異世界を救ったTS姫様と勇者は、現代に帰還しても男女カップルチャンネルの配信でてぇてぇ営業して生きていく。ダンジョン配信もやるよ 作:vhuphje
高瀬さんと別れて建物を出た時点では、僕たちには本当に何の予定もなかった。
冬にしては暖かい日で、建物の外へ出ても思ったほど寒くない。日差しもあって、コートの前を閉めなくても歩けそうだった。
探索者証の更新は終わったし、今日はこのあと探索も通信もない。
帰れば夕食まで自由で、リョウはたぶん風呂に入るか寝るか、僕は溜まっている動画を見ながら適当に過ごす。
いつもなら、それで何の問題もなかった。
「帰るか」
リョウが駅の方へ向きかけたので、僕は呼び止めた。
「リョウ! このあと、どっか行かない?」
「どこに?」
「まだ決めてない。今日はもう仕事ないんでしょ? なんか遊んで帰ろうよ!」
行き先は、本当に何も考えていなかった。
それでも、このまま駅へ向かう気にはならなかった。
「……まあ、いいけど」
「じゃあ行こう!!」
「だからどこに行くんだよ」
「歩きながら決める!」
僕が先に歩き出すと、リョウも追いかけてきた。
駅ではなく、お堀沿いの大きな公園のほうへ向かう。葉を落とした木も多く、枝の向こうに冬の薄い空がよく見えた。それでも今日は風が弱く、日向を歩いている分には寒くない。
しばらく歩いたところで、バッグの中のスマホを思い出した。
この前のゲーム配信では、僕とリョウで遊んでいたのに、途中からミナトさんも入れようと言われた。
あれが嫌だった理由は分かっている。
嫉妬だった。
配信中に自分で口にして、あとから死ぬほど恥ずかしくなったやつだ。
だったら今日は、逆に僕とリョウが二人で遊んでいるところを見せてもいいんじゃないだろうか。
僕が誘って、二人で出かける。
別に、それを隠す理由はない。
「これ、配信つけてもいいかも」
「今から?」
「うん」
「何するかも決まってないぞ」
「そういう時こそゲリラ配信でしょ」
「……ゲリラ配信ってのは、内容まで未定でやるものなのか?」
「本当に予定外なんだから、むしろ正しいよ」
家にいるところまで何でも配信するつもりはないし、遠征でも撮らない時間は残している。
でも今日は、ちょっと見せてみたかった。
僕とリョウが、仕事でも探索でもなく、普通に一緒にいるところを。
配信予定として告知していたわけではないので、いきなり始めるよりは少しだけ待った方がいい。
公式アカウントに
【探索者証の更新終わりました。予定になかったけど、このあと少しだけゲリラ配信します。内容はまだ決めてません】
と投稿してみた。
「本当に内容未定って書く配信者いるか?」
「今ここにいるよ」
「せめて何するか決めてから告知しろよ」
「でも決めたらゲリラ感なくなるじゃん」
「そういう問題か?」
リョウは文句を言うけれど、やめろとは言わなかった。
+++++
公園の中をそのまま歩いているうちに、投稿してから10分ほど経った。
反対側へ抜けると、公園沿いに広い歩道が続いている。
人の流れを邪魔しないよう、歩道の端へ寄った。
バッグからスマホと三脚グリップを出して、縦向きに取り付ける。グリップを握り、スマホ前面のカメラへ切り替えた。
画面を確認しながら、公園側を背景にできる位置へ少し動く。後ろを歩く人の顔が、画面の真ん中へ入り続けないようにするためだ。
「リョウ、もうちょっとこっち! 端で切れてる」
リョウが僕の方へ寄ってきた。
「これで入ったかなあ」
「近いぞ」
「縦なんだから仕方ないでしょ」
いつもの追従ドローンと違って、スマホだとひとつの画面に収まるだけでも少し狭い。
「こんにちは。〈勇者と姫の帰還配信〉のイオリでーす!」
「こんにちは」
画面を確認して、思わず二度見した。
「早い!」
「何が?」
「もう1万人いる。さっき告知しただけだよ?」
「通知できたんだろ」
「それでも早いって」
『通知見てきた』
『外じゃん』
『ガチのゲリラだ』
『縦配信だ』
『髪下ろしてる!!!』
『コート姿きゃわわ』
『今日いつもと服違う感じ』
『全身どんな格好?』
『勇者もっと寄って!』
僕たちの後ろには公園の木々と、少し離れた歩道を行き交う人たちが映っている。
コメントに言われて、画面に映っている自分を見る。
今日はスカートにタイツ、その上から薄手のコートを着て、髪も結ばずに下ろしている。普段の探索や近所への買い物なら、たぶんこういう格好にはしていない。
「服? 今日は探索じゃないからね。ちょっと見せるよ」
スマホを持つ腕を前へ伸ばし、画面を確認しながらカメラを下へ向けた。自分の顔は画面から外れたけれど、コートの前から見えるスカートとタイツが映るように角度を合わせる。
「こんな感じです」
『姫様スカートじゃん!』
『タイツだ』
『ちゃんと見せてくれるの助かる』
『いつもと雰囲気違う』
『私服かわいい』
『姫様今日ちょっと気合い入ってる?』
「今日は探索者証の更新だけだったからね。こういう服でも大丈夫だったんだ」
カメラを元の高さへ戻して、リョウも一緒に映る位置へ調整した。
スマホの画面の隅に、こちらを見ている人が映った。気になって振り返ると、その人は手元のスマホを見たあと、もう一度僕たちを見ていた。
目が合うと、その人が小さく手を振ったので、僕も振り返した。
『後ろの人いま気づいた?』
『二度見されてたw』
『やっぱ視聴者だった』
『街で見つかるようになってるな』
『なんか今日いつもよりちょっと女の子してない?』
『人気者かよ』
「えーと、きょう何するかは、まだ決まってません!! さっきまで探索者証の更新に行ってました。探索者としての予定は今日はもう終わりです」
「俺はそのまま帰るつもりだった」
「それ今言わなくてよくない?」
『じゃあ誰が始めたんだ』
『姫様?』
『探索庁の呼び出しとか?』
「はじめたのは僕です」
リョウが横から画面を見る。
「今日はもう探索も通信もないし、このまま帰るのもつまらないなって思って、僕がリョウを誘いました」
「呼び出しじゃないです。今日は探索者証の更新だけ。……でも、終わったあと探索庁の人に、第三新宿の例の裂け目が出た場所、もう一回見たいって話はしてきた」
「まだ日程は決まってないけどね。昨日あの話を聞いたら、前に行った第三新宿のこと、また気になってきて」
隣からリョウも画面を覗く。
「第七階層に入れるよう調整してもらってる」
「決まったらまた話します」
『姫様から誘った??』
『第三新宿また行くの?』
『昨日のエルナの話か』
『お役所行くだけなのにかわいいかっこうだね』
『姫様ちょっと気合い入ってない?』
『デートかな』
探索者証の更新だけなら、もっと適当な服でもよかった。
でもダンジョンでも、近所への買い物でもない。
だから朝、何を着るかは考えた。
その時は、配信する予定なんかなかったし、服も髪も、視聴者に見せるためじゃない。
リョウと出かけるから選んだ。
なのに今は、その格好のまま僕が自分でカメラをつけている。
……まあ、それも僕が決めたことだ。
「服くらい選びますよ。二人で普段行かないところへ行くんだから、それくらいは考えます」
『え』
『さらっと認めた』
『いいとおもう ️』
『〈かわいい〉』
『やっぱりデートじゃん』
『姫様正妻枠自白してからおかしくなってるな』
『役所帰りにそのままデート始まった』
僕、いま「リョウと二人で行くから服を選んだ」って普通に認めたな。
前なら、このあと何か足していた気がする。
普通の親友でも服くらい選ぶ、とか。別にそういう意味じゃない、とか。
一度「普通の親友」と言ってしまってから、何度もそうやって帳尻を合わせてきた。
でも今日は、そこまで言わなくていい気がした。
「というか、今日はもうちょっとリョウと遊んでから帰りたかったんですよ」
リョウがこっちを見た。
「何?」
「いや。お前から遊びに行こうって言うの、珍しかったなと思って」
「……そう?」
「珍しいだろ」
言われてみれば、確かにそうだった。
仕事や買い物ならともかく、何の用事もない日に僕から誘ったことはほとんどない。
『ファッ??』
『今なんて』
『遊びたかった????』
『今日ほんと素直だな』
『前ならここで普通の親友って言ってなかった?』
『めっちゃたのしそう』
『姫様デレ期です』
コメント欄の反応も案の定だった。真っ昼間から同接も伸びていく。
本心から見せたいと思ったものが、ちゃんとウケている。
良かった、嬉しい。
……でもやっぱり、暇人が多いのは否定できない。この前エルナさんに言った通り。
「……それで、何する?」
「俺に聞くなよ。誘ったのお前だろ」
「じゃあ、何か食べたい!」
そういえば、講習が終わったら昼を食べるつもりだったのに、そのまま高瀬さんに捕まっていた。もちろんリョウもまだ食べていない。
「軽いのでいい?」
「ああ」
「じゃあ、向こうのお店がある方に行ってみよう」
スマホを持ったまま、僕たちは歩き出した。
公園から離れていくにつれて、店の看板も人の流れも増え、周囲の話し声も近くなってくる。
異世界にいた頃は、外へ出れば魔物や護衛や目的地があった。
探索者になってからも、街を歩く時は装備を買うとか、仕事の打ち合わせをするとか、だいたい理由がある。
今日は本当に何もない。
人が増えてくると、スマホを見ながら歩くのも邪魔になってきた。
「リョウ、ちょっと持って」
「ん」
スマホを三脚グリップごと渡す。リョウが持つと、僕が撮っていた時より画面の位置が一気に高くなった。
『視点たっか』
『勇者カメラw』
『姫様の時と高さ違いすぎる』
『このまま撮影係交代でいいだろ』
撮影はリョウに任せて、僕は並んだ店の看板を見上げた。
「なんか美味しそうなの探して」
「誘ったやつが探せよ」
「僕も探してるよ」
そう言いながら、僕たちはそのまま人の増えていく方へ歩いた。
54話をお読みいただきありがとうございました。
・・・デートですか???
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