異世界を救ったTS姫様と勇者は、現代に帰還しても男女カップルチャンネルの配信でてぇてぇ営業して生きていく。ダンジョン配信もやるよ 作:vhuphje
しばらく、スマホはリョウに持ってもらったまま歩いた。
店が並ぶ通りへ入ると、店先のショーケースに何種類ものスコーンが並んでいるのが見える。
「あれにしない?」
「スコーン?」
「うん。軽いし、ちょうどよさそう」
「じゃあ行くか」
僕はレモン、リョウはチョコチャンクのスコーンを一つずつ買って、少し先にあった広場へ移動した。テーブル付きの休憩スペースがあったので、二人並んで座る。
歩いている間は平気だったけれど、座るとさすがに空気の冷たさが分かった。今日は暖かい方でも、止まっているとやっぱり冬だった。
リョウが三脚グリップを開き、テーブルの向こう側にスマホを立てた。二人が映るように角度を合わせてから、僕はスコーンの包みを開いてカメラへ見せた。
「僕はレモン。リョウはチョコチャンクです」
『うまそう』
『外で食うのちょっと寒そう』
『姫様そっち見てるw』
『自分でレモン選んだのに』
『チョコ気になってるじゃんw』
テーブルのスマホへ身を寄せると、さっきリョウのスコーンを見ていたことをしっかり見られていた。
「見てるだけだよ。僕も自分のあるし」
そう言って自分のを食べたけれど、隣のチョコもやっぱり気になった。
もう一度そっちを見ると、リョウが自分のスコーンをひと口分ちぎった。
「食うか?」
「え、いいの?」
「コメントに言われる前から見てただろ」
「……まあ、見てたけど」
差し出されたひと口分を受け取って食べる。
チョコチャンクは、僕のレモンよりずっと甘かった。
「あ、こっちの方が美味しい」
「じゃあ次からチョコ買え」
「でも一口だから美味しいんだよ」
自分で一個食べるなら、たぶんまたレモンを選ぶ。
理屈になっていない気もするけれど、人のをひと口だけもらうと妙に美味しいのだ。
昔から、こういうことは何度もあった。
『勇者が慣れすぎてるw』
『高校時代からこれ?』
「こういうのは高校の頃からしてました」
「イオリは俺の方がうまそうだとすぐ欲しがってたからな」
「そんな毎回じゃないでしょ」
「かなり毎回だった」
そこまで言われると、否定しきれない。
コンビニで違うものを買った時も、ファストフードでも、リョウが僕の選ばなかったものを食べていると気になっていた覚えはある。
『昔からじゃんw』
『高校時代も今と変わらんな』
『二人で何して遊んでたの?』
『放課後とかどこ行ってた?』
「何してたって……やっぱりゲームしてることが多かったよね」
「俺ん家でな」
「うん。学校の帰りにそのまま行って、夕飯までいたり」
そういう日は珍しくなかった。
この前のレースゲーム配信で使った五年前のセーブデータがあれだけ残っていたのも、何度もリョウの家で遊んでいたからだ。
『いつも勇者の家行ってたって言ってたなあ』
『IORIのセーブデータが客の量じゃなかったやつw』
『夕飯までいたって話してたな』
コメントを見ながら、ちょっと気分がよかった。
そう。こういうのだ。
僕とリョウは、むこうへ召喚されてから急に一緒にいるようになったわけじゃない。
その前から、学校が終わればリョウの家へ行って、ゲームをして、夕飯まで残っていた。
こういう話はいくらでも拾ってくれていいんだよ。
「それ以外だと……ゲーセンも行ったよね」
「ああ。帰りに寄ったりしたな」
「そうそう」
『ゲーセンも行ってたのか』
『今日行けば?』
『今の二人で対戦してほしいw』
『ゲーセン配信見たい』
「でも今日は無理ですね。店の中で配信していいかも分からないので」
店内で撮るなら、撮影や配信ができるかは先に確認しておく必要がある。
今日は本当に思いつきで始めただけだから、そこまでの準備はしていない。
「じゃあ今度、配信できるところ探せばいいだろ。俺も久しぶりにやりたいし」
「いいね。調べとこう」
そう言った途端、頭の中で配信の形ができ始めた。
対戦もできるし、高校時代の話もできる。昔遊んだゲームが残っている店なら、もっと面白そうかな。
配信できるところさえ見つかれば、普通に一本できるな。
『ゲーセン回きちゃw』
『軽く次の予定決まってて草』
『今日ほんと姫様ノリいいな』
『今度は事前告知してくれw』
『なんか異世界回との差すごいな』
『普通の探索配信も待ってるぞ』
『もっと遊べ』
残っていたスコーンを食べ終えて、包みをまとめた。
「そろそろ行く?」
「ああ」
リョウがテーブルのスマホをグリップごと持ち上げ、二人が映るように構え直した。
僕たちは席を立ち、広場をあとにした。
+++++
それからしばらく、通りに並ぶ店を眺めながら歩いた。
リョウは僕たちを撮りながら、時々後ろの店が映るようにスマホの向きを変えていた。人通りが落ち着いたところで、画面を僕にも見せてくれる。
『こういう店普段入らなそう』
『勇者ぜんぜん店見てなくて草』
『ほんとにただぶらついてるだけだなw』
『実質菓子食っただけだぞ』
「こういう店、普段入らなそうだって」
「たしかに、僕たちこういうところの店は普段ほんと入らないからね」
「イオリが選ばないからな」
「リョウだって選ばないでしょ」
「俺一人なら来ないな」
「僕も一人なら来ないよ」
結局、さっきスコーンを買ってから、二人とも店には入らず、通りを歩いているだけだった。
その時、それまで弱かった風が通りを抜けた。冷たい空気と一緒に、髪がまとめて肩の前へ流れてくる。
何本かが頬に張りついて、そのまま口元にもかかる。
「うわ、もう」
指で払った髪が、また前へ流れてくる。
「結べば?」
「そうする」
バッグから黒い髪紐を取り出し、そのままリョウに差し出した。
「お願い」
「ここで?」
リョウが持っていたスマホを三脚グリップごと僕へ差し出す。僕はそれを受け取り、代わりに髪紐を渡した。
「歩くなら結んだ方が楽だから」
リョウが髪紐を受け取った瞬間、コメントが急に速くなった。
『久々の髪結いきたwww』
『外でも髪結いタイム』
『勇者が普通に髪紐受け取るの草』
『これを待ってた』
リョウが僕の後ろへ回ったので、スマホを斜め前へ伸ばして角度を調整した。画面には僕の横顔と、後ろで髪をまとめようとしているリョウの姿が入った。
そこで、画面の端に出ている同接の数字が目に入った。
「……増えてる」
「何が?」
「人。さっきより増えてる」
「いいことだろ」
「髪結んでもらってるだけなんだけど」
「ちょっと止まれ」
「うん」
僕も足を止め、スマホを構えたまま待った。
後ろで髪紐が留まった。
「終わった」
「ありがとう」
首を動かして確かめる。さっきまで顔へ流れてきていた髪は、きれいに後ろへ収まっていた。
「こんな感じになりました」
スマホを斜め前へ伸ばしたまま、身体を横へ向けてみせる。画面を確かめると、髪紐で後ろにまとめた髪もちゃんと映っていた。
『カメラまで自分で直すの慣れてるw』
『手際よすぎ』
『完全に慣れてる』
『完成はや』
『普通にきれい』
『セシリア仕込み健在か』
『〈かわいい〉』
「そうです。これ、セシリアに教わったやつです」
「俺がな」
「教わったのはリョウです」
+++++
その後もしばらく街を歩いた。
スマホはもう一度リョウに渡した。人のいる通りを歩きながら画面まで見続けるより、その方が楽だった。
さっきのゲーセンから昔遊んでいたゲームへ話が飛んだり、通りの店を見て「ここは入らない」「これはちょっと気になる」と言い合ったりしているうちに、時間はどんどん過ぎていった。
気づけば、冬の短い日はもうかなり傾いていた。昼間より空気も冷たくなっていて、開けたままだったコートの前をここで留め直す。
その間も、立ち止まった時にはリョウからスマホの画面を見せてもらっていた。
何をするかも決めずに始めた配信だったから、スコーンを食べ終わったあたりで人が減ってもおかしくないと思っていた。
ところが、1万人から始まって2万人くらいになった数字はほとんど落ちなかった。髪を結んでもらったあたりではむしろまた増え、二時間経った今もまだ2万人台だった。
「……減ってない」
「何が?」
「人。まだ2万人いる」
「いいことだろ」
「いいことだけど……今日、企画らしい企画も用意してないよ」
そろそろ配信を終わろうと思って、通りの端で足を止め、リョウからスマホを受け取った。
『スコーン食って昔話して髪結んでた』
『二人で飯食って歩いてただけで2時間終わったw』
『数字の話をしすぎで草』
『次はゲーセン頼む』
コメントを見て、昼間に自分で配信をつけた時のことを思い出した。
今日は、僕がリョウと二人で遊んでいるところを見せてもいいと思った。
それで始めた配信だった。
僕が今日は見せたいと思って配信をつけたものを、最後まで面白がってくれた人がこれだけいる。
「ゲーセンは、配信できるところが見つかったら今度やります」
「じゃあ、帰ったら探すか?」
「やるよ。普通に面白そうじゃん」
「第三新宿の方は、日程が決まったらまた告知します。それと、次の配信は普通に第二新宿で採集仕事の予定です。いつもの探索仕事なので、よかったらそっちも見に来てください!」
「あとで告知出すぞ」
『ゲーセン確定か?w』
『今度はちゃんと告知してくれ~』
『第三新宿の続報も待ってる』
『次は普通の探索回か』
『採集配信も見るぞ』
「そしたら、今日はここまでです。急だったのに来てくれてありがとうございました」
「じゃあな」
「またね」
配信を終えた。
終了表示に切り替わったのを確認して、三脚グリップを畳み、スマホごとバッグへ戻す。
これで、もう画面の向こうには誰もいない。
さっき僕は、何万人も見ている前で「リョウと遊びたかった」と普通に言った。言ったことを取り消したいとは思わない。
でも、二人きりになった今、同じことをもう一度リョウに言うのは無理だった。
「今度こそ帰るか」
「うん」
昼より冷たくなった空気の中を、 リョウと並んで駅へ向かった。
55話をお読みいただきありがとうございました。
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