異世界を救ったTS姫様と勇者は、現代に帰還しても男女カップルチャンネルの配信でてぇてぇ営業して生きていく。ダンジョン配信もやるよ 作:vhuphje
午後の追加の聴取の前に、考えなければならなかったのは、機材、というか、お金の話だった。
昨日、僕たちの追従ドローンが風で飛ばされて壊れた。壊れたドローンは、採集物と一緒に、探索庁に預けてきた。
「今、同じ型を買うと42万円か……」
また、ノートパソコンからぴこん!と短い通知音が鳴った。
画面右下に、探索庁の担当者からのメールが表示された。
「また探索庁からだ。【……ご無事で何よりです。……昨日の機材については……今回の状況を通常の業務中の損耗として扱うのもはこちらとしても心苦しい……このように、探索庁が、再調達費用を補償できる制度にはなっていません】。はいはい。そりゃそうですね」
僕がメールを適当に読み上げていると、キッチンにいたリョウが戻ってきた。
自分のカップを持ったまま、ソファの僕の隣へ座ってくる。
大きな身体の分だけ、背もたれがずしりと沈んだ。
僕は、膝を抱えたまま身体ごと少しだけそっちへ傾く。
「なんだって?」
「ドローンが壊れているのは確認した、でも、探索庁の業務の請負で探索者が持込む機械の損壊を補償する仕組みはない」
「冷たいねえ」
「近いよ。画面は逃げないから。で、そのあとが肝心なんだけど、今後関連する探索や調査業務で条件面を何か調整できないか相談する、みたいなことが匂わせてある」
「……配慮してくれてはいるんだろうけど、そこまで期待しないほうがいいな」
「そう」
「なら、昨日の配信と、公式切り抜きの収益で払えるか」
「僕のうなじでドローン代を払う構図にしないでね。そもそも、収益は確定してないけど」
「昨日の狼はそれなりになると思うけどな」
「魔石も外殻も、まだ鑑定中だけど……どうだろうねえ」
配信機材は無料ではない。
魔物の素材を回収し、鑑定を経て、売却してお金を得る。
探索庁や研究機関から、観測器の点検や調査等の案件を請け負う。
自分たちで探索先と目的を決め、採集や未知の調査へ潜る。
それらを見せられる範囲で見せて、配信や切り抜きの広告収入を得る。
危険な仕事と、画面上の仕事。得たお金はすべて同じ事業用口座へ入り、そこから機材費と二人の生活費が出ていく。
昨日の配信は途中で終了した。
それでも、収益につながるデータの管理画面では、いくつもの項目が動いていた。
メンバーの加入。
公式切り抜き。
前日の配信中から有料メッセージもいくつも届いている。
『ドローン代の足しに』
『亀裂なくても次の点検回見るよ』
『無事に戻れそうでよかったので』
いま画面へ表示されている範囲のあらゆる金額を全部足しても、42万円には届かない。
払えないわけではないけれど、機材が壊れるたびに何も考えず出せる額でもない。
1件だけ、ほかとは桁の違う支援があった。
書かれている内容は、普通だった。
『ドローンより、二人が無事で何よりです』
ただ、僕たちの無事と、次の仕事を支えるために送られたものだった。
「……ありがとうございます」
僕は画面へ向かって頭を下げた。
「金額が大きくても小さくても、扱いは変えないんだな」
「変えないよ。あと、予備機を使うなら点検しないと」
「出しとくか」
リョウが立ち上がり、テレビ台の下から予備の追従ドローンを取り出した。
緊急時に交換できるよう保管していたけれど、最近の配信では使っていないもの。
これを使うと、もう、次に故障した時の予備はない。
リョウはプロペラを1枚ずつくるりと回し、歪みと外装の割れを確かめている。
「充電は?」
「88%」
「レンズはどう?」
「傷なし。通信試験はあとで二人でやる」
またPCから通知音が鳴る。探索庁からもう1件の連絡が届いていた。
先ほどのメールに載っていた、内々の機材のお金の話よりも、なんだかフォーマルな雰囲気。
依頼の話だった。
【第三新宿ダンジョン・空間異常記録】
【帰還時出現地点の観測データとの照合を継続中】
【帰還4日目の初配信について、未圧縮映像・音声の原本保存・提出を依頼】
「……初配信の映像?」
僕が言うと、リョウが背後からふっと身を屈め、画面を覗き込んだ。
「今度は何だって?」
「探索庁が調べたいって言ってきた記録が、僕たちが同時視聴で見ようとしてる初配信映像」
――2年前。
僕たちが異世界から帰ってきたことも。
向こうには一緒に過ごした仲間がいたことも。
リョウが勇者で、僕が姫君だったことも。
どれだけ話しても、記録上はすべて自己申告扱いだった。
信じてもらえないなら、せめて、自分たちの言葉で残そうと思った。
画面の向こうに誰がいるのかも分からないまま、慣れないカメラへ向かって、二人で話した。
その映像を、今夜は2周年を祝う視聴者が待っている。
そして、探索庁が、昨日の空間異常と照らし合わせるための資料として求めている。
「信じたってことか?」
リョウが聞いた。
「そこまでは言ってないよ」
「でも、調べる価値はあるって思われた」
「なら、調べるんだな」
「うん」
僕は提出依頼をもう一度見た。
「……残しておいて、よかった」
「ああ」
「原本、残ってるか」
「あるよ。最初の頃は、編集用と保存用を分ける余裕もなかったから。撮ったまま全部残してる」
「なら渡せるな」
「内容を確認してからね」
「探索庁へ渡すのは未圧縮の原本。調査結果と一緒に一般公開する部分があるなら、範囲は別に確認する。家族や個人情報につながる音は、公開対象から外してもらう」
「ああ」
「昨日の亀裂と、同じ現象だと決まったわけでもないからね」
「魔王城は同じだった」
「リョウの記憶では、でしょ。公表前に断定しない」
リョウは納得していない顔をした。
それでも、言い返さなかった。
++++++++++
予備機の動作確認を今日の予定へ追加すると、その下に入れていた2周年配信が目に入った。
「そういえば、今日の2周年配信は家の配信用スペースからだから、ドローンは必要ないね」
「ああ」
「……やるんだよね」
自分で予定表へ入れた企画なのに、確認してしまった。
「やる」
「昨日あんなことがあったばかりで?」
「危険な場所へ行くわけじゃない。ここで映像を見るだけだろ」
「空気を読まない配信者だと思われるかもしれないよ」
「亀裂を見世物にする方が嫌だろ」
「それは嫌」
答えはすぐに出た。
事件へ注目が集まっているからといって、すべての企画を亀裂へ差し替える必要はない。
公開できる事実だけを伝える。
分からないことは、分からないと言う。
そのうえで、予定していた安全な企画を続ける。
それも仕事だった。
「……公式のお知らせを先に出す」
僕はノートパソコンを引き寄せた。
「昨日の配信については、探索庁と調査中。現時点で新しく公開できる情報はない。封鎖区画へ近づかない。映像から場所を特定しない。公開停止部分を再投稿しない。憶測を事実として広めない」
「それでいい」
「2周年配信は予定どおり実施。亀裂の話は冒頭で一度だけ。新しい情報はないと説明する。コメントで聞かれても、それ以上は拾わない」
「分かった」
「リョウも勝手に断定しないでね」
「魔王城だった」
「だから、それを言うなって話だよ?」
キーをカタカタ鳴らし、告知文を打ち始める。
短く。
必要な情報だけ。
不安を煽らず、軽くもしない。
数日前から予告していた2周年配信の仮枠を開く。
タイトルとサムネイルは入れてあった。
あとは、昨日の件を受けても予定どおり開催するのか、正式に告知するだけだった。
【チャンネル開設2周年】
【伝説の初配信を本人たちが同時視聴します】
朝食の皿を片づけ、予備機の充電状態を確認している間に、運営担当者から告知内容の承認が返ってきた。
返信の末尾には、外部の女性探索者との合同企画について、先方の実施意向は変わらず、日程だけ再調整中、と添えられていた。
探索庁からも、その10分後に、告知内容で問題ないと返信が届いた。
僕は、2周年配信を予定どおり実施するという正式告知を投稿した。
配信枠には、すでに2周年を待つ常連のコメントが少し残っていた。
正式告知を投稿すると、昨夜の亀裂から来た人まで一気に流れ込んでくる。
『2周年おめ』
『〈待機〉 』
『〈了解〉』
『昨日の件は公式待ち了解』
『予定通り実施!やったぜ』
『例の亀裂の説明ないの?』
『黒歴史上映会たすかる』
『昔の衣装くる?』
『サムネ画質ヒドイな』
『勇者の俺の姫発言はここですか』
「まだ告知しただけなのに、みんな何をやるか知ってる」
「有名だからな」
「僕が消したい発言だけ、妙に残るから……」
予約ページのサムネイルには、二年前の粗い映像から切り取った二人が並んでいた。
現在より画質が悪いし、照明も暗い。
カメラも少し傾いている。
傷の残る装備を着たリョウは、いまより少し痩せた長身に、伸びた黒髪。
頬には、塞がったばかりの傷が残っている。
その隣には、濃紺の戦闘服を着た僕。泥と焦げ跡、いまより少し短い髪。
「……これ、やっぱりサムネイルを変えない?」
「もうそれで告知したんだろ」
「僕が作ったんだから変えられるよね」
「よく映ってるよ」
「2年前の疲労困憊した僕を評価するな!」
「かわいいよ」
「そういう問題じゃないよ!」
リマインダー設定者が、また増えた。
「どこがかわいいの」
「全部」
「回答が雑すぎる!」
リョウは僕の顔ではなく、空になった皿を見た。
それから、ようやく自分のパンを食べ始める。
僕は、それにも気づかないふりをした。
ノートパソコンには、ふたつの画面が開いていた。
今夜の配信を待つ視聴者の人数。原本の提出を求める探索庁の連絡。
どちらも、2年前の同じ映像を求めている。
11人へ向けて残した、僕たちの最初の記録を。
片方へは、昼、二人で原本を送る。もう片方へは、夜、二人で見せる。
信じてもらえないまま始めた配信が、2年後には、僕たちの歩いてきた道と、まだ誰も知らない現象の両方を確かめるために使われようとしていた。
探索庁へ送るファイルの横に、リョウの名前も入力した。送信者は、二人。
僕は、もう一度、今夜の2周年記念の待機画面を見た。
――11人しか見ていなかった、あの初配信を、今夜、二人で見返す。
何万人が待っている枠で、2年前のいちばん格好悪い僕たちを、今日また開く。
5話をお読みいただきありがとうございました!
次回は二人のチャンネル2周年の記念配信です。
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どうせ、よろしくお願いいたします!