異世界を救ったTS姫様と勇者は、現代に帰還しても男女カップルチャンネルの配信でてぇてぇ営業して生きていく。ダンジョン配信もやるよ 作:vhuphje
配信を終了しても、部屋は全然静かにならなかった。
僕は、さっきから何度も着信していた高瀬さんからの電話を取った。
「はい、小宮です」
隣では、リョウの端末にも運営から着信が入っている。
ミナトさんも自分の画面を見て、「私も探索庁」と困ったように笑った。
「はい。3人とも、まだここにいます」
僕が先に伝えると、ミナトさんが頷く。
「じゃあ、私の方はいったん切るね。イオリちゃんの方で3人一緒にいるって伝えて」
「はい」
電話から返ってきたのは、ごく普通の挨拶だった。
ちょっと安心した。
2年前に置いてきたセシリアと話した直後でも、電話の始まり方くらいはいつもと同じままだった。
電話の相手の高瀬さんは、僕たちが探索庁と仕事をするとき、何度か連絡をもらっている担当者だ。
前に第三新宿で機材を壊したとき、補償はできないと言いながら、その後の業務の契約条件でどうにかできないか動いてくれた人でもある。
「はい。3人とも無事です。体調も問題ありません。……計器も壊れてません」
テーブルの端に置かれた携帯型空間歪計は、セシリアとの通信が切れたあとも記録を続けている。
通信中に出ていた細かな揺れはもう消え、数字は僕とリョウが帰還装備を着て待っていた時の高さまで下がっていた。
「配信は、そちらでも見てましたよね?」
高瀬さんから肯定が返ってきた。
「こっちに記録は残ってます。……はい、こっちで記録していた空間歪曲値と、装備を着たり脱いだりした時刻、最初に声が入った時刻とか。照合はいつでもできます」
探索庁は、通信が起きた前後に各地のダンジョンで取れていた観測値や、過去のデータとも比べたいらしい。
「ミナトさんの端末にも比較用の資料ありますよね? 協力いただけますか?」
「もちろん。そもそも元データは探索庁のものだし」
「探索庁に伝えます」
僕たちの様子についてさらに聞かれた。
「装備はまだ着たままです。僕もリョウも……」
スマホから一度離れて呟く。
「……僕だけちょっと暑い」
室温そのものは高くない。リョウも普通にしている。
長袖に外套まで重ねている僕だけが、さっきからじわじわ暑かった。
「それ脱ぐか?」
「うーん……」
脱ぐこと自体は簡単だ。でも、せっかく通信が切れた直後まで同じ条件で測れている。
「ミナトさん、通信が終わったあとの計測、もうちょっとだけ続けますか?」
「そうだね」
「装備はもうちょっとだけつけてるつもりです」
高瀬さんにも、そのまま伝えた。
「この状態でもう少し記録を取っておきます。時刻も残しておきます」
高瀬さんとは、携帯型空間歪計をしばらく借り続けること、こんど同じ条件でこちらから通信を試すときは、探索庁側にも開始時刻を共有する事を話しておいた。
「分かりました。次にやる時間が決まったら連絡します」
電話を切る前に、一つだけ気になって聞いた。
「ちなみに、探索庁では今日のこと、何て呼んでるんですか? ……なるほど」
電話を切ってから呟く。
「2年前は『原因不明の空間転移事案で出現した2名』で、今日は『未確認通信事象』かあ……」
ミナトさんがくすっと笑った。
「公式記録にすると本当に夢がなくなるね」
「僕たちの人生、だいたいそうなるんですよね」
僕が言うと、リョウまで口を挟んだ。
「勇者と姫も自己申告だからなあ」
「リョウまでそれ使うのやめて!」
+++++
僕は配信の管理画面を開いた。
「……最大同接、12万人だって。はじめて10万人超えたよ。登録者は49万人のりそう……」
「さっきコメントでも流れてたな」
「見てたの?」
「目には入るだろ」
ミナトさんも自分のPCを確認していた。
「12万かあ。さすがにすごいね」
「僕もまだ実感ないです」
数字を見ても、さっき聞いたセシリアの声の方がまだ頭に残っていた。
管理画面を閉じて顔を上げると、テーブルの上には長い配信中に空いたボトルやカップがいくつも残っていた。
ミナトさんの手元の飲み物も、もうほとんど残っていない。
「ミナトさん、飲み物足りてます?」
「あとちょっとあるよ」
「なくなったら、冷蔵庫の方でも自分で取ってください」
「二回目に来た家でそこまでしていいの? いよいよ私もこの家の準レギュラー?」
「今日いろいろありすぎたので、準レギュラーで大丈夫です」
+++++
装備を脱ぎ、いつもの服に戻る。
銀の髪留めを抜いたところで、僕は鏡の前で手を止めた。
ついさっき、セシリアはこれを覚えていた。
僕がお城で最初に自分で選んだ、一番小さな銀のもの。
2年経っても、あの人は覚えていた。
嬉しかった。もっと話したかった。
あの一言だけでは、全然足りない。
髪留めを箱へ戻して、リビングへ戻った。
リョウはちょうど運営との電話を終えたところだった。
「どうだった?」
「配信の最初の方で作ってた切り抜きがいくつかあって、できたものから確認用に送るって」
「うん。来たら見る」
「最後の通信のところについては、まだ何もしてない。どう扱うか決めてからにするってさ」
「それがいいね」
僕は、配信ページを開いた。
さっき終了した配信は、もう一本のアーカイブとして公開されている。
向こうの装備に着替えたところも、空間歪曲値を測りながら待っていた時間も、最初の『姫君』も。
もちろん、その後のセシリアとの会話も全部残っていた。
「……あ」
そこで初めて、一つ気づいた。
「セシリア、知らないよね」
「何を?」
「配信のこと」
配信と言ってから、それではむこうの言葉として意味が足りないと思った。
「つまり、僕たちが話してた時、聞いてた人はいっぱいいたこと」
リョウが静かになった。
「ああ……」
「言ってないよね?」
「言ってない」
思い返しても、一度も説明していない。
あの短い通信で僕が最初に言いたかったのは、「僕たちは無事です」だった。
「いや、でもあそこでいきなり説明できた?」
ミナトさんが言う。
「『お久しぶりです。その前に、現在あなたの声は地球の多数の視聴者へリアルタイム配信されています』って?」
「絶対無理です」
「俺も無理だ」
それはそうだ。あの時の自分に戻れたとしても、多分最初に同じことを言う。
「じゃあ、次につながった時に説明しないと」
「『配信』で通じるのか?」
「……うーん」
それもそうだ。むこうには、地球と同じ仕組みなんてない。
「……他の人がたくさん聞ける場所で話してた、くらい?」
「それなら分かるだろうな。結局、大勢の前で話していた、に近いわけだし」
「うん。まず、僕たちだけで聞いてたわけじゃなかったって伝える」
僕は公開されたままのアーカイブを見る。
もう大勢が生で聞いたし、保存した人だっているだろう。
今から何かをしても、聞かれなかったことにはできないけれど。
「……最後の部分だけ、一回アーカイブから外そうか」
「通信が始まる前まではそのままでか?」
「うん。4時間全部下ろす必要はないし、問題なのはセシリアの声が入ってからだから」
「俺もそれでいいと思う」
「ただ、何も言わずに切るのはやめた方がいいよ」
ミナトさんが言った。
「今これだけ見られてる配信で、最後だけ急になくなったら、それ自体が別の話になる」
「探索庁に消された、とか?」
「やらせだったから消した、とかもね」
リョウが小さい声で言う。
「……それは嫌ですね」
「なら、理由も僕たちから出そう。通信相手が配信中だと知らなかったから、本人に説明するまで該当部分だけ公開を止めます、って」
リョウもミナトさんも頷いた。
「じゃあ、方針も決まったし、通信部分も仮編集まではお願いしよう。セシリアに説明して、公開していいって言ってもらえたら、すぐ確認できるし」
リョウが事務所に電話をしてくれた。
「あとは、次の通信をいつやるかだけど……明日、もう一回やろうか」
僕が言うと、リョウはすぐに頷いた。
「俺もそのつもりだった」
「時間はどうしよう?」
「いつつながるかわからないし、今日と同じくらいには始めたほうがいい」
「そうだね」
ミナトさんも、明日も来てくれるといってくれた。
「いいんですか?」
「いいも何も、私のチャンネルも今すごいことになってるからね」
ミナトさんがPCを見せる。
「今日の検証に私もいたでしょ。うちの視聴者も続きを待ってる。ここだけ2人に任せて私は知らない顔、って方がおかしいよ?」
「……それはそうですね」
これで、明日の配信も3人だ。
「ただ私は6時はちょっと難しくて、6時30分くらいからならどう?」
「僕たちは大丈夫です、リョウもいいよね?」
「ああ」
「じゃあ、それで」
時間が決まってから、高瀬さんにも連絡を入れた。
探索庁側でも、その時間に合わせて観測体勢を整えておくそうだ。
僕はもう一度、今日のアーカイブを見た。
「じゃあ、まずはこっちだね」
「ああ」
「アーカイブの通信部分だけいったん外すこと、明日も実験するって同時に告知をして、明日の枠も立てよう」
僕はチャンネルの投稿画面を開いた。
まず、今日の配信をどう扱うのか、それを自分たちの言葉で伝える。
僕は最初の一文を打ち始めた。
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