異世界を救ったTS姫様と勇者は、現代に帰還しても男女カップルチャンネルの配信でてぇてぇ営業して生きていく。ダンジョン配信もやるよ 作:vhuphje
灰角獣によく似た魔物は、もう動かない。
僕は、さっきの突進で欠けた角へ目を向けた。
魔物が何だったのかと、空間の歪みが何なのかは、分けて調べた方がいい。
『まだ調べるの?』
『奥行く?』
『異世界ゲート探そうぜ』
『魔物の死体も検証した方が良くない?』
「すぐ奥へ行くとは言ってません。まず、ここで見つけたものを確認します」
壁際へ落ちている角片は、外側こそ黒いのに、割れた断面だけが灰色がかって半透明に見えた。
近づきすぎないよう、携帯型空間歪計で周囲との差を確認する。
「この角の近くで、急に数字が大きくなる感じはないね」
「じゃあ拾っておくか?」
「うん。これだけで何か分かるわけじゃないけど、地上へ持ち帰れば他の魔物素材と比べられる。もしかしたら前から見つかってる魔物と似てるって結論になるかもしれないし」
リョウに周囲を見てもらいながら、直接触れないよう道具で角片を拾って、素材を運ぶための容器へ入れる。
『レアドロップやね』
『売れる?』
『普通に高そう』
『角ほしい』
「これはまだ売りません。大事な資料です」
「向こうでは素材として回収してたけどな」
「してたね。でも、これが同じ魔物なのかもまだ分からないし、地球で何に使えるかも分からないよ」
だから、それを調べる。
同じ灰角獣なのかは、僕たちの目でもう一度よく見る。
地球側のよく似た魔物なのか、素材まで同じ性質を持っているのかは、ダンジョンについて僕たちより詳しい専門家にも見てもらえばいい。
角を持ち帰るだけでも、確かめられることは増える。
「向こうの騎士か冒険者に見てもらえたら早いんだけどねえ」
「この前の声につながっておけばな」
「怖いこと言わないで。まずは、地球で分かるところからだよ」
『騎士?冒険者?』
『異世界といえば騎士』
『ギルドありそう』
『やっぱあのまま異世界編突入しとくべきだったな』
『使えない女神とかいそう』
「新宿のあの先が異世界でそっちにいってたとしたら、もうこのチャンネルおわってましたよ。電気ないんだからね?」
『充電がある間はつながる説』
『次回の探索は発電機持参やね』
『異界の衛星通信開通待ち』
『魔法で通信してください』
異世界の証拠みたいなのが増えたおかげで、なんだか、異世界が目の前にあって行き来可能と思っているような人が増えている。
いいのか悪いのか……
2年前には考えられなかったことというのはたしかだった。
魔物の角とコメントを交互に見ながら、昨日の夜に話したことを思い出した。
向こうが無事なのか知りたい。
あの時には、それ以上のことは何も分からなかった。
今も、向こうとつながっている証拠が見つかったわけではないのだけど。
ちょっとは、近づいているのだろうか。
+++++
次に、灰角獣がぶつかった壁を見る。
黒い根は灰色の岩肌へ食い込むように張りつき、その隙間には、さっきの衝突で表面が剥がれた新しい断面が見えていた。
「リョウ、照明あるよね。こっちお願い」
「どこから?」
「下から斜めに。当てるだけでいいよ」
強い光を当てると、さっきまでは気づかなかったものが浮かんだ。
黒を縫うように、岩の表面へ浅い線が何本も走っている。
『なんか書いてない?』
『文字っぽい』
『誰か彫った?』
『異世界語?』
『魔法陣の一部では』
『?!』
「……僕も一瞬、文字っぽいものが見えました」
追従ドローンを寄せて、撮影した映像を拡大する。
線の深さはだいたい揃っている。
自然に割れたひびとは、少し形が違うように見える。
「でも、僕が向こうで使ってた文字ではないよ」
「文字というよりは、向こうの一部で使ってる術式だな」
リョウが言った。
「うん。僕もそっちを思った」
『術式!?』
『異世界じゃん』
『転移用?』
『召喚陣ちゃんですか』
『さすがに演出でしょこれは』
『意味深』
「そこまでは分からないって」
僕はもう一度、線を見る。
「向こうで見た術式の線に似ているところはあります。でも、何のためのものなのか、そもそも同じ仕組みのものなのかも分かりません」
証拠とは呼べない。けれど、灰角獣によく似た個体に続いて術式を思わせる線まで見つかった以上、「向こうと関係があるかもしれない」は、もう昨日の夜の想像だけではなかった。
「イオリ、こっちも」
リョウが壁の下を指す。
灰角獣がぶつかった時に剥がれたらしい、小さな壁の欠片が落ちていた。
片面には、さっき見た線の端が残っている。
「これも、持ち帰れそうだね」
「測ってからだな」
「うん」
まず壁の近くにある状態で空間の歪みの記録を取り、道具で拾って壁から離す。
壁から数メートル離したところでさらにもう一度測った。
「……壁から離しても、数字が普通のところまで戻らない」
「この石にも何か残ってる?」
「その可能性はある。でも、ここにいるままだと場所の影響と分けにくいね」
壁片を容器へ入れる。
「地上へ持って帰って、別の場所でも測ってみる。そこで同じように数字が出るなら、もう少し分けられる」
『異界の物証や』
『角よりこっちが怖い』
『呪物では?』
「呪物ではありません。少なくとも今のところは」
「俺が持つ」
リョウが手を出す。
「じゃあお願い。割らないでね」
「割らない」
予想外の荷物がだいぶ増えていた。
荷造り配信をしてまで、意識的に荷物を厳選しておいてよかった。
+++++
「奥はどうする?」
リョウが黒い根の先を見る。
僕も見た。
行きたい。
あの先へ何が続いているのか、いま確かめたい気持ちはある。
「今日はここまでにしよう」
『えええええ』
『奥行かないの!?』
『続き気になる』
『もうちょいだけ行こ』
「角も壁の欠片も持ち帰れるし、ここにはカメラと測定器を残せる。持ち帰ったものと、僕たちが離れた後の数字を確認してから次に来た方が、何を調べればいいか絞れるよ」
「次は壁を採る道具も要るな」
「うん。あと、どこから数字が上がり始めるのか、今より細かく測れる準備もしたい」
まだ持っていた定点カメラを、異常が出ている場所へ設置する。
「リョウ、壁と黒い根が両方入るようにして」
「ここ?」
「もう少し右。……そこ」
画角を確認して、記録を開始する。
その近くには、いつもの携帯型空間歪計とは別に、空間の歪みを記録し続けるための測定器も固定した。
「これで、僕たちがいない間の映像と数字を両方残せます」
『離れた後を見るのか』
『夜中に変わったら怖い』
『ずっと見てたい』
『ここで泊まろうぜ』
『常時監視態勢か』
「泊まりません」
「寝る場所じゃない」
「そういう問題以前の話ね」
+++++
最後に、今日見つけたものを現場記録へまとめた。
地球では未登録の大型個体が、異世界で知っている灰角獣と見た目や攻撃の仕方まで共通していたこと。回収した角片と、黒い根の近くに残っていた壁面の線。
それから、剥がれた壁片を壁から離しても、空間歪曲値が基準まで戻らなかったこと。
定点カメラと測定器を残して継続観測することも書き加え、探索庁の現場窓口へ送った。
その作業中も喋りながら進めて、配信は続けた。
いつになく真面目な配信になった。
個体本体の回収と試料の受け入れ、周辺区域の管理は探索庁側にも動いてもらう必要がある。
僕たちはできることをしておく。
ほどなく受領の連絡が返ってきた。
【現場記録は受取済】
【未登録大型個体の回収機措置は調整中】
【回収試料の受入準備中】
【周辺区域の一時規制を決定】
【定点観測の記録開始】
「受領されたよ!」
「じゃあ戻るか」
「うん」
配信もここまでだ。
本来はもう1泊する予定だったが、周辺区域が一時規制になったため、3日目に予定していた観測は中止する。今回の遠征は、今日で切り上げることになった。
「予想外に長くなりましたが、今日は、魔物の角と壁の欠片を持ち帰ります。定点カメラと測定器はここへ残すので、公開できることが増えたらまた話します」
『無事に帰ってね』
『異世界説どうなるんだ』
『続報はよ』
『おつ!』
「おつかれさまでした」
「じゃあな」
配信を切った。
+++++
拠点へ戻ってから、角片と壁片を受け渡し、今日の映像と測定記録も整理する。
「ミナトさんにも内容をまとめて送っておこう」
「亀戸の記録か?」
「うん。最初の記録を探してくれてたでしょう。今日の数字と壁の映像も見てもらいたい」
第三新宿で見つけた空間異常と今回の遠征先を比べる時、ミナトさんの探してくれた古い記録が、比較材料の一つになっていた。
現場の動画と、数字を取った場所が分かる記録を送る。
返事はすぐには来なかった。
それでいい。
角も、壁片も、現地に残した記録も、結果が出るまで時間がかかる。
しばらくして、スマホがぴこんと鳴った。
【榊ミナト:見た。昔の記録をもう一度確認する。少し時間がほしい】
「ミナトさんも探すって」
「何を?」
「昔のダンジョンの記録。似たものが他にもなかったか」
リョウが頷く。
今日も、向こうが無事なのかという答えまでは分からなかった。
それでも、持ち帰った試料、現地に残した観測記録、それにミナトさんが探す過去の記録がある。
今すぐ答えは出なくても、次に確かめるものはもう揃っていた。
25話をお読みいただきありがとうございました。
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