澄見歌は目を伏せて、紅亜に握られた自分の手をしばらく見つめていた。
「ね、お願い、澄見歌ちゃん!」
紅亜が重ねて言うが、澄見歌はまだ黙ったままだ。
澄見歌の手をキュッと握るが、なんの反応もない。
その手からはくたりと力が抜けていて、なんだか冷たく感じた。
「…………」
澄見歌は唇をへの字にして、ただ手を見つめている。
そんな澄見歌に湯歌がおずおずと話しかける。
「……お姉ちゃん? ……実はね、私も……できることなら、乃音ちゃんや沙希ちゃんのお母さんも助けたいって、そう思ってはいるんだ……私には戦闘能力がないから、みんなの意見に従うけどさ……」
そこに、夏子も静かに言った。
「…………すでに、乃音を助けてもらったわ。お礼を言う。ありがとう。その上でお願いよ。もし、春子――乃音の母親――を助けられるなら、……ぜひお願いしたいわ……。乃音が生まれるまでは、私は春子の守護霊をしていたのよ。私にとっては、乃音と同じくらい、春子のことも大切なの」
澄見歌は口を開く。
いつもより少し低い声で言った。
「危ないよ……。アンティアはすごく強かったよ。次に戦ったら紅亜ちゃん、やられちゃうかもしれないよ。ラクシャーサっていうモンスターがサンジーヴァニを守っているんでしょ? きっとすごく強い。紅亜ちゃんでも苦戦するかも。私は、紅亜ちゃんが心配。紅亜ちゃん、私は紅亜ちゃんのことが心配なの。みんなを助けるって……その『みんな』に、紅亜ちゃんは入っているの?」
その質問に虚を突かれて、紅亜は何も言い返せない。
「それに、このまま進んで、私や湯歌や乃音ちゃんに何かあったら、紅亜ちゃんが無事でも、絶対に紅亜ちゃんは苦しむことになる。それも私は絶対嫌。だから、紅亜ちゃん。約束して。危険だと思ったら絶対に引き返すこと。アンティアのことも信用できない。少しでも裏切るそぶりがあったらすぐに撤退。これ、約束できる?」
「うん、約束する!」
紅亜は即答する。
すると、澄見歌はギュウッと痛いほどに強く紅亜の手を握り返してきた。
「絶対だよ? 絶対の絶対ね?」
澄見歌は顔を上げて、瞳を潤ませて紅亜の目をじっと見つめてくる。
「うん!」
紅亜がうなずくと、澄見歌は紅亜の手を握ったままブンブンと強く振った。
「よし! 絶対に、少しでも危険を感じたら帰還するからね! ……じゃあ、作戦を立てよう」
「その前に、カップラーメン食べちゃってよ。麺が伸びて増えてるよ……」
★
食事を終えたあと、作戦会議が始まった。
「まず、目的はサンジーヴァニを手に入れて地上に帰還すること」
紅亜がそう言って、みんなの顔を眺める。
澄見歌も湯歌も乃音や夏子までもが真剣な顔で紅亜に視線を向けている。
「で、考えられる案は三つ。まず一つ、乃音ちゃんだけを地上に送り届けてから私たちだけでもう一度ダンジョンに潜る。二つ目、私だけが地下8階を目指して、澄見歌ちゃんと湯歌ちゃんが乃音ちゃんを守りながら地上に戻る。三つ目がこのまま進む」
湯歌が手を挙げながら言う。
「二つ目は一番危険だと思う。まず、紅亜さんは治癒魔法が使えないし、妖命酒ももうない。それなのに紅亜さん一人だけで地下8階を目指すのはリスクが高いよ。それに、私たちだって、お姉ちゃんしか戦える人がいないのに、お姉ちゃんは紅亜さんほど強いわけじゃない。ちょっと強いモンスターに出会っちゃったらまずいもん」
「それはそうだよね……。じゃあ、一つ目は? これが一番筋が通っていると思う。乃音ちゃんさえ納得してくれれば、私はそうしたい」
紅亜が言う。
それには澄見歌と湯歌もうなずいた。
夏子も、
「それがいいと思うわ。まず、みんなで乃音を地上まで送り届けてほしい。そのあと、できればサンジーヴァニを採りに行く。三つ目の乃音を連れて地下8階に行くのは大反対よ。ただ乃音を危険に曝すだけだわ」
話はそれでまとまった、はずだった。
この作戦会議を、紅亜も気づかないほど遠くから、狼がその驚くべき聴覚を発揮して、盗み聞きしていたのだ。