100均ホウキに百合が咲く~最強限界無職女のダンジョン救助配信~   作:羽黒楓

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第60話 テージャス

 紅亜(くれあ)は軽く屈伸する。

 ホウキを右手に握る。

 チリトリは壊れてしまったので、バケツを左手に持った。

 バケツの中にはスプレーやスポンジが入っている。

 一つ、大きく深呼吸をして後ろを振り向く。

 すると、澄見歌(すみか)と目が合った。

 澄見歌(すみか)はマイクの剣を持っている。

 しばらく見つめあってから、笑顔を交わしてうなずく。

 

「よし、行くよ!」

「うん!」

 

 紅亜(くれあ)は通路の角を曲がると、そこは不思議な空間が広がっていた。

 広さは十メートル×十メートルくらいだろうか。

 まず、明るかった。

 通常、ダンジョン内というのは真っ暗闇なのだけれども、そこだけは天井がかすかに発光して柔らかな光に包まれていた。

 そして、地面は固い石ではなく、草の生えた土でできていた。

 奥の方に、ひときわ明るい光を浴びて高さ50センチほどの植物が3株ほど生えている。

 それを見てすぐに紅亜(くれあ)は理解した。

 植物であるのにとんでもなく神聖なオーラを放っているのである。

 

 ――あれが、サンジーヴァニ!

 

 だが。

 その聖なる薬草のそばに、一人の人物が立っていた。

 若い男だった。

 彼はこちらに背を向けていたが、すぐに振り返り、紅亜(くれあ)を見やる。

 インド系の顔立ち、艶のある浅黒い肌。

 すっきりした眉、黒い瞳。

 長い黒髪を頭の上でまとめている。

 上半身は裸で、見事に鍛え抜かれた筋肉が見えている。

 片手にはまっすぐな剣を持つその姿は、神々しくすら見えた。

 

「……こんにちは」

 

 紅亜(くれあ)はホウキを下ろし、しかし警戒は少しも緩めずに声をかけた。

 

「やあ。君は何者だ?」

 

 若者は、胸に響くような低い声で答える。

 

「私は田中紅亜(くれあ)といいます」

「そうか。私の名はテージャス」

「テージャスさん……。ラクシャーサって聞きましたけど」

「人間にはそう呼ばれることもあるな」

 

 テージャスの視線が紅亜(くれあ)の持っているホウキに向く。

 

「君は、掃除婦かい?」

「いいえ。私たちはテージャスさんにお願いがあって来ました」

「なんだろう」

「そこに生えている植物……。サンジーヴァニですよね? それを、一株、分けていただけないでしょうか」

「……なるほど。理由を聞こう」

 

 紅亜(くれあ)は驚いていた。

 アンティアの口ぶりだと、問答無用で襲い掛かってくるモンスターのように勘違いしてたけど、実際のラクシャーサは違っている。

 

 戦闘ではなく交渉で決着がつくのならばそれに越したことはない。

 

「人を助けたいんです。病気で大事な人が死にそうなんです。でもサンジーヴァニがあれば助かるんです」

「ほう、なるほど」

 

 テージャスは少し考え込むふうにあごに手をやる。

 

「そういう理由なら、分けてやらんことない」

 

〈おいおい〉

〈なんだ、これで解決か?〉

〈戦闘になるかと思ったのに〉

 

沙希 〈ありがとうございます!〉

 

「ただし。条件がある」

 

〈そらきた〉

 

「サンジーヴァニは聖なる薬草。それは人の世にはない神秘の存在だ。それをもって人の命を助けると言うのならば、お前たちのうちの一人の命を差し出せ。一つの命と一つの命。そうでないと自然の摂理が崩れる」

「……嫌だと言ったら?」

「帰ってくれ。我はここで静かに暮らしたいだけだ。それとも、力づくで奪うつもりか? そこにいる吸血鬼の力を借りてまで?」

 

 テージャスが顎をしゃくるその先に、赤いオフショルダーのドレスを着た女性がガニ股でしゃがみこんでいた。

 

「アンティア……! いつの間に……」

 

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