「どういうこと?」
紅亜が小学生に聞くのと同時だった。
湯歌の声が聞こえてきた。
「紅亜さん! もう魔力が持ちません! お願いします!」
パッとそちらの方を見る。
乃音を治療していた湯歌が、額に汗をにじませ、紅亜の方を向いていた。
切り落とされた乃音の左腕は縫合が終わっていて、胸の傷も縫い合わされていた。
「でもまだ血が足りないの! 魔力が……尽きちゃう!」
湯歌の言う通り、彼女の背中から伸びているオーラは薄くなり、消えかかっている。
紅亜は湯歌と乃音の元に駆け寄る。
乃音の息は荒い。
意識は戻っておらず、顔色は真っ青だ。
沙希 〈乃音! 乃音を助けて!〉
紅亜たちは乃音を救いに来たのだ。
その命がなによりも優先だ。
考えているヒマはない。
——また、マウストゥーマウスで……。
だが。
紅亜は気づいていた。
今までにないほどの強さを誇る敵との戦闘。
紅亜自身も頬を突き破られるほどのケガを負った相手と、全力で戦ったのだ。
今まであらゆる敵に勝利してきた紅亜の戦闘能力、そして身体能力は、強大な魔力を消費して増幅させることで成立していた。
つまり、最大の強敵と戦うことで、紅亜もかなりの量の魔力を消費していたのである。
——魔力が、足りない……。
「紅亜さん、早く!」
湯歌が目をギュッとつむって紅亜に口を突き出す。
「うん、とにかくやってみる!」
すー、と大きく息を吸い、そして湯歌の唇に口をつける。
そして、思い切り呼気を吐き出した。
でも。
「あれ? 魔力が戻っていない……」
湯歌が困惑した表情でそう言った。
紅亜がマウストゥーマウスで湯歌に魔力を補充できる仕組み。
それは、あくまで紅亜自身の魔力が満タンであるということが前提だ。
ダンジョン内に充満する魔力と瘴気。
紅亜という生命ろ過装置を使ってダンジョン内の瘴気を取り除き、魔力のみを供給する。
だけど、今は紅亜の魔力もかなり使っている。
だから、紅亜が呼吸しても魔力は紅亜自身の魔力の補充に使われ、その呼気に魔力はあまり残っていないのだ。
「やっぱり……。じゃあ、これを使うしかない! とにかく乃音ちゃんの命が第一だから!」
紅亜はワイドパンツのポケットから小瓶を取り出した。
〈おい小学生に酒は……〉
〈アルコール入ってるんだよな?〉
「大丈夫、私が飲む!」
紅亜はキャップをひねって開けると、妖命酒を一気に喉に流し込んだ。
胃がカッと熱くなる。
次に血流が強くなって身体のすみずみまで行き渡っていくのを感じた。
失われた魔力が充填されていく。
「よし! 湯歌ちゃん!」
「はい!」
もう一度、湯歌の口に自分の唇をあわせようとして——。
「痛っ」
ガツンと歯と歯が当たった。
目の前に火花が飛ぶが、かまわず思い切り息を吹き込んだ。
次の瞬間、オーラでできた多数の腕がパチパチ! と音を立て、薄くなりかけていたそれが存在感を取り戻した。
「ありがとうございます!」
オーラの手が持つ輸血バッグ。
そこから伸びる管から血液がどんどんと乃音の体内に送り込まれていく。
それだけではない。
「ヒーリング! ヒーリング!」
澄見歌も残りの魔力を使い果たそうとしているかのように治癒魔法を連続でかけた。
「はあ、はあ……私も魔力がっ!」
澄見歌はそう叫ぶと、両手で紅亜のほっぺたを挟み込んだ。
「はい、紅亜ちゃん息を吸って!」
「え? うん、すーーー……」
「えいっ」
え、嘘、推しの顔が近い、と思う間もなく澄見歌が唇を押し付けてきた。
えーとえーと?
柔らかい唇を押し付けられたまま、全身をカチコチにさせて固まる紅亜。
その紅亜の肩を澄見歌がダン! ダン! と強く二回叩いた。
——あ、そうか……!
「フーーーーッ!」
気を取り直して紅亜は思い切り息を吹き込む。
それが終わると澄見歌はパッと顔を離して一瞬だけ潤んだ目で紅亜を見た後、
「私も満タン! ヒーリング!」
乃音に向かって治癒魔法を再び連発し始めた。
紅亜は突然の推しとのキスに衝撃を受けて足腰に力が入らなくなり、床にへたりこむ。
しばらくすると。
「う……ううん……お母さん……」
乃音が目をうっすらと開けて、そう呟いた。
「乃音ちゃん! 乃音ちゃん、わかる!?」
澄見歌が乃音の肩をやさしく叩いた。
乃音は澄見歌の顔を見て、
「え、誰……? あれ、私、なにしてたんだっけ……。お母さん……助けなきゃ……サンジーヴァニ……確か、おばあちゃんのお姉ちゃん……それで……」
「よかった、意識が戻った! いいから、もう少し休んでて! ヒーリング!」
「私……私、あのとき……」
乃音は何かを思い出すように言って、そのまま再び目を閉じた。
そしてそのままブツブツ呟き続ける。
「私、お母さんを助けに行くの……。手伝ってくれるの?」
それはまるで夢を見ているかのように見えた。