異世界を救ったTS姫様と勇者は、現代に帰還しても男女カップルチャンネルの配信でてぇてぇ営業して生きていく。ダンジョン配信もやるよ 作:vhuphje
第1話 TS姫様、音漏れ事故を起こしても元気に勇者に髪を結ばれダンジョン配信開始
第三新宿ダンジョン浅層の配信から数日後。
「まだ結ばないで」
イオリの髪へ伸ばしかけた俺の手が止まった。
「邪魔だろ」
「あとで。映像が切り替わってからにして」
イオリは左腕の探索端末から顔も上げずに答えた。
第三新宿ダンジョン第七階層。
探索区域の入口に停めた大型バンの後部で、イオリは腰まで届く髪を背中へ流していた。
作業台のPCには待機画面と複数のカメラ映像が並び、その横をメンバー用のミニキャラスタンプと短いコメントが流れている。
〈帰還〉は、並んで門をくぐる俺とイオリを描いたものだ。
『待機』
『あの黒い根の活動どうなった?』
『〈帰還〉』
『姫様髪下ろしてる?』
『もう音だけ聞こえてるぞ?』
『まだ結ばないで???』
イオリの指が止まった。
「……リョウ」
「なんだ」
「いま、マイク」
俺も画面を見る。卓上マイクのランプが点いていた。
「入ってるな」
「切って!」
ミュートを押した。
『wwwww』
『聞こえてました』
『まだ結ばないで、いただきました』
『事故助かる』
「……いつから?」
「分からない」
「そこ確認してよ!」
「いま切った」
「過去形で安心させようとしないで!」
イオリが、青墨色の髪を背中へ払う。
髪の内側には、うなじから白い毛束が帯のように差している。
召喚された時からの色で、地球へ戻っても変わらなかった。
「髪結いまで見た人、そのあとも残る率が高いんだよ」
「魔物を倒すところじゃないのか」
「そこまで見てもらうために、最初で止まってもらうの」
「何で止まる」
「……僕とか。リョウが僕の髪を結んでるところとか」
俺を数字で納得させようとするところは、高校の頃からあまり変わらない。
テスト前も、だいたいこうだった。
「俺たちは、仲がいいところを売ってるのか」
「売ってない」
イオリは即答した。
「数字が出るんだろ」
「出る。でも、配信のために仲よくしてるわけじゃない。髪は本当に結ぶし、装備確認も必要だからやる」
「なら、何を売ってる?」
「探索だよ。戦闘も景色も、知らないものを見つけるとこも」
イオリはそこで一度言葉を切った。
「その途中で、僕たちが普通にしてることが、勝手に漏れるだけ」
「何が」
「……その、距離感とか」
「普通だろ」
「リョウにとってだけね!」
イオリがPCへ目を移す。
「固定カメラ、追従ドローン、装着カメラ。映像と通信に問題なし」
イオリは黒いインナーの上にネイビーの探索ジャケットを着て、左腕には端末、胸元にはハーネス固定の小型カメラを装着している。
魔王を倒した経験があっても、地球のダンジョンには地球のやり方がある。
それにも、もう2年ですっかり慣れた。
「10秒で始めるよ。もう少しそっち詰めて」
俺は回収ケースを壁際へ寄せ、イオリの隣へ座り直した。
肩と腕が触れても、イオリは気にせず画面だけを見ている。
待機画面が消えた。
++++++++++
『さっきのなんだったのw』
『放送事故乙』
『聞こえてる』
『近い近い』
『やっぱり髪下ろしてる!』
「こんばんは。映像、音声ともに問題なさそうだね」
配信が始まると、イオリの声は少し変わる。
初見にも通じるよう言葉を区切り、コメントと画面と、俺の余計な発言まで同時に見る。
2年で身につけた、イオリの仕事のやり方だった。
「〈勇者と姫の帰還配信〉、始まりました。通知から来た人、ありがとう。いま見つけた人は、配信のリポストをお願いします!」
『リポスト完了』
『今日も顔が強い』
『問題はあっただろ』
『問題なさそうで押し切ったww』
「感想や切り抜きの共有には公式タグを使ってくださいね。区画の中の詳しい経路や座標が分かる情報は、絶対に出さないこと。全部いつも通りです」
俺は台の上の進行表を見る。次に言うことが書いてあった。
「チャンネル登録もお願いします」
イオリが横を向いた。
「リョウが言うんだ」
「書いてあった」
「台無し」
『草』
『勇者の棒読み』
『〈えらい〉』
『ここまでイオリが書いた台本?』
「登録は普通にお願いします! 装備も機材も、無料では維持できないので!」
イオリが今日の予定表を画面で見せながら簡単な説明をする。
「今日、僕たちが請け負っているのは、魔力観測器の点検と記録データの回収。討伐が目的の配信ではありません」
「魔物が出たら倒します」
「業務の邪魔になる時だけね」
『今日はお仕事回』
『戦闘期待』
『髪はいつ結ぶ?』
『本編まだ?』
一番繰り返されているのは、髪のことだった。
「髪? 結ぶよ。入場前の装備確認に含まれてるから、いまやる」
『きた』
『〈安全確認〉』
『前回との差あるかな』
「ありがとう。前回との差が出てたら、その場で見てもらうからね。じゃあ外出るよ」
後部扉を開ける。
イオリが先に降り、俺も続いた。
管理ゲートの向こうには、青白い光と古いコンクリートの壁。その先へ、半透明の結晶と黒い根が続いている。
「やっと立てる」
「車選んだのリョウでしょ」
「荷物が載る方が大事だろ」
「だから僕は何も言ってないよ」
イオリが追従ドローンを起動する。
黒い小型機が浮かび、二人から距離を取った。
「高い。少し下げて」
「俺は入ってるぞ」
「リョウに合わせると、僕の頭頂部しか映らないんだよ!」
ドローンが下がると、黒い探索ブーツまでイオリの小柄な全身が一画面へ収まり、その後ろに立つ俺まで入った。
『姫ちっさ』
『全身入った』
『身長差フェチ歓喜』
「158あるからね!」
「俺より24センチ低い」
「言わなくていいよね、それ。リョウが大きいだけだよね」
召喚前は、ほとんど同じ高さで話していたのに、いまはイオリを見るたび、俺が少し下を向く。
俺は後ろへ回り、髪を持ち上げた。
ジャケットの低い襟の上に、白いうなじと耳の後ろが現れる。
「動くな」
「まだ動いてない」
「右が緩い」
「白いところを映すために出してるの」
「出しすぎてる」
「配信では、これくらいの方がいいんだよ」
青墨色の髪へ指を通す。
白い毛束を残しながら、襟と胸元カメラのケーブルから毛先を外す。
『インナーカラーきれい』
『髪さらっさら』
『その結び方誰に教わったの?』
「最初に教えてくれたのは、お城で僕についてた侍女長。セシリア」
「最初の型だけだ」
「髪を引かない。白いところを全部隠さない。走っても落ちない。そこまではセシリア。リョウが勝手に簡略化した」
「落ちなければいい」
『また異世界の人名生えた』
『セシリアさん前からいるぞ』
『手つき慣れてる』
『うなじ』
「本人が見たら、笑ってから訂正すると思う」
いまは会えないセシリアのことを、イオリはそう言った。
俺の指が、イオリのうなじへ触れる。
「冷たっ」
肩がぴくりと跳ねた。白い首筋から耳の先まで薄く赤くなる。
「俺の手が?」
「知らない。早くして」
『エッッ』
『耳赤い』
『勇者の手あっためて』
『〈かわいい〉』
『いつもありがとう勇者』
魔物も観測器も映る前に、この数秒が最初の切り抜きになる。
「別に配信のためにやってるわけじゃないからね。安全確認を配信へ入れてるだけです」
イオリの声が速い。
それを見て、思った時にはもう口にしていた。
「今日もかわいいな」
『あ』
『かわいいって言った?』
『www』
『わかる』
『姫様停止』
コメントやスタンプの「かわいい」はいくらでも受け止めるのに、俺が言った時だけは違う。
イオリはゆっくり俺を振り返った。
「……案件商品を褒めるみたいに言わないで」
「案件じゃないだろ」
「じゃあコメントを読んだだけ?」
「俺がイオリを見て言った」
「もっと悪いよ!」
声へ反応したドローンが後退し、画角を広げた。
「そこで引くな! 戦闘じゃない!」
『ドローン逃げた』
『画角広がって草』
『勇者もう黙った方がいい』
俺は結び目を軽く引いた。これで、走っても緩まない。首にも当たらない。
「終わった」
「右肩のカメラは?」
「問題ない」
「こっちは?」
「問題ない」
「……追従機は?」
「イオリがよく映ってる」
「機材の状態を聞いてるの!」
『あかん』
『勇者いまどこ見た』
『安全確認です』
『胸元カメラの確認だぞ』
『服の内側も立派な姫様の装備だから』
『〈安全確認〉』
『きょうも美人に映ってます!』
「機材は全部問題なし。行くよ!」
イオリは端末を確認し、管理ゲートへ向いた。
『点検も見る』
『第七階層の続き待ってた』
『まだダンジョン入ってなかった』
『結局数字を見るって堂々と言うのな』
「これから入るんだよ! 髪を見に来た人も、今日の点検まで見ていってください」
数メートル先、黄色い誘導線の向こうへと、青白い結晶と黒い根が伸びている。
「狭い場所では装着カメラへ切り替わるので、画面酔いする人は無理して見ないこと。戦闘中はコメントを読めません。安全を確保してから確認します」
「危なくなったら帰ります」
「それが一番大事。撮れ高のために魔物を探したり、予定区域の外へ行ったりはしません」
『いってらっしゃい』
『おかえり待ってる』
『〈帰還〉用意した』
『強いのに安全確認だけは毎回ちゃんとやるの好き』
イオリがドローンへ手を上げる。
「それじゃあ、今日の仕事を始めます」
俺が先へ出る。イオリが少し後ろにつく。
「〈勇者と姫の帰還配信〉――第三新宿ダンジョン、第七階層の探索区域へ入ります!」
++++++++++
黄色い誘導線が、通路の奥へ続いている。
『暗い』
『なんでこんなに広いんだ』
『入るとちゃんと探索者』
『異世界はともかく段取りは信用してる』
イオリと前方の間に、俺の身体を置く。
背後から一定の足音がついてくる。振り返らなくても、遅れていないし呼吸も乱れていないのが分かる。黒い根を越える時だけ、一歩が二歩に分かれてついてくるのもいつも通りだ。
この足音を、向こうでもこっちでも、俺はずっと後ろで聞いてきる。
「いま来た人向けにもう一度。今日は討伐が目的ではなく、観測器の定期点検です」
イオリの声に、初見らしいコメントが混ざった。
『髪が白黒のひとは異世界人?お姫様?』
『勇者の現地妻?』
「僕も日本人だよ」
イオリは歩きながら答えた。
「召喚される前は男で、リョウと同じ高校、同じクラスの同級生。向こうで拾われたお姫様でも、リョウが現地で作ったお嫁さんでもありません」
『え』
『男子!?』
『初見は概要欄へ』
『そういう設定?』
「設定じゃないです! みんな、魔力も魔物もダンジョンも信じるのに、なんで異世界は信じないの?」
『い つ も の』
『設定乙w』
『〈かわいい〉』
『〈設定じゃない〉』
『探索者なのは本当』
『仕事はちゃんとしてるから……』
「向こうの王国の言い伝えでは、勇者は姫君と一緒に現れるものだったらしくて。リョウが勇者として選ばれて、近くにいた僕が姫君として呼ばれた――というのが、一番簡単な説明です」
『姫枠』
『数合わせで身体まで変えるの?』
『初見には情報が多い』
『ガチ指名は勇者だけ説切ない』
「『情報が多い』……僕だって多いと思ってます」
「数合わせじゃない」
俺が言うと、前を見ていたイオリがこっちを向いた。
「じゃあ、どうして僕だったの?」
「知らない」
「知らないのに否定しないで」
「向こうは最初から、イオリを姫として呼んだ」
「姫が一人必要だったからでしょ」
「イオリは最初から俺と一緒だった」
『???』
『最初から俺と一緒だったw』
『愛が重い』
『ナンパ否定からの正妻宣言』
『このデカ男なに言ってる?』
『初見さん安心してください通常運転です』
「僕にも何を言ってるのか分からないよ!」
イオリがコメントへまで怒る。
その横では、誘導線の外側の金属板が内側へ大きくへこんでいた。
三本の爪痕が塗装を剥がし、薄い板そのものまで裂いている。
横には、修理予定を示す赤い札が。
「前回の記録と比べるよ。気づいた変化があったら、コメントで教えて」
『結晶きれい』
『黒い根、前より伸びてない?』
『爪痕こわ』
青白い結晶に、床や壁を割って伸びる黒い根。
光の下を、俺たちはさらに奥へ進んでいく。
イオリが説明を続けた。
「魔力濃度、通信状態ともに正常。後方の退路にも新しい反応なし」
その声が途中で止まった。
俺が止まったからだ。
背後の足音も、ぴたりと止まる。
「……リョウ?」
通路の先。
青白い結晶の陰から、黒い爪の先が三本、ゆっくりと床へ下りた。
硬い爪が、コンクリートを擦る。
さっき見た、裂けた金属板と同じ幅だった。
俺は剣の柄を握る。
「下がれ、イオリ」
1話をお読みいただきましてありがとうございました!
ここから、プロローグから2年後、現在の話がはじまります。
明日以後毎日投稿させていただきますので、よろしくお願いいたします。