異世界を救ったTS姫様と勇者は、現代に帰還しても男女カップルチャンネルの配信でてぇてぇ営業して生きていく。ダンジョン配信もやるよ   作:vhuphje

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第4話 TS姫様と勇者の、バズった翌朝の配信されないモーニングルーティン

 翌朝、僕のうなじは129万回、泣いた顔は111万回再生されていた。

 

「……異世界とつながったかもしれないのに、僕のうなじが1位で、泣いたところが2位で追いかけてきてる」

 

「食べろ」

 

 キッチンから返事が来た。

 

「いま数字見てるから」

「昨日、夕飯半分しか食ってない」

「食べたでしょ」

「半分だ」

 

 僕はノートパソコンを抱え直した。

 

 画面の中では、昨日のリョウの指が僕の髪を持ち上げ、白いうなじを露出させている。その映像を見ている僕の前へ、現実のリョウがトーストを置いた。

 

 僕の分だけ少し薄く焼いて、中央に蜂蜜が落としてある。

 

「……これ、見て」

 

 パンより先に、再生数順の動画一覧を見せる。

 

【公式切り抜き】勇者、世界の危機でも元男子の姫様の髪を直してしまう 129万回

「僕たちは無事だって言いたい」涙を流しても返事をしなかった姫様 111万回

【公開停止】謎の声に呼ばれた瞬間、勇者が姫をかばう 公開停止前31万回

3秒だけ止める自称元男子の姫と、説明を聞き終える前に動く勇者 21万回

かわいい配信だと思ったら連携が速すぎた 13万回

 

「これだけ勢いがいいのはありがたいけど……」

 

 一番上のは運営担当者が公開した公式切り抜き。

 

 二番目は視聴者の非公式動画。泣きながらも返事をしなかった僕の横顔を、位置の分かる背景へぼかしを入れて切り出している。ガイドラインには違反していない。

 

 三番目は、公開停止にしてもらったもの。区画内の撮影地点を絞り込めるため、探索庁の要請もあり、夜のうちに登録済みの投稿者へ連絡し、朝までには公開を止めてもらった状態。

 

「うわ……。涙の方、更新したら112万になった」

「投稿時間は公式のイオリのうなじより遅いのに、追いついてきたな」

「競争じゃないよ?!」

「それ、消してほしいのか?」

「……これだけなら、ガイドライン違反じゃないよ」

 

 画面の中の僕は、裂け目を見たまま泣いている。

 それを見られたこと自体を、なかったことにしたいわけではない。

 

 百万に達してるふたつは、ドローンが壊れたあと、リョウの肩カメラが撮った映像だった。

 リョウが僕を見る場所から、みんなも僕を見る。

 僕自身も知らなかった、リョウの前にいる僕を。

 

「嫌じゃないのか」

「嫌じゃないとは言ってないけど」

 

 少し考えた。

 

「消してほしいとは言わない。でも、公式から同じ場面をもう一回切り抜いて出すのは嫌」

「分かった」

「……それだけ?」

「イオリが決めたんだろ」

「そうだけど」

 

 昨日、裂け目の前で僕をかばっていた勇者は、いま黒いTシャツとグレーのスウェットパンツ姿で、片側だけ寝癖が跳ねている。右腕の黒い痕も袖の下へ半分隠れていた。

 

 僕だって似たようなものだ。

 

 膝上まである大きめのスウェットにショートパンツ。裸足でソファへ沈み、まだ梳いていない青墨色の髪を肩の前へ流している。

 

「これ、焼きすぎ」

「いつもと同じだぞ」

「昨日より黒い」

「そこがうまい」

「それ好きなのリョウだけだからね」

 

 僕が文句を言っている間に、リョウはもう二枚目をトースターへ入れた。

 

 その音を聞きながら、分析画面を開く。

 

 昨日の裂け目そのものを映した部分は、探索庁と運営の判断で公開を制限している。場所を絞り込める映像や、生の音声の配布は止めてもらった。

 一方で、位置情報を含まない僕の涙や髪直し、鏡晶狼との戦闘までは残っている。

 

 流入元を追うと、裂け目を見に来た人が、そのまま戦闘や観測器の点検まで遡っていた。

 

 涙の動画のほうのコメント欄を覗いてみる。

 

『異世界が本当かはまだ分からん』

『美人だね』

『泣いてるのに返事しないの強い』

『このあと鏡晶狼戦見たけど普通に本職だった』

『二人とも帰れてよかった』

 

 

「登録者、10,831人増えてる。昨日までは43万人台だったのに」

「よかったな」

「簡単に言わないでよ!」

 

 僕はパンをもう一口かじった。

 

「……良いんだけど、良いんだけど。でも、昨日みたいな当たりが毎回起きるってわけrじゃないんだよね」

「あれを当たりと言うのか」

「話題性としてはね。安全を考えれば、二度と起きない方がいいけど」

 

 黒い亀裂。魔王城らしき景色。僕たちを知っていた誰かの声。

 

 

「だから、事件がない日にも見てもらえるものは必要なんだよ」

「髪か」

「……数字だけ見れば、そう」

「次も結ぶのか」

「条件を揃えないと比較できないから」

「やるんだな」

「ぜんぶ検証!」

 

 トースターが鳴った。

 

 リョウが二枚目のパンを出す。

 

「短くした?」

「した」

「どれくらい」

「少し」

「それを聞いてるんじゃないんだよね」

 

 新しいパンは、さっきよりちょうどいい色だった。

 

 リョウが自分のカップを取る。

 僕もテーブルのカップへ手を伸ばし、口をつける直前で止まった。

 

「これ、リョウの」

「そっちがお前のだ」

 

 皿の上の果物を一つ取る。

 自分で食べるつもりだったけれど、リョウの皿には何もなかった。

 そちらへ置く。

 

「いらないぞ」

「食べなよ」

「イオリが取ったんだろ」

「もう置いたからリョウの」

 

 リョウは何も言わず食べた。

 

 動画にすれば、たぶん見られる。

 

 カップを取り違えたところも。

 僕が果物を移したところも。

 僕のパンだけ焼き時間を変えたところも。

 

 昨日の亀裂ほど爆発的には伸びない。

 でも、安全に何度でも撮れる。

 

 僕はノートパソコンの分析画面と、目の前の食卓を交互に見た。

 

「……朝の支度配信とか、もっとやった方が数字は安定すると思うんだよね」

「やらなくていい」

 

 即答だった。

 

「リョウ、判断早くない?」

「ダンジョンで十分だ」

「朝食作るだけなら危険ないよ? 安全だし、数字も出るよ」

「家でまでそんなに仕事する必要ないだろ。何よりお前が休めない」

 

 リョウは、迷いがなかった。

 

 寝起きの僕。朝食を作るリョウ。帰ってきた僕の髪をほどくところ。

 同じソファに座るところ。

 全部カメラを向ければ、仕事になる。

 

「僕だけなら?」

「駄目」

「なんで?」

「それでも同じだろ」

「じゃあ逆に。リョウだけだったら?」

「しない」

「リョウだけでも数字出るよ。寝起きのリョウを見たい人もいると思うけど」

「ダンジョンで見ればいいだろ」

 

 僕は、寝癖の残ったリョウを見た。カメラを向ければ、たぶん数字は出る。でも、いま撮りたいとは思わなかった。

 

「……まあ、いまのダンジョン中心でも十分か」

「ああ」

「髪結いはやるからね」

「好きにしろ」

「リョウが結ぶんだよ!」

「分かってる」

 

 リョウが自分のトーストを持って、ソファへ座った。

 ほかにも場所はあるのに、二人の間は腕一本分しかない。

 僕の髪の毛先が、リョウの膝へかかった。

 

 リョウは何も言わず、それを持ち上げ、踏まない位置へ避ける。

 僕も何も言わない。

 

 配信なら、きっとコメントが流れる。

 いまはカメラがない。だから二人とも反応する必要がなかった。

 

 冷蔵庫の予定表には、

 

【探索庁・追加聴取】

 

 と書いてある。

 

 昨日の亀裂と、僕たちが地球へ帰ってきた時の記録を照合したいらしい。

 関係があるかは、まだ分からない。

 

 知りたい。

 怖い。

 

 2年前は、誰も聞いてくれなかったことなのに。

 

 その時。

 ノートパソコンが、ぴこん、と鳴った。

 

 昨日壊れた追従ドローンの代わりを探すために販売ページを見ていた。

 その、同じ型の在庫が更新されている通知だった。

 

【販売価格 420,000円】

 

 ……高い。

 

「……リョウ」

「何だ」

「42万円」

「何が」

「昨日壊れたドローン」

 

 リョウが画面を覗き込む。

 

「高いな」

「高いよ!」

 

 うなじが129万回再生されても。

 

 壊れた機材は、勝手には戻ってこなかった。

 




4話をお読みいただきましてありがとうございました。
カップルチャンネルとしてモーニングルーティンを出す出さないで悩む姫様でした。
5話では、お金に悩みながら、次の配信の準備をします。
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