異世界を救ったTS姫様と勇者は、現代に帰還しても男女カップルチャンネルの配信でてぇてぇ営業して生きていく。ダンジョン配信もやるよ 作:vhuphje
午前8時。
俺たちは昨日より下の許可区域へ入り、予定どおり生配信を始めた。
イオリがいつものような挨拶をしてから、遠征について話はじめた。
「きょうは、ダンジョンの遠征2日目、朝活配信です。採集と生態調査をしながら、昨日決めた場所に定点カメラを設置する仕事をします。空間の歪みも、昨日と同じように測っていきます。昨日の様子はショート動画にまとめて昨日アップロードしてあるので、そっちも見てくださいね!」
『〈おはよう〉』
『遠征2日目!』
『いおりんもう髪結んでる!!!』
『髪結い見せろ 』
『配信前に本題終わってるじゃん!』
『朝活配信とは何だったのか』
「髪は配信前に結びました。朝5時から起きて準備してたので、もう仕事を始められる状態です。そうしないと、仕事が10時スタートになっちゃいます!」
結んだのは俺だったが。
『ガチの朝活だった』
『朝5時!?』
『普通の社会人の生活で草』
『ショートの更新が朝早すぎて見てないやつ多いな』
俺たちを社会人と思っていない奴はいったい何だと思っているんだろうか。
+++++
まずは、一つ目の測定地点へ向かう。
昨日の3地点より下へ入ると、周りの景色もかなり変わった。
人が歩きやすいよう整えられていた通路は途中で終わり、その先は浅い渓谷のように落ち込んでいる。
底には黒い土が溜まっていて、岩の隙間や古い配管の周りを、青白い苔や半透明の蔓が覆っていた。
照明や誘導線は残っているけれど、新宿でいつも歩いている管理通路より、ずっと地面そのものを踏みしめて歩いてる感じがする。
誘導線から外れないように進みながら、採集可能な範囲を示す杭を確認した。
青白い苔の切れ目に、細長い葉が何株かまとまって生えている。
葉の中には淡い青い光が通っていて、黒い土の上ではよく目立った。
「これ、薬品の原料になります。今日は指定された量を採ります」
イオリが株の状態を確認しながらしゃがむ。
かさっ、と葉の奥で何かが動いた。
「待って」
その奥から、長い耳が二本伸びた。
長い耳の先だけが半透明で、葉の青い光を受けて透けている。
『なんかいる』
『うさぎ!?』
『かわいい』
『耳光ってる!』
小さな魔物は逃げるでもなく、草の陰からこっちを見ていた。
「ここは採らないでおこう。必要な分は、ほかの場所から取れるから」
わざわざこいつが潜り込んでいる草を抜く必要はない。
少し離れたところにも同じ草がまとまって生えていたので、俺たちはそっちから指定された分だけ採った。
採集を終えても、イオリはさっきの小さな魔物をもう一度振り返った。
「かわいかったねえ」
「連れて帰るなよ」
「連れて帰らないよ!」
『姫様いま考えたでしょ』
『連れて帰りたい顔してた』
「仕事中です!」
たぶん考えたな。
そのあと、1つ目の地点で昨日と同じ条件の数字を取り、定点カメラを設置した。
ここでは、昨日の3地点から大きく外れる数字は出なかった。
+++++
2つ目の途中に、80センチほどの段差があった。
先に降りた俺が手を貸そうとしたが、イオリは足場を見て首を横に振る。
「大丈夫。届くから」
岩へ片足を置き、そのまま自分で降りてくる。
「昔なら俺の手を取ってたな」
「外を歩き回るようになったばっかりの頃でしょ? あの身体で段差の感覚なんて分かるわけないじゃん」
「腰をつかんで戻したこともあった」
「今それ言う必要ある?」
「細かった」
「何が!?」
『腰!?』
『細かった???』
『勇者????』
『ファーw』
『今も細さを確かめたほうがいい』
最初の頃は、俺が止めないと危ない場面もあった。
今のイオリは、自分の身体の幅も脚の長さも分かっている。
それでも、俺は次もたぶん手を出す。
段差を降りて少し歩いたところで、イオリが俺に声をかけた。
「リョウ。蜂蜜飴ある? 入れてきたやつ!」
「あるぞ」
すぐ出せるところへ入れていた飴の個包装を渡す。
「早いね」
「取りやすいところに入れた。イオリ用にな」
「僕用ってわけじゃないと思うんだけど。なんでそういうこと言うの?」
『姫様用w』
『勇者の鞄から姫様のおやつ出てくる』
『〈かわいい〉』
文句は言うが、イオリは普通に袋を開けた。
「……甘い」
「蜂蜜だからな」
「知ってるよ」
俺もひとつ開けた。
「リョウも食べてるじゃん」
「そりゃ食べるだろ」
+++++
2つ目のカメラ設置場所へ向かう途中。
決められた採集区域を離れると、青白い苔はだんだん減っていった。
代わりに目立ち始めたのが、壁際から伸びる黒い根だ。
黒い根そのものは珍しくない。第三新宿にもあった。
ここの根は太いものだと50センチほどあり、岩壁へ張りついたまま奥まで続いている。
床にもたくさん張り出していて、誘導線はその間を避けるように引かれていた。
異変に気づいたのは、その少しあとだった。
さっきまで聞こえていた足音や機材の音が、一瞬だけ遠くなった。
「イオリ、待て」
「どうした?」
「今、音が変だった」
イオリが携帯型空間歪計を確認する。
「……さっき測った場所より数字が上がってる」
俺も横から表示を覗き込んだ。
「昨日の測定値より?」
「昨日の3地点では出なかった大きさだね」
『異常発生』
『第三新宿と似てる?』
『きたあああああああ』
『異変を見たら引き返せ』
『また勇者が先に気づいてる』
コメントを見ながらイオリが言う。
「まだこれがどういうことかは分からないです。場所を変えてもう一回測ります」
イオリが数メートル戻って測ると、数字は下がった。
もう一度、壁を這う黒い根の側へ近づくと、また上がる。
「これは……。こっちへ近づくと上がる感じだね」
「もう一回戻って確かめるか?」
「うん。あと何か所か取る」
第三新宿で見つけた異常と同じものかどうかは、まだ言えない。
イオリはもう一度距離を取り、位置を変えながら数字を残していく。
「第三新宿の記録と比べられる形で残すか?」
「うん。記録を細かくして、場所を変えながら何か所か取る。リョウは、周り見てて」
「分かった。こっちは俺が見とく」
少しして。
――ゴリッ。
黒い根の向こうで、何か硬いものが岩を擦った。
「イオリ」
「聞こえたよ」
もう一度、低い擦れる音がする。
黒い根の向こうから、大きな影が出てきた。
灰色の巨体を、乾いた岩板のような分厚い皮膚が覆っている。
短い首の後ろでは肩が大きく盛り上がり、額からは黒い太い角がまっすぐ前へ伸びていた。
そこだけ妙に無機質だった。
筋も節もなく、黒い石を削り出して、そのまま額へ埋め込んだように見える。
前脚も妙に太い。大きな蹄が、ずしん、ずしんと岩床を踏む。
低い頭、盛り上がった肩、前へ突き出した一本角。
地球では見たことがない。
それでも、異世界では何度も見た魔物によく似ていた。
「……灰角獣に見える」
イオリも測定器から顔を上げた。
「僕もそう見える」
『?』
『聞いたことないよ』
『お』
『はいかく・・・?』
『灰角って書くの?』
「少なくとも、地球側では見たことのない個体です」
イオリがカメラへ向けて説明する。
「僕たちが異世界で灰角獣と呼んでいた魔物によく似ています。ただ、見た目だけで同じ種類とは言えません」
イオリの言葉に、コメント欄が一気にヒートアップした。
『異世界のやつ来た?』
『???!!!!!』
『異世界きちゃああああああああ』
『地球終わったか』
『これ持ち帰って調べられる???』
『とりあえずwikiには載ってない』
『こーれ魔王軍の残党ですwwwwww』
『新種であっても異世界とは限らんだろ』
『見た目だけ似てる可能性もまだあるぞ』
『お前らおちけつ』
個体はまだ突っ込んでこず、こっちを見たままゆっくり位置を変えている。
イオリの言う通り、見た目だけではまだ決められない。
ただ、本当に灰角獣なら、次に何をするかまで俺たちは知っていた。
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