100均ホウキに百合が咲く~最強限界無職女のダンジョン救助配信~   作:羽黒楓

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第51話 交渉

「どうしよう……」

 

 紅亜(くれあ)は困り果てていた。

 

「やだ! 帰らない!」

 

 乃音(のの)が、ギュッと唇を引き締めて、ダンジョンの床に這いつくばっている。

 身体はほぼ完全に治癒されてはいるが、服は破れ、斬られた時の出血で真っ赤に染まっている。

 

「いや、そういうわけにはいかないよ。また怖い目に遭うよ!」

 

 澄見歌(すみか)がそう言って乃音(のの)の右腕を引っ張るが、乃音(のの)は頑として動こうとしない。

 

「お母さんを助けるんだもん! 絶対、絶対サンジーヴァニを持って帰るの!」

「サンジーヴァニは地下8階にあるんでしょ? それも絶対あるかどうかわからないのに……」

 

沙希 〈何言ってるの馬鹿! 早く帰ってきてよ!〉

 

「やだ! お姉ちゃんのバカ! ブス! お姉ちゃんはお母さんを助けたくないの!?」

 

沙希 〈そんな困ったこと言わないで〉

 

「ねえ夏子ちゃん! 夏子ちゃんも、お母さんを助けたいんだよね!?」

 

 乃音(のの)は自分の守護霊に叫ぶ。

 

「もちろんそうよ。でも……あまりに危険。それに、アンティアもまだあなたを狙っているわ」

「あのお姉さんはサンジーヴァニのところに案内してくれるって言ってた! じゃああのお姉さんについていく!」

「冗談じゃないわ。あれは吸血鬼よ。この世に吸血鬼ほど恐ろしいモンスターはいないわ」

 

〈実際にはモルモーとか言ってたな〉

〈ギリシャ神話に出てくるモンスターだ。吸血鬼の一種ではある〉

〈あいつがほんとにその神話に出てくるモンスターなのか?〉

〈それはわからない〉

〈他人の子どもを眷属にする習性があるみたいだな〉

 

 紅亜(くれあ)は乃音(のの)の側にしゃがみこみ、なるべく優しい声で言った。

 

「ねえ乃音(のの)ちゃん、私たちと一緒に帰ろう? 私たちは乃音(のの)ちゃんを連れ戻しに来たんだよ?」

 

「やだ! やだ! やだもん! お母さん死んじゃ嫌だもん!」

 

「乃音(のの)ちゃんだって大ケガしたばっかりだし。地下8階と言ったって、すごく広いんだよ? どこにあるかわからないし、今度こそモンスターに襲われて死んじゃうかもしれない。そんなの、乃音(のの)ちゃんのお母さんだって泣いちゃうよ」

 

「だって、だって、だって……。お母さんが死んだら私だって死んじゃう……死んでやるんだから!」

 

 紅亜(くれあ)の胸がギュッと痛んだ。

 あの時の私と同じだ。

 澄見歌(すみか)ちゃんが死んじゃうなら、自分も死のうと思った。

 その気持ちはわかりすぎるほどわかる。

 しかも、乃音(のの)はまだ10歳で、母親の命が懸かっているのだ。

 あの時の紅亜(くれあ)よりももっと苦しい思いをしているのかもしれない。

 

 そう思うと、床から力づくで立ち上がらせる気には到底なれなかった。

 

 まだ乃音(のの)の腕をひっぱっている澄見歌(すみか)の手を紅亜(くれあ)はポンポンと軽く叩いた。

 

「澄見歌(すみか)ちゃん、手を離してあげて」

「でも……」

 

 そこに、湯歌(ゆか)も澄見歌(すみか)の手首にそっと自分の手をあてる。

 

「お姉ちゃん、無理やりはよくないよ」

「だって……! 紅亜(くれあ)ちゃんがあんな大ケガまでして助けてくれたのに……!」

「どっちにしろ、この子を縛りあげて持ち運ぶとかできるわけでもないし……紅亜(くれあ)さんならできる?」

 

 聞かれて、紅亜(くれあ)は首を振る。

 できなくはないけど、そんなことはしたくない。

 

「だよね……って、うわ、モンスター!」

 

 湯歌(ゆか)が通路の奥を指さす。

 そちらを見ると、真っ黒な狼がゆっくりとこちらに歩いてくる。

 紅亜(くれあ)はホウキを持つと、

 

「澄見歌(すみか)ちゃん、乃音(のの)ちゃんと湯歌(ゆか)ちゃんをお願いね!」

 

 と言って一歩前に出る。

 ドラゴンを一撃で倒し、吸血鬼とも互角にやりあった紅亜(くれあ)である。

 動物型のモンスターごときに遅れをとるはずはない。

 そうは言っても油断はせず、集中して狼の動きを見極める。

 だけど、狼はこちらを襲ってくる様子がまったくない。

 むしろ、尻尾をゆったりと振っているほどだ。

 

「………………?」

 

 それでも紅亜(くれあ)は気をゆるめずにホウキを狼に向ける。

 

 と、その時だった。

 

 なんと、狼が人間の言葉を喋り始めた。

 

「なあ、私が油断してサムライ野郎にその子を斬らせちゃったのは悪かったよ。レイスの奴が襲ってきてさあ……。そいつをやっつけてる間にサムライ野郎がその子に斬り付けたんだ」

 

「その声……」

 

「私さ。アンティアだ。この狼は私の使い魔みたいなもんでね。こいつの口を借りて今話しているのさ。あんたは強いよ。まともに戦うには私にとってもリスクが高すぎる。だから、交渉しにきた」

 

 

 

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