異世界を救ったTS姫様と勇者は、現代に帰還しても男女カップルチャンネルの配信でてぇてぇ営業して生きていく。ダンジョン配信もやるよ 作:vhuphje
――……ひめ、ぎみ。
今のはたしかに、声だった。
「いまの聞こえた?!」
「ああ」
「私も。配信にも入ってるよ」
リョウも、ミナトさんも聞こえたようだ。
配信にも入っていると聞いて、コメント欄を見たら、大騒ぎだった。
『今なんか聞こえたぞ』
『女の人?』
『ノイズか?』
『ひめって言った?』
『誰の声だ』
部屋の中を見回しても、当然誰もいない。
スピーカーから音を出しているわけでもない。
それでも、もう一度音が来た。
――……姫君。
今度は絶対、聞き間違えなかった。
「今のも入ってる。最初よりはっきり」
『姫君って言った???』
『新宿と同じじゃん』
『異世界での呼び方』
『姫様のことだよな』
『これノイズじゃない』
『やっぱ異世界だろ』
『ミナトを異世界イベントに巻き込むな!』
姫君。
地球へ戻ってから、その呼び名を聞いたのは2度目だった。
最初は、第三新宿で、裂け目のむこうから聞こえた時。
お城では珍しくない呼び方だから、「姫君」と呼ばれるだけでは、誰からなのか分からない。
第三新宿では、誰の声かよくわからなかった。
でも、今回この声には、覚えがあった。
頭で確かめるより先に名前が出た。
「……セシリア?」
『?』
『誰?????』
『セシリアさん!?』
『別の人の声入ってるよ』
『勇者に髪結い教えた人』
『二周年で話してた人!?』
『姫様のお城の偉い人かな?』
『エキストラさんでしょ』
『何?心霊現象?』
目の前のPCに、コメント欄が一気に流れているのが見えるけれど、もう確認する気になれなかった。
リョウが僕を見る。
「俺も、セシリアに聞こえた」
「……うん」
むこうで聞いていた言葉とは違って、今は日本語に聞こえている。それでも、僕にはセシリアの声だとしか思えなかった。
信じたいからそう聞こえただけかもしれない。
それでも、二年前から一度だけでも、置いてきた人たちへ届けたいと思っていた言葉があった。
第三新宿で向こうの声を聞いた時にも、言いたかったことだ。
「セシリア」
聞こえてくる場所も分からない声へ呼びかける。
「僕たちは無事です」
それを先に言いたかった。
「ちゃんと地球に、こっちの世界に着きました。もう戻って2年たったけれど、僕も、リョウも無事です」
隣でリョウも声を上げた。
「俺もいる。ちゃんと無事だ」
しばらく返事がなかった。
空間歪曲値だけが画面上で細かく揺れている。
やがて、向こう側で何か息を呑むような音がした。
――勇者様――
今度は、はっきり聞こえた。
「久しぶりだな、セシリア」
一瞬だけ返事が途切れ、それから声が戻ってきた。
――……はい。イオリ様、リョウ様……
姫君でも、勇者様でもない。
リョウと僕の名前で呼ばれた。
2年前に置いてきた人の声で、もう一度自分の名前を呼ばれた。
嬉しくて、目に涙が浮かんだ。
隣を見ると、リョウも声のする方を見たまま笑っていた。いつもの笑い方とは違って、目元が赤くなっている。
『名前でよんだwwwww』
『返事してる!!!!』
『うおおおおおおおおおおおおおお』
『これ知ってる相手では??』
――お二人とも……ご無事で……
「うん」
嬉しかった。
ようやくその気持ちが追いついてきて、二年前に置いてきた人と、本当にもう一度話せているのだと実感した。
お城はどうなったのか、みんなは元気なのか、僕たちが帰ったあとに何が起きたか。
聞きたいことはいくらでもある。
でも、その前にミナトさんが口を開いた。
「ごめん」
いつもの雑談とは違う声だった。
「今すごく大事なのは分かってる。でも、本当に今この瞬間のやり取りなのかだけ確認させて」
「……はい」
ミナトさんが配信しているカメラの方へ向き直った。
「えーと……。いま確認したいというか、確認できるかもしれないことは、相手が誰なのかじゃなくて、まず本当に、この声の主がこっちの声にリアルタイムで応答しているかどうかです。今ここで初めて作った情報を送って、それと同じものが返ってくれば、少なくとも録音や、事前に用意された音声では説明しにくくなります」
『有能』
『〈なるほど〉』
『ミナトン冷静やな』
『いや共犯ならダメじゃん』
『これ冷静に見て歴史的事件では???』
「なので、私が、乱数で数字を出します。イオリちゃん、その数字をセシリアさんに伝えて、同じ数字を返してもらって」
「……なるほど。ミナトさんありがとうございます。やってみます」
ミナトさんが端末を操作し、表示された数字を僕たちと配信用のカメラへ見せる。
画面には「729」と出ていた。
「セシリア、聞こえていたら、今から言う数字をそのまま返してください」
一度息を整える。
「なな、に、きゅう」
数秒、返事を待った。
――なな、に……きゅう。
3人とも声が出なかった。
配信画面には、さっきミナトさんが出した【729】がまだ残っている。
コメント欄も、同じ数字が返ってきたことで一気に盛り上がっている。
『返した??????』
『729って言ったぞ』
『会話成立』
『異世界とリアルタイム?』
『異世界の証拠はないだろ』
『ガチ異世界編始まる???』
『これ危険じゃね?第三新宿と同じだぞ』
『結局誰??』
『【運営】こちらでも音声を確認しています。イオリさん、リョウさん、ミナトさん、周囲の状況にも注意してください』
『探索庁いれるべきだったなこれ』
『運営いるじゃん』
『事務所見てる』
『いや日本語じゃんwwwww』
「今ここで出した数字を伝えると、同じ並びが返ってきた。少なくとも、現在のこちらの呼びかけに応答している可能性は高いです」
ミナトさんは続ける。
「……ただ、これで分かったのはそこまでです。相手が誰なのかとか、どこにいるのかまでは、別に確認しないといけません」
ミナトさんが、コメント画面と僕たちを見比べて言った。
「……私はこの声が、普通に日本語として聞こえてる」
「……僕にも、日本語に聞こえてます」
「でも、その、異世界のセシリアさんは、日本語を話せない……よね?」
「はい。僕たちがいた頃は、むこうの言葉しか話してませんでした」
『俺も普通に日本語に聞こえる』
『配信越しでも日本語だぞ』
ミナトさんがコメント欄をもう一回見る。
「私だけじゃないね。少なくとも、配信を聞いてる人にも日本語として届いてる」
でも、声はセシリアだった。
三年間聞いていた言葉とは違うのに、それだけは疑いようがなかった。
「……どうして、今は日本語に聞こえるんだろう」
むこうにいた時とは違う。
「僕たち、むこうでは日本語を聞いてたわけじゃないんです」
「どういうこと?」
「ちゃんと、知らない言葉として聞こえてました。でも、なぜか意味だけは最初から分かったんです」
横のリョウも頷く。
「俺も同じだ。音はちゃんとむこうの言葉だった。でも、何を言ってるのかは普通に分かった。俺たちが喋る時も、日本語をそのまま喋って、それが勝手に通じてたって感じじゃなかった」
「そう。僕たち自身が、なぜかむこうの言葉で話せたんです。文字も読めたし、3年いる間はそれが普通になってました」
ミナトさんが頷きながら言う。
「じゃあ、聞こえてる音自体は別の言葉だったんだ」
「はい。でも、むこうで直接聞いていた時とは違います。今のセシリアの声は、日本語そのものに聞こえてる」
「……第三新宿の時と同じだな」
「うん。あの裂け目から聞こえた声も、日本語に聞こえてた」
『いやだったら日本人が喋ってるだけやんww』
『日本語教室に通ったんでしょ』
『ついにこの謎にふれるのか』
『異世界人が日本語喋ってる証拠まだなくね?』
『帰還魔法の影響で日本語に聞こえてる説』
『荒れてきたなw』
『結局誰?』
テーブルの端で、僕のスマホがぶるっと短く震えた。
画面に出た名前は、探索庁で僕たちの担当をしてくれている高瀬さんだった。
でも、今はセシリアの声が届いている。
僕が端末へ手を伸ばすより先に、リョウが首を横に振った。
「今はセシリアだ。切れたら出よう」
「……うん」
ミナトさんがもう一度コメント欄を見る。
「しかも二人だけじゃなくて、配信を聞いてる人にも日本語として届いてる。……そこは、異世界にいた時の言葉の通じ方とは別物っぽいね」
「たぶん。でも、どうしてこうなってるのかは僕たちにも分かりません」
「うん。そこは今決めつけないでおこ。あとで配信に残った音声を私たちも確認できるし」
ミナトさんは、僕たちを見ていう。
「その、何か、セシリアさん本人かどうかを確かめる材料になりそうなことってある? それで決定的になる、とは言わないけど。イオリちゃんやリョウくん自身が考える、この声がセシリアさんだと確かめられる方法はないの??」
それなら、一つ思い当たる。
髪につけた、銀の髪留めのことが頭に浮かんだ。
この髪留めそのものは初配信にも映っているし、今夜だって箱から出したところから配信に映っている。
でも、配信では話していない思い出もいっぱいあった。
リョウは知っている。セシリアも知っている。
僕はもう一度、セシリアの声へ呼びかけた。
「もう一つ聞いていい?」
「僕がお城に来て、初めて自分で選んだ身につけるものは何でしたか」
『あ』
『何聞くんだ』
『本人確認?』
『秘密の質問みたいなやつきた』
『昔の話か』
『知らん』
『これwikiにものってないぞw』
返事はすぐには来なかった。
空間歪曲値だけが細かく揺れ続ける。
やがて、途切れた声が返ってきた。
――……いちばん、小さな……銀の髪留めでございます。
『うわ』
『おおおおおおおお』
『銀の髪留め!?』
『さっきつけたやつですやんw』
『ひとまずただのオタには回答無理だなw』
『これかなりセシリアっぽくない?』
『いや仕込みでしょ』
『やっぱお気に入りかこれw綺麗すぎだもん』
『同接10万きたあああああ』
『泣きそうです』
『この巨乳ちゃんが異世界から来たお姫様なの?異世界ってすごくない?』
僕にはもう十分わかった。
あの日のことを知っていて、僕を「イオリ様」と呼ぶ、その声を僕は3年間聞いていた。
その答えを聞いた瞬間、僕の中に残っていた疑いは消えた。
「……セシリアだな」
リョウの声は掠れていた。
「うん」
返事をしたら、さっきから目に浮かんでいた涙が頬までぽろっと落ちた。拭う気にはならなかった。
本当に、セシリアだ。
僕が女の身体になり、何を着ればいいのかも髪をどう扱えばいいのかも分からなかった頃からずっとそばにいて、あの日も僕が自分で髪留めを選ぶまで待ってくれた人だ。
「セシリア」
――イオリ様。
今度は、何にも邪魔されずに届いた。
「……やっと話せた」
――はい。
『姫様泣いてる』
『勇者まで目赤くない?』
『ほかの登場人物無事?』
『セシリアさん城の侍女長だよな』
『セシリアさんなんで通信してるの?』
『魔王はどうなった?』
『探索庁お願いだから見てて』
『さっきコスプレでパン屋の前うろついてた二人がセシリアと話してる』
『日本語の時点でねえから』
『2年越しの伏線回収』
コメント欄は、もう僕たちだけの再会とは別のところまでいっているけど。
今はそっちまで考えられない。
「セシリア、そっちは――」
声が大きく乱れた。
――イオ……さ……
「セシリア?」
『途切れてる』
『歪曲値下がってない?』
『質問急げ』
『あっかーん』
『終わりだよお』
『セシリアさんもっと喋って』
空間歪曲値の揺れ幅も急に大きくなる。
「さっきまでと違う。空間歪曲値が下がりはじめてる」
ミナトさんが測定画面を見る。
「二人とも、そのまま。位置も装備も変えないで」
「俺たちは何も変えてません」
僕も頷く。帰還装備も、座っている位置もそのままだ。
「うん。だからそのままでいて。こっちの条件を変えてないのに下がってる」
それでも声は遠くなる。
「セシリア、聞こえる?」
――また……お声を――
そこでノイズがぶつりと途切れた。
「セシリア?」
返事はない。
「……下がってる。でも、基準値までは戻ってない」
ミナトさんが測定画面を見る。
細かな揺れだけが消え、空間歪曲値はそのままゆっくり下がった。
でも基準値までは戻ることなく、通信が始まる前の高さにとどまりそうだ。
『切れた??』
『うわーん途切れた』
『2年間ずっと語ってた人やでセシリアさん』
『涙不可避』
『仕込みでしょ』
『ガチ歴史的事件じゃない?』
『異世界はガチだったんや!』
『いや日本語でしたやん』
『これどうするの次』
『同接12万w』
『コスプレ露出芸やってる間に風呂いったら見逃したわwww』
『同接11人時代からネタ仕込むわけねえだろ!!』
ミナトさんが両手で顔を覆った。
「……ごめん。確認終わったから言っていい?」
「何ですか?」
「やばい!!」
「今さらですか!?」
「だって、やばいでしょ! チャンネル始まって以来だよ! いや今日はイオリちゃんたちのチャンネルだけど!!」
僕も否定できない。
リョウはまだ空間歪曲値を見ている。
「ミナトさん、今の測定値も残ってますよね?」
「うん。測定データは全部残ってる。映像と音声は配信から確認できるわけだし」
ミナトさんが僕たちの装備を見る。
「だから、次も少なくとも同じ条件から始められるだろうね」
僕はリョウを見た。
一度やり取りが成立した以上、これを偶然で終わらせる理由はない。
「……次は、ちゃんと話したいね」
「俺もだ」
テーブルの端で、またスマホが震えた。
高瀬さん。さっき出られなかった探索庁から、もう一度だった。
通知欄には、事務所からの着信とメッセージも並んでいる。
「一回切ろう。連絡に出るぞ」
リョウが言った。
「……うん。ミナトさんもいいですか?」
「もちろん。実は私の方にも来てるし」
僕はカメラへ向き直った。
「すみません。事務所と探索庁から連絡が来てるので、今日はここで終わります」
コメント欄がさらに速くなる。
『了解』
『やっぱ探索庁案件だったなw』
『草ああ』
『全員包囲されてる』
『事情聴取されんぞwwww』
『コメント欄普通にいたしw』
『探索庁も運営も徹夜です』
『みなとん助けて!!』
『今日はもう終われ』
『続報待ってる』
『おつって言っていいのかこれ』
『急に終わるな』
「じゃあ、今日はここまでです。見てくれてありがとうございました」
「またな」
「お疲れさまでしたー」
僕は配信終了のボタンを押した。
静かになる暇もなく、テーブルの上でまたスマホが震えた。
その横では、リョウのスマホにも着信が入っている。
ミナトさんも、自分の画面を見て「あ、また来た」と言った。
「……じゃあ、こっちに出ようか」
「ああ」
僕は、もう一度鳴った高瀬さんからの電話を取った。
32話をお読みいただきありがとうございました。
異世界通信まで⑤をお届けしました!
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