異世界を救ったTS姫様と勇者は、現代に帰還しても男女カップルチャンネルの配信でてぇてぇ営業して生きていく。ダンジョン配信もやるよ 作:vhuphje
朝早くから探索庁の車に揺られ、僕たちは最後の有人管理施設に連れてこられた。
ここから先は、いつもの新宿とかより地面の起伏が大きくて、人工の通路より岩場を歩く時間の方が長い。
調査班が荷物を確認しているあいだに、僕たちも荷造り配信で詰め込んだ荷物をおろして、施設脇の邪魔にならない場所にカメラを置く。
僕たちはこの遠征のあいだ、ずっと生配信をするわけではない。
移動や準備、調査の全部を映していたら仕事にならないし、見せられない場所や情報もあるから。
配信していない時間は、必要なところだけ短く動画に残して、あとで編集して使う予定だ。
今、撮ろうとしているのも、遠征初日の導入に使う短い動画。
画面には僕とリョウが並んで映っている。
「リョウ、もうちょっと右」
「こっち?」
「そっちだと僕と重なる」
「これ以上右だと後ろが映る」
「じゃあ半歩だけ。カメラの前で重なるなって言ってるだけ。僕の隣から消えろとは言ってない」
……何言ってんだろう。これは、なし。
使いにくいから。
「今のは、ナシね」
「僕の隣から消えろとは言ってない」
「繰り返すのやめてね!」
録画を止めた。
「もう一回ね!」
カメラを回し直す。
「今日から2泊3日の遠征です。ここから先は徒歩で前進観測拠点まで入ります。探索庁の調査班と一緒ですが、僕たちは生態調査や採集、それから第三新宿で取った記録との比較を担当します」
今回の場所には、第三新宿で見つけたものと少し似た過去の記録がある。
似ているだけで、同じものなのかは分からない。
「今日はまず、何も起きていない時の数字を取ります。そこからです」
今度は、下手なことを言わずにできた。使える。
カメラを回収して、僕たちも荷物を背負った。
いまの動画は、今日このあと撮る素材と夜の締めを短くまとめて、きょう中か、明日の生配信が始まる前にアップロードするつもりだ。
+++++
徒歩で拠点に着いたら、泊まるための荷物を置き、鞄を日中の仕事用に組み直した。
今日測るのは、さらにその先にある3つの地点。
3地点を回り、同じ手順で空間の歪みと魔力の濃さ、温度を測った。壁や地面にも変わったところがないか確認して、写真へ残していく。
3つ目まで終えたところで、僕は端末へ並んだ数字を見返す。
「今日は特に変わったところないね」
「何もなしか」
「何も起きてない時の数字が取れた、ということだよ。次に数字が変わった時、今日と比べられるでしょ?」
ミナトさんと亀戸を調べた時にも、そう教わった。
「だからこれも成果なんだよ」
「……なるほど」
「忘れてた?」
「覚えてるよ」
「じゃあ今の間は何?」
測定の合間には指定された植物を採り、見つけた生き物も記録した。
初日の仕事としては上々だ。
+++++
夜、今日最後に短い動画を撮る。
「遠征1日目、予定していた3地点の測定と採集は終了しました! 今日測った範囲では、特に大きな変化は見つかりませんでした」
僕の隣でリョウが荷物を整理している。
「明日はもう少し下の許可区域へ入ります。採集と生態調査を続けながら、定点カメラを設置して、今日と同じように空間の歪みも測ります!」
録画を止めて、運営陣に動画を送っておく。
「今日はこれで終わりっ!」
「配信は?」
「今日はもうないよ。大丈夫?」
「大丈夫」
「大丈夫かなあ……」
撮影用のカメラも片づけた。
+++++
探索で採ったものや今日の記録を有人管理施設へ届けに行ったリョウが、宿泊用の小さなシェルターへ戻ってきた。
「ただいま」
「おかえり」
僕は端末から顔を上げて答えた。
リョウはブーツを脱ぎ終えると、明日の準備に話を移した。
「明日の定点カメラ、朝ここで準備する?」
「うん。バッテリーと記録容量まで確認してから持っていくよ。8時に配信を始めたら、そのまま設置できるようにしておきたい」
「測定器も?」
「それも先に動作確認するよ。調査区域に着いてから準備で時間を使いたくないし」
「分かった」
僕は荷造り配信で詰め込んでいた荷物を広げ、もう着替えも済ませてあった。
昼間に着ていた探索服は明日また使うから、汚れを落として乾燥棚に掛けた。
「リョウ、髪やって?」
「ん」
リョウが僕の後ろへ回ってくれた。
髪をまとめていたゴムを外すと、髪が背中で広がった。
毛先に、持ってきていた櫛が入った。
さらっと髪を通る。
「セシリア、髪のことになると厳しかったよな」
「リョウが雑に梳くからだよ」
「あの頃は、長い髪の扱い方なんて知らなかった」
「僕だって知らなかったよ。でも、絡んでるところを上から引っ張ったりはしなかった」
召喚されたばかりの頃、腰より下まである髪をどう扱えばいいのか、僕にもまったく分からなかった。
最初に教えてくれたのはセシリアたちだ。
リョウが初めて僕の髪を梳いた時は、絡んだところをそのまま上から引っ張って、僕を痛がらせた。
翌朝にはすぐセシリアに見つかって、
『勇者様。姫君のお髪は、毛先から少しずつでございます』
と、きっちり教えられていた。
「次からはちゃんと毛先からやったろ」
「一回で覚えたのは偉いと思う」
「そうだろ??」
「得意げにするほどではないけど」
言いながらも、今入っている櫛はちゃんと毛先からだ。
髪が一通り梳けたところで、リョウが僕の背中を見た。
「今日、鞄が当たってたところも確認したい」
「平気だと思うけど」
「まだ見てないだろ」
「……じゃあ。見て」
僕は髪を胸の前へ集めて、リョウへ背中を向けた。
右の肩甲骨の下に、帰還した時から残っている傷がある。
「帰還した時の傷は変わってない。でも、こっちは擦れてる」
「やっぱり鞄?」
「ああ。明日は保護シートの位置をずらす」
リョウは予備のシートを取り出して、赤くなっている場所まで覆える位置へ貼り直した。
「冷たっ」
「最初だけだろ」
「分かってても冷たいものは冷たいんだよ」
貼り終わったところで、今度は僕がリョウの右腕を取った。
手首から肘の上まで残っている黒い亀裂状の痕に触れると、昨日より少し熱を持っている。
「リョウの方も、今日はちょっと熱いね」
「荷物持って歩いたからな」
「じゃあ冷やしてから巻き直すよ」
冷却材を当てて熱が引くのを待ち、その上から保護帯を巻き直した。
遠征に出た夜、こうしてお互いの状態を確認するのは、異世界にいた頃から変わらない。
+++++
明日も朝早いとはいえ、夜のシェルターでやることがない。
そのせいか、普段ならあまり口にしないことを聞いてみたくなった。
「第三新宿のこと、リョウはどう思ってる?」
僕が聞くと、リョウは少し考えた。
「配信で言ってる話じゃなくて?」
「うん。本当はどう思ってるのか」
配信では、分からないものは分からないと言うし、似ている記録があっても、それだけで同じものだとは言わない。
それでいいと思ってる。
でも、カメラはもう片づけた。ここには僕とリョウしかいない。
「俺も、向こうと関係ある可能性はあると思ってる」
思ったよりリョウの言葉ははっきりしてた。
「……ほんとに?」
「ああ。第三新宿だけなら、あそこのダンジョンで起きた現象かもしれない。でも、離れた場所にも似た記録が残ってるなら気にはなる」
「僕もそこなんだよね」
今回の場所で過去に取られた記録が、本当に第三新宿と同じものなのかはまだ分からない。
「明日測って、全然違ったら?」
「それなら違ったって分かる」
「同じだったら?」
「その時は、考えることが増えるな」
「うん」
僕はそっちの方を期待している。
もちろん、配信ではそんな言い方はしない。
まだ測ってもいない場所を『異世界への入口』にするつもりはないし、
似た数字が出たところで、それだけで向こうにつながる証拠とはならない。
そうだとしても、第三新宿であの空間異常を見た時から、一度も考えなかったわけではない。
「もし本当に、向こうと何かつながってたら」
「ああ」
「リョウは何が知りたい?」
今度は、答えるまで少し長かった。
「向こうが無事かどうか」
「……うん」
「俺たちが帰ったあと、どうなったのかも知りたい。魔王は倒したけど、それで全部終わったわけじゃなかっただろ」
その通りだった。
僕たちは魔王を倒して、帰還術が使えるうちに地球へ帰ってきた。
そのあとのことは何も知らない。
「セシリアたちのことも?」
「もちろん」
「僕も」
セシリアや王宮のみんな、一緒に戦った人たちが今どうしているのか。
僕たちが帰ってから、もう2年になるのだ。
「向こうにつながってたらいいと思う?」
聞いてから、これは少し違う質問だったかもしれないと思った。
リョウはすぐには答えなかった。
「分からない」
「そっか」
「でも、確かめられるなら確かめたい」
それなら僕も同じだった。
「まず明日だな。今日と同じように測るんだろ」
「うん。似てるのか、全然違うのか。そこから」
「だったら、今決められるのはそこまでだ」
「……なんか、ミナトさんに似てきたね」
「嫌なのか」
「別に嫌じゃないよ」
答えのない話だったけれど、配信で話す時よりずっと本音に近いところまでは話せた。
+++++
翌朝は、5時に起きた。
昨日の夜に決めた通り、まず配信前に済ませておく仕事を片づける。
荷造り配信であれだけ時間をかけて詰めたのに、現地ではまた詰め直しだ。これが意外と大変。
昨日使った機材や消耗品をいったん広げ、今日の調査に必要なものだけを選び直す。
設置する定点カメラはバッテリーと記録容量を確認し、測定器も一度動かしてから収納する。
予備の電池や水などは使った分を補充する。
昨夜乾燥棚へ掛けた探索服の状態も確かめて、装備を改めて付け直す。
そこまで済ませてから朝食を取り、探索庁との朝のミーティングもやった。
全部終わって時計を見る。
「リョウ、何時?」
「6時50分」
「朝の動画まだ撮ってない!」
「髪も」
「それは分かってる!」
7時15分にはここを出たかった。
生配信は8時スタートだけれど、今日の調査区域へ入ってから始める予定だった。
その前に、「出発前の様子」でもう1個動画をとりたかった。
動画撮影用のカメラを置いて位置を調整する。
リョウが聞いてきた。
「これ何秒とるんだ?」
「30秒」
「短いな」
「朝の挨拶だけでいいからね」
髪もまだ下ろしたままだった。
湯気の立つカップを持って座り、録画を始める。
「遠征2日目の朝です。今日は昨日よりもう少し下まで入ります。昨日は大きな変化がなかったので、今日は何が取れるか見てきます」
髪の先がカップへ近づいた。
画面の外からリョウの手が伸び、僕の髪を持ち上げる。
「ちょ、撮ってる時にいきなり触らないで!」
思わず録画を止めた。
「不意打ちはびっくりするでしょ」
「撮り直すのか?」
「時間ないよ」
「じゃあ今のを使うのか?」
「……うん」
時計を見る。
「じゃあ髪やって!」
僕は諦めて椅子へ座り、リョウに髪を見てもらってる間に、動画を運営へ送った。
昨日の夜は、のんびり異世界のことを話していたのに。
今朝は、そんなことを考えている暇もない。
僕たちは鞄を背負って宿泊シェルターを出た。
22話をお読みいただきありがとうございました。
ぜひ、感想やお気に入り、評価ボタンをお寄せいただけると嬉しいです!
どうぞ、よろしくお願いいたします!