異世界を救ったTS姫様と勇者は、現代に帰還しても男女カップルチャンネルの配信でてぇてぇ営業して生きていく。ダンジョン配信もやるよ 作:vhuphje
第18話 勇者、TS姫様の遠征荷物を勝手に増やす
「それ、僕の鞄へ入れないで」
リョウの手がぴたりと止まった。
持っているのは、黒い薄手の保温着だった。明日着ていく一枚とは別に、替えはもう一枚入れてある。
「予備」
「それが予備だよ」
「濡れた時」
「そのために防水装備も持っていくの!」
「汗で濡れる」
「……それはそうだけど、だからって二枚目の替えはいらない」
『もう始まってたww』
『開幕お説教w』
『勇者による過剰装備』
『姫様の服を勇者が増やしてる』
『〈かわいい〉』
リビングの床には防水シートを広げ、二人分の鞄と、衣類や食料、救急用品、通信・撮影機材まで、今回持っていく遠征用品を種類ごとに並べてある。
正面の固定カメラでは僕たちを、真上の俯瞰カメラでは荷物と詰める位置を映している。住所や所属先につながる表示、窓、私物棚、未公開の資料は、どちらの画角にも入らないよう確認済みだ。
僕は三枚目の保温着を防水シートの端へ戻し、正面のカメラへ向き直った。
「いま来た人、こんばんは。あらためて、今日は告知の通り、明日から行く2泊3日の遠征準備をしています。明日は朝早いので、今日はいつもより少し早めに始めました。あと、今日の待機画面は、昨日リョウが作った5枚のサムネイル案から選びました」
「5枚作った」
『荷造り配信たすかる』
『ちゃんと作ったw』
『ゲームの負け分回収ww』
『荷造りから配信するんだ』
『家だと開幕これなの草』
「今回は、探索庁の調査班と合同で遠征へ入ります。僕たちの担当は、生態調査、定点カメラの設置、採集。それから比較観測です」
僕は、画面の端へ出してある遠征概要を指した。
「第三新宿で見つけた空間異常について、別の場所でも比較できる記録を取りたいと思っています。探索庁の定期調査と日程を合わせてもらって、今回は合同で入ります」
『また空間のやつ?』
『別の場所でも出たの?』
『第三新宿と同じ?』
『どこ行くの?』
「過去の観測記録の中に、第三新宿で検出した空間の揺らぎと、一部の特徴が似ているデータがあります。ただ、測った場所も条件も違うので、同じ現象だとはまだ言えません」
「だから行く」
リョウが言った。
「そう。分からないから、測りに行きます」
第三新宿で見たものと同じなのか、特徴の一部が似ているだけなのか。あるいは、同じ条件で比べてみた結果、まったく別の現象だったと分かるのか。
まだ何も決まっていないからこそ、今回は同じ携帯型空間歪計を持ち込み、第三新宿の記録とできるだけ比較できる形で新しいデータを取る。
亀戸で回収した観測ログも、すでに探索庁へ共有してある。今回の遠征では、前から予定していた比較観測をそのまま進める。
『なるほど』
『調査好き』
『異世界との関係は?』
「異世界との関係も、まだ分かりません」
僕は即答した。
「僕たちは、異世界と地球のダンジョンに何か関係があるんじゃないかと考えています。でも、似たデータが一つあったから、それが証拠になるわけではありません」
「測ってから考える」
「うん。まずはそこからだね」
『今日なんか難しいこと言ってんなw』
『ミナトんと話してた時みたいなこと言ってる』
『分からないものを分からないまま測る』
『この三人相性良かったんだな』
「場所と移動経路は公開しません。個別地点の観測状況にも答えられません。遠征中の配信も、許可された区域からだけです」
「危なくなったら帰ります」
リョウが横から言った。
「それは毎回言うね」
「大事だからな」
『勇者の定型文』
『それは大事』
『亀戸でもガチだったしな』
『〈了解〉』
明日の仕事について説明している間にも、リョウの手は懲りずに三枚目の保温着へ伸びている。
「それは戻して」
「まだ入る」
「入るかどうかじゃないの」
僕は配信画面の荷物一覧を一段送った。
【イオリ 現在4.8kg/出発時目安10.5kg】
【リョウ 現在8.8kg/出発時目安18.0kg】
「この数字は、身につける探索装備とリョウの剣を除いた、鞄だけの重量です。有人管理施設までは一部の荷物を運んでもらえますが、そこから先は自分で背負って前進観測拠点まで入ります」
『数字出ると急に装備配信なるな』
『勇者もっと持てそう』
『姫様側かなり軽い?』
『帰りに採集物増える分考えてる?』
「そう。帰りの分も空けておきます。持てる限界まで詰めるんじゃなくて、斜路や濡れた岩場を歩いて、必要ならそのまま動ける重さにします。だから、一見するとハイキングと大差ない重さにおさまります、というか、おさめたほうがいいです」
「俺はもっと持てる」
「リョウは剣もあるでしょう」
「持てる」
「持てても増やさない、という話をしてるの」
『強い人ほど重量管理される』
『勇者を管理する姫様』
『普通に仕事の話だ』
「普通に仕事の話です!」
僕はそう言いながら給水ボトルを持ち上げ、蓋を回した。
動かない。
力を入れてもう一度ひねってみても結果は同じだったので、僕は何も言わず隣へ差し出した。
リョウは当然のように受け取り、大きな手で蓋をきゅっとひねる。さっきまでの抵抗が嘘みたいに簡単に開いた。
「締めすぎだ」
「それリョウが昨日しめたんだよ」
「漏れないようにしたんだな」
「僕が開けられないよ」
リョウは少しだけ弱く締め直して返してきた。
『無言で渡すな』
『これが親友か』
『〈かわいい〉』
「給水設備は前進拠点で使えます。水はそこまでの移動分と初日の調査分。非常用の浄水剤は、両方の鞄へ分けます」
僕はボトルを決めた位置へ収め、そのまま自分の衣類を確認する。
すると横から、リョウがまた三枚目の保温着を持ち上げた。
「だから、それはいらないって」
「一枚増やす」
「増やしません」
僕は保温着を取り上げた。
「リョウの上着は、二枚入れます」
「一枚でいい」
「汗と雨と魔物の体液を、同じ一枚で乗り切ろうとしないで」
「洗えばいい」
「乾かなかった時に困るでしょ?」
僕がリョウの衣類へもう一枚追加すると、今度はリョウが、さっき取り上げた僕の三枚目を持ち上げる。
「交換」
「しないよ」
「俺が一枚増えた」
「リョウに必要だから増やしたの。僕の分はもう足りてる」
もう一度取り上げ、防水シートの端へぽんと置いた。
『過保護お互い様じゃん』
『勇者だけかと思ったら姫様も増やしてる』
『どっちが荷造り得意?』
「どっちが荷造り得意?だって――」
「僕です」
「俺」
答えが重なった。
「リョウ、何を根拠に言ってるの。いま三枚目の上着を止めたところだよ」
「足りない物を入れてる」
「多すぎる物を出してるのは僕だよ」
「全部入っていれば困らない」
「重くて動けなくなったら困るんだよ!」
『ぎゃああああ』
『またけんかしてる』
『どっちも相手の物で揉めてるの草』
『相談して決めろw』
「そうだね。結局いつも、相談して協力してやってます」
「三枚目は?」
「入れません」
僕は保温着を今度こそ手の届きにくいところまで押しやった。
その動作で、ふと昔のことを思い出す。
「リョウ。修学旅行の前の日も、こうやって荷造りしたよね」
「ゲーム機の話か」
「なんですぐ分かるの」
「持ち込み禁止なのに、二人で分けて持っていっただろ」
「本体は僕、ソフトと充電器はリョウ。完璧な作戦だったのに」
「お前だけ見つかってた」
「なんで僕だけ!? 同じことしてたのに!」
「隠し方が雑だった」
「タオルでぐるぐる巻きにして、着替えの間へぎゅうぎゅう押し込んだよ!?」
「巻いただけだろ」
『何の話w』
『修学旅行にも持ってってたのかw』
『あのゲーム機かよ』
『昔話どんどん出てくるな』
『ゲーム機を分担して持ち込む親友』
『姫様だけ捕まってて草』
『昔から二人で荷造りしてた』
「リョウは、なんで見つからなかったの」
「お前が先に呼ばれたから、その隙に鞄の底へ入れ直した」
「僕を囮にした!?」
「結果的にな」
『勇者、昔から勇者ではない』
『これは普通の男子高校生』
『親友の信憑性だけ急上昇してる』
あの頃は、鞄に何を詰めても、数日後には家へ帰る旅だった。
修学旅行から帰ればまた学校へ行き、その少しあとに、僕たちは異世界へ召喚された。
次に旅支度をした時、鞄へ入れていたのはゲーム機ではなかった。生きて帰るためのものを詰め込んだ。
そしていまは、地球のリビングでまた二人で鞄を広げ、救急用品と観測機材を、容器が動かないよう隙間まで埋めて、使う順番まで考えながら詰めている。
荷造りはずいぶん上手くなったけれど、出発前の景色はあの頃から変わらない。
+++++
「次。追加機材」
「髪紐は上へ入れろ」
「急に話を戻すね」
「すぐ出せる方がいい」
今回、第三新宿で取った記録と比較できるデータを取るために探索庁から借りている銀色の携帯型空間歪計は、緩衝材と予備電池を合わせて1.8kgある。
操作と記録は僕が担当するけれど、移動中はリョウが持ち、観測時に僕へ渡す。通信端末と撮影機材の交換電池も同じで、片方の鞄だけへまとめないようにする。
「歪計、こっち」
「重いよ?」
「剣と干渉しない」
「じゃあ移動中だけね。現地では僕が持つ」
「ああ」
『決めるの早い』
『みなとんに組みやすいって言われてたの分かる』
『上着以外は即決なの草』
「上着も決着しました」
「してない」
「しました」
僕が機材の配置を確認している横で、リョウが黒い髪紐の袋をひょいと取った。
「何?」
「二本もらう」
「僕の髪紐だよ?」
「イオリの鞄が使えなくなった時用」
リョウは二本の髪紐を小さな防水袋へ移し、自分の鞄の上部へ入れた。暗い場所でも、手探りですぐ出せる位置だ。
「僕の鞄だけ失う前提なの?」
「片方を失っても、二人とも動けるようにする」
「それなら、リョウの予備帯もこっちへ入れるからね」
僕も右腕用の保護帯と冷却材を、自分の鞄へ移した。
「自分で持つ」
「リョウの鞄を失った時用」
「俺の鞄は失わない」
「僕の鞄だけ失う想定をするなって言ってるの」
『〈かわいい〉』
『髪紐と右腕の保護帯を交換する親友』
『ガチ遠征感ある』
『ややこしいw』
『こういう分け方も異世界で覚えたの?』
「髪紐はセシリア。右腕の保護帯はミレイ。荷物を分けるのはエルナさんに教わった」
『まーた名前がいっぱい出てきた』
『前に出てきた3人だ』
『異世界でもこうやって準備してたのか』
「そう。僕たちだけで、3年間生き延びたわけじゃないからね」
いま画面に映っているのは、僕とリョウの二つの鞄だけだ。それでも、その詰め方には、向こうで一緒に生きた人たちから教わったものがそのまま残っている。
髪を邪魔にしないことも、傷めた右腕を守ることも、どちらかの荷物を失っても残った方だけで帰れるように分けることも、僕たち二人だけで思いついたやり方ではない。
『3人の話もっと聞きたい』
『熱い異世界推し』
『エルナさん荷造り担当だったのか?』
「3人の話も、またちゃんとします。今日は荷造りを終わらせるよ」
リョウの鞄には僕の髪紐が入り、僕の鞄にはリョウの右腕用保護帯が入っている。
二つを俯瞰画面で見比べる。
「これ、もうどっちの鞄なんだろうね」
「二人分だろ」
リョウは当たり前のように答え、僕の髪紐を入れた袋の口を閉じた。
僕は二つの鞄から視線を戻し、防水シートに残った次の荷物を手元へ寄せた。
救急用品だ。
『亀戸であれだけ障壁張れるなら救急用品ってこんなにいる?』
『姫ちゃんが先に防げるんじゃないの』
『あの壁かなり硬かったよ』
「あ、それです!」
ちょうど止血材の袋を手に取ったところだったので、そのまま正面のカメラへ向けた。
「いまから説明しようと思ってました。亀戸を見ていた人ほど、たぶんそこ気になりますよね」
『お』
『ちょうどきたw』
『救急用品の話?』
『気になる』
「はい! じゃあ次、これです。救急用品!」
僕は止血材の袋を軽く持ち上げた。包装がかさっと鳴った。
18話をお読みいただきありがとうございました。
今回から、「第4編 2泊3日のダンジョン遠征探索――地球のダンジョンで、もう一度異世界を探します」のはじまりです!
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