戦スコア表示を更新する。
【対戦スコア RYO 2-1 IORI】
王手をかけられた。
「……0.5秒差」
「そうだな」
「5年前の僕よりも速い」
「ああ」
「高速コースは俺って言ってたの、本当だったんだ」
「だから言っただろ」
「5年前の話かと思った」
「今もだ」
『負け惜しみw』
『勇者王手』
『姫様あとがないぞ』
僕はもう一度、リョウの走行ラインを見る。
狭いところへ無理に飛び込まない。早めに車体を整えて、大きく崩さず、そのまま次へつなげる。
僕の車なら、もっと狭い場所へ入れる。
でも、使えるところはありそうだった。
「……その走り方、あとでちょっと試していい?」
「好きにしろ」
「車も借りるからね」
「重いぞ」
「見れば分かるよ」
リョウがコントローラーを返してきた。
++++++++++
画面には、5年前の僕、いまの僕、それから現在のリョウが走った記録が残っている。
僕はさっきの質問へ、自分で答えた。
「身体と声と生活は変わりました。ゲームの操作も、前より上手くなってるところがあります」
「そうだな」
「危険な場所では、前より慎重になったと思います」
「それもそうだな」
「でも、次は勝つ」
「負けた時の顔は同じ」
「それはいま言わなくていい!」
『右眉上がってる?』
『走り方はかなり本人っぽい』
『リョウ2-1で王手』
『右眉確認でもう1回負けて』
「負けません!!」
僕は即座に答えた。
16話をお読みいただきありがとうございました。
本気レースゲー配信回②をお届けしました!
ぜひ、感想やお気に入り、評価ボタンをお寄せいただけると嬉しいです!
どうぞ、よろしくお願いいたします!