異世界を救ったTS姫様と勇者は、現代に帰還しても男女カップルチャンネルの配信でてぇてぇ営業して生きていく。ダンジョン配信もやるよ 作:vhuphje
俺たちは魔王軍の一隊を破り、敵を街道の向こうへ敗走させた。
昼前には戦闘が終わり、そこまでは予定どおりだった。
王都を出たのは昨日。今日はそのまま王宮へ帰る予定だった。
異世界に来て半年ほど経ち、騎士や兵士たちと王都の外で戦うのも珍しくなかった。
春の日だった。王都から離れた街道の両側には林と低い丘が続き、道を外れた丘の上には古い砦が見えている。
街道の脇には魔法の跡が残り、折れた槍や盾がいくつも転がっている。
兵士たちが、まだ使える槍や盾を拾い集めていた。
俺の戦闘服にも土ぼこりがついていた。
剣についた黒っぽい血を振り落として鞘へ戻したところで、右肩に痛みが走る。
敵の剣を受けた時にひねったらしい。
でも、腕は動くし、剣も握れる。
帰ったら治療術師に診てもらえばいいと思っていると、少し先で術師が声を上げた。
「そこから先へ進まないでください!」
街道を灰色の靄がはっている。
靄は道の窪みに溜まりながら広がっている。
敗走した敵の術師が追撃を妨げるために残した瘴気らしい。敵が逃げた方角から広がった靄は、王都へ戻る側の街道にまで回り込み、いつの間にか俺たちの帰路を塞いでいた。
隊長が術師のところに向かって、道を通れるかと確認している。
「薄いところなら防護できます。ただ、戦闘でかなり魔力を使いました。負傷者の担架ごと全員を通すのは無理です」
隊長は術師と話したあと、街道から少し外れた丘の上の古い砦へ退避すると決めた。
今は使われていないが壁と屋根は残っていて、救援を待つには十分な場所らしい。
王宮に伝令を出してから、隊長が俺のところへ来た。
「勇者様は、先に王宮へ戻られますか。こちらは砦で救援を待てます」
「伝令はもう出したんだろ?」
「はい」
「なら俺も残る。今の状態で何か来たら、その方が面倒だから」
術師は消耗しているし、30人くらいの隊には何人か負傷者がいる。
俺だけ先に帰る理由はない。
隊長もそれ以上は勧めず、すぐに退避の指示へ戻った。
動ける負傷者から砦へ入り、重傷の2人は担架ごと運び込む。
石の床に下ろすたびに、ゴトンと硬い音が響いた。
全員が砦へ入った頃には、入口と裏手に見張りがついた。
隊長に声をかける。
「入口は俺も見てるから」
「助かります。こちらからも二人つけます」
隊長はそう答えると、別の兵士に呼ばれて砦の奥へ行った。
右腕を動かすと肩は痛んだが、剣は握れる。
救援が来るまで入口を守るだけなら問題はない。
あとはここで待てばいい。
イオリも王宮にいるのだから、少なくともあいつの安全まで心配する必要はなかった。
+++++
救援が来た頃には、だいぶ暗くなっていた。
砦の外から馬が近づく音が続けて聞こえ、そのあとに人の声が重なる。
外を見ると、騎士たちの馬の後ろに、負傷者を運ぶための荷車も見えた。
それが聞こえて、静かだった砦の中もすぐに動き始める。
砦に入ってきた救援隊の騎士がこっちの隊長から負傷者の人数と状態を聞いている横を、治療術師たちが重傷者のところにかけ寄った。
砦の入口で、見慣れた赤い髪を見つけた。
エルナは銀色の軽装鎧のまま、治療道具を負傷者のそばへ運んでいた。
箱を術師に渡し終えたところで俺に気づき、こっちへ来た。
「リョウ! 怪我はないか?」
「ない」
そう答えたのに、エルナの目は俺の右肩へ向いた。
無意識にかばっていたのが分かったらしい。こういう時だけは妙に目ざとい。
「右肩、痛めただろう?」
「腕は動く」
「動くかどうか聞いてない。痛いんじゃない?」
「……帰ったら診てもらう」
エルナは信用してなさそうだった。
「その台詞、治療術師にも同じように言ってみれば?」
「……言うつもりだけど」
「じゃあ私は何も言わない。どうせあっちで怒られるから」
砦の外から呼ばれ、エルナは「今行く!」と返した。
「ちゃんと診てもらってよ」
「分かってる」
+++++
救援隊を連れてきた伝令によると、街道の瘴気は昼間より薄くなっているらしい。
砦からでは、そこまで分からなかった。
隊長も、翌朝をまたずに帰れそうだと判断した。
そこからは早かった。
帰路の防護は救援側の術師が引き受け、重傷者から砦の外へ運び出されて荷車に乗せられる。
歩ける負傷者にも騎士がつく。
勇者扱いの俺が何かする必要もなく、それぞれが自分の仕事を進めていく。
最後の担架が運び出された頃、戻ってきたエルナが俺の隣で足を止めた。
「そういえば、勇者。帰ったら、姫君に何か言われるかもね」
「突然勇者呼びに戻るのやめろって……。イオリがどうかしたか?」
「伝令を聞いて、自分も救援に行くって言ったらしいよ。侍女長に止められたみたいだけど」
……それは予想していなかった。
イオリも王宮で魔法を習っている。いくつか教わった中で、なぜか障壁を張る魔法だけはうまく使えるようだった。最初は自分の周りを守るくらいだったのが、何か月も練習するうちに、立ったままなら何人かをまとめて守れるようになっていた。
俺も王宮に戻った時には訓練を見ていたし、イオリからうまくいった話や失敗した話を聞くこともあった。
ただ、動きながら維持するのはまだ難しい。
立ち止まって誰かを守るだけなら、自分にもできると思ったのかもしれない。
でも、今回は瘴気で帰路を塞がれた隊の救援だ。
何が起きるか分からない場所へ、まだ訓練中のイオリを連れてくるわけにはいかない。
「今は連れてくる方が危ないだろ」
「うん。来てもらわなかった」
そこはエルナも迷っていなかった。それでも、俺の顔を見て、いつものからかう時みたいに笑う。
「何だよ」
「別に。だから帰ったら、姫君に何か言われるかもね」
そう言って、エルナは騎士たちのところへ戻っていった。
イオリが救援へ来たがったことより、それをエルナがわざわざ俺に教えた理由の方が分からなかった。
+++++
王宮へ戻ったのは、夜も更けた頃だった。
門をくぐると、石畳の広い中庭がある。普段なら静かな時間だが、今夜はこの先にある治療棟へ続く回廊に明かりが灯り、けが人を待っている人たちがいた。
隊長たちが帰還した隊の人数を確認しているのを横目で見ながら、俺も回りの人たちが全員戻ったことだけ確かめた。
そこでようやく、今日の仕事が終わった気がした。
「リョウ」
治療術師たちの中にいたミレイに呼び止められた。
金髪のミレイは、いつもの白い治療術師の服を着ていた。
「右肩、痛めていますよね。診せてください」
ミレイに見破られるのは、エルナよりは納得できた。
「分かってる。先に一つだけ確認してくるから、そのあと行く」
「先に? 何をするんですか?」
「イオリが待ってるんだ」
「……だったら、なおさら先に治療を受けてください」
「すぐ戻る」
ミレイには悪いと思ったが、先にイオリがどうしているか確かめたかった。
宮殿側へ続く通路を歩いていると、向こうからセシリアが来た。
セシリアは襟元まできちんと整えた侍女長の服を着て、いつもどおり背筋を伸ばしていた。俺がこの時間にここを歩いている理由も、聞かなくても分かっているようだった。
「リョウ様。お帰りなさいませ」
「イオリは?」
「お待ちでございます。リョウ様がお戻りになりましたら知らせてほしいと伺っております」
「そうか」
セシリアはそれ以上何も聞かず、「お伝えしてまいります」と来た道を戻っていった。
俺が外へ出た日は、帰ればだいたいイオリがいる。
姫君としての仕事が終わっていても俺が戻るまで起きていて、帰れば「おかえり」と言い、その日にあったことを聞きたがる。
俺も王宮へ戻ればイオリに話すつもりで、途中であったことを覚えているようになっていた。
今日は遅くなったことに何か言われるのだろう。
しばらくすると、廊下の向こうにイオリが見えた。
白い服を着て、腰より長い髪を小さな銀の髪留めで横だけ留めている。
もうすっかり見慣れた姿だった。
それなのに、こっちを見上げてくる顔だけがいつもと違う。
「リョウ」
「ただいま」
返事を待った。いつもなら、ここで「おかえり」が返ってくる。
今日はなかった。
イオリは俺の顔を見たあと、すぐに右腕へ目を移した。
……これで3人目だ。俺、そんなに分かりやすいのか?
「怪我した?」
「これくらいなら平気だ」
「腕、上がる?」
上げて見せようとしたが、肩より少し上で痛みが走り、腕が止まってしまった。
「上がってないじゃん。診てもらってないの?」
「これから診てもらう」
「……これから?」
「ああ。先にお前のところに来た」
イオリは何か言いかけて、口を閉じた。
いつもなら、俺が先にここへ来たことを喜んでくれる。今日は怪我のことだけじゃなく、まだ何か言いたいことがあるらしい。
「……僕も救援に行くって言ったんだ。セシリアに止められたけど」
「聞いた。エルナから」
「立ち止まっていれば何人か守れるようになったから、僕にも役に立てることがあると思ったんだよ。でも、今朝の訓練でも、障壁は三歩目までしか保てなかった。四歩目で崩れちゃってさ」
イオリは、悔しそうだった。
「瘴気が出てる場所に行くのに、僕のために護衛を増やしてもらって、かえって救援の邪魔になったら意味がないでしょ。セシリアが止めたのも分かる。だから、お城で待ってたんだ」
イオリはそこで一度言葉を切った。
「でも、リョウたちが帰ってこられないって聞いても、僕はお城から出られなかった。せっかく魔法を覚えて、前よりできることも増えたのに。僕が何もできなかったのが嫌だったんだよ!」
イオリの声が廊下に響いた。近くを通っていた人がこちらを見たが、イオリはもう取り繕おうとしなかった。
「……次は、僕だって助けに行けるようになりたい」
俺はすぐには返事ができなかった。
砦で救援を待っていた間、俺はイオリが王宮にいることに安心していた。
帰ればイオリがいて、いつものように「おかえり」と迎えてくれる。ここ数か月、それが当たり前になっていた。
けれど今日、イオリはその王宮で、助けに行けないことを悔しがっていたのだ。
今回、セシリアがイオリを止めたのは正しかったと思う。
まだ訓練中のイオリを、何が起きるか分からない場所へ連れてくるわけにはいかなかった。
「リョウ」
後ろから声がした。
振り返るとエルナが立っていた。俺の右腕を一度見て、呆れた顔になる。
「まだ治療棟に行ってなかったの?」
「今から行く。話してたんだよ」
エルナは俺とイオリを順番に見た。
こいつには、何を話していたのかまで説明する必要はなさそうだった。
「喧嘩するなら治療してからにしろ」
「喧嘩じゃ――」
「喧嘩だよ!」
俺の言葉を遮ってイオリが言い切ると、エルナがとうとう笑い出した。
「だそうだよ、勇者。治療棟まで送ろうか」
「自分で歩ける」
「知ってる。治療棟と反対へ歩かないように見てるだけ」
そこへセシリアも戻ってきた。
俺たちが何を話していたのか尋ねることもなく、まずイオリを見てから俺へ目を向ける。
「リョウ様。治療術師がお待ちでございます」
「分かってる」
セシリアは今度はイオリへ向き直った。
「姫君、お食事はリョウ様の治療が終わってからになさいますか?」
「……うん。一緒に食べる」
「お前、まだ食ってないのか」
「怪我してるのに治療棟から逃げてきた人が、僕のご飯を心配してる場合?」
逃げたつもりはない。先にイオリを確認しに来ただけだと言おうとしたところで、エルナに「勇者」と呼ばれた。
振り向くと、エルナが治療棟の方を指さしていた。
「治療棟」
「……分かった」
これ以上ここにいると、エルナにいつまでもからかわれそうだった。
治療棟へ向かいながら一度だけ振り返ると、イオリはまだ廊下に立っていて、そのそばにはセシリアがいた。
城にいて、無事ならいい。俺は今もそう思っている。
それでも、次にイオリが助けに行きたいと言ったら、俺はどうすればいいんだろう。
答えはまだ出なかった。
57話をお読みいただきありがとうございました。
久々の異世界回想のお話は、もう1話つづきます。
ぜひ、感想やお気に入り、評価ボタンをお寄せいただけると嬉しいです!
どうぞ、よろしくお願いいたします!