100均ホウキに百合が咲く ~限界無職女のダンジョン救助配信~ 作:羽黒楓
国から委託された警備会社の社員、山中
午後7時54分。
シフトは8時までだから、あと6分。
入り組んだ新宿駅の地下通路。
その奥に、ダンジョンへの出入り口がある。
山中は出入口の監視員をしていた。
一つのダンジョンに複数の出入り口があるのは普通のことで、それはこの新宿ダンジョンも例外ではない。
本来、ダンジョンの出入りは国が管理することになっているのだが、その数があまりにも多いので民間の警備会社に委託されている場所がほとんどである。
ここもその一つだった。
出入り口は頑丈なドアで施錠されている。
人通りの多い場所であるが、ダンジョンの出入口など特に珍しくもないので、多くの人々は一瞥もせずに通り過ぎる。
「先輩、今日はもう誰も来ないですかね」
もう一人の警備員、小沢が話しかけてくる。
小沢は山中よりも少し年下で、まだ二十代の若者だった。
「そうだな。今日のメシはなににしようかな」
「どこか居酒屋にでも一緒に行きませんか」
「それもいいな。こないだ行ったところ、安くてうまかったよな」
他愛のない話をしている時だった。
向こうから歩いてくる一人の人物が山中の目を引いた。
なぜなら、とんでもなく美人だったからだ。
小沢も気が付いたようで、
「先輩、すげえかわいい子が来ますよ」
「清掃員かな?」
ホウキとチリトリ、それにバケツを持っていて、バケツの中からは清掃道具らしきスプレー洗剤やスポンジみたいなのが覗いている。
ダボダボのパーカーにワイドカーゴパンツを穿いていて、髪の毛は雑にくくっていた。
ぱっちりとした大きな瞳、きゅっと引き結んだ唇。
芸能人なみの顔立ちをしているのだが、凛々しい表情とは裏腹にその足元は少しふらついている。
おいおい、フラフラじゃねえか大丈夫か?
ってか、安っぽいスニーカーを履いているなあ。
「オーラがあるなあ。やばいオーラが……」
「えー。先輩、あの子、飲みに誘いましょうよ。可愛すぎてエグい! 俺、声かけますよ」
「おい、まだ仕事中だぞ。俺ら制服だしチクられたらまずい」
「でもあんな美人、見たことないっすよ。あたって砕けろで……って、あれ?」
その女性は、まっすぐ山中たちを見て、ズンズンとかなりの早歩きでこちらに向かってくる。
まさかの逆ナンか!
そう思ったのもつかの間。
「あの、ダンジョンに入りたいんですけど」
女性が話しかけてきた。
なんだ、とがっかりしつつも、職務なので一応確認する。
「ええと、説明事項があるんですがいいですか?」
「はい、早くお願いします!」
顔がいいと声までいいんだな、と思いながら山中は規定通りの用紙を取り出す。
「ダンジョン内は法律の効果が及びません。ダンジョン内でいかなる事故があっても国や地方自治体、鉄道会社は一切の責任を負いません。国としてはダンジョン内への立ち入りについて中止勧告を出しています。移動の自由を保障した憲法の規定により禁止はできませんが、安易なダンジョン探索についてはまったくおすすめできません」
「はい、もちろんわかってます」
「ほんとに?」
山中は女性の顔を窺う。
女性の目はガンギマっていて、絶対の意志が垣間見えた。
自殺志願者かなにかだろうか。
そういうのがダンジョンに入っていくのを山中は何度も見てきた。
いやな役割だよな、と思いながら、山中は女性にA4の紙が挟んであるクリップボードを渡す。
「ではこの書類にサインを」
女性は山中が差し出した書類に『田中紅亜』とかわいらしい丸文字で署名した。
「あのー、本気ですか?」
どう見ても探索向きの恰好ではない。
ダンジョン内には危険モンスターがひしめいている。
銃火器が無効化されるダンジョン内を探索する者は、それなりの装備で来るものなのだ。
ホウキとチリトリ、それにバケツでダンジョン探索など見たことも聞いたこともない。
バケツの中にはスプレーボトルとスポンジとたわし、草刈り用のカマ、割りばしに綿を巻きつけた掃除道具、その他もろもろ。
自殺志願者にしても、おかしすぎる恰好だ。
「本気です!
「……ダンジョンに潜ったことあります? 訓練は?」
「ないです!」
あ、この子死んじゃうな、と山中は思った。
今はAIの普及がもたらした大不況時代である。
職を失った者たちが一攫千金を夢見て無謀なダンジョン探索を始め、そして死ぬ。
よくある話ではあったけれど、山中は少し胸が痛んだ。
「ちゃんと装備整えて準備していかないと本当に死にますよ? 今日はやめておいたらいかがです?」
こんな美人をあたら死なせるわけにはいかない。
山中は引きとめようとするが、
「そんな時間ないんです! いいから早くしてください! これで手続き終わりですか? じゃあそこのドアを開けてください!」
山中は小沢と顔を見合わせる。
間違いなく死ぬと思う。
だけど、山中たちにはこの子を止める権限がない。
山中は手の平におさまるくらいの小さな機器を
「これは支給品です。お持ちのスマホと連動させると新宿ダンジョンのマップが表示されます。未探索の場所も多いので、一部区間だけですが……お役立てください。危ないと思ったらすぐに引き返してください。本当に……本当に危険なんです」
「ありがとうございます」
重い鉄製の扉を開け、その向こう側にはもう一つのドア。それは魔法で封印されたもので、山中は規定に従ってその封印を解く。
「じゃあ、行ってきます!」
ホウキとチリトリとバケツを持って、颯爽とダンジョンの中へと進んで行く
「引き返して来たらそこの光るボタンを押してくださいよ! すぐにドアを開けますからね!」