異世界を救ったTS姫様と勇者は、現代に帰還しても男女カップルチャンネルの配信でてぇてぇ営業して生きていく。ダンジョン配信もやるよ 作:vhuphje
2回目にセシリアと話してから、3日経った。
「……やっぱりパンが違うなあ」
あの配信の最後、なぜかミナトさんが仕切っていた「反省会」中に公約した異世界めし企画復活のため、僕たちは毎日料理の研究をしていた。
焼き上がった一枚を半分に折ってみる。
昨日より薄くした分、見た目はむこうで食べていたものに近い。でも、肉や野菜を挟んで折ると、端が裂けかけた。
「薄さはこれくらいだったと思うんだけどなあ」
「昨日のは破れなかったぞ」
「その代わり厚かったでしょ。薄くすると破れるし、破れないようにすると厚くなるんだよ」
リョウはそう言いながら、裂けかけた試作品をもう食べている。
「味は昨日より近い」
「そこじゃなくて。僕たちが食べてたの、もっと薄いのに普通に持って歩けたでしょ」
「ああ」
「何が違うんだろ。粉なのか、作り方なのか、焼き方なのかも分からない」
テーブルには、平たく焼いたパン、焼いた肉、野菜、それからソース。
50万人記念で最初に候補へ上がったのは、リョウが真っ先に言った煮込みだった。
ただ、それだけで決める前に、覚えている料理をいくつか地球で試している。
今日試しているのは、むこうの町で売っていた屋台飯だ。
平たいパンに焼いた肉と野菜を挟んで、上からソースをかける。注文するとすぐ出てきて、そのまま片手で持って歩けた。
「肉は、これでもいいと思う」
「うまいぞ」
「だから、味の感想だけじゃなくて」
「さっき、うまいだけじゃなくて、近いって言っただろ」
「……じゃあパンは?」
「食える」
「だから、味じゃなくて近いかどうか!!」
3年間むこうにいたからといって、僕たちはむこうの料理を何でも作れるわけじゃなかった。
リョウは勇者で、僕は姫君。考えてみると、そもそもふたりとも、料理をするのは仕事じゃなかった。
お城からだいぶ離れた町にいっしょに出るようになって。
野営するしかない日は、肩書きに隔たりなく、自分たちで料理をしたことがある。
煮込みなら何度かやったし、焼くだけで済む肉や、硬いパンをスープへ突っ込んで食べたこともある。
でも外に出たときですら、町があればご飯は食べるもので作るものではなかった。
そして、今回試しているこれは、完全に食べるだけの方だった異世界めしなのだ。
「前にも異世界めしの再現は苦労したけど……苦労したからやめてたんだけど。これは見た目が単純だからいけると思ったんだけどなあ」
「作ってるところは見てなかったからな」
「そうなんだよね。厨房に入ってレシピ聞いてたわけじゃないし」
「うまかったのは覚えてる」
「それが今、一番役に立たない記憶なんだよ」
+++++
料理は一休みして、リビングでPCを開く。
この3日ほど、何度も確認しているチャンネルの数字をまた見る。
「……まだ増えてる」
「登録者か?」
「登録者もだけど、全部かな」
いうまでもなく、セシリアとの2日連続のやりとりの成功は、僕たちのチャンネルの同時接続記録1位2位に入った。
そして切り抜き。
最初にセシリアの声が届いた日の通信部分は、いったんアーカイブから外し、切り抜きも控えてと呼びかけていた。
翌日、もう一度つながって。セシリア本人に、地球では今の会話を大勢の人が聞いていることを説明した。
そのうえで公開していいと了承をもらって、前日の通信部分もアーカイブへ戻した。
そこからだった。
控えてもらっていた切り抜きを解禁した途端、2日分がまとめて一斉に出た。
検索画面には、大量に動画が並んでいた。
【切り抜き】TS姫様、自分を「正妻枠」「メインヒロイン」だと思っていたことを認める 529万回
【切り抜き】異世界の侍女長、同居を知って姫様へ「奥方におなりになったのですね!」 447万回
【切り抜き】TS姫様=勇者の奥方、異世界公認だった 371万回
【切り抜き】勇者「まだ結婚はしてないぞ」→侍女長「まだでございますか?」 364万回
【公式切り抜き】2年ぶりにセシリアの声とつながりました「僕たちは無事です」 238万回
【切り抜き】2年ぶりに届いた最初の言葉が「姫君」だった瞬間 211万回
【公式切り抜き】通信相手へ配信について説明し、公開の了承をいただきました 176万回
【公式切り抜き】二年間、僕たちを探していたこと。再接続を試し続けていたこと 153万回
「3日たったとはいえ百万再生が多すぎる……」
「最初出せなかったからな」
「でも同じネタの切り抜きがいくつもバズってるのおかしいよ……」
リョウも僕のPCを覗き込んできた。
世界が違っても会話できたこと。
2年間、セシリアたちも僕たちを探していたこと。
僕たちが無事だと伝えられたこと。
そういうところが伸びるのは分かるけど。
「やっぱり正妻が一番伸びてるな」
「……」
リョウは隣でニヤニヤしている。
僕は検索画面をバツ印で閉じる。
切り抜きから来た人たちは、登録をして、さらに他のものを見ている。
そういうルート自体は前からあったけれど、今回はその勢いが違った。
おとといの第一新宿での配信がいい例だ。
あれは、ハズレ回のはずだった。
異世界と本当に話したらしい二人を見に来た、そこまでは分かる。
でも、そのあとに鏡晶狼を一瞬で狩って、素材を査定してもらい、時間が余ったからとカフェで長々と雑談しているところまで、相当な人数が見ていた。
「もっとこう、一回見て終わりかと思ってたんだけど」
「いいことだろ」
「今のところは。だから今日ちょっと気になる」
「何が?」
「普通のゲーム配信でも来るのかなって」
今日は異世界通信をしないし、ダンジョンにも潜らない。
僕とリョウが家でゲームをするだけ。それが前からの予定だった。
それでも見に来るなら、セシリアとの会話で増えた人たちも、その一部はもう通信そのものではなく僕たちのチャンネルを見始めていることになる。
「まあ、始めれば分かるか」
「ああ」
「なら予定通りゲームにして様子を見てみよう」
「今日はあれにしたらどうだ?」
「あれって?」
リョウが言った。
「ゲームで屋台飯を勉強しなおすんだよ。異世界も探索も、本当に一切関係ないから様子見にちょうどいいぞ」
「……いいね!」
+++++
「……というわけで、きょうのお題、僕たちふたりでファストフード店を回すゲーム! 開始です!!」
『は?』
『どういうわけ?』
『繋がりがわからなかった』
『ようは異世界屋台めしは失敗ってこと?』
『ゲーム枠初見です』
『これ二人だとガチ目に忙しいやつだぞ』
『異世界めしから逃げるな』
「異世界めしから逃げてるってコメントあるけど、逃げてません!! 試作はいったん休憩です」
「ゲームで勉強するんだろ」
「そういうこと!! リョウが言ったんだからね」
『言い出しっぺ勇者かい』
『ゲームで異世界飯の何を学ぶんだ』
『ここゲーム配信もあるのか』
開始して数分で同時視聴者数は2万人を越えた。
本当にゲームまで見に来たんだと思うと、素直に嬉しかった。
ゲームをするのは、いつものリビングだ。
僕とリョウは同じ部屋にいるけれど、きょう使うのはそれぞれ普段のPCだ。机も別なので、座っている場所は少し離れている。
振り向けば本人は見えるし、普通に声も届く。でも正面を向いていれば、相手のモニターまでは見えない。
「先に説明すると、僕とリョウは別々のPCから同じお店に入ります。見てる画面も別々です。配信に映ってるゲーム画面は僕の方だけね」
「うちは二人で一つのチャンネルだから、今日はいつも通り一枠です。リョウが僕の画面から外れたら、ゲームの中で何してるかは僕にも分かりません」
「声は聞こえるけどな」
「それは同じ部屋だからね。1個のお店を営業するので、リョウの姿も映りこむらしいです」
『同じ家なのにオンライン集合w』
『勇者視点ないの?』
『姫様画面だけ了解』
『一般通過勇者』
『勇者は裏番組か』
配信画面の右下にはワイプがふたつあり、固定カメラで現実の僕とリョウがそれぞれ映っている。
僕の方には、青墨色の長い髪が肩から前へ落ちた姿が映っている。その隣では、短い黒髪のリョウが、僕よりずっと大きな身体を机の前に収めてモニターを見ていた。
ゲームの中では別々の画面を見ながら、一軒の店を二人で回す。
注文を受けて料理を作り、必要な品を揃えて客へ渡す。店を進めれば扱うものも設備も増えていく、というゲームらしい。
ゲームを始めて最初に出たのは、店内のパソコンから営業に使う食材を発注しろ、という案内だった。
「……そこからやるの?」
『そこからです』
『経営ゲームだからな』
『姫様いきなり接客する気だった?』
『まず仕入れを覚えるんだゾ』
『こんなことしてていいのか?』
「いや、普通こういうのって最初くらい材料置いてあると思うじゃん」
「店なんだから、ないものは買うんだろ」
「……なんでリョウの方が納得早いの?」
リョウのアバターはもう、店の中を歩き始めていた。
「パソコンってこれじゃないか?」
「待って待って。僕まだこれ読んでるから!」
『勇者理解が早い』
『共同経営開始30秒で差がついたな』
僕が案内を読んでいる間に、リョウはもう店内のパソコンを起動していた。
「これか。マーケットってあるぞ」
「ほんとに先に進めてるし!」
僕の画面からは、リョウが開いている発注画面までは見えない。そのままリョウに聞く。
「何が売ってる?」
「肉とパンと、包むやつ」
「それだけ?」
「最初の商品はバーガーだけみたいだな」
「異世界屋台めしの勉強要素がさらに減ったんだけど」
『今気づいた?』
『肉をパンに挟むから概念は同じだな』
『ゲーム選びを間違えてる』
「概念は同じ……概念が一致してても別物だよ!」
必要そうな数を相談して、リョウが注文を確定する。
しばらくすると、配送トラックが来たらしい。
「どこに届くんだろ?」
「裏じゃないか?」
「なんで分かるの?」
「店なら搬入口あるだろ」
リョウのアバターは、また僕より先に厨房の奥へ向かっていく。
「だから待ってって!」
追いかけて裏口まで行くと、ちょうどトラックが店の後ろへ停まったところだった。
『このゲーム配送まであるのか』
『姫様また置いていかれてて草』
『勇者が妙に順応早い』
荷台を開けると、さっき注文した箱が並んでいる。
「……これ中に運ぶの?」
「そうみたいだな」
リョウは迷わず一箱持ち上げた。
「じゃあ俺、肉運ぶから、イオリはパンな」
僕もパンの箱を持ち、二人でトラックと厨房を何度か往復した。
肉は冷蔵庫へ入れて、パンや包材はそれぞれ置ける場所へ収納していく。
何度か往復して、ようやく注文した分が全部収まった。
最後にリョウが荷台を閉めると、配送トラックが走り去っていく。
「これで開店?」
「使う分くらい、先に出しとくんじゃないか」
「まだ準備あるの?」
リョウは冷蔵庫から肉を取り出して、グリルの近くに置ける場所を確認している。
「焼くのは?」
「さすがに注文来てからでいいだろ、出来立ての方がいいし」
「……そんなにこだわりがあるお店かな? 新人2人で回してるのに」
「そういえば店長誰なんだ?」
「決めてないけど」
「じゃあ俺でいいか」
「なんで!?」
『店長なしで経営はじまってた』
『理解早かったから勇者店長でいいだろ』
『姫様はオーナーぽい』
『たしかにグルメバーガーではなさそう』
『姫様は看板娘でしょ』
始める前は、料理と注文に振り回されるゲームだと思っていたのに、仕入れをして、箱を運んで、厨房の準備までしていた。
でもたしかに、看板娘ってこんなものかもしれない。
「……ゲームで料理を勉強するって話だったのに」
「店をやる勉強にはなってるぞ」
「まあ、材料から悩んでるから、意外と近いかも」
『経営を学べ』
『姫様のお店こだわり激しくて潰れそう』
『姫様仕入れを知る』
『〈かわいい〉』
「仕入れくらい知ってますからね」
肉もパンもすぐ使えるように準備したところで、リョウが言った。
「これならいいんじゃないか」
「……じゃあ今度こそ?」
「ああ」
僕は入口近くにある表示へ向かう。
「それでは改めまして――」
開店のボタンを押した。
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