異世界を救ったTS姫様と勇者は、現代に帰還しても男女カップルチャンネルの配信でてぇてぇ営業して生きていく。ダンジョン配信もやるよ 作:vhuphje
遠征から帰った翌朝は、目覚ましをかけずに寝ていた。
僕が起きた時には、もう11時を過ぎていた。
リョウは少し前に起きていたみたいだった。
昨日はダンジョンを出てから、灰角獣によく似た個体の回収を引き継ぎ、角と壁片、それに測定記録や映像を提出した。
帰宅後には、ミナトさんにも必要な記録を送っている。
寝たのは日付が変わってだいぶたってからだった。
本来3日間の予定だった遠征は、2日に縮んだ。
短くなったから楽だったかというと、そんなこともない。2日目はずいぶん忙しかった。
そのぶん、今日は何も予定がなかった。
世間も土曜日。僕たちも1日お休みだ。
リビングへ出ると、洗濯機が回っていた。
遠征で使った服は、僕が寝ている間にリョウがまとめて入れたらしい。
キッチンには僕の分のパンが残してあった。
リョウは本当に、睡眠時間が短いな……。
コーヒーを淹れて椅子に座る。
今日は、ダンジョンへ行かないし、配信もない。
「明日の予定って、雑談だけだよね」
「ああ。今日は何もない」
「じゃあ本当に今日は休みだ」
昨日持ち歩いていた測定器も、角も壁片も、いまは手元にない。
結果が気にならないわけではないけれど、家で僕が急いでも調査が早くなることはない。
――今日は休むぞ!!
+++++
――休むはずだったのに。
遅い朝食を食べながら、PCでチャンネルの管理画面だけは開いていた。
……自営業だから、仕方ないね。
「……登録者数が47万いってる。472,336人か」
向かいでコーヒーを飲んでいたリョウがこっちに来た。
画面を見て、言う。
「昨日のでまた増えたな」
「ミナトさんとのコラボ中も、遠征はじめた日もずっと増えてたけどね。でも昨日の灰角獣が出てから、もう一段きてる感じだよ」
「50万まであと3万くらいか」
「50万に合わせてなにかしようと思ってたのがどんどん近づいてるよ? どうしよう?!」
「この前2周年とかいって何も準備がいらない同時視聴したばっかだろ。そのくらいでいいんだよ。そもそも周年と違って人数は予想もできないし」
「……まあそれもそうだね」
ちょっと煽ってみたけれど、リョウは冷めていた。
それでも、数字が伸びているのは僕もリョウも嬉しい。
調子に乗って、そのままエゴサもする。
動画サイトをチャンネル名で検索すると、遠征に関する切り抜きや配信せずにアップロードしたショート動画などが入り乱れて出てきた。
【非公式切り抜き】勇者、未知の魔物相手に未来予知を始める 306万回
【公式ショート】「じゃあ石は僕が止める」灰角獣によく似た個体との戦闘 164万回
【非公式切り抜き】打ち合わせ数秒で未知の魔物を処理する異世界帰り二人 137万回
【公式切り抜き】遠征2日目、地球未確認の大型個体と遭遇 108万回
【公式ショート】遠征2日目の朝、出発前の二人 47万回
【公式ショート】遠征1日目、採集と観測の記録 31万回
「100万バズがいっぱい……ていうか、僕あの飛んでくる石全部止めてたんだけどなあ」
「止めたな」
「なんでリョウの未来予知の方が2倍くらい多いの? そもそも未来予知って何?」
リョウが、もう一度数字を見る。
「タイトルじゃないか。未来予知」
「僕の方が画面いっぱい金色だよね?」
「それを気にするのか」
「164万だって嬉しいよ。でも、横に300万があったら気になるでしょ」
「未来予知はしてないから安心しろ」
「だから余計に納得いかないって話なんだけど……」
リョウは未来を見たわけではなく、向こうで知っている、魔物からの攻撃を順番どおり説明しただけだった。
でも、切り抜きのタイトルとしては「未来予知」の方が強かったらしい。
「こっちの非公式のも100万超えてる。『打ち合わせ数秒』ってやつ」
「長いだろ」
「……え?」
「灰角獣なら、『右行く』『じゃあ止める』でも分かる」
僕はリョウを見る。
「……もっと短くできるって話なの?」
「ああ」
「それは、配信で言わないでね」
「なんでだ?」
「次は『会話2秒』って切り抜かれるからね」
リョウは納得していない。
僕も、あのやり取りがそんなに珍しいとは思っていなかった。
遠征初日と2日目の朝に上げたショートも、ちゃんと見られている。
まだ遠征が平和だった頃から見てくれていた人がいて、その上で昨日の戦闘が一気に外まで届いた。
登録者数47万人という数字にも、それが出ていた。
+++++
リョウは洗濯機のほうに行った。
僕はますます調子に乗って、匿名掲示板の中にある僕たちの専用スレッドも開いた。
いつもは自分ではスマホで夜中ちらっとみるだけなのに。
「うわ。僕たちのスレ。パート100超えてるよ! 102だって。10万レス以上あるってこと? すごいなあ」
「掲示板なんて見るな」
リョウが嫌そうに言った。
「見るよ。僕は、配信者でもあるんだから」
「SNSだけでいいだろ」
「全然違うよ。こっちのほうが長く見てる人が何を話してるか分かるし、本音も多いし、変な話が広がってたら知っておきたいし」
「見て嫌なこと書いてあっても知らないぞ」
「そこまで弱くないよ」
「そういう話じゃない」
リョウは昔から、僕が掲示板を見るのを嫌がる。
「今日は昨日の反応を見るだけ。ちょっとだけね」
「……なら俺も見る」
「見るなって言った人が?」
「イオリが見るならな」
結局、リョウも隣に座ってきた。
昨日からスレッドはかなり進んでいて、一番盛り上がっているのは灰角獣についての話だった。
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331:名無しさん@実況禁止:20XX/XX/XX(X) 10:24:18.53
結局あの灰角獣って異世界から来たの?
そもそも文字これであってるのか?
あの黒い角も石みたいに欠けてたけど生物の角なのか?
332:名無しさん@実況禁止:20XX/XX/XX(X) 10:26:03.61
あの魔物は2年前の帰還時に一緒に地球へ来た説ありそう
勇者姫様と同じ経路で地球にきた
→そのまま地球のダンジョンに落ちた
→2年生き延びた
→昨日再会
333:名無しさん@実況禁止:20XX/XX/XX(X) 10:28:19.32
>>332
2年間どこにいたんだよ
334:名無しさん@実況禁止:20XX/XX/XX(X) 10:29:42.18
ダンジョン地下はいくらでもスペースあるから矛盾ではないだろ
335:名無しさん@実況禁止:20XX/XX/XX(X) 10:33:51.73
でもダンジョンなら地下で2年生きてても別におかしくなくね?
他の魔物食えばいいし
336:勇者:20XX/XX/XX(X) 10:36:14.90
イオリが餌あげてたぞ
動物好きだからな
337:名無しさん@実況禁止:20XX/XX/XX(X) 10:37:31.44
>>336
お前も一緒に帰還した設定なんだから止めろよ
だいたいその姫様=動物好き設定
きのうの配信で姫様がかわいい魔物で喜んでるの見て思いついただけだろ
338:姫警察:20XX/XX/XX(X) 10:38:40.51
姫様に謎の巨大生物飼育疑惑をかけるな
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「なんで僕が灰角獣を飼ってることになってるの?」
「知らん」
「あの大きさだよ? 帰還した時に一緒にいたら、さすがに僕たちも気づくよ」
「だから見るなって言ったんだよ」
「少し上の方ではちょっと真面目なレスが多かったんだよ!」
途中から急におかしくなった。
壁の線について長く書いている人や、空間の歪みとの関係を考えている人もいる。
そちらを読もうとしていると、リョウの手が伸びてきて、タッチパネル式の画面のスクロールを指で直接止めた。
「これ」
「何?」
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378:名無しさん@実況禁止:20XX/XX/XX(X) 11:02:08.14
たしかに昨日の姫様、採集場所で耳の長い小さい魔物を見つけた時ちょっと嬉しそうだったよな
そのあと灰角獣が出て戦闘に入った瞬間、急に仕事の顔になるの好き
379:名無しさん@実況禁止:20XX/XX/XX(X) 11:03:31.26
>>378
姫様のおめめ金色お仕事モードすき
勇者カメラ、いつもありがとう
380:勇者:20XX/XX/XX(X) 11:05:14.71
どういたしまして
俺がイオリを見るついでだけどな
381:名無しさん@実況禁止:20XX/XX/XX(X) 11:05:51.20
偽勇者帰れ
382:名無しさん@実況禁止:20XX/XX/XX(X) 11:06:45.36
>>380
本物も言いそうなのが困る
383:名無しさん@実況禁止:20XX/XX/XX(X) 11:08:21.08
むしろ本人説あるだろこれ
きょう遠征キャンセルでそのまま休みだし
384:名無しさん@実況禁止:20XX/XX/XX(X) 11:10:53.90
クソコテ勇者本物説まじで草
385:名無しさん@実況禁止:20XX/XX/XX(X) 11:11:50.11
でも灰角獣が出て戦闘に入った瞬間の切り替わりはマジでよかった
さっきまで小さい魔物をかわいいって言ってた人と同一人物とは思えん
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リョウは何を見せようとしたんだろう?
「……なんでここで止めた?」
「どういたしまして」
「……もしかして、本物? これ、11時5分なら、きょうは僕まだ寝てたよね」
「灰角獣に餌あげてたよな」
「それも、10時台の偽勇者のレスだよ!」
「ハンドルネームは勇者だぞ」
「掲示板見るなっていつも言ってたのは、自分でたくさんレスしてるからだった……?」
リョウは気にせず、少し上へ戻した。
「あと、これも」
「今度は何」
「最初、嬉しそうだったって。これも合ってるな」
「……そんな顔してた?」
「してたぞ」
「魔物だよ?」
「耳見てただろ」
「ちょっとだけだよ。耳の先が半透明で珍しかったし」
「楽しそうだった」
「リョウ、あの時そんなところまで見てたの?」
「見てるからな」
……勇者=本物説が、僕たちのスレの住民たちより重たく、僕にのしかかってきた。
いや、この偽勇者さんがリョウの真似をするのが上手すぎるだけだ。
そのはずなんだけど、僕のことばかり書いてる人が、なぜかここまでリョウを研究しているというのも。
……どっちにしても怖くない?
「もう見るのやめる!」
「俺はまだ見ていいぞ」
「さっきは見るなって言ったよね?!」
僕がPCを引き寄せると、リョウはようやく画面から離れた。
結局リョウは、掲示板が嫌いなんじゃなくて、僕が何を書かれているのかを見るのが嫌なのかもしれない。
そのくせ、自分で見ると僕の話ばかり拾う。
よく分からない。
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洗濯機が鳴ったので、ネットを見るのは本当に終わりにした。
遠征で使った服を干してから、最後にメールだけ確認する。
探索庁からは、昨日提出したものを受け取ったという連絡。
角も壁片もまだ調査中だった。
お役人なのに、土曜日の午前中からご苦労さまです。
この先の対応は月曜日以後で、ぜんぜん大丈夫です。
さらにミナトさんからも、新しい連絡が来ている。
……休んでいる人がいない。
大丈夫だろうか?? この業界。
……まあ一応、ミナトさんは同業の自営業者だからいいのかな?
ミナトさんのほう、先に返信しておくか。
「ミナトさん。次のコラボ、昨日の僕たちの遠征の結果を受けて少し内容を調整しないかって」
「いいんじゃないか」
「僕も賛成。細かいところはあとで三人で決めようか」
短く返信して、予定表も確認する。
明日は、前から告知していた普通の雑談配信。
「明日の雑談はそのままね」
「ああ」
そこまで済ませて、今度こそ端末を閉じた。
「じゃあ今日、どうする?」
「ちょっと出かけて、外で飯も食うか」
「パン食べたばかりなんだけど? さきに止めてよ」
「じゃあ飯は遅らせて。外で何食うかのんびり考える」
「それ、毎回全然決まらないやつじゃん」
それでも僕は財布とスマートフォンを持って、玄関へ向かった。
昨日まで履いていた探索ブーツの横から、普通のスニーカーを出す。
「髪、結ぶか?」
「今日は下ろしてく」
「そうか」
今日の僕は濃紺の薄手のニットに黒いパンツ。その上から明るい灰色の短い上着を羽織った。
リョウも黒っぽい服で、並ぶと相変わらず僕の方だけ少し明るい。
鏡の前で青墨色の髪を整えているうちに、リョウはもう靴を履いていた。
「行くぞ」
「待って。まだ片方履いてない」
「先行ってる」
「待ってって!」
僕は慌ててスニーカーへ足を入れて、開いた玄関の扉を追いかけた。
26話をお読みいただきありがとうございました。
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