異世界を救ったTS姫様と勇者は、現代に帰還しても男女カップルチャンネルの配信でてぇてぇ営業して生きていく。ダンジョン配信もやるよ 作:vhuphje
ミナトさんのPCから、僕たちが遠征先に残した定点カメラの映像を早送りする。
途中で小さな生き物が何回か横切ったけれど、それだけ。
「何も起きませんね」
「これは何も起きてないのを確認する映像だから」
次に、探索庁が別地点で取っていた観測記録を並べる。
「こっちは同じ時間でも動いてない」
「じゃあ、ダンジョン全体が夕方だから下がったわけでもない」
リョウが先に言った。
「……それ僕が言おうと思ってたんだけど」
「もう予想できるぞこれくらい」
本当にちょっと悔しくて、隣のリョウを見る。
リョウは僕を見返しただけで、勝った顔もしなかった。そこがさらに悔しい。
『草』
『姫様めっちゃ不満そうw』
『勇者が学習していた』
『〈かわいい〉』
『姫様先生の座を奪われる』
「そういえばミナトさん。亀戸の時の宿題の方は?」
「そっちはだいぶ整理できたね」
ミナトさんが資料を切り替える。
「異常は局所的で、その後広がってない。岩甲獣も種としては既知。珍しい異常ではあるけど、今は通常監視に戻ってる」
『亀戸は異世界案件ではない?』
『そういや江東ダンジョンは今も通常営業してるな』
『〈なるほど〉』
『ダンジョンではあれくらいはまれによくあるってことか』
亀戸の時にも、僕は向こうとの関係を期待していたけど、残念。
ミナトさんが、画面をこの前の遠征の資料へ戻しながら言った。
「でも、今回の遠征はそうはいかないんだなあ」
「何が違うんです?」
「同じ場所に、重なったものが多すぎる」
ミナトさんはそう言って、長い髪を肩の後ろへやりながら僕たちの方へ身体を向けた。
さっきまで画面の操作に集中していたけれど、ここからは本人もかなり楽しそうだった。
画面に灰角獣の記録画像が出る。
「二人が調査していた地点で、強い空間異常が出た。そこへ国内未登録の大型魔物」
「灰角獣だ」
リョウが即答する。
「二人の証言ではね」
「見た目だけじゃない。動きも同じだった」
「そこも記録に残ってる。二人とも、攻撃の仕方まで異世界で知っている灰角獣と一致したと証言してる」
『勇者一切引かなくて草』
『勇者→預言者にジョブチェンジ』
『勇者がトークに真剣なだけで笑える』
『みなとんも超楽しそう』
僕からミナトさんに聞いた。
「つまり、他の異常と今回の件が違うのは、普段からあちこち測ってるからって、そう簡単に、測定地点にピンポイントで未登録の魔物が出てくるわけじゃない、ということですか」
「そう。測定地点に簡単に出てきてくれたら探索庁が毎日新種発見してるよ?」
「ですよね!」
しかも、同じ地点には、僕たちが向こうの術式を連想した黒い根のある壁まであった。
『〈なるほど〉』
『これ測定した姫様勇者が歪みの結節点では?(名推理)』
ミナトさんがコメントを見ながら言う。
「二人がいるだけでは足りないのはさっき確認した通りだね。でも、あの場所に二人がいたことが無関係とはまだ言えない」
『二人は無罪じゃなかったのか・・・』
『再逮捕で草』
「再逮捕するな!」
「それで、二人の遠征のときの空間歪曲値を過去のデータと比べ直したわけ」
ミナトさんが笑いながら、さっき見たグラフを出す。
「今回のデータが特殊なのは、グラフ一本だけじゃなくて、同じ場所でいろんなことが重なってるからね。過去ログも、異常の規模、局所性、続いた時間、その後の戻り方をまとめて比べた 」
「今回の空間異常そのものに近いものを探したんですね」
「そう」
『核心くる?』
『それで似たのあった?』
『謎解きみたいだな』
「部分的に似てるものはいくつかあったよ。でも、一個だけ、かなり気になった」
ミナトさんが画面を切り替えた。
表示された日付を見た瞬間、僕は分かった。
「……2年前」
僕も画面へ近づく。横からリョウまで身を寄せてきて、三人で一台の画面を覗き込む形になった。
「俺たちが帰ってきた日か」
「公的には、原因不明のダンジョン内空間転移事案に伴って第三新宿ダンジョンに二人が出現した日、みたいな扱いだね」
『原因不明の空間転移事案w』
『探索庁も大変やったろな』
『電波アイドルの炎上商法の世話をした役人に同情』
『みんな画面に近づきすぎwww』
「だから、電波アイドルじゃないよ!」
「で、問題はこっち」
ミナトさんが指を指すのは、僕たちが帰還した地点近くの2年前の測定値。
二年前の数字は、今回の遠征よりさらに大きかった。
でも、線の形には見覚えがある。
強い異常がしばらく残って、そこから時間をかけて戻っていく。
「……似てる」
僕は呟いた。
「でしょ? 比べた中ではこれが一番近いんだよ」
「俺もそう見える」
『伏線回収くる?????』
『灰角獣もいるしな』
『やっぱ異世界案件じゃん?』
『大事な話になるとちゃんと同接上がるの何なの?』
『これ初配信のときなら異世界の証拠だって飛びついてたなw』
『異世界編再開と聞いて飛んできますた』
「これは、亀戸の時より、だいぶそれっぽくなってきたでしょ」
ミナトさんが嬉しそうに言った。
僕も否定できなかった。
「少なくとも、2年前と今回を一緒に調べる理由はありますね」
データを見ていた僕は、グラフの端にある時刻の表示に、見覚えがあるものを見つけた。
「あ。この頃は、検査が始まったときかな」
「第三新宿を出たあとか?」
「うん。たしか採血とかされてた頃」
『当事者の証言』
『二人がいなくなっても高いままなのがわかる』
『あの初配信の前の話かw』
「ちなみに、データはもう一個あるよ」
ミナトさんが別の資料を開いた。
「当時、出現地点だけじゃなくて、二人の周囲も携帯型の計器で何度か測ってる」
「僕たちの周り?」
「うん」
「ああ、やってましたね……」
「覚えてる? 嫌な思い出っぽいけど」
「そりゃいやですよ。見たこともない機械を何度も突きつけられて、有害物質みたいな扱いでしたからね。リョウも覚えてるでしょ?」
「ああ」
僕にはそれだけなの?
……やっぱりミナトさんのほうが良いのか?
「まあ、二人が知らない間に、こっちも必死でこういう機械を作ってたんだから許してね。君たちも今は普通に使ってるんだし」
「それはそうですけど」
「じゃあ、二人が第三新宿に現れた直後から見てみよう」
「……高い」
「そう。出現地点そのものだけじゃなくて、二人のすぐ周囲でもかなり高い値が出てる」
『本人の周りも高かったのか』
『地点だけの異常じゃない?』
『これ結構でかくない?』
『やっぱ姫様勇者こそが世界の歪みじゃん?ww』
「ちなみに、このときの記録写真も残ってるよ」
ミナトさんが画面上の測定記録の横に、画像を開いた。
「うわっ」
画像は、二年前の僕とリョウだった。
周りの雰囲気からすると、撮られた場所は第三新宿だ。
まだ、こっちに戻ってきて、ほとんど時間も経っていない頃。
僕は向こうの戦場で使っていて、帰還のときにつけていた衣装。外套までつけたまま。髪も向こうの銀の髪留めでまとめている。裾も外套も泥と煤で汚れて、帰還術で焼けた金糸までそのままだ。
隣のリョウもひどい。
黒に近い戦闘服と補修跡だらけの外套。肩当てはもう片方しか残っていない。剣を持った長い腕には、黒い亀裂みたいな痕が走っている。伸びた黒髪が頬にかかっていて、今より顔が細い。
肩の大きさだけは今と変わらない。
「……ふたりとも、汚いなあ」
「まあ戦ってた時の服で帰ってきたからな」
「分かってるけど。写真で見るとすごいね。自撮りなんてもってないからね」
写真の中の僕は、リョウのすぐ横に立っていた。
よく見ると、リョウの外套の端までつかんでいる。
「……うっ」
「どうした?」
「なんでもない。見なくていい」
写真から目を逸らすと、コメント欄もヒートアップしている。
『うおおお帰還直後!?』
『ガチの2年前』
『これ初配信より前のやつじゃんwwwwww』
『姫様めっちゃ汚れてる』
『勇者ボロボロだな』
『姫様の髪はどんなときでもキレイだな』
『貴重すぎるwwww探索庁秘蔵写真か?』
『〈かわいい〉』
『これが第三新宿に突然出てきた二人か』
『やっぱ姫様泥まみれやな』
『剣持ちの勇者普通に怖いw』
『ていうか姫様また勇者の服つかんでない?』
『今来たけどこれが異世界帰りってやつ?』
「いやあ、これは職員も警戒するよね」
ミナトさんが写真とコメントを見合わせて大笑いしている。
自分で用意した写真なのに、ひどい。
「……あの、僕たち自撮り写真なんてないのに探索庁にはあるんですね、そしてミナトさんの手にわたってる……」
「そりゃあ、ダンジョン事故の重要参考人だからね」
「重要参考人……たしかに……」
「しかもリョウくんに至っては剣持ってるし、生き物を殺る目をしてるし、普通に怖いよ」
「それはそうですね。怖い」
「そうか?」
「そうだよ、これ怖いよ」
「イオリは汚れててもかわいいよ」
「はあ? ……うん、わかったから先いきましょう!」
『勇者怖い』
『??!』
『汚れててもかわいいww』
『わかる』
『勇者さあ』
『ファーーーwww』
『ミナトンGJ』
『やる目wwww』
『これが電波カップルの初登場写真なのか・・・』
騒ぎの原因となった写真を持ってきたミナトさんが、何事もなかったかのように画面を切り替えた。
次の記録も、測定値の横に写真があった。
さっきの第三新宿の写真とは違って、今度は白い壁の検査室みたいな場所だ。
僕とリョウも、職員に囲まれながら計器を向けられている。
僕は髪を下ろして検査着一枚。リョウも剣も外套もなくなっている。
何より、二人とも本当に疲れた顔をしていた。
「ああ、ここ覚えてる」
「俺も」
『場所変わったな』
『なんか病院みたい』
『姫様も勇者も顔死んでない?』
『検査着もエッッッッ』
『体格差にありがとう』
『表情wwww』
『検査着でもかわいい』
『こっちは髪下ろしてるじゃん』
「顔が死んでるって、帰ってきたと思ったら変な検査ばっかりだったから当たり前でしょう?」
「そりゃするよね」
ミナトさんがまた笑う。
「で、この時の数字がこれだね」
表示された値は、最初より大きく下がっていた。
「……低い」
「最初と比べてずいぶん下がってるな」
「この数値の変化、まず思う原因は、やっぱり場所だよね」
ミナトさんがコメントを見ながら言う。
「最初は第三新宿。次は移送先の施設だし」
リョウは時刻の方を見ていた。
「でも、はかった時間も結構違いますね」
「そう。ふたりにずっと機器を向けて記録を取り続けてたわけじゃないからね。だから、この間のどこで下がったのかは記録がないんだ」
妙に聞き手役として成長しているリョウに議論を任せて、僕は、コメント欄を見ていた。
流れているのは、数値より僕たちの写真の話ばかりだった。
『二枚並べたら現代に迷い込んだ異世界人みたいだな』
『装備とられちゃって勇者までしょぼんとしてる・・・』
『何着てもかわいい』
『検査着派が意外と優勢やなwwww』
『勇者の剣どこいった?w』
「…………あ」
最初の写真は、灰色の長袖。濃紺の、戦うための服。外套に黒いタイツ、銀の髪留め。
その横では、僕もリョウも検査着を着ている。
「どうした?」
「僕たち、服も違う」
「あ」
ミナトさんが確認する。
「最初に測られた時は、二人とも帰ってきた装備のままだけど、次の測定は検査着か」
2年前、帰還直後の第三新宿に戻ることはできないけれど。
「帰ってきた時につけてた装備なら、まだあります」
「全部?」
ミナトさんがこっちを向いて言う。
「直せるところは直してますけど、残してあります」
「俺のもある」
リョウが写真を見たあと、僕を見て言った。
「服の違いは、ここで試せるな」
僕が言う。
「じゃあ、着てみましょうか?」
『うおおおおおおおおおおおおお』
『初配信で着てたやつかw』
『もう着れないのかと思ってた』
『これ神回です』
『ファッションショー不可避wwwww』
『実は姫様が服着たいだけでは????』
『これ2年ぶりか?w』
『急転直下で草wwww』
『検査着派涙目ww装備派の勝ちwww』
「服着たいだけじゃないです! 検証です!」
そこは先に釘を刺す。
でも、試せる条件がひとつ見つかった。
二年前に向こうから持ち帰ったものは、今もこの家にある。
記録の次は、現物だ。