異世界を救ったTS姫様と勇者は、現代に帰還しても男女カップルチャンネルの配信でてぇてぇ営業して生きていく。ダンジョン配信もやるよ 作:vhuphje
セシリアやリョウに白い服のことを言われて、僕は、あの日だけじゃなく、その頃のことまで思い出した。
まだ、リョウと僕が異世界に来てから数ヶ月くらいの頃のことだ。
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異世界で姫君になったとき、じっとしてるのが僕の仕事かと思っていた。
なんでもかんでも他の人がやってくれるから。
でも実際には、そんなに楽ではなかった。
城へ戻ってきた兵士を迎えたり、治療を受けている人を訪ねたり、その土地のことを教えてもらったりする。
式典みたいな場で偉い人の横に座ることもあるし、人前でそれっぽく笑っているだけでいい時もある。
その合間に、こっちに来た初日のリョウみたいに、鍛錬も少しする。
でもやはり僕の本業は、姫君としての仕事のほうだった。
地球にいた頃の感覚で言えば、テレビの中のお姫様がやっていそうな仕事だ。
まさか自分がやることになるとは思わなかったけど、もうそこは考えても仕方がない。
「昨日、南門から戻った人たちはどうされましたか?」
「全員城内へ戻っております。二名が治療棟へ。重傷ではございません」
「名前、あとで教えてください。お顔を見に行きたいです」
「承知いたしました」
一度会った人の名前を覚えておくと、案外便利だった。
前に怪我をしていた人なら、次に会った時に「腕はもう大丈夫?」と聞ける。
どこへ行っていた人なのかも分かるし、同じ説明を最初から聞き直さなくていい。
それに、名前を呼ぶと妙に喜ばれる。
まあ、姫君が自分の名前を覚えていたら嬉しいのだろう。
しかも今の僕、普通にかわいいし。そのへんはもう認めている。
だったら、覚えておけばいい。
誰が出て誰が帰ってきたか。怪我をした人はどこにいるか。
次に会った時、前の怪我はもう大丈夫なのか。
僕には軍を動かす権限なんてないし、怪我を治す術も使えない。
それでも人の名前くらいは覚えられる。
だから、そういうことを確認するのが、いつの間にか僕の仕事の一つになっていた。
「それで、リョウの隊は?」
いつものように聞いてから、僕は机の向こうにいた兵士の顔を見た。
「勇者様の隊でしたら、予定どおりであれば夕刻にはお戻りになるかと」
「予定どおりであれば、ですよね」
「おっしゃるとおりです」
それだけ聞いて、僕は次の記録に目を移した。
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その日の午後は、王宮の中の治療棟へ行った。
昨日戻った兵士の一人、ナディアは腕に布を巻いていたけれど、僕の顔を見ると近づいてきてニカッと笑った。
「姫君。昨日はわざわざ名前をお確かめくださったとか」
「名前くらい確認しますよ。腕は?」
「数日休めば戻れます」
「ならよかったです」
そこでナディアが、今度はにやりと笑った。
「勇者様も、本日お戻りですね」
「……そうみたいですね」
「お待ちですか?」
「そりゃ気にはしますよ。同じ世界から来た同い年なんだから」
「やはり」
「……何ですか、その『やはり』」
聞くと、ナディアはちょっと言いにくそうにした。
でも、僕がそのまま見ていると諦めたらしい。
「姫君は、帰還者のお名前を一人ずつお確かめになります」
「はい」
「負傷者がおりましたら、こうしてお顔も見に来られます」
「……それが、何ですか?」
「そのあと、最後には必ず、勇者様がお戻りになるご予定をお尋ねになりますので」
「……待ってください。それは、ナディアさんだけがそう思ってる話ですか?」
「いえ」
ナディアは、言葉を選んでいるようだった。
「隊では、やはり姫君を勇者様の奥方様のようだと申す者もおります」
「…………奥方?」
「お気を悪くされましたでしょうか」
「そういうわけではないですが……」
僕は元々男だったし、リョウとは高校の同級生。
僕たちがこっちにきた直後、ペラペラと自分たちの正体を話したおかげで、それは周知の事実となっていた。それなのに、みんな僕のことを姫君として丁重に扱う。
でも、いまの身体だけ見れば男と女に見えるけれど、僕たちの間でそんな話をしたことは一度もない。
「やっぱり、僕はそんなふうに見えてるんですね」
「申し訳ございません」
「ぜんぜん、怒ってないですよ。ちょっと確認したくなっただけですから」
その日の仕事が一段落してから、僕はセシリアを捕まえた。
「セシリア。実は、確認したいことがあるんだけど」
「はい。何なりと」
「兵士の人に、僕がリョウの奥方みたいだって言われたんだけど」
「はい」
「はい……なんだ」
「そのようにお考えの方がいらっしゃることは、存じております」
「僕だけ知らなかったんだけど」
セシリアは困ったように微笑んだ。
「じゃあ、もう一つ。僕が今やってる姫君の仕事って、リョウの奥方になる前提で任されてるわけじゃないですよね?」
「もちろんでございます」
「僕が誰と結婚するかとは関係なく、僕自身が姫君だから?」
「はい。リョウ様の奥方としてではなく、姫君であるイオリ様にお願いしているお役目でございます」
「お城の方で、僕とリョウを結婚させる話が決まってるわけでもない?」
「ございません」
「僕たちがこの先も結婚しなくても、僕の立場や仕事は変わらない?」
「何も変わりません」
そこまで分かれば十分だった。
「……じゃあ、最後にもう一個」
「はい」
「逆に、もし僕とリョウが結婚したいって言ったら、お城は反対する?」
セシリアは、少しも迷わず答えた。
「多くの者が、心より祝福するでしょう」
「……なるほど」
もちろん。もちろん、結婚したいから聞いたわけじゃない。
でも、僕たちがどうするかは僕たちが決めていい。そのうえで、周りからはそういう二人に見えている。そういうことだった。
勇者の周りには、エルナみたいに一緒に剣を振れる人がいる。
ミレイみたいに傷を治せる人もいる。
僕は城で、出ていった人の名前を覚えて、帰ってきた人を確認している。
そして最後には、だいたいリョウがいつ帰ってくるのかを聞いている。
「……ああ」
これ知ってる。物語で言うなら、たぶんメインヒロイン。正妻枠。
戦闘には出ない。勇者の周りには強い女騎士も治療術師もいる。
でも、最後に勇者が帰ってくるところにはいる。
すごくそれっぽい。
出しゃばるとあんまり人気にならないやつ。控えめにちゃんと支えてれば、たぶん好印象。
考えてみると、そこまで悪い枠でもない。
――いや、誰の妻だよ。
僕もリョウも、男だっただろ。
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それから何度か、僕はリョウたちが遠征から城へ戻ってくるのを迎えた。
リョウは力をうまく使いこなすようになったらすぐに、訓練だけでなくエルナたちと王都の外へ出る仕事も増えていた。
ある日、数日がかりの遠征から隊が戻ると聞いて、僕は王宮の正面玄関前まで迎えに出た。
城門を通ってきた一団が中庭をこちらへ進んでくる。
その中に、リョウがいるのがすぐに分かった。
すぐ横には赤髪のエルナ。反対側には金髪のミレイがいて、その後ろにも、戦場帰りの兵士や魔術師が続いている。
みんな泥と埃だらけだった。
こうして並んでいると、完全に物語の中にいる勇者のパーティーだった。
エルナは銀色の軽装鎧のまま、リョウのすぐ横で剣を持っている。
ミレイは白い治療術師の服を着て、その反対側にいる。
僕は、その列の外で待っている。
……あのふたりはいいなとは思った。僕が行けないところまでリョウと一緒に行ける。
でも、それは役割が違うから仕方がない。僕は城で帰りを待つ人。
そう考えていたらリョウがこっちを見た。
人は大勢いるのに、僕を見つけるのは早かった。
「イオリ」
「おかえりなさい。怪我とかない?」
「ない。イオリは?」
「僕?」
「何もなかったか」
「お城にいたんだから大丈夫だよ」
「ならいい」
自分の方が戦場から帰ってきたのに、先に僕の無事を確認してくる。
エルナが、まだ銀色の軽装鎧を着たまま、リョウと僕を順番に見た。
僕たちより少し年上に見える顔に、からかうような笑みが浮かぶ。
「帰ってきたら、やっぱり最初にイオリなのね」
「? 何ですか」
「こっちの話」
エルナはそう言って、後ろの隊へ戻っていった。
戦場では、エルナがリョウの隣にいる。
でも、帰ってきたリョウが最初に探したのは僕だった。
……やっぱり正妻枠じゃない?
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別の日は、僕の姫君としてのお仕事が終わる頃になっても、リョウが戻ってこなかった。
最後の仕事を終えて、僕は姫君用の控えの間に戻っていた。着替えたり、次の予定まで休んだりする時に使っている部屋だ。
僕のための部屋は、結局全然減らなかった。
というか、最初に数えた部屋よりもさらに多くなっている。
「本日のお役目は、これですべてでございます」
セシリアに言われて、僕は時計代わりの鐘の音を聞いた。
「じゃあ、今日はこのままここで待ってる」
「お部屋へお戻りにならなくてよろしいのですか?」
「リョウたち、もうすぐ戻るんだよね?」
「その予定でございます。お戻りになりましたら、遠征隊の皆様は、そのまま隊の方々だけの慰労のお席へ向かわれます」
「じゃあ僕はここでいいよ。今日はもうお仕事終わってるし」
正式な祝いの席なら、姫君として顔を出すこともあるけれど。
遠征から戻った人たちが仲間同士で食べたり飲んだりするところまで僕が毎回混ざる必要はない。
僕は出しゃばらないメインヒロイン、正妻枠だから。
「じゃあ、ここにいるね」
リョウたちが戻るまでは、まだ少し時間がありそうだったので、服だけ着替えることになった。
何着か並べてもらう。
「青は昨日着たから、今日はいいです」
「でしたら、こちらは?」
「それ、飾り多くない?」
3着目に出てきたのは、飾りの少ない白だった。
「あ。それがいい。白にします」
「こちらでございますね」
「うん」
髪留めもいくつか並べられた。
大きな飾りのものは今日はいい。
一番小さい銀のものを取る。
「こちらで?」
「うん。これがいい」
着替えが済んだら、鏡の前に立った。
白い服に、青墨色の長い髪。その内側に見える白い髪が、肩のあたりから帯みたいに覗いている。
そこに、小さい銀の髪留め。
戦場へ出ている勇者の、帰りを待つお姫様。
……やっぱり完成度高いな。正妻枠のヒロインとして。
「どう?」
「大変よくお似合いでございます」
……そういう意味で聞いたんじゃないんだけど。
そもそも聞くことではなかった。
自分で正妻枠なんて呼んではいるけど、僕がここで待っているのは、それらしく振る舞いたいからじゃないんだ。
リョウが帰ってきたら、その日に何があったのか聞きたい。
戦場で隣に立つのは今の僕には無理だし、傷を治すこともできない。
でも帰ってきたあとの話を聞くことならできる。
そうしてリョウの帰りを待って、戻ってきたら今日の話を聞く。
最近はそれが普通になっていた。
しばらくして、廊下の向こうがざわざわと騒がしくなった。
予定より遅れていた隊が戻ったらしい。
そのあと、城の人に呼ばれるより先に、リョウが控えの間に入ってきた。
「みんなは? 慰労の席がもう始まってるんでしょ」
「始まってる。俺はあとで行く」
「先に僕のところ来たの?」
「ああ。お前、待ってると思ったから」
「……待ってたけど」
リョウは僕の前まで来ると、白い服を見た。
近くまで来られると、顔を見る自然と見上げる感じになった。
「……変?」
「いや。似合ってる」
「そっか」
「今日のことなら、もう聞いたよ。予定より遅れたけど、怪我人はいなかったって」
「それは結果だけだろ」
「え?」
「途中で何があったかは、お前にはまだ話してない。帰ったら話そうと思ってた」
それは、僕も聞きたかった。
「じゃあ座って。最初から聞く」
「ああ」
僕は向かいの椅子を一つ引いた。
「おかえり、リョウ」
「ただいま、イオリ」
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――その声まで思い出しながら、僕は目の前の配信画面を見た。
地球へ帰って2年後の自宅リビングにいながら、あの頃に何度も聞いたセシリアの声が、いまもこちらへ届いていた。
コメント欄は、僕が当時から自分を「正妻枠」だと思っていたことで大騒ぎになっている。
リョウが聞いてきた。
「……それにしても、イオリはあの頃からそんなこと考えてたのか?」
39話をお読みいただきありがとうございました!
[異世界再接続耐久]の真っ最中に物思いにふける姫君イオリの回想編、自分が勇者の正妻枠だと思った日でした!
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