妖夢「この者を斬ればどうなるものか、危ぶむなかれ。危ぶめば道はなし。振り切ればその一振りが道となる。迷わず斬れよ。斬ればわかるさ」
てゐ「酷い改変を聞いちまったウサ…」
鈴仙が愚痴を言い、需要の無いむさ苦しいオッサンが現れ、妖夢さんがブチ切れて、てゐが若干ヒドイ目に合うお話。
オッサンのイメージは田亀源五郎先生の画風でイメージされるとスムーズかと思われます。
「今日も回る所多いなぁ…商いとしては良いんだろうけど」
永遠邸に住まう玉兎、鈴仙・優曇華院・イナバは背中の大きな薬箱を担ぎ直し、長衣のフードを目深に被る。
「次は、人里か~、万屋、寺子屋と薬問屋、後は…お得意先を幾つか」
普段であればてゐと二人で定期的に人里で露天販売をして、たまにお得意さんの薬箱を補充しに行くという、割とのんびりした商売だ。
しかし、ここしばらくは妙に薬の需要が上がっており、訪問する前にお得意先から注文が舞い込んでくる状態になっていた。
怪我人、病人が普段の倍近い頻度で発生している。
妖怪、病、中毒、理由は多岐に渡り、特定は出来ないが、偶然で済ませられる数字ではなかった。
「師匠は兎も角、姫様はこう言うの好きだから…」
鈴仙の現飼い主、蓬莱山輝夜は兎達からの報告を聞くと、すぐさまこの“異変”の詳細調査を下知した。
日々の無聊を慰め、好奇心を満たす為である。
しかしながら、永遠邸にかつぎ込まれる患者がこうも増えている状況で、姫の遊びに無駄に割ける兎も居ない。
かくして、栄光ある“姫立異変調査隊(きりついへんちょうさたい)”には鈴仙とてゐ、計二名が徴発されたのであった。
ただし、普段の仕事と兼任である。
現状を鑑みるに明らかに仕事量が倍では済まないレベル。
しかも、調査は兎も角として、薬売りの仕事を蔑ろにしたが最後、師匠にどんな折檻をされるか分かったものではない。
どちらを優先するべきかは明白な話である。
てゐと二人で手分けをして、幻想郷全域のお得意さんを回りながら、聞き込みと調査を平行して行う。
取り敢えず、その線で始める事にしたのだが、やってみたら想像通り、体力的にかなりハードな仕事になっていた。
里の入り口に着陸すると、膝ががくんと折れ、思わずたたらを踏みそうになる。
かなり足にきているようだ。
「少し休もう…」
足を引きずって里に入ると、人通りも活気もいつもの通りで、特に変わった所は余り見られない。
天秤棒を担いだ物売りが歩き回り、おかみさん達は井戸端で世間話に忙しい。
その足下では年端も行かない子供達が土汚れのついた着物で転がり回る様に遊んでいた。
(地上の民はまるで雑草、放っておいても生い茂り、踏まれても毟られても絶えることはない…)
里を訪れる度に、この猥雑な迄の生命力に鈴仙は圧倒されそうになる。
(これは、忌避の感情と、好奇心が混じったもの?)
疲労を訴える体を引きずりながら、鈴仙は感覚を分析する。
(普通に感情を持った者なら、此処は不快そうに表情を歪めてみるべき、それとも、好奇の表情?)
考えている内に、行きつけの茶屋に着いた。
店先では既にてゐがちょこんと座って、寛ぎの真っ最中だ。
「おつかれ~」
茶を啜る傍らには、空になった団子の皿が三枚。
これは特に難しい判断は必要ない。
「て~い~?」
トーンとピッチを落とした声と、若干目を眇めた疑りの表情。
それで十分だ。
「何疑ってるウサ?人里に来たついでに一休みしてるだけウサよ」
しれっとした顔で返してくるのもいつも通り。
普段なら更にもう一押し。
だが、疲労の為に既に足が軽く震えているのを感じる。
鈴仙はパターンを切り替え、ひとまず荷物を降ろした。
自分の分の茶と団子を注文する。
「で、そっちはどうだった?」
軽く水を向けてみると、てゐの口元がくいっと歪み、何か含みのある笑いになる。
何事が掴んだらしい。
(…この顔をしている時のてゐは十の内、八は自分から話し始める筈)
「ここの所、お得意さんもそうだけど、妖怪退治屋連中にも傷薬の売上が随分と上がっているウサ」
「確かに、今日持って来ている薬も、特に化生につけられた傷によく効く調合が多い…」
尋常な生き物なら兎も角、闇に巣くう化生から受けた傷は、それ用の手当をする、しないで、治癒力に雲泥の差が生じる。
「そう、それウサよ!さっき、薬を売った拝み屋達が口を揃えて、木っ端妖怪共がここしばらく、やたら人里の回りで人間を襲っているって言ってたウサ、それも、昼でも護衛がついていないと危ないって話ウサよ」
「確かにそれはおかしいなぁ、人里から離れた所なら兎も角、此処周辺でその手の妖怪が活動するのは、日が傾いてからの筈だし」
誰が始めたか定かではないが、幻想郷では“食われる側”である人間達が暮らす人里を妖怪達は“狩り場”とは見做していない。
そんな暗黙の了解じみたものが妖怪達の間には明快に存在している様だった。
当然、少数の逸脱行為はあるものの、本能だけで動いている様な妖怪ですら、その了解をおおむね守っている様子なのが鈴仙には若干不可解であるが、見知っている限り、それは事実である。
「それだけじゃ無いウサよ、出没してる妖怪の中には、退治屋達も見た事が無いのがちらほら混じってるせいで、余計に手こずって怪我が増えているらしいウサ、そして」
言葉を切ったてゐは、団子をもがもがと食べて、ゆっくりと茶を飲む。
勿体をつけているつもりらしいが、満面に浮かんだ得意げな笑顔のせいで、本当は自分が喋りたくてしょうがないのが丸わかりである。
「ここしばらく纏まった数の外来人が流入しているらしいウサよ、霧雨の旦那はそいつ等の対応で、商売どころじゃないし、慧音と阿求も似た様な状況みたいウサね」
「霧雨店で聞き込んで来た訳ね」
霧雨店は魔法に関わる道具以外なら何でも扱う万屋。
幻想郷始まって以来、人里と言えばここしか無かった時代から存在する、由緒正しい御店(おたな)らしい。
東風谷早苗曰く、あってよかったうれしいコンビニ。
永遠邸産の薬も処方箋が“腹痛・腹下し 大人三錠、子供一錠、一日三回、食後”、“切り傷、擦り傷 日に二回適量を塗布”レベルですむ常備薬や傷薬については霧雨店に卸売りしている。
その為、鈴仙もてゐもその旦那とは結構面識があるのだった。
旦那は商店会の寄り合いでまとめ役を勤めており、人里で持ち上がる細々とした問題について住民達の相談に乗っているらしい。
「まだ、寺子屋には行ってないけど、阿求は拝み屋っぽい連中相手にこの辺の妖怪達について講義中だったウサよ、どうも、商店会で外来人の中から“そっち関係”で腕に覚えのある連中を暫く雇う事にしたらしいウサね」
特殊な立地条件上、幻想郷には外には最早存在しない妖怪が現存するのは確かだ。
しかし、外来人が一番注意を受けているのは、恐らく、“手を出してはいけない妖怪達”のリストだろう。
人里では大人しくしている彼等も、本来は、軽く里を滅ぼす位の力を持っている。
そして、そう言ったリストに名を連ねる様な高位の妖怪達は、どうやって稼いでいるかは兎も角として、意外な程金払いがいい。
曲がりなりにも、ツケ無しで商店街に金を落としていく客に対し、霧雨の旦那が失礼を許す訳が無かった。
「焼け石に水」
「ま、そうウサね」
鈴仙の呟きに、てゐも頷く。
幾ら腕に覚えがあるとは言っても、所詮は地上の人間である。
基本、名も持たぬ雑多な妖怪を追い散らす程度が関の山だろう。
個体名が膾炙されている程の妖怪が出てきた瞬間、一方的な殺戮が展開されるのは間違いない。
(でも、その妖怪だって月では七面鳥撃ち、月の兵器は…)
スマートなデザインに、体を完全にしてくれる様な一体感。
どんな武器も兵器も、まるで自分の為に誂(あつら)えられた様だった。
不意に込み上げた胸のむかつきに、鈴仙は一口、口を付けただけの団子を置いた。
耳の付け根が痛痒く疼き始める。
じわじわとこぼれだした喪失感が芯を犯していく。
鈴仙は無意識の内に繰り返し捻っていた指を、長衣の袖にそっと隠した。
「ん、どうしたウサ?」
「ん~、なんか疲れ過ぎて、思ったよりお腹空いてない」
訝しげな顔をするてゐに、鈴仙は欠伸をかみ殺すふりをする。
「勿体ないから貰っちゃうウサよ、全く鈴仙は鍛え方が足りないウサね~」
鼻を鳴らすてゐだったが、団子を掴んだ逆の手は首筋を揉んでいた。
てゐの目が逸れている間に、鈴仙は痙攣しかけた指で隠しポケットを探り、無針注射器を取り出す。
震えの収まらない指、それも片手で持ちかえるのは一苦労だったが、何とか掌中に納める。
布を巻き込まない様に慎重に探ってから、太腿に突き立てた。
てゐからは死角であり、更に長衣の下なので見られる事は無いが、無針注射器は空気漏れじみた独特な物音を発する。
人間ならこんな騒がしい場所で気付く筈はない。
だが、兎の耳となれば別だ。
鈴仙の耳も雑多な喧騒からフィルタリングされた、ジュッという音を拾っている。
視界の端で様子を窺うと、てゐは大欠伸の真っ最中だった。
「ふわわわぁ…何だか眠くなって来たウサ」
「しっかりしろ、寝たら死ぬぞ」
鈴仙のやる気のない棒読みに、てゐは更に大きな欠伸をする。
「ふぁふぁあ…どこの雪山ウサよ」
そんなやり取りをしている内に、鈴仙の喪失感の増殖は大分落ち着いて来ていた。
指のもつれも収まってきている。
(普段、頸に射った時に比べれば効きは遅いけど、今はこれで充分)
「…はぁ、姫様も師匠も、二人して本当に兎使いが荒いウサ…」
「姫様の指示を本気で実行するなら、因幡が最低一個小隊は要る計算、二人で処理するなら正攻法では不可能」
「全くウサ、ヒマな時だったらてきとーにやって、サボるのに丁度いい口実だったのに」
普段なら言葉尻を捉えた鈴仙が窘める所だが、今、二人の口から出るのは溜め息だけである。
「取り敢えず、状況から見て、幻想郷を覆う結界に、大穴が開いたのはほぼ間違い無いウサ」
「大穴、例のスキマ妖怪が又、妖怪の餌とか、何か悪巧み用に人間を一山攫って来ただけじゃない?」
神隠しの主犯こと、八雲紫が妖怪達の狩猟本能満たす為、外の世界から人を拐かしていると言うのは、古くから囁かれている有名な噂話である。
「餌にしちゃ人里に辿り着いた奴が多過ぎるから、どちらかと言えば、何か企んでる方が脈有りウサよ…」
何処か釈然としない顔で首を傾げるてゐに、鈴仙も軽く眉根を寄せる。
鈴仙が残した団子をもう一本食べながら考え込んでいたてゐは、串を皿に投げ捨てて腕を組む。
「うーん…実は、さっきそこのうどん屋で、八雲の黒猫を見かけたウサ、生うどんと麺汁を買ってて、油の沁みた包みは…多分油揚げウサね」
「それ…単なる昼ご飯の買い出しじゃない?」
鈴仙の指摘に、てゐはもう一本取っていた串団子を振る。
「挨拶がてら覗いてみたら、鞄の中は天狗の新聞で一杯だったウサよ、あれはあるだけかき集めてきたって所ウサね、それに、多分、八雲の九尾は余程消耗していると見たウサよ」
「…何かいきなり話が飛躍したけど?」
「妖怪にもよく効く栄養剤は無いかって訊かれたウサよ…動けない主人の代わりに新聞を買い占め、好物を買い込んで報告に戻る所って感じウサね、ついでに言えば、九尾が動けなくて黒猫が動くパターンは、スキマ妖怪も手が放せないか、不在って辺りウサよ」
「何だか、根拠の弱い仮定を積み上げた感じだけど…」
鈴仙は胸に薄く去来する、何か、もやっとした侘びしい感覚に、しばし考え込む。
「これは、ええと…あ、“身につまされる”感じ?」
動けない主の代わりに、情報をかき集め、更には土産まで買い込む。
ここの所の鈴仙がやっている事と全く同じである。
(でも、あっちのご主人は、つまんないから面白いネタ集めろ、或いは作ってこいとか、魂が震える様な土産を持って来いとか言わないんだろうなぁ)
「…取り敢えず、まだ推理を組み立てる程の情報は集まっていないって事ね」
「じゃ、鈴仙の方はまだ当たりが無いって事ウサね」
「うん、代わり映えのしない話しばっかり」
溜め息をつく鈴仙の肩をてゐはポンポンと叩く。
その顔には余裕のほくそ笑みが浮かんでいる。
「まぁ、まだ次があるウサよ、ぷっ、くくく」
「この湧き上がる不快感、コレは確か…」
一旦真顔に戻った鈴仙は、唇を尖らせ、長い髪をばさばさと払い始める。
「なにそれ~、チョー(↑)ムカツクぅン(↓)ですけどぉ(↑)」
「うわぁ…致命的に似合わないウサよ」
突然の奇行を目にして若干引き気味のてゐに、鈴仙は落胆の溜め息をつく。
「うーん、前に会った外来人がやってて、何故だか物凄く不快になったからやってみたんだけど」
「正直、ムカついてくる以前にいきなりすぎて怖くなったウサよ…ん?あれは妖夢ウサね」
商店街の方で、大きな風呂敷包みを担いだ少女が歩いている。
唐草模様のそれは、意図した訳では無いだろうが、少女の纏う緑色の服と白い半霊に調和し、地味なのに目立つ奇妙なファッションを作り出していた。
魂魄妖夢、冥界の庭師。
「何か、向こうも大変そうウサね」
「あれ、やっぱり今日も全部食材なのかな?」
冥界の白玉楼に住まう姫、西行寺幽々子の悪食、大食は、文々。新聞だけではなく、人里の飲食店を中心に囁かれる噂である。
本人の前で囁く分には問題ない。
だが、それを敢えて従者の前で囁く者は居ない。
「荷物だけならこっちの方が楽ウサね」
不意に、妖夢の行く手を一人の男が遮った。
洗い過ぎて色褪せた紋無しの小袖に、裾が擦り切れ、ほつれた袴。
足元は何故か地下足袋で固められている。
顔は延び放題の無精髭に覆われ、ボサボサの髪は辛うじて浪人髷の雰囲気を残していた。
腰に差した二刀が無ければまるで山男である。
「それがし、山野田吉兵衛(やまのだきちべえ)と申す一介の剣客也」
朗々たる名乗りは、十間は離れた所に居る鈴仙達の耳にも容易く届く。
「耳に響くウサぁ」
「又、あの手の人、妖夢さんも大変だなぁ」
『斬れば判る!』
その信念の元、事ある毎に抜刀し、相対する者を斬り伏せる。
その様な行為は当然ながら文々。新聞にとり恰好のネタとなった。
『快刀!辻斬り小町、髑髏党壊滅』
『本日も快勝!辻斬り小町、魂魄流 対 苦死瑠膿流』
多くの庶民にとっては単なる三面記事に過ぎないそれらは、妖夢本人の預かり知らぬ所で、彼女の剣客としての評価を吊り上げる結果を招いた。
お陰で、妖夢は冥界から使いに出る度に、腕自慢の剣客に野試合を挑まれる羽目になっている。
応じれば、又それが記事になり、
記事になれば、更に挑む者が現れた。
噂の一人歩きに直面した妖夢は、当初、困惑に襲われつつも、内心では巧者と刃を交えられる事を喜んだ。
しかしその内、一打ちする前に膝を屈する自称剣客、更に暗殺まがいの不意打ち、はては集団での闇討ちまでが常態化するに至って、喜びの感情等何処かへ失せる。
野試合ですら無くなっていく状況の変化に、困惑は戸惑いに取って代わっていた。
妖夢にしてみれば、欲しているのは己の剣がどれ程のものかを試す事。
決して、売名や、手段を選ばぬ命のやりとり等ではない。
「つかぬ事をお伺い致すが」
「主の命(めい)を果たしている所なので、私闘は受けかねます」
返答が些か冷淡なものになるのは、致し方ないものがあった。
流れる様に続いた会釈は、普段の彼女からすればかなりぞんざいなものだ。
空に逃れようと力を入れた体を制止させたのは、大きく呟かれた一言。
「確かに”従者殿は”細腰」
『…』
立ち止まる妖夢から目を離さず、男は実に愉快そうな笑顔を向ける。
「あだや天狗の新聞も馬鹿にならぬ…なれば、主殿はさぞやあちこち丸かろう」
場の雰囲気がいつの間にか張りつめている。
「何と申されました?」
相変わらず風呂敷包みを担いだままだが、先程と打って変わった低く耳を打つ響き。
それに対し、山野田は歯を剥き出して無精髭だらけの顎をしごき始める。
熊の威嚇にしか見えないが、本人は笑っているつもりらしい。
「はて、噂の辻斬り小町の細腕に驚き過ぎて、つい今し方の事まで失念してしまい申した…はてはて、白玉楼名物の桜饅頭の話で御座ったか、丸々として相伴のしがいはあろうが、噂半分ほどでも古びておったら風味はボケて久しかろうな」
普段は喧騒に溢れた場所だというのに、周囲はいつの間にか静まりかえっていた。
「わざわざ外から死ににきたんですか?」
妖夢のここまで低い声は、鈴仙の音声ライブラリファイルには初収録である。
少女の身の丈程もある巨大な包みが音もなく下ろされた。
遠間からひそひそとさざめきが聞こえている。
おかみさん達は慌てて子供達を家に避難させ始めた。
「だと申さば、如何いたす?」
妙に勢い込んで腰を落とした山野田は、ゆっくりと抜いた刀を下段に構える。
妖夢は帯刀している二振りの内、白楼剣を後ろに回すと、右半身を前にした体勢で、楼観剣の柄をやや突き出し気味に構えた。
山野田と妖夢の剣呑な会話は、若干離れた場所からでも、優れた聴力を持つ鈴仙とてゐには筒抜けだった。
「師匠のおかげで命拾いしたばっかりなのに、馬鹿な外来人ウサ、一撃で終わりじゃ、寺銭稼いでるヒマも無いウサよ」
「のんびりしてると思ったら…」
確かに普段のてゐなら、もうとっくに周囲に見物人をかき集めて賭けを催している所だ。
鈴仙はてっきり疲れのせいだと思っていたのだが、単に実入りの目算が無いからだったらしい。
しかし、確かに言われてみれば、男には見覚えがある。
(確か、全身滅多切りで蘇生櫃漬けにした外来人だったっけ)
「鈴仙は止めなくていいウサ?あのおっさん、妖夢が殺しちゃうウサよ」
「妖夢さん怒ってるけど、殺意は感じないからそれは大丈夫、何だか構えもいつもと違うけど、それより、あの侍…」
鈴仙は山野田と名乗った侍を改めて見る。
見た目はまるで山賊だが、構えや足運びは、明らかに系統だった訓練を通じて培われたものだ。
少なくとも、見た目以上に危険な相手であるのは間違いない。
「ああなっちゃ、うっかり声もかけられやしないねぇ…全く厄介な事をしてくれる」
苦々しげな声に二兎が振り返ると、初老の男性が立っていた。
「霧雨の旦那、こんにちはウサ」
「こんにちは」
「ああ、こんにちは、二人とも最近は働きづめって感じだね、おつかれさん…しかし、あの山野田ってご浪人にも困った」
藍色の着流しに茶色の羽織り姿の男性は老舗万屋、霧雨店の主だった。
「もしかして、あの侍、里で用心棒に雇ったんですか?」
「ああ、相応の腕はおありの様だったからね、しかし、いきなりお得意様に喧嘩売るなんて、何のつもりなのやら」
次に起こった事は、一瞬の出来事だった。
妖夢が僅かに前に出た瞬間、その胸を切っ先が貫き、楼観剣の柄を離れて振り抜かれた拳が、山野田の顔面を横殴りに粉砕した。
山野田の膝が落ち、刀が虚しく地面を叩く。
鈴仙は無言で立ち上がると、決闘の場に近づいた。
まず、膝をついたままの山野田が意識を失っている事を確かめる。
「うわぁ、完全に白目剥いてるウサよ」
「手足の二、三本も飛ばされなかっただけ運が良かったってもんだ」
次にようやく残心を解いた妖夢の左腕を上げさせ、傷を調べる。
傷は左胸から肋骨を滑って、脇腹を切り裂いていた。
腹腔に達するほど深くは無いが、かなり出血している。
鈴仙は荷物から非売品のファーストエイドスプレーを出して傷口にふんだんに泡を吹き付ける。
体組織融和剤の泡が固まり、一時的に出血が止まった。
真皮質位までの浅い傷迄ならこれで充分だが、筋繊維や太い血管を損傷した傷には不充分だ。
第一、これには痛み止めが入っていない。
(肋骨は折れてないみたいだけど、ヒビは入っているかも、神経も再生させないと)
「なんて大怪我を…妖夢さん、白玉楼の御従者にとんだご無礼を致しまして、申し訳ない事です」
「傷が大き過ぎる、ちゃんとした手当てをしないと…最初から抜かない気だったんですね」
困り切った様子で謝罪の言葉を探す霧雨の旦那をよそに、鈴仙は傷を診ながら妖夢に話しかける。
「未熟です」
目を瞑って俯いた妖夢から出た言葉には忸怩たる響きが込められていた。
「最近の状況に流され、挑発に度を失って相手を侮り、技量を過信して…この傷は私の未熟のせい」
妖夢は霧雨の旦那に一礼する。
「だから、霧雨の旦那さんは余りお気に病まないで下さい」
青白い顔に脂汗を浮かべ、それでも微動だにせずたたずんでいる妖夢に、霧雨の旦那は口に苦虫を百匹も放り込まれた様な渋面になる。
「やれやれ、武人さんの考えってのは分からんね、しかし、そうは言っても、詫びを入れさせて貰わないとこちらの気も済まないが、ま、兎に角手当てが先だ」
「旦那の所で縁側を貸して下さい」
「ああ、勿論、好きに使って構わんとも、必要なものは何だって使っておくれ」
「あ、起きた」
咳き込む音がして、地面に赤い雫と白い欠片が散らばった。
歯が何本か砕けているようだ。
「全く、命冥加な御仁だよ、おまえさんも付いてきなさい、どんな申し開きがあるか聞こうじゃないか」
口の中は結構な惨状になっているらしく、山野田は一言唸ると慎重に刀を納めて立ち上がる。
膝が震えているが、霧雨の旦那が差し出した手は頭を振って固辞した。
何だかかなりしょげ返っている様子である。
「必殺剣出したのに、小娘に手加減されて負けるなんて形無しウサ」
「とりあえず、腰のものは預からせてもらうよ」
山野田は意外と素直に頷くと、刀を旦那の手に預ける。
もう暴れる気力も無いらしい。
「さぁさぁ、どいたどいた、見せもんじゃない、さっさと自分の商売に戻るんだ、与太郎、油売ってると魚が傷んじまうじゃないか、伊右衛門さん、あんたは矢来の里に行く行商の護衛だろう、さっさと合流しなさい」
何とも目立つ一行はようやく姿を現した里人達に見守られながら霧雨店に移動する。
霧雨店の裏庭で、鈴仙は妖夢の傷を本格的に治療した。
周囲の汚れを清潔な布と消毒液で清め、再出血しない程度に融和剤を削り取って、ユニバーサルセルプラスタを貼り付ける。
そして、仕上げに万能ピルと増血剤をたっぷりの水分と一緒に服用させた。
因みに薬品は全て関係者用の非売品だ。
「取りあえずはこれで大丈夫…三日は安静に、その後、一週間は」
激しく体を動かす様な事は控えて下さい、と続けようとして、鈴仙はちょっと考える。
(妖夢さんの考える軽い運動…)
白玉楼の庭で、激しい打ち込みをしている妖夢の姿が容易く想像できた。
苦痛を感じないのなら、鈴仙にも理解できる。
だが、妖夢にはむしろ苦痛を求めている様な危うさがあった。
鈴仙には、まだ、理解し難い感情。
理解できるのは、今、彼女に絶対刀を握らせてはならないと言う事だ。
「…鍛錬禁止です、刀を握らないで下さい」
言った瞬間、襖が開いててゐが入ってきた。
「妖夢の着替え持って来て…ぷふっ、なんて顔ウサ、まるで月が落ちてくるみたいな顔になってるウサよ」
「十日も…いえ、ありがとう鈴仙、又、助けて貰って」
「全くウサ、なんかいつも鈴仙が妖夢を手当てしてるとこばっかり見てる気がするウサ、鈴仙、ちゃんと治療費は請求して、あいたッ、何するウサ」
鈴仙は適切な加減でてゐの頭を一発叩いてから、着物を取り上げる。
着物は藍に桜の総柄小紋、長襦袢に単帯。
「いいですね、これなら着て暴れる訳にもいかないし」
「確かに」
「さぁ、手伝いますから、早く着替えて下さい」
渋い顔で着物を見ている妖夢を急かして着替えさせる。
妖夢は落ち着かなげに帯を弄っているが、見た目はまずまずに仕上がった。
少なくとも、赤く染まった服で歩くよりはマシである。
「それ、多分魔理沙の着物ウサよ」
てゐの言葉に鈴仙は眉をひそめる。
確かに霧雨店で扱う着物は肌着と浴衣位だし、霧雨の家に魔理沙以外の娘が居ると聞いた事は無い、だが、着物は新品だし、そう古いものではない。
(霧雨魔理沙が家を出たのは、かなり前の筈で、そもそも、今の年頃じゃないとこのサイズの着物はあわないし…)
考え込む鈴仙にてゐはため息を付く。
妖夢は先程とは違った表情で胸元に手を当てている。
流石に何故こんな物が買ってあったのか、事情をある程度察したらしい。
「全く、鈴仙は親心と言うのが分かってないウサねぇ…まぁ、いいウサ、終わったんなら話しを聞きに行くウサよ」
「うーん」
考えるのを放棄した鈴仙は、取りあえず、妖夢に手を貸して立たせ、奥座敷へ移動する。
「随分と顔色が良くなったね、いや、取り敢えずは良かった、ま、お座んなさい」
霧雨の旦那は煙草盆の灰落としに煙管をかつんとぶつけ、灰を落とす。
そして、ふと、何処か寂しげに妖夢を見つめた。
「中々お似合いだ、良けりゃ、迷惑料の一部にして下さい、どうせ着るもんは居やしません」
「いっただきまーす」
てゐは腰を下ろすが早いか、早速ちゃぶ台の上から煎餅を取ってかじり始めた。
「で、そのおじさん、なんで妖夢を狙ったウサ」
「それが、この御仁、妖忌さんのお弟子に直接お話したいって、頑として譲らない」
呆れた様にため息を付いた様子からすると、相当なだめたりすかしたり、あらゆる手管を使ったらしい。
妖忌の名に、妖夢はピクリと反応した。
「お祖父様をご存じと?」
「如何にも」
山野田は重々しく頷く。
先の事情さえ知らなければ、中々の貫禄だ。
「外での事だが…我が輩が妖忌殿とお会いしたのは遠野の峠道での事、あちらでの我が輩は凶状持ちで仇を討たれる身、であった」
「凶悪犯ウサね、一体何しでかしたウサ」
「ただ、刃を向ける者全てを斬った、ただ、それだけの事…追っ手を逃れる為、分け入った山でお会いしたのだ、その頃、逃亡生活に疲れ果てた我が輩は、誰であれ出会った武人と立ち会い、最期は斬り死にに果てようと思っておった」
「全く、迷惑な御仁だねぇ」
霧雨の旦那のあきれた様な呟きに、てゐがにやりと笑う。
「何処かの辻斬りみたいウサね」
「…」
「てーゐ」
「それで、お祖父様と立ち会われたと言う訳ですか」
強く興味を惹かれた様子で身を乗り出した妖夢に、山野田は首を振る。
「いや、それは適わなんだ、妖忌殿は斬りかかる我が輩の剣等一顧だにせず背を向け、そのまま立ち去ろうとした、我が輩は呼び止めたが歩みは止まらぬ、終いには後ろから斬りつけもした、だが、全て空を斬った」
「刃を向けられたのに反撃しなかった?」
「そりゃ、相手にする程の価値もなかったウサ」
鈴仙の疑問を煎餅を飲み込んだてゐが切り捨てる。
「結論から言ってしまえばそう言う事よ、妖忌殿は、我が輩の剣は死んでいると申された」
「剣が死んでいる…」
「左様、自負よし、沈着よし、慢心よし、八方破れよし、だが、我が輩の剣は単なる自暴自棄、ただ討たれる為だけの剣に抜き合わせる刃は持たぬと」
「その後は、どうしたんですか?」
妖夢に問われると、山野田は頭を掻き何故か少し恥ずかし気に苦笑を浮かべる。
「それがな、そうも断じられると、今度は何としてでも立ち合って貰わねば気が済まなくなってしもうたのよ」
「天の邪鬼ウサねぇ」
「全く、奇妙なものよ」
「で、その妖忌殿にくっ付いて行ったって訳かい」
「うむ、最初は完全に雲隠れされてしもうたが、辺りを探し回って、妖忌殿が仮宿にされていた山小屋の戸口に座り込みよ、一日、二日、三日目辺りに記憶が無くなってな、気が付いたら小屋の中に寝かされておった、あの熾火の暖かさは忘れられん」
妖夢は微笑とも苦笑ともとれる微妙な表情を一瞬浮かべる。
(プラスタの鎮静剤は効いてるみたい…あの表情はタイミング的には記憶に刺激されたものかな、確率的にはやっぱりお祖父さんの記憶?)
「それからは暫く、その山小屋で過ごしたが、あまり言葉を交わした訳ではない、妖忌殿は殆ど喋らなんだ、むしろ我が輩の方が聞かれもせんでいた身上について喋り過ぎておった」
(沈黙に弱いタイプか)
「事ある毎に、一手、立ち合いを願ったがことごとく断られ、あらゆる不意打ちもかわされた、最後には土下座した挙げ句、せめて斬って下されと号泣する始末よ」
「とんでもない変態ウサ…」
野人の如きおっさんが、子供の様に泣きじゃくっているのを想像してしまったてゐは、眼を瞑って舌を出す。
「余りの有り様に情けでも湧かれたか、とうとう…」
「抜いたのかい?」
「いや、全くとんでもなく図体のでかい餓鬼が居たものだと」
「え?…情け?うーん?」
どう考えても、情けを催すのと、妖忌の面罵が結びつかず、鈴仙は唸ってしまった。
「それだけですか」
「無論、否」
妖夢の静かな確認に、山野田は強く首を振った。
「お前を殺す事は容易い、だが、お前を斬ってやる為の剣は儂には抜けん…日の本であって、日の本でない所に幻想の幸はう郷がある、そこにおる儂の弟子であれば、殺すのではなく、斬る為の剣を抜けるかも知れぬ、と」
「お祖父様がその様な事を」
「やれやれ、まるで謎かけだよ、殺さず斬るなんてね」
「普通は斬ったら死にますし」
「面倒臭くなって、弟子に押し付けただけウサ」
口々に勝手な感想を口にする一同を無視し、山野田は妖夢に目を据えて話し続ける。
「尋常であれば決して見いだす事の叶わぬ土地であり、時の隔たりもある、だが、ここまで人生を餓鬼のまま駆け抜けてきたお前なら、駆け抜けた先に見いだすやも知れぬ、最後にそうおっしゃった翌朝、妖忌殿は居なくなっておった」
「で、結局、幻想郷にはどうやってやってきたウサ」
確かに根本的な疑問である。
妖夢辺りは、妖忌に餓鬼のまま駆け抜けたと言わしめた山野田の身上に若干の興味をそそられてはいたが、場の者が一番気になっているのは、やはり彼が幻想に立ち入った時の事だ。
「妖忌殿が去ってから、我が輩はしばし考えた、人生を駆け抜けるとは何か、駆け抜ける為にどうすべきか」
「馬鹿な考え休むに似たりウサ」
「然り!」
「む゛!む゛ーぅっ゛」
神妙な述懐を煎餅を齧りながら訊いていたてゐは、不意の胴間声に喉を詰まらせたらしく、畳の上で悶絶している。
机に手を突いて身を乗り出していた山野田の視線が泳いでいた。
『べしっ、どっ』
「いだぁっ」
てゐの襟首を掴むが早いか、妖夢の右手が閃き、無防備な背中を強打する。
体腔に衝撃が叩き込まれる独特の響き。
又も悶絶するてゐ、だが今度押さえているのは背中である。
激しく咳込んでいるのを見ると、喉のつかえだけはとれたようだ。
「で、先はどうなったんですか?」
「うむ、ごほっ、そうだな、結局思案し抜いて分かったのは、考えても分からぬ、と言うこと」
「無知の知ですか?」
「おぎゃあと飛び出てこの方、我が輩がしでかしてきた事は考え抜いた結果では無い、全ては思うままに動いただけの事」
「ある意味見上げた御仁だが、やはり、周りの者にとっちゃ堪ったもんじゃないね」
「又も然り、結局我が輩は宛もない旅に戻る事にした、だが、峠も一つ越さぬ内に、野党崩れにでおうた」
「…ツイてないウサ」
「否、我が輩が果たそうとしておった事は斬り死によ、むしろ、都合が良いというもの、既に野党共の足下には旅姿の武士が二人倒れており、短刀を血に染めたおなご達が座り込んでおった、我が輩は即座に抜刀して駆け寄り、背を向けていた野党の一人を突いた、連中の浮き足立ちが収まらぬ内に更に二人を斬り伏せた、勢いのままに四人目に刃を翻した時、背を刺された」
一旦言葉を切った山野田は、血痰を飲み込む。
「背を刺したのは、おなご達の短刀であった、恐らくは倒れた武士や我が輩の様な間抜けを引っ掛ける為の囮であったのだろう、おなご達を振りほどいた我が輩は、背後から肩を斬った野党を何とか切り捨てたが、その後は滅多斬りよ、事によると後一人二人は道連れにしたかも知れぬが、よく憶えておらぬ、引っ張られる感覚に我にかえると、踏み外した崖が遠ざかってゆく所であった…それが最後の外の記憶だ」
「なる程、そこから何故かあの夜雀の屋台に落ちてきたって訳かい」
「恐らくはな、あの羽付の娘っ子には悪い事をしてしもうたな」
「だったら、ちゃんと稼いで弁償しておやんなさい、商売道具が粉々になったってのに、すぐ竹林の女先生呼びに飛んでってくれたんだからね、流石、上白沢先生んとこの子だよ」
「ここの所、鰻屋を見ないと思ったらそんな事が…」
妖夢はふと先日幽々子と交わした会話を思い出した。
幽々子はたまに、紫と連れ立って夜雀の屋台に呑みに出かけて行く事がある。
その二人の姿が何となく羨ましく、先日、二人で行ってみたいとちょっとねだってみたのだ。
だが幽々子は笑顔でそれを却下した。
『駄目よ、あそこは紫の愚痴を聞いてあげる場所だから、そうねぇ、妖夢もお友達を連れて行って愚痴をたまには聞いてあげなさい、ね』
わざわざ人の愚痴なんて聞きたくないと言う妖夢の頬をつねり、幽々子は又、笑った。
(その内分かる、か)
しばし意識をとばしていた妖夢に構わず、山野田は喋り続けている。
「理由はさっぱり分からんが、ここに辿りつけた上、求めた妖忌殿のお弟子殿についても天狗の瓦版が伝えておる、これこそ、正に天の配剤、しかし、素直に事情を話したとて立ちおうて貰えるものやら、考えあぐねた末があの始末と言う訳だ、我が輩はやはり考えるのには向いておらぬらしい」
「ただ怒らせればいいなんてのは素人考えウサ、仕掛ける悪戯の種類、大きさ、時にあわせて丁度いい塩梅に納めるのが玄人ウサ」
「てゐ、それあんまり実践できてないと思う」
「そう思ってる様じゃまだまだウサよ」
真顔で否定する鈴仙を鼻で笑い、てゐはお茶を飲む。
「さて、我が輩の詰まらぬ話はこんな所だ、結局、お弟子殿にも抜いていただけなんだが」
「なる程、一応の経緯は分かった、流石にこんな込み入った作り話を作れる程賢い御仁でも無さそうだ…ね?」
煙管に煙草を詰めながら、霧雨の旦那は鈴仙に目を向ける。
「状況を考えれば、声の抑揚、心拍数にさほど不自然な動揺はありません、山野田さんが動揺無しに嘘をつける程常習的な嘘つきなら話は別ですが」
鈴仙の耳を見て、妖夢も頷く。
「剣には自ずと地が出ます、先程の山野田さんの剣、一切逃げのない剣筋、本来、策を弄するのは好まれず、得手でもない、そう思います」
「なる程、言い分については聞いた、が、お客様に喧嘩ふっかけて怪我させたことについちゃ、当然ただで済ませる訳にはいかないよ」
「いえ、」
「もうちょっと任せとくウサよ」
挑発されたとはいえ、尋常の立会を受けて立ったのは事実。
思わず霧雨の旦那の言葉に割って入ろうとした妖夢は、てゐに袖口を強く引かれて機会を逃した。
「立会の果てに敗れ、まだ長らえている事こそ異なもの、ご存分に処されい」
「他に怪我人が出た訳でも物が壊れた訳でもない、妖夢さんさえ良けりゃ、うちで立て替える迷惑料を、この旦那のツケに上乗せしようかと思うけど、どうだい」
「旦那さんのよしなに、里中で刃傷沙汰騒ぎを起こしたのは、こちらも同様ですから」
「そう言って貰えると、こちらも気が休まります…山野田さん、返すにゃ、それなりにかかりますよ、良いですね?」
「うむ」
「山野田さん、事情は分かりました、師の紹介であるならば尋常の立ち合いを致しましょう」
霧雨の旦那の裁定を目を瞑って聞いていた山野田は、妖夢の言葉を聞くと破顔する。
「立ちおうてくれるか!」
「互いの傷が癒えて、山野田さんのツケが無くなってからですが、そして、勿論、里以外の余人に迷惑のかからない場所で」
「確かに、魂魄殿のお言葉、しかと承りましたぞ」
二人のやり取りを聞いていた霧雨の旦那は、新しく煙草を詰めた煙管をキュッと吸い、ゆっくりと煙を吐き出した。
「分からんねぇ、本当に」
「あ…」
鈴仙の耳骨をアラームが震動させている。
予定時間超過のアラームだ。
「どうしたね?」
「そろそろ、他のお得意様回らないと」
「もう、そんな時間ウサ、だるいウサ~」
「師匠と姫様から二重にお仕置きされたかったら、ゆっくりしてれば」
「すっかり商いの邪魔をしちまった様だ、後の事は何とかしておくから他の所に行ってやっておくれ」
「はい、お願いします」
「あいよ、薬の在庫補給は又、今度」
鈴仙は慌ただしく荷物をまとめて立ち上がる。
「鈴仙、ありがとう、何だか会うと手当てして貰ってばかりで」
「別に私は構いませんけど、妖夢さんはもうちょっと体を大事にして下さい、うーん、そろそろ前々から怪我をした所とか、一度全体を師匠に診て貰った方がいいと思いますよ、外から見えなくても、体の中に残る古傷って言うのもありますから」
「師匠もおかげで半霊の臨床例が大分増えたって言ってたから、半霊ドックやってじっくり調べられるなら、きっと大歓迎ウサよ~」
妖夢は微妙な表情になる。
鈴仙の上司、永遠邸の八意永琳は幻想郷で並ぶ物のない名医と(実際には薬師なのだが)評判である。
更に、他の医者や薬師に比べれば格安で診てくれる事もあり、今日日大病を患った貧乏人は永遠邸に担ぎ込まれる事が増えた。
だが、謎めいた人物が施す親切と言うのは大抵妖しい憶測を呼ぶものだ。
永琳も例外ではなく、報酬をあまり受け取らぬ代わりに薬の実験台にされるだの、秘薬の材料に五臓六腑をどれか採られるだの実にいい加減な噂が多い。
鈴仙達と付き合いがある妖夢は、それらは単なる噂に過ぎない事を知っている。
が、同時に身内相手になると、結構容赦なく新薬を実験しているのも知っていた。
流石に研究対象として見られるとなると、ぞっとしないものがある。
「えーと、幽々子様に聞いてみます、その…勝手には休めないので」
「?…そうですか、では予定が立ったら何時でもどうぞ、師匠にも伝えておきますから」
「はぁ、その内で…」
To be countinued…?
一応、第壱話でしたが、次がいつ出るかは不明…
何しろ、本編が終わって無いので。
まぁ、でも、こういうスピンオフの外伝はこうして、不定期に小説形式で投稿していく予定です。
動画は本編側だけでいっぱいいっぱいなので。
では、最後まで読んで頂き、有り難う御座いました<(_ _)>