湯歌の声だった。
紅亜と澄見歌は同時にパッと起き上がり、慌ててドアに向かう。
ガチャリ。
ドアを開けると視界に入ったのは――。
半透明の粘液体に下半身を飲み込まれている湯歌の姿だった。
「きゃーーー! 食べられるぅ! なんでこんなとこに悪魔がぁ!」
湯歌は紅亜と澄見歌に気づくと、涙をビュッビュッと飛ばしながら、
「紅亜さーん! お姉ちゃーん! 死んじゃうーー!」
「…………悪魔?」
どこからどう見ても最弱のモンスター、スライムだ。
悪魔どころか紅亜にしてみればただの気持ち悪いだけのナメクジと同じ扱いである。
紅亜はつっかけてきたスニーカーを無言で片方脱ぐと、それでスライムをパーン! とはたいた。
あっという間にスライムは霧散する。
「ふー! 助かったぁ! 死んだかと思ったー!」
紅亜は心底呆れてしまった。
「え、今の本気だったの? 絶対遊んでるんだと思ったよ……ってかもう少し強い害虫が出てきたらまずかったかも……これから湯歌ちゃんは一人でここに来ちゃダメだよ……」
★
ちゃぶ台の前に座る湯歌。
紅亜はその前にグラスを置いた。
「ただのハイボール用炭酸水だけど……。うちはお茶とかないんだ」
「いえいえおかまいなく……って、紅亜さん、そのパーカー!」
湯歌がそこで紅亜の服装に気づいた。
「昨日お姉ちゃんが買っていったやつでしょ! 早速着てくれてるんですね、良かったねお姉ちゃん!」
澄見歌は笑顔でウンウンと頷いている。
昨日、澄見歌が持ってきていたブランドの紙袋、その中身がパーカーだったのだ。
「紅亜ちゃんはこういうファッションが好きなのかなあって思って。気に入ってくれたみたいで良かった! それより、なんで湯歌、ここに来たの?」
澄見歌の質問に湯歌が答える。
「なんでもなにも、お姉ちゃん、紅亜さんへのプレゼントばっかり持っていくんだもん。お姉ちゃんは妖命酒で命が助かったんだし、小梅さんへもお礼を持っていくべきじゃないの」
「あ、まあそれは……」
「というわけでこれは小梅さんにどうぞ。もちろん紅亜さんも一緒に召し上がってください」
そう言って、『たらや』の高級羊羹の箱を差し出す湯歌。
「あ、これはご丁寧に……」
紅亜はペコリと頭を下げてそれを受け取った。
「小梅ちゃん、お酒も甘いものも好きだから喜ぶよ」
「そうですか、よかった!」
ほっとした表情の湯歌。
まだ16歳だっていうのに、ずいぶんしっかりしているなあ、と紅亜は思った。
湯歌は続けて言う。
「もちろん用事はこれだけじゃないよ。お姉ちゃん、一昨日、いろいろ話したじゃない? 紅亜さんがダンジョン救助の仕事やりたいって。紅亜さん、本気でやるつもりですか?」
聞かれて、紅亜は力強く頷いた。
「私、やりたい。会社で他人といっしょに働くとか無理だけど、一人でそういう仕事ならできるかなって」
「一人で……」
湯歌はなにか言いたそうな雰囲気だ。
実は、それは紅亜も気づいていた。
「まあ、私一人だと、助けが必要な人がケガとかしてたら治せないんだよね」
「その辺、なにか考えてます?」
「ほら、妖命酒があるから……」
「DMで小梅さんに聞いたらすごく貴重なお酒でそんなにたくさんないって言ってましたよ」
「う……」
沈黙が流れる。
どうやら、自分がものすごい戦闘力を持っているらしい、ということはさすがに紅亜自身にも分かってきていた。
でも、救助となると強いだけではすまない。
紅亜はチラッと澄見歌を見る。
澄見歌はニコニコしながら紅亜を見ているだけだ。
「えっと、えっと……本当は、治癒魔法が使える人もいればなあとかは思う」
「それで?」
湯歌がじっと紅亜を見つめてくる。
というか、その視線はなぜか紅亜の唇に向いているように見えた。
ほっぺたも少し赤い。
「本当は……」
紅亜がつぶやくように言った。
「本当は、澄見歌ちゃんと湯歌ちゃんにも協力してもらえれば嬉しいなって思ってる……」
それを聞いて、湯歌の表情がパッと明るくなった。
何かを言おうとする湯歌。
澄見歌がそれをそっと片手で押し留めて優しく言う。
「私は紅亜ちゃんが私や湯歌の力が必要だっていうなら、いくらでも力を貸すよ? 紅亜ちゃん、どうする?」
生まれて初めてのフー。
とても楽しかった誕生日。
澄見歌ちゃんとずっと一緒にいたい……。
そんな気持ちも合わさって、紅亜はついに思っていたことを言った。
「私がモンスターをやっつけて、その間澄見歌ちゃんが湯歌ちゃんを護衛して、で、要救助者がケガしていたら湯歌ちゃんが治して……とかなったら、すっごくいいと思う……。私と一緒にやってくれないかな? でも、料金はすごく安くしたいからお金はいっぱいあげられない……」
「それなら大丈夫だよ!」
澄見歌が嬉しそうに言った。
「私のチャンネルで配信しながら救助に行けばいい。その広告収入で私と湯歌の分のお金は稼げるよ、どう?」
「それなら、二人にお願いしたい……」
少しうつむいて、上目遣いで澄見歌と湯歌を交互に見る紅亜。
二人の姉妹は目を輝かせて同時に頷いた。
「決まりだね! 私も実は紅亜ちゃんの力になりたいって思ってたの! 命を助けられたからだけじゃなくて……ええと、とにかく紅亜ちゃんの役に立ちたいって!」
澄見歌がそう言い、湯歌も、
「私も……せっかく持っているこの能力をどうやったら一番人の役に立てられるか考えてたら……紅亜さんと一緒に活動させてもらえればなって、そう思ってたんです。それに、紅亜さんがいれば私も魔力がいっぱい使えるし……」
と紅亜の唇を見つめながら言った。
あれか、と紅亜は思った。
マウストゥーマウス。
ま、まあ湯歌ちゃんは澄見歌ちゃんの妹だし、いいよね?
「じゃあ、この三人で始めるってことで、いい?」
紅亜がおずおずと尋ねると、姉妹は再び同時に頷いた。
「じゃあ早速、私たちの屋号を決めなきゃ! キャッチーで人目を引くようなのがいいな。紅亜ちゃん、なにか案ある?」
紅亜は自信なさげな声で答えた。
「実は、こんなのがいいかなって思ってたのがあって……」