異世界を救ったTS姫様と勇者は、現代に帰還しても男女カップルチャンネルの配信でてぇてぇ営業して生きていく。ダンジョン配信もやるよ 作:vhuphje
「おはようございます! 今日は第二新宿ダンジョンから、採集のお仕事をお見せします」
きのうのゲリラ配信の最後に予告した採集だ。
入域ゲートの前で追従ドローンを止め、僕は画面へ顔を寄せた。
髪は家で結んできたけれど、白いところが画面ではうまく見えていなかった。
指でよけてから、くるりと後ろを向いて結び目まで見せる。
「今日は先に結んできました。朝は出かける支度だけでも、けっこう忙しいんだよね。採集の途中では結び直す時間もないし、今日はこのまま行きます!」
ふと周囲を見渡すと、ゲートの前には、僕たち以外にも装備を整えた探索者が何人かいた。
ドローンはできるだけほかの人が映らないよう、僕たちの方へ向けたままにしておく。
「朝一番で潜る人、けっこういますね」
『おはよう!!!』
『朝活はやすぎて草』
『髪結い民終了のお知らせ』
『最初から結んでる!』
『昨日デートしてた人たちもう仕事してるw』
『きのうは勇者が髪結んでたのに』
『朝飯食いながら見てる』
『勇者こっち向け』
『こっちはこれから出勤なのにもう現場か』
『夕方第二行きます』
『いいぞ~』
『〈かわいい〉』
『勇者止まれw』
「これから出勤する人はいってらっしゃい! 夕方から潜る人も、気をつけて……リョウ、なんか要求されてるよ?」
「何をだ?」
「さあ。とりあえずこっち向いて」
リョウが振り返ると、コメント欄がまた賑やかになった。
本人はそのまま新しい探索者証を端末へかざした。
ピッ。緑のランプが点いた。
「お、新しいカード、初使用。僕のもいきます」
僕もかざして無事に通過する。更新したばかりなのだから当然だけど、ちょっと嬉しい。
工具を固定したリョウのケースを確かめると、向こうも僕の回収バッグの留め具を引いた。
「大丈夫」
「こっちも。じゃあ、行ってきます!」
『〈安全確認〉』
『はいはい仲良し』
『新カードですか』
『今日なに採るん』
『探索者なって2年経過か』
「『今日なに採るん』……。着いたらしっかりお見せします! 写真で見るより、生えているところからの方が面白いからね」
+++++
ゲートを抜けても、すぐに採集を始められるわけではない。
途中で魔物の出る通路を抜ける必要がある。
曲がり角の手前でリョウが手を上げ、僕も足を止めた。
ガリッ、ガリガリッ。
奥から、硬い爪で岩を引っかくような音が聞こえてくる。
「いるな」
「うん。向こうへ行くまで待とう」
僕は背後にも注意を向けながら、じっと待った。
岩を引っかく音はしばらく続き、やがて別の通路へ遠ざかっていった。
リョウが角の先を確かめ、ようやく進めそうになった。
「採集区画はもう少し先です。こういう場所を通らないと行けないから、結晶を採るだけでもけっこう大変なんだよね」
『今の魔物の音?』
『ガリガリしてんな』
『朝活は討伐なしか』
第二新宿の採集区画へ続く通路は、岩壁がすぐ近くまで迫っている。誘導線の脇には、結晶を剥がした跡が大小いくつも残っていた。
「ほら、ここ。壁がえぐれてるのが、前に誰かががっつりと採っていった跡です。今日は朝から、ああいうのを僕らも増やして帰ります」
「その言い方やめろ」
「……ちゃんと許可された場所だけです! 壁を壊す配信じゃないからね」
リョウは前方を警戒し、僕は端末と、すっかり持つのが当たり前になった携帯型空間歪計を確認する。
数値はいつもの範囲だった。
「このへんは最近とられた跡が多いね。残っているのを無理に採るより、形のいい結晶を探した方がいいから、もう少し奥まで行きます!」
通路を二つ曲がった先で、リョウが立ち止まった。
岩壁の窪みから、灰色がかった半透明の結晶が何枚も突き出している。薄い板を重ねたような形で、照明が当たったところだけ鈍く光っていた。
「これ! 今日はこれを採ります。画面だと地味かもしれないけど、実物はきれいなんだよ。光が当たると、端っこだけ透けて見えるでしょ?」
ドローンを結晶へ寄せて続ける。
「見た目がいいだけじゃなくて、工業用の素材として実際に使われるそうです。まだ用途は限られてるけど、少しずつ実用化が進んでるんだって。僕たちも採るだけだから、実際にどう加工してるかは知らないんだけど」
『ここは先客がいないからいいな』
『きれいやね』
『工場見学配信やろうず』
『採ったあとどうなるのか見たい』
『平和なエリアがあるんだな』
『異世界の勇者と姫が工場見学する図w』
「あ、工場見学って面白そう……テレビでよくやるやつ! まあこの分野は最先端すぎて企業秘密ばっかりかも」
喋りながら端末で採取可能な範囲と対象を確認する。
「この厚いのはリョウにお願いするね。僕は受け取りと梱包。じゃ、一枚目いこう」
「下からでいいな」
「うん。割れないところでお願い」
リョウは結晶の根元を調べ、工具の角度を何度か変えた。
上の板を傷つけない位置が見つかるまで、2、3分はかかった。
カチッ、と乾いた音がして、結晶が一枚だけ岩壁から外れた。
「おっ、きれいに取れた!」
僕は結晶を受け取り、端を確かめた。傷も欠けもない。こういうのは、採った瞬間に割れてしまうと本当にがっかりする。
「今のカチッて音、気持ちよくなかった? こういう作業、ずっと見ていられる人、いると思うんだよね」
『カチ』
『ASMRかな』
『魔法で採れないの?』
『かわいい』
『それどれくらいの大きさなん?』
『手作業で大変やね』
『これが勇者と姫の仕事か・・・』
「あ、『魔法で採れないの?』って質問があったね。僕たちが普段使う魔法だと、こういう薄い結晶を一枚ずつきれいに外すのは難しいんです。割れたり傷がついたりすると、買い取りにも響くからね。こういう時は結局工具の方が確実なんです」
そういえば、結晶の大きさも聞かれていた。
「大きさはね、僕が持つとこのくらいです!」
ドローンを少し引き、結晶を胸の前に持って見せる。僕の手と比べると、けっこう大きく見える。
……そうだ。せっかくだから、リョウにも持ってもらおう。
「リョウ、これ持って」
「何で」
「リョウの方が手、大きいでしょ? 持ち比べてみようよ」
「人を物差しにするなよ」
文句は言うけど持ってくれる。リョウが僕と同じように胸の前で結晶を持つと、大きな手に収まった結晶は、さっきよりずっと小さく見えた。
「ほら! 同じ結晶なのに違うでしょう?」
「お前が小さいんだろ」
「僕が普通。リョウが大きいの!」
『勇者スケールw』
『〈かわいい〉』
『勇者が持つと結晶が縮んだみたいだな』
『身長差助かる』
『かわいい』
『やっぱ姫様おかしいな最近』
「だから結晶を見てってば! ……仕事に戻ります!」
リョウから結晶を返してもらい、緩衝材で包んでケースへ収めた。説明するつもりが、結局身長の話になっている。
+++++
予定量の半分を超えた頃、区画の奥から探索者が二人歩いてきた。
片方は、第二新宿で何度も顔を合わせる探索者の野口さん。
短く刈った黒髪に、袖口の擦れた濃紺の探索ジャケット。今日もいつもの格好だった。
挨拶を交わしてすれ違いかけたところで、野口さんが僕たちの採っている結晶に目を留めた。
「それ、今日買い取りが上がってるらしいですよ」
「えっ、今日からってことですか?」
「俺たちもさっき聞いたばかりで。詳しくは査定で聞いてみてください。……そちらも、割らないようにね」
「ありがとうございます! 絶対割りません!!」
野口さんたちを見送って、僕は視聴者に報告する。
「みなさん! 聞きましたか? 今日これ、値上がりしてるんだって。僕たち、昨日のうちに採集予定を決めてたから、全然知らなかった。ちょっと得した気分です!」
「実際に得するんだろ」
「……そうだけど。でも、何で上がったんだろうね。査定のところで聞いてみようか?」
『マジ?』
『知り合いかい』
『姫様ラッキーじゃん』
『よかったなw』
『めっちゃうれしそう』
『先週取った俺涙目』
『来週も高いままか?』
『インフレの時代やね』
「じゃあ、続きいきます! リョウ、次はこのへんで取ろう」
値上がりを聞いてからは、一枚採れるたびにちょっと嬉しくなる。
でも、割ってしまえば台無しだ。リョウは結晶の根元を確かめながら工具を入れ、僕は受け取った結晶に欠けがないかを調べて、緩衝材で包んでいった。
採集を続けて、予定量まであと1枚になった。
「次で最後です! リョウ、お願い」
「ああ」
リョウが工具を差し込み、結晶の端を傷つけないよう角度を変えていく。
何度か位置を調整したところで、カチッ、と乾いた音がした。
岩壁から外れた結晶を緩衝材ごと受け取り、端から端まで確かめる。最後の一枚も、傷はついていなかった。
「よし、無傷! 野口さんとの約束も守れました!」
結晶をケースへ収め、重量と採集記録を確認してから留め具を閉じた。
「はい、おしまい! 予定していた分、全部きれいに採れました。あとは無事に持って帰るだけです!」
「帰るか」
「うん。査定まで見る人、もうちょっと付き合ってください!」
『おつ!』
『値上がり聞いてからテンション高いな』
『高いうちにもっと採っちゃえ!w』
『ケースまだ空いてるやろ』
「ケースが空いてても、帰りの通路が同じだからね。今日は予定どおりここまで! あとは地上で、いくらになるかのお楽しみです!」
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地上へ戻り、退場手続きを済ませて査定カウンターへ。
「さて、いくらになるでしょう。僕もまだ全然知らないですからね」
顔馴染みの担当者が結晶を確認し始めたので、聞いてみる。
「中で知り合いの探索者の人から、今日買い取りが上がったって聞いたんですけど。理由を聞いてもいいですか?」
「ああ。これは加工業者からの買い付けが増えてるんですよ。大型の蓄電設備向けに使える加工方法が実用化されたとかで」
「……蓄電設備? これが?」
僕はケースの中を覗き込んだ。岩壁から外した時は端が透けてきれいだったけれど、こうして上から眺めると、灰色の板にしか見えない。
「以前から使い道はあったんですが、まとまった量を使えるようになったようで。価格にはほかの要因もありますけどね」
「それだけ買い付けが増えるなら、採りに来る人も増えそうだな」
リョウが言った。確かに、さっきの区画も手前は採られた跡ばかりだった。
「ああ、そうかもね。……でも、それより僕は加工したあとの方が気になるな。あの薄い板をどう加工したら、電気をためる設備に使えるんだろう。加工した後って、どんな形になるんですか?」
「すみません。こちらは買い取りまでなので、詳しい工程は分からないんです」
「そうですよね。僕も採る方は慣れてるけど、その先は知らなくて。ありがとうございます!」
査定台の方に向いていたドローンのカメラをこっちに向ける。
「みんな、さっき岩壁から一枚ずつ外したところ、見てたよね? あれが地上の大きな蓄電設備の材料になるんだそうです。採った時のあの形とは、ぜんぜん違うものになるのかな?」
『ウキウキで草』
『すっかり工場見学する気になってんな』
『その技術この前テレ東でやってたぞ』
『〈かわいい〉』
『誰も詳しいこと知らなくて草』
「テレビでやってたの? 工場見学配信でやらせてもらえないかなあ。僕らはいつも採って売るところまでだからね――」
その時、リョウが査定台を指さした。
担当者が確認を終え、買い取り額が表示されていた。
「……あっ、出た!」
昨日、いつもの単価で計算しておいた見込み額と見比べる。
見間違えたかと思って、もう一度確かめた。
「待って、思ったより1万円も高い! 同じ量を採ったのに、今日はこれだけ増えるんだ!」
「1枚も割らずに持ち帰った甲斐があったな」
「うん! みんな、やったよ! 予定どおり採って、これは嬉しいです!」
『うおw』
『おおおおお』
『なんだこの庶民的な姫w』
『世知辛い』
『ゴールドラッシュのはじまりや!』
「きょうの夕飯、いい肉買えるぞ」
横からリョウが言った。
僕が加工後の結晶の話をしている間に、もう夕食へ進んでいる。
「……僕はあれが何になるのか、まだ気になってるんだけど?」
「帰ってから調べればいいだろ。飯も食うんだし」
「まあ、そうだけど。……いい肉は嬉しいけど」
『草』
『夕飯焼肉か?』
『勇者飯の話しかしてないな』
『結晶が肉になったか』
「結晶が肉に加工されるわけじゃないからね! 買い取りのお金で買うだけ。そもそも、晩ご飯はまだ決まってません!」
「焼肉だろ」
「なんで決定してんの??」
+++++
配信を終えて外へ出ると、僕たちは並んで家へ向かった。
歩きながら、バッグのポケットから新しい探索者証を取り出した。
「2年かあ」
「急にどうした?」
「探索者になってから。更新するくらいやってたんだなって」
リョウも自分のカードを取り出す。
この2年間、ずっと二人でダンジョンへ入ってきた。
でも、リョウと一緒に外へ出て、自分で歩き、何かを持ち帰るようになったのは、地球へ帰ってからではない。
「むこうじゃ、最初はお城で待ってたね」
「ああ」
「リョウたちが帰ってきたら『おかえり』って言うの。僕、けっこう気に入ってたんだよ」
「それが正妻枠か」
「……そう」
今更「それは忘れて」ともいい難いので反論しない。
それに実際、あの頃は、本当にそれでよかったから。
戦場へ出ていく勇者を城で待つ姫君。帰ってきたら一緒に夕食を食べ、その日にあったことを聞く。正妻枠としては、かなり完成度が高いと本気で思っていた。
探索者証を指先で裏返した。
「……覚えてる? 僕が、帰ってきたリョウに怒った夜」
「覚えてる」
リョウたちが勝ったのに、予定どおりには帰ってこなかった夜。
あの日、僕は異世界へ来てから初めて、本気でリョウに腹を立てた。
56話をお読みいただきありがとうございました。
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