異世界を救ったTS姫様と勇者は、現代に帰還しても男女カップルチャンネルの配信でてぇてぇ営業して生きていく。ダンジョン配信もやるよ 作:vhuphje
異世界で過ごす2日目の朝。
昨日、王宮の人たちに伝えたことは、僕が眠っている間にも消えていなかった。
窓辺の花は、顔を近づければ淡く香る白いものへ替わっている。朝食の皿は少し小さくなり、寝台脇の銀の鈴も、手を伸ばしやすい位置へ移されていた。
「お休みになれましたか、姫君」
「途中で一度、起きました」
「鈴はお使いになりませんでしたね」
「困らなかったから。……でも、近くなっています」
「お困りになった時、間に合いますように」
僕は白い花を見る。
「昨日より、全部少し楽です」
「姫君がお教えくださったからでございます」
セシリアは、何を直してやったのかを並べたりしなかった。
僕が伝えたことを覚え、必要なところだけ変える。
この人には話しても大丈夫だと思えた。
+++++
朝食のあと、セシリアの櫛が青墨色の長い髪をするすると下り始めた。
「勇者様が昨夜、最初にお尋ねになったのは、姫君のお怪我についてでございました」
「怪我?」
「召喚陣でお立ちになろうとした際、手と膝を床につかれましたでしょう。痛みが残っていないか、と」
「ああ……あれ」
きのう立ち上がろうとして盛大にバランスを崩し、リョウの目の前で手と膝をついた。
そのことを覚えていたのだ。
「お身体に問題はないとお伝えしましたが、直接お会いになるまでは気になるご様子でございました」
「……そんなところまで覚えてるんだ。それで、リョウのほうは、ちゃんとご飯食べたんですか」
セシリアは少しだけ間を置いた。
「少しは召し上がりました」
「少し?」
「姫君のご様子を何度かお尋ねになりまして」
リョウも僕も、相手の心配にいそがしかったようだ。
「戻ってきたら、温かい物を出してあげてください。甘い物だけじゃなくて」
「かしこまりました」
「僕が頼んだとは言わなくていいからね」
「なぜでございますか」
「何でもです」
セシリアが、小さく微笑んだ。
「姫君は、勇者様をよくご存じなのですね」
「同級生だから……」
「どうきゅうせい、とは?」
「同い年で、毎日一緒に勉強していたということ」
「毎日、同じお部屋でお過ごしだったのですね」
「そうだけど、二人きりではないからね? ほかにも大勢いたから」
「はい」
「絶対に伝わっていないよね」
口に出してから気づいた。
昨日なら、知らない大人へこんな言い方はしなかった。
セシリアは怒らず、鏡越しに目元を柔らかくした。
「昨日より、お話しいただけるようになりました」
「……昨日より、聞いてもらえると思っただけです」
「光栄でございます」
大げさだと思う。
「本日の髪留めは、どちらになさいますか」
「昨日の、一番小さい銀のものがいいです」
銀の留め具が、低くまとめられた髪へ、かちりと収まる。
鏡の中にいるのは昨日と同じ身体だったけれど、昨日より少しだけ、自分で選んだ姿に見えた。
そしてこの姿を、リョウはまだ見ていない。
かわいいと言われたいわけではない。
ただ、少しくらい驚けばいい。
+++++
小さな応接室には、同じ高さの椅子が二つ用意されていた。
一つには僕、もう一つには、暗い灰色の訓練着を着たリョウ。
扉が開いた時、リョウは僕を見て、ぴたりと動きを止めた。
リョウの視線が、僕の顔から髪とその内側の白いところ、服、銀の髪留めへと一度上から下まで動いた。
見た……!
絶対に見た!!
「……何」
「いや」
見たはずなのに。それだけだった。
僕は何でもない顔をして椅子へ座る。
侍女が裾と長い髪を整えている間も、リョウがこちらを見ていることだけは分かった。
何か言うかと思って、少し待つ。
「手は?」
「手?」
「昨日、床についただろ。膝も」
そっちか。
「もう痛くないよ。診てもらったし、歩くのも大丈夫」
「本当に?」
「本当」
リョウが聞いているのは、いまの僕の身体全体がどうだとか、女になったから大丈夫なのかとか、そういう曖昧な話ではない。
昨日、目の前で僕が転んだから心配しただけ。
「昨日はなれなかっただけ。もう転ばないよ!」
「そうか」
「そもそも、お姫様はあまり慌てて走ったりしなさそうだけど」
リョウの返事は短かった。昨日までと変わらない。
女の身体になったからといって、リョウまで急に知らない男になったわけではなかった。
昨日までの僕を心配するのと同じように、昨日の僕が実際に転んだ場所を気にしている。
そのことに、僕は思っていたより安心した。
――同時に。少し、つまらない。
自分でも意味が分からない。
「リョウは大丈夫? 訓練で変なところない?」
「ない」
「壁壊したって聞いたけど」
「少し」
「絶対少しじゃないよね」
僕はリョウの訓練着を見る。
「その服、似合ってるね」
「これ?」
「制服じゃないリョウを見るの珍しいから。なんか、ちゃんと勇者っぽい」
「勇者だからな」
「そういう意味じゃないよ」
僕は褒めたのに。
リョウは、僕の服にも髪にも何も言わない。
かわいいとも。似合うとも。
安心したくせに、少しくらい何か言えばいいのにとも思う。
リョウが訓練場へ戻る時間になる。
僕の横を通った時、視線がもう一度だけ銀の髪留めへ向いた。
――絶対、気づいてるじゃん。
「今日こそ、ちゃんと食べてよ」
「ああ」
「怪我もしないでね」
「分かった。行ってくる」
暗い灰色の背中が、廊下の角へ消える。
「勇者様は、夕刻にはお戻りになる予定でございます」
セシリアが言った。
「それまで、僕は何をすればいい?」
「姫君がお望みのことを」
「夕食、ここで一緒に取ってもいいですか」
「もちろんでございます」
「リョウが帰ってきたら、温かいまま出せるようにしてください」
「かしこまりました」
誰かに、勇者をここで待てと言われたわけでもなく、ただ、帰ってきたら一緒に食べようと思った。
+++++
夕方が近づくにつれて、扉の音が気になった。
「まだですか?」
セシリアが時計を見る。
「予定のお時間までは、もうしばらくございます」
「別に、急かしているわけではないですからね」
「はい」
「夕食が冷めたら困るから」
セシリアは笑わない。
笑わないから余計に恥ずかしい。
「髪、崩れてませんか」
「髪留めも、お髪も、問題ございません」
「……なら、いいです」
誰に見せるわけでもない。
いや。一人には見せる。
朝から見ていたくせに、何も言わなかった一人へ。
+++++
扉が控えめに叩かれた。
「リョウ様が、訓練よりお戻りになりました。こちらへお通ししてもよろしいでしょうか」
「はい」
返事がすぐに出た。
扉が開く。
入ってきたリョウの肩と膝には泥が付き、頬には擦り傷があった。右の袖口には、乾ききっていない血まで付いている。
僕を見る。銀の髪留めにも一瞬だけ視線が止まった。
でも、その前に僕から言葉が出た。
「おかえり、リョウ」
自然に出た言葉だった。
リョウが一瞬だけ目を見開く。
「ただいま」
その返事を聞いた途端、訓練場から戻ってきた勇者が、同じ教室と帰り道にいたリョウへ少し戻ったように見えた。
「手、見せて」
「大したことない」
「いいから」
右手を取る。
朝、リョウが僕の手を気にしていたのとは逆だった。
掌の付け根が赤く、指の間には細い切り傷がある。
「訓練なら怪我していいわけではないよ」
僕には、傷を治す魔法なんてない。
でも、この部屋で必要な物を頼むことならできるようになった。
昨日、自分のためには一度も鳴らさなかった銀の鈴へ手を伸ばす。
チリン。
「冷やす物と、傷へ塗る薬をお願いします」
「かしこまりました」
セシリアがすぐに動いた。
初めて鳴らした鈴は、リョウの傷のためだった。
「自分でできるぞ」
「知ってるよ。でも、いまは僕が見つけたから」
セシリアから受け取った冷たい布を掌へ当てる。
「冷たくない?」
「平気」
傷へ薬を塗っていると、僕の白い外袖へリョウの泥と血が付いた。
「あ」
リョウが先に気づいた。
「悪い」
「リョウが謝ることじゃないよ」
「汚れたから」
リョウが汚れた袖を見る。
「似合ってたのに」
「……何が?」
「その服」
朝から少しだけ待っていた言葉が、こんな時に来た。
「いま言うことじゃないよ」
「今、汚れたから」
「そういう意味ではなくて!」
「髪も」
「髪?」
「その内側の白いところ。きれいだな」
「……そこまで見てたの?」
「朝から。銀のやつも、似合ってる」
気づいてた。やっぱり気づいてた。
朝から。ちゃんと見ていた!!
服も髪も、そのうえ僕が自分で選んだ銀色まで見ていたのだ。
思っていたより嬉しかった。
「……だったら、朝に言えばよかったじゃん!」
「昨日転んだところが痛くないか見てた」
「見たあとに言えばいいじゃん?」
「痛くないって分かったから、それでいいと思った」
「よくないよ!」
セシリアたちは少し離れたところで、何も聞いていないような感じでいた。
リョウは僕の顔を見てくる。少し照れている。
「かわいいと思った?」
言ってから、自分で固まった。
――何を聞いてるんだ、僕。
「思った」
リョウは迷わなかった。
「召喚された時から」
「……そういうことを聞いてないよ!」
「今もかわいい」
「もういいから!」
……顔が熱い。
セシリアが用意してくれた新しい外袖へ腕を通しながら、僕はリョウから顔を背けた。
そんなことを聞きたかったわけではない。
+++++
夕食では、僕が頼んでおいた温かい料理をリョウがちゃんと食べた。
色々長い名前がついた献立だったけど、よく覚えていない。
「訓練は?」
「壁が少し壊れた」
「少し?」
「俺より大きい穴」
「それを少しとは言わないよ!」
明日も訓練だという。
僕はスープの器を見てから、聞いた。
「次も、帰ってくる?」
訓練場は王宮の中だ。
明日もここへ来る予定になっている。
帰ってくる、なんて大げさな距離ではない。
それでも確認していた。
「帰る」
返事は短く、迷いもなかった。
僕がここにいることを、リョウはもう知っている。
傷を見つけ、必要な物を頼み、温かい料理を用意して、帰ってきたら「おかえり」と言う。
だったら、待つことは何もしていないことではないのかもしれない。
「……では、待っています」
「ああ」
リョウと話しているのに、この部屋で覚え始めた姫君の言い方が混ざった。
僕に何ができるのかは、まだ分からない。
それでも明日も、帰ってきたリョウへおかえりと言う。
誰かに決められたからではなく、僕がそうしたいと思った。
++++++++++
5年後。
床へ並んだ二つの遠征鞄を見ながら、僕は黒い髪紐の結び目へ触れた。
「最初から、自分で待つって決めてたわけじゃないんだよ」
「知ってる」
「何を」
「最初は、『待っています』って言う時、声が小さかった」
僕はリョウを見る。
「……そんなところまで覚えてるの?」
「ああ」
「僕が銀の髪留めを初めて着けた日も?」
「ああ」
「本当に?」
「かわいかった」
「……5年前の感想を、いま言わなくていいからね」
「今もかわいい」
「だから!」
明日、僕たちは二人で遠征へ出る。
もう、あの頃のように僕だけがお城へ残るわけではない。
『おかえりを言わせて』
配信終了前のコメントを思い出す。
「帰ってこないとね」
「ああ」
「二人とも」
「ああ」
「……さっきから『ああ』ばっかりじゃない?」
「そうか?」
「そうだよ」
最初はお城でリョウを待っていた僕も、いまはリョウと一緒に出ていく。
今度は二人とも、帰ってくる側だ。
++++++++++
翌朝。
午前5時40分。
探索庁の迎えが、マンションの下へ着いた。
21話をお読みいただきありがとうございました。
リョウを待つお姫様になろうとしていたイオリの回想でした!
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