異世界を救ったTS姫様と勇者は、現代に帰還しても男女カップルチャンネルの配信でてぇてぇ営業して生きていく。ダンジョン配信もやるよ   作:vhuphje

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第31話 TS姫様と勇者、昔の格好で夜の街を歩きます [異世界通信まで④]

 僕は、外に行くと言って手ぶらで立ち上がったリョウを見てつぶやいた。

「……リョウ、どこまで行く気ですかね?」

 

 隣に座っているミナトさんが言う。 

「あれ。もしかしてリョウくん、手ぶらで行っちゃった? スマホとか持ってるかな?」

 

 僕は慌てて、着替えた服が散らかっている部屋を覗き込んだ。

 ばっちりリョウのスマホが置いてあった。

 

 僕はスマホを持って玄関を開け、リョウを追いかける。

 

 

 リョウはもうエレベータの前にいた。

 

「リョウ! 手ぶらでどこまで行くつもりだったの?!」

「……あ。すまん」

「電話つないだまま、今どこにいるか言いながら離れていってね」

「了解」

 

 部屋に戻ってきたら、ミナトさんがコメントと戯れていた。

 

「リョウくんあの格好で外に出たみたいだよ。イオリちゃんも追いかけて行っちゃったし。すごいことになったね」

 

『近所の人びっくりするだろ』

『ミナトンGJ!!!』

『これ不審者だろ・・・・』

『カメラマンいないの?www』

『さすがに剣はおいてったか?』

『勇者ひとりで夜の街歩いてる映像ほしかった』

 

「正当な実験です! ミナトさんも変なこと言わないでください!!」

「残念ながら、今日は3人しかいないから撮影班はいませーん。代わりに本人に実況してもらいます!」

「残念じゃないです!」

「電話つながったら、どこまで行ったか聞こ」

「それ面白がってるだけですよね?!」

 

 言いながら、僕はリョウに電話をかけた。

 

【――イオリか?】

「リョウ、いまどこにいる?」

【マンション出た】

「じゃあ、そのまま少し歩いて」

【了解】

 

 ミナトさんが携帯型空間歪計を見ている。

 僕も見る。

 リョウが離れるにつれて、数字が少しずつ下がっていく。

 

「まだ下がってるね」

 

「リョウ、もうちょっとお願い」

【まだ行くのか?】

「まだ数値が下がってるから」

【了解】

 

 電話の向こうで、靴音と車の音が聞こえる。

 

 リョウが歩いている場所は見えない。

 でも、このマンションの周りならだいたい分かる。

 周りはどの方向に歩いても、マンションや店が続く。平日の夜なら、帰ってくる人もまだ多い時間だ。

 

 数分待った。

 

「今どこ?」

【お前がこの前気にしてた、夜に焼きたての札出してるパン屋の前】

「え、もうそこまで行ったの?」

【行けって言ったのそっちだろ】

「そうだけど……もうちょっと進んで」

 

 ミナトさんが横で吹き出した。

「イオリちゃん、コメントが」

「何ですか?」

「『そのパン屋かなり特定できない?』って」

 

「リョウ!」

【何だ?】

「現在地の説明が具体的すぎる!」

【お前に分かるように言ったんだぞ】

「配信に載るんだよ?!」

【店の名前は言ってないぞ】

「そういう問題じゃないよ!」

 

 コメント欄はもう実験そっちのけで、特定の話に夢中だった。

 

『夜に焼きたて出すパン屋で絞れそうw』

『近所だけどたぶん分かった』

『特定班は帰れ』

『そもそも生活圏は公然の秘密だろ笑』

『マンション探すのだけはやめとけww』

 

「公然の秘密にしないで!」

 

 さらに数分。

「まだ下がってるけど、もうほとんど動かなくなってきたね」

 ミナトさんが計器を見た。

「うん、もういいかな」

 

「じゃあ戻していいですね?」

 

「うん」

 ミナトさんが配信画面に向かって、大きく手を振った。

「リョウくーん! 帰ってきていいよー!」

 

「ミナトさん」

「なに?」

「リョウ、僕と電話してるから配信見てませんよ」

「あ」

 

『草』

『届かない帰還命令』

『テンションがおかしい』

 

 仕方なく電話へ向かって言う。

「リョウ、帰ってこーい」

【聞こえてる】

 

『帰ってこーいwwwww』

『勇者帰還』

『なんだこれw』

 

 なんだこれはこっちのセリフだった。

 

 

+++++

 

 

 数分たって、リョウが戻ってきた。

 今度は僕がスマホを持つ。

 

「僕も、電話を繋ぎっぱなしにして離れていきますね」

「うん。お願いね!」

 

 電話をつないだまま玄関を開ける。

 外へ出た瞬間、冷たい夜気が頬に当たった。

 

「あ、涼しい、ていうかちょっと寒い」

 

【その厚着で外ならちょうどいいだろ】

 リョウが電話越しに言う。

 

「暖房効いてる部屋でこのフル装備を着てる方がおかしかったんだよ」

 

 マンションの外へ出ると、夜の街が広がった。

 

 中層のマンションやビルが道沿いに並び、まだ明るい店がいくつもある。

 駅の方からは、スーツ姿の人や学生が断続的に歩いてきた。

 

 僕たちが帰還したあと、新宿の3つのダンジョンに近いからと住み着いた街。

 でも今日は、異世界の戦場でつけていた灰色の長袖に濃紺の服。黒タイツとブーツ。外套までつけて。

 この格好で街を歩くのははじめてだった。

 

 マンションを出て1、2分くらいなら、まだいい。僕たちを知っている人が多い。

 撮影か何かだと思ってくれるかもしれない。

 ……向こうから来たサラリーマン風の男性が僕をじっと見た。

 

「ううっ……」

【どうした?】

「いや……リョウ、さっきずっとその格好で歩いてたの?」

【当たり前だろ】

「見られた?」

【見られたぞ】

「なんで平気なの!?」

【別に悪いことしてないだろ】

「そうだけど!」

 

 電話からミナトさんの笑い声が聞こえる。

 

【イオリちゃん、「姫様ようやく現実を理解する」だって】

「面白いコメントだけわざわざ伝えなくていいです!」

 

 歩き続ける。駅へ向かう人の流れが見えるたびに、嫌な予感がしてきた。

 

「リョウ! この格好で駅前には行きたくないよ!」

【反対方向に行けばいいだろ】

「そういう問題かな!?」

【人少ない方に行きたいんだろ】

「……それはそうだけど!」

 

 楽しそうなミナトさんの声が届く。

【まだ下がってるから、もうちょっとお願い!!】

「ミナトさんも楽しんでるよ」

 

 結局、大通りに出たところで、駅とは反対方向へ曲がったけど、それで急に真っ暗な住宅街になるわけではない。

 

 少し進むと、さっきリョウが言っていたパン屋が見えてきた。

 夜の焼き上がりを知らせる札も、店先に出ていた。

 そうか。リョウも同じ道を通ってたのか。

 

「……これ、確かに分かる人には分かるね」

【何がだ?】

「パン屋」

【だから店名は言ってないだろ】

「特徴が強すぎるんだよ!!」

 

 ガラス越しに店内を見る。この前から気になっていたパンも、まだ残っていた。

 

「パン買いたい」

【買えばいいだろ】

「この格好で入れるわけないでしょ!」

【なんでだ】

「なんで分からないの!?」

 

 通話の向こうでは、ミナトさんまで面白がっていた。

【今コメントで「姫様ひとりでパン屋入ってほしい」って】

「入らないですよ!」

【「地元民絶対撮るなよ」】

「……それは、本当にお願いします!!!」

【あと、駅前まで行ってほしいって結構来てるよ】

「……」

 

 足を止めた。

 

【イオリ?】

「ちょっと確認する」

【何を】

 

 電話をバックグラウンドにして、配信画面を開く。

 

『姫様そのまま駅へGO』

『異世界服で夜の駅チャレンジ』

『歴史的映像がない! 』

 

【――イオリ、歩きながらスマホ見るなよ】

「止まって見てるよ」

【ならいい】

「そこだけ普通に心配しないでね」

 

 配信画面を閉じてまた歩き出した。

 

「ミナトさん、数字は?」

【まだ少し下がってる。でも、かなり動きが小さくなってきたよ】

 

「じゃあもう少しだけ」

 

 夜の街を、2年前まで使っていた外套を揺らしながら歩く。

 昔はこの格好で異世界の町や道を何の疑問もなく歩いていた。

 今は、いつものパン屋やマンションの横を通りながら、自分の家からどこまで離れれば空間の歪みが変わるのかを調べている。

 我ながら変なことをしている。

 

 さらに進んだところで、ミナトさんが言った。

 

【そこで止まって】

「分かりました」

【――うん。今回も同じ。基準までは戻らないけど、もう下がらなくなった】

「帰っていいですか?」

【いいよー! イオリちゃーん、帰ってきてー!】

「だから電話で普通に言えば聞こえてます!」

 

【帰ってこーい】

 リョウまで乗ってきた。

 

「帰るよ!」

 来た道を戻る。

 

 

     +++++

 

 

 リビングへ戻ってきたときには、もう9時を過ぎていた。

「イオリちゃんおかえり!」

「ただいま。もう今日は外に出たくないです……」

「俺は別にもう一回行ってもいいぞ」

「行かなくていいよ!」

 

『〈帰還〉』

『おかえり』

『勇者元気やな』

『姫様だけ疲れ切ってて草』

 

 ミナトさんが、二人分の記録を並べた。

「どっちが離れても同じ傾向だったね。一人でも基準より高い。二人揃うと一番高い」

 

 僕とリョウは、もう一度並んで、計器を見る。

 数字はまた、二人揃った時のところまで上がっていた。

 

『実験が進んでる』

『一人でも出るのか』

『やっぱ歪んでるの勇者と姫様自身では』

『〈なるほど〉』

『帰宅した姫様で同接6万ww』

 

 席について配信管理画面を見直したら、同接が配信スタート時から2倍になっていた。

 向こうの世界の服を着て、街を歩いて疲弊したら、同接6万人。

 とりあえず、配信者としては成功している。

 

 ……実験としては、まだよくわからない。

 

「……次はどうします?」

 

 ミナトさんが言う。

「今度は二人とも、普通の服に戻してみようか」

 

「脱いだら数字が戻るか調べる?」

 リョウが聞く。

 

「そういうこと」

「やりましょう!」

 

 僕は銀の髪留めも外して、リョウとまた交代で普段の服へ戻る。

 

『本日2回目の着替えw』

『また勇者が姫様の手伝いするの?www』

『忙しいな』

 

「普段の服に戻るだけなら一人でできます!」

 

 

+++++

 

 

 二人とも現代の服へ戻ると、空間歪曲値はゆっくり下がり始めた。

 

「すぐには戻らないんだね。ここも記録しとこ」

 しばらくすると、配信を始めた頃とほとんど同じところまで戻った。

 

『現代人が戻ってきたな』

『ゆっくりした下降』

『装備脱いだから?』

『似たデータがとれてるのはわかるけど』

『次はどうする?』

 

「じゃあ、もう一回着たいです」

「いうと思ったよ」

「もう一回上がれば、着替えたのと連動してるって言いやすいでしょ」

「うん。やってみよう」

 

 僕とリョウは、3度目の着替えに向かう。

 

『着替えRTA』

『今日だけで何度戦場行くんだ』

『また手伝うのか?』

 

 2度目よりさらに早く着終わる。騒がれるし今回はリョウには何も頼まなかった。

 

 リビングへ戻って待つと、数字はまた上がり始める。

 ミナトさんが2回の装備着用後のデータを画面に並べていう。

「少なくとも今日の条件では、帰還装備の着脱と数字の上下が連動してるね」

 

『おおw』

『同じようにまた上がった』

『これは強い』

『思ったんだけど初配信でも歪んでたの?』

 

「……あ」

 僕は自分の服を見て、リョウを見た。

 

「僕たちよく考えたら、帰還した日だけじゃなくて、初配信でも着てたんですよね」

 

「……そうだな」

 リョウも当然覚えている。

 

 帰還して4日目。

 検査が終わって、返してもらった衣装。

 この格好のほうが異世界っぽいからと、僕たちはこれに着替えてから、初めて配信をした。

 

『じゃあその時も歪んでた?』

『2年前にも再現してたんじゃんw』

『初配信の記録ないの』

 

「……初配信は僕たちだけでやってたから、歪みの計測とかしてないよ」

 

 ミナトさんが言う。

「初配信の日って、検査が終わって、二人に装備も返したあとってことだよね」

 

「はい。仮住居に移ってから配信しました。あのときは、この服のほうが異世界っぽいからって着てたんです」

「そういう理由だったんだ」

「でも何度も着たら傷みそうだし、地球のダンジョンではこっちの探索服をすぐ使い始めたから、そのあとはしまい込んでました」

「なるほどね」

 

 僕たちはこの服を着て、普通に初配信をした。

 その時にも今と同じように、あの部屋の空間が歪んでいた可能性がある。

 

 でも、誰も測っていなかった。

 

『異世界帰り力説する前に歪み計測すればよかった説wwww』

『歪みの中で電波カップルやってたとか草』

『この2年間はなんだったんだ・・・』

 

「……まあそれはいいんですけど、次はどうします?」

 

 ミナトさんが少し考えてから言った。

「ちょっと待とう」

「……待つ?」

 

 ミナトさんが計器を見る。

「今、着替え直してまた数字が上がったでしょ。このまま何もしなかったらどうなるかも見たい」

 

「なるほど。さっきは外にでたりしてたから」

 横でリョウが頷く。

 

「分かりました!」

 

 

+++++

 

 

 外を往復して、何度も着替えて、数字が落ち着くのを待って。

 時計はもう、午後10時15分くらいだった。

 配信を始めてから、4時間以上経っている。

 

「ということで」

 僕はカメラへ向き直った。

「しばらく、何もしません! 動きません!!」

 

『開始4時間で静止する生配信』

『座ってるだけ』

『この服装なら静止画でも需要ある』

 

 ミナトさんが観測開始の時間を記録する。

「まず5分、待とうか」

「5分ですね」

 

 昔の格好で二人並んで、家の椅子に座る。

 

 秋も深まって、リビングにはもう暖房が入っている。

 異世界の外で戦うための衣装を、完全装備して座っていると、さすがに暑い。

 

「あの写真だと、もっと二人とも張り詰めて見えたんだけどね」

「そりゃ今は家ですから」

「同じ服でも違うね」

「2年住んでる家で戦場みたいな顔してたら嫌ですよ~」

 

「3分たったかな」

 

 歪みの値は、高いままでほとんど動かない。

 

『何も起きない』

『姫様暑くない?』

『これ何もなかったらどうすんのwww』

『同接7.5万』

『静止画で過去最高を越してるのおかしいw』

『このコスプレカップルが異世界帰りの勇者とお姫様ですか?』

『これ何やってんの?』

 

「暑いよ。このフル装備だと」

「脱ぐなよ」

「分かってるよ。今脱いだら、何もしないって条件じゃなくなるから」

「昔はこれで一日過ごしたろ」

「向こうの世界で着る服と暖房効いたマンションを一緒にしないで!」

 

 暑さに耐えるだけで何もできないので、また数字を見てしまう。

 同接数が2周年の記録7.2万人を超えていた。

 何もしてないのに。

 あのとき同時視聴した初配信の映像もこの服だったし、やっぱり僕たちは電波系コスプレダンジョンアイドル配信者なのだろうか。

 もうよくわからない。

 

 

「4分」

「まだほとんど変わりませんね」

「うん。あと1分見て、それでも――」

 

 ミナトさんの言葉が止まった。

 

「どうしました?」

「今、少し動いた!!」

 

 計測結果が上へ揺れている。

 

「……僕たち何もしてないよね」

「してない」

 リョウも即答した。

 

『今動いた?』

『一瞬跳ねた』

『誤差では?』

 

「誤差の可能性もあるし、じっとしてて!」

 

 その直後だった。

 

 どのスピーカーからでもなく、部屋の中に、何かの音、いや、声が混じった。

 

 

 ――……ひめ、ぎみ。

 

 

 掠れて、途切れて、それでも言葉として聞こえた。

 ただのノイズではなかった。

 

 




31話をお読みいただきありがとうございました。

異世界通信まで④をお届けしました!
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