異世界を救ったTS姫様と勇者は、現代に帰還しても男女カップルチャンネルの配信でてぇてぇ営業して生きていく。ダンジョン配信もやるよ 作:vhuphje
配信を始めてから、2時間。
まだ、セシリアの声は来ていなかった。
冗談で言っていた耐久配信に、本当に入りつつある。
2時間を過ぎると、さすがに一度も席を立たないまま続けるわけにもいかなくなる。
イオリが時計を見てから、俺やミナトさんを見る。
「一回離れていいですかね?」
「トイレなら行って」
「僕が抜けたら条件変わらないですか?」
「そのために時刻も記録するんでしょ。人間の生理現象より再現条件を優先しちゃだめだよ」
「はい」
『ちゃんと休憩しろ』
『俺も風呂いっていいか?』
『この耐久見続けるの奴も偉いよ』
『ミナトンに怒られる姫様かわいい』
このあとしばらく、交代で短く席を外し、条件が変わった時間はメモしておく。
俺は部屋に戻るときに水のペットボトルを持ってきた。
もう最初に用意していたものは空っぽだったのだ。
ふたりに配る。
配るついでにイオリに聞いてみた。
「きのうより設定温度下げてるけど、まだ暑いか?」
「まあちょっと暑いけど大丈夫」
『姫様ずっと完全装備だもんな』
『水分補給してけ』
『フル装備の姫様に水出してる絵面じわる』
水を飲みながら、空間歪計を見る。数値は相変わらずだった。
俺は思いついたことを、そのまま言った。
「待ってるだけじゃなくて、こっちから呼んでみるか」
イオリが俺を見る。
「セシリアを?」
「昨日は向こうから俺たちを呼んでたんだろ。こっちからでも何か起きるかもしれない」
「……いいね! やってみよう!」
ミナトさんも空間歪計を確認しながらいった。
「いいと思うよ。呼んだ時刻もメモっておこう。配信をたどれば全部分かるんだけど、ちゃんと手元でもね」
イオリが姿勢を直して、呼びかける。
「セシリア。聞こえますか?」
返事はない。
俺も続ける。
「セシリア。リョウだ。聞こえてたら返事してくれ」
『異世界へ呼び出し中』
『2時間たって逆凸開始w』
『セシリアさーんwwww!!!』
『これで来たら熱い』
『耐久が長すぎて煽り勢が殆ど帰っちゃったよ』
少し間を空けて、何度か呼んだ。
それでも声は返ってこない。空間歪計の値にも変化はない。
「……駄目か」
「名前を呼べばつながる、ではなさそうですね、逆凸失敗しちゃいました」
「まあ、これでつながるなら、今話してる間にもセシリアさんの名前は何度もでてるし、つながってるはずだよね」
ミナトさんが時刻を記録する。
「でも、あらためて試した意味はあるよ。こっちから呼んだだけでは変化なし」
『逆凸、失敗!!ww』
『留守電と思ってメッセージのこしたら?』
『電話かけても出るとは限らないだろ』
『これ本当に長引きそうだな』
イオリが姿勢を何度もなおして呼びかけているのを見ているうちに、気になってクッションを持ってきた。でも、イオリがそのクッションをぐいっと押し返してきた。
「これ使ったら、昨日の条件と違わない?」
「昨日は2時間ずっと座ってないだろ。細かいことより続けられることを優先しろ」
「それもそうか」
『長期戦の構えで草』
『早く来てくれ~~』
『メシ行ってくる』
『なんか視聴者も交代で休憩してんなw』
+++++
夜9時。
何時間続くかわからないので、配信を続けたまま夕飯にすることにした。
「ふたりはそのままでいいよ。私が持ってくるから」
ミナトさんが席を立った。
開始前に用意しておいたピザと紙皿を持って戻ってきて、そのままテーブルへ並べていく。
「……ゲストに夕飯を並べてもらってる」
イオリが言った。
「イオリちゃんが、できるだけ場所を動きたくないって言ったんでしょ」
「……そうでした」
『やっぱレギュラーだなミナトン』
『用意いいな』
『〈かわいい〉』
『ピザ食ってる耐久で同接7万維持w異常だろ』
外套までつけたイオリが、ピザに手を伸ばす。
「それ、こぼすなよ」
「分かってるよ!」
「そもそもそれ着たまま食う必要あるのか?」
「今さら外して条件変わったら嫌でしょ!」
『戦場で汚すより平和だよ』
『耐久配信した結果が異世界装備汚して終わりだったら泣く』
『俺もピザ買ってきた』
『もう2時間半かあ』
『ピザでも食ってろ!』
+++++
9時30分を過ぎた。
いまだに、きのうの通信中にあった細かな揺れは戻らなかった。
装備もこの部屋も、昨日とできるだけ同じにしている。
途中で席を立ったり、飯を食ったりはしたが、その時間も全部記録してある。
そういう時間を除いても、2時間以上はかなり条件を揃えられていたはずだった。
それ以外に、俺たちからセシリアを呼んだりもした。
でも、まだだめだった。
ミナトさんが、PCで昨日の歪みの計測値を見ながら言いだした。
「思ったんだけどさ。そもそも、こっちの条件ばっかり気にしてない?」
「え?」
「どういうことですか?」
「昨日、声を出してたのって、何か機械とかじゃなくて、セシリアさん本人でしょ? 本人だと思ったから、二人とも、あの声に答えたんでしょ?」
俺とイオリは顔を見合わせた。
「だったら、向こう側でも、電話を取れる状態というか、やっぱり条件があるんじゃない? セシリアさんが呼んでない時間には、こっちで三人揃っててもつながらないとか。コメントでもさっきあったんだけど、セシリアさん勤務時間中説っていうのは、意外とあたってるかも」
イオリが時計を見ながら言った。
「……時間が条件?」
ミナトさんが返す。
「そう。もともと、きょうも昨日と同じ時間にやろうといってはじめた実験だけど、単に私達にとってなんとなく同じくらいの時間、とかじゃなくて、もっと厳密に時間を考えたほうがいいかも」
『セシリア勤務時間中説すき』
『まあセシリアさんもエリートだからな』
『椅子のズレよりは意味ありそうやな』
『夜しか電話とれないようなもんかw』
『耐久につかれてみんな何か考えるようになってるなw』
『今北、なんできのうと同じかっこして時差の話してんの?』
イオリが俺を見て言う。
「帰ってきた日のむこうって、昼だったよね?」
「なんでその話になる?」
「こっちの夜が向こうでも夜なのか気になって」
「なるほど……昼前じゃなかったか?」
「え? お昼過ぎてなかった?」
「城を出た時と混ざってないか?」
「……どっちだっけ」
ミナトさんがPCを見ながら言う。
「新宿でふたりが出現した時刻なら、正確に残ってるよ。でも意味あるのかなあそれ」
「なんでですか?」
「いや、1日の時間が地球と同じかもわからないからね。地球の1日は地球の自転周期にあわせてそう決めただけだから」
「……まあそれはそうですね」
イオリが時計から目を離した。
「じゃあ、むこうとの時差を出すのは無理か」
「今ある情報だけじゃね」
ミナトさんが昨日の記録へ画面を戻す。
「でも、時差が分からないからって、時間を気にしなくていいわけじゃないと思う。昨日セシリアさんの声が届いたのが、こっちで何時だったかは分かるでしょ」
イオリが、話が分かりやすいように、配信画面へ昨日の空間歪曲値と時刻を並べた。
「じゃあ、少なくとも昨日と同じ時刻までは待った方がいいですかね?」
「それなら意味はあると思う。『地球のこの時刻がむこうの何時』って話じゃなくて、昨日実際につながった条件をもう一回試すって意味でね」
ミナトさんが続ける。
「声が来たのは10時19分くらい。その少し前から、細かい揺れが出始めてる。今はまだ9時40分」
まだ30分以上ある。
俺たちはさっきまで、帰還装備や座る位置ばかり再現していたけれど、そもそも「時間」も昨日の結果から拾える条件の一つではあった。
イオリが言う。
「今までつながってないからって、いままで、昨日と違う状態になっていた、失敗だったとは限らないということですね」
3人で昨日の記録と今日の数字を見比べている間にも、コメント欄は流れ続けていた。
『最低10時半くらいまでは継続したほうがよさそ』
『このまま続ける気か』
『50万いった!!!!』
『登録者50万人おめ!!!!』
『うおおおおおおお』
『徹夜確定にはならなくてよかったw』
俺は時計を見ながら言った。
「少なくとも、昨日つながった時間までは続けるか」
「うん。そこまではやりたいね」
ミナトさんが頷いてから、何かに気づいた。
「……あれ?」
「どうしました?」
「イオリちゃん、リョウくん。50万人」
「え?」
イオリも俺も画面を見る。
俺たちのチャンネルの登録者数は、50万人を少し越えていた。
「二人とも、おめでとう」
ぱちぱち。
ミナトさんが拍手する。
「ありがとうございます!」
「ありがとう」
『おめでとう!!!!』
『50万人!!!!』
『勇者姫おめ』
『耐久中に50万人になった』
『2分くらい前です』
イオリは嬉しそうにコメントを追っていたけれど、すぐに時計を見た。
「……ちゃんと喜びたいんだけど、昨日の時間も近いんだよね」
「あとでいいだろ」
「うん。あとでちゃんと喜ぶ!」
「じゃあ、昨日の時間までは続行だね」
『忙しいな』
『勢いすごいなこのチャンネル』
『セシリアが電話してくるからしゃーないww』
『きのうと同じ時間に試すってのは自然だな』
『連日長時間乙ですわ』
『10時がポイントならそれまでに風呂いくね』
+++++
時計はもう、午後10時15分くらいだった。
配信を始めてから、4時間近く経っている。
結局、そこまで声は来なかった。
『まだやってたのかw』
『ニュース見て飯食って風呂入って戻ってきたらまだ待ってる』
『昨日の時間まであとちょっと?』
『もうすぐ例の時間か』
『やらせならそろそろ出せよ』
『この耐久9万人が見守ってるの頭おかしい』
『四時間近くやらせを待つアンチw』
『この美少女が異世界のお姫様なの?』
「もしかしたらこの時間かも」という話になったせいか、10時台になってまた人が集まりコメント欄がヒートアップし始めていた。
俺は、今日は駄目かもしれないと思い始めていた。
4時間の探索なら珍しくない。でも、身体より、来るか分からない声を待ち続ける方が疲れる。
セシリアとは俺だって3年一緒にいた。
昨日は名前を呼ばれたところでほとんど終わった。城や残してきた連中のことも、まだ聞けていない。
今日はもう少し話せると思っていた分、来ないとしたら普通に残念だった。
それでも、昨日つながった時刻までは待つと決めている。
あと数分。そこで何も起きなかったら、その先をどうするかは三人でまた考える。
終わりにすると決めたわけじゃないが、少なくとも一つの区切りにはなる。
『あと少し』
『セシリア勤務時間説の判定待ち』
『そろそろくるか???』
『きょうはずっと異世界服だったんだな』
俺はまた時計を見た。
あと3分だ。
「あと3分だね」
イオリも時計を見ている。
その時だった。
「待って」
ミナトさんの声が割り込んだ。
イオリも俺も空間歪計の数値に釘付けになる。
「これ!」
さっきまでほとんど動かなかった値が一度、二度と小さく上下し、そのまま揺れが続く。
「昨日の通信中と似てる」
4時間近く、雑談と検証と冗談を行き来していたコメント欄が、一瞬で変わった。
『おい』
『動いた?』
『昨日のやつじゃない?』
『セシリア勤務時間外に通話してる説←正解だった模様www』
『誰も何もしてないよな』
『声は?』
「少なくとも、私が見てた範囲では、誰も何もしてないです」
ミナトさんが歪計を見たまま言った。
「今も、あときのうも、通信が始まるタイミングで、二人が何か操作したり、魔力を使ったりした様子はないよ。この装備で、待ってただけ」
声は聞こえないけれど、数字だけは揺れ続けている。
イオリが言う。
「昨日つながった時間に近づいたから……?」
「まだ分からない」
ミナトさんがすぐに止める。
「でも、みんなの言う向こうの世界で、何か始まったかも」
昨日と同じなら、この次だ。
「……セシリア?」
35話をお読みいただきありがとうございました!
[異世界再接続耐久②]をお届けしました!
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