ガバガバ近代日本史(世界史) in 惑星パラドックス 作:AKI久
1836年(×) 天保の大飢饉
1837年(+4) 徳川
1840年(-3) アヘン戦争
1853年(-10) 黒船来航
1863年(×) 薩英戦争
チャイムが鳴った途端、教室の扉が開かれる。
「ほら~席に着け~。今日からみんな大好き日本近代史の時間だぞ~」
やる気に満ち溢れた教師の一声に生徒達は悲喜こもごもの声を上げる。
「侍! 侍の活躍だぁ! 新選組多めでオナシャス!」
「日本史でやるからいいじゃん。それよりヨーロッパのにしてよ」
「どうせアヘン……アヘンばっかりでつまんない……実家で見飽きた……」
自国の歴史を小・中学校で何度も学んできた生徒達にとって退屈に感じるのも無理はない。歴史的経緯から、弱かった故郷について知るのが嫌な者もいる。
だが、教師は生徒達の言葉を意にも介さず白板に日本列島とその周辺を描き始めた。
―――――
「一般的には、日本の近代は1843年の3月から1936年とされているってのはみんな知っているだろう。今日は6/30だから出席番号30、どうして43年が重要とされるか答えてみろ」
教師に指名された生徒は、苦々しく顔をゆがめる。隣の生徒がノートの端に船の絵を描いて教師から見えないように彼へとこっそり見せる。
「黒船……ですか?
石炭の煤で黒くなったイギリス船が開国を迫ってきたやつ」
「正解だ。
おいおい、俺がマメ知識として紹介しようと思ってたんだぞ。先にネタを取るなよ~」
「先生、そんなの中学の先生がもう使ってるし、滑るだけだぜ!
リュウのおかげで滑んなくて良かったな!」
ムードメーカーが教師を茶化す。回答した彼が本土の歴史に詳しくないことをすぐさま読み取り、フォローしてみせた。
誰かが困っていれば、率先して助けるよう動く。本土の子供達は、そうした振る舞いを小学校に入る前より教え込まされる。本土の民であるという誇り、そこから生じる一種のノブレス・オブリージュとでも言うべきか。あるいは、この国らしい和を尊ぶ性質なのか。どうであれ、それらは多文化国家で軋轢が生まれないよう上手く機能する。
それは勿論、生徒だけに限った話ではない。
「ここまでが毎年のお決まりなんだよ。大学では別のツッコミを用意しとけ~。
リュウの答えは正しい。だけど、高校では1836年、別名天保7年と呼ばれる所からしっかり教える。この年に将軍徳川家斉は天保の改革と呼ばれる革新的な号令を発したんだ。
統一試験ではこの年号は3パターンの呼び方で出るからしっかりメモっとけよ。
特に本土生まれじゃない奴は十干十二支に猫が含まれないことに気を付けとけ~」
教師の一声で笑い声が止み、生徒達のノートの上をシャープペンシルが滑り、マーカーのキャップが外される耳心地の良い音だけが教室を満たす。教師は白板の隅に本土での十二支を漢字と絵で書き、さり気なく生徒の補助をする。
「家斉将軍は藩の垣根を超えて富国強兵に努めることを宣言した。
具体的には、資源がある地域に建設局や大学を幕府主導で建てることを明言したんだ。
当時は幕藩体制だったから、各地はある意味で独立した国みたいなもんだった。まあ全然違うんだが、似たようなもので言えば神聖ローマ帝国かな。
だから誰も幕府が直轄領以外の開発をするだなんて考えられなかった。各地の大名は全く信じていなかったとそれぞれの日記から判明している」
「はい! はい! 大河ドラマで見ました!
浪費家で傲慢な将軍の気の迷いだって各地の大名は冗談だと思ってたんですよね!
息子の方が几帳面で敬虔だから、自分は早めに引退して次の将軍家慶を支えたんですよね!
最初はあんなに無駄遣いしていたのに、死に水を勿体ないと断ったシーンで泣いちゃいました!」
「『どうする将軍』良かったよね! ウチはサダ君押し!
病弱だけど国を守ろうとするのがエモい!
よわよわだけど、後継者問題だけはきっちり片づけたとこが偉い!」
女子生徒達が創作作品の話題で盛り上がり始めた。こういったことは毎年日本近代史に触れる度に起きる。教師は私人として加わりたい気持ちもある。だが、ここには本土外から来た生徒達もおり、少し前の大河ドラマの話になると付いて行けず疎外感を覚えてしまうだろう。こういった時だけは、本土だけの国家であればと思ってしまう。それが歴史を教える教師達にとって定番の酒の肴だ。
教師は白板に描いた日本列島の上二か所に印をつけ、木材や鉄といったその地域で獲れる資源を書いていく。念のため、その地方の名前も併記した。
「はいはい、私語は慎め~。
また先に言われちまったが、その路線を継いだ次の将軍家慶が有言実行した。
手始めに東北、次に九州へと莫大な投資をして一気に工業化を進めたんだ。これにより、一気に工具の生産量が伸び、その結果全国に普及した。1850年には東北の道が過剰な交通量で上手く機能しなくなったと記録にあるくらいだ。飛脚や精々が籠の時代にそんなことが起きたって、意味が分かんねえよな」
工具と工業化の繋がりを見いだせないのか、いまいち納得いかない表情の生徒や教科書の目次を開いている者もいる。それも無理のないことだろう。スマホやタブレットが普及した現代社会でハンマーや斧は学生には縁遠く、どのようにして社会の発展に寄与するかを想像するのは難しい。
「この拡張がどれだけ重要だったかお前達に分かりやすく言えば、マイクラで道具無しか木製のツールだったのが全部鉄製になった感じかな。街灯も幕府が各地に灯し始めたし、湧き潰しも同時並行したって所か」
生徒達は得心行ったという表情でノートや教科書に向かっている。一部の生徒には歴史ドラマが通じないというのに、ゲームであれば問題ないという事実に教師はもどかしさを覚える。だがこういった卑近な例えは、生徒達の偏差値を上げることに寄与すると自分を説得し、話を次に進める。
「工具は家具や衣類の生産、ひいては農業にも使われる。
これらの生産効率が高まれば、産物量は増えて価格が安くなる。より多くの商品を作って利益を上げるために人を更に雇用する必要がある。畑を継げない農家の次男三男が、以前より好条件の仕事にありつけるようになった。こうしてどんどん国内総生産、GDPは伸びていったんだ」
経済成長のサイクルを絵で示しながら、口頭での説明を続ける教師。
「この背景には識字率や安定した社会が長く継続されてきたことが背景にあるが、そっちは日本史のミン先生が詳しく語ってくれるだろうよ」
教師は一度ホワイトボードマーカーを置き、あえて溜めを作った。
「世界史的にここで重要なのは、近代化が幕府主導で進み、国際社会でも耐えられるだけの経済基盤を作れたってことだ。すぐにグレートゲームのプレイヤーになれたわけじゃないが、その基礎が作られたという点で重要だ。そして、西洋と比べ独裁的とも言える体制だったからこそ実現できたという、西洋的啓蒙主義に対してある種アイロニックともいえる結果を示した」
教師は発言した後に少し後悔をした。倫理や公民といった別教科の領域に触れてしまったからだ。お互いの領分を守ることで、余計な問題は回避できる。だというのに、哲学の部分にまで言及してしまった。知らず知らずのうちに自らも熱くなってしまったようだ。自戒の意味を込めて、話題を次へと進める。
―――――
「さあ、次はお待ちかねの黒船来航だ。1843年6月9日にイギリスが日本市場の解放、いわゆる鎖国を解除するよう要求してきた。
これには生産した綿織物などイギリス製品を売りつける市場を求めたことや、日本だけでなく東南アジアの植民地化の足がかりとして意味合いが強かったとされている」
「せんせ~、日英戦争と関係ありますか~?」
教師は教室に備え付けられた時計を一目見る。まだ時間には余裕があるが、そこまで教えるには心もとない。近代史における大日本帝国躍進の証明といっても過言ではないあの戦。黒船から始まり長きに渡る因縁と、その渦に巻き込まれた友邦。一晩どころでは語りつくせない。
教師は今、私人としてではなく先生としてこの場にいる。口惜しい気持ちを押し殺し、わざと明るい声を作る。
「おいおい、80年も後の話だぞ。まあ無いとは言わないが直接的じゃないな」
「鎖国が強制的に解除されたことは、日本史において大きな意味を持つ。だが、今日は残り時間が少ない。だからそこらへんの政治事情を理解しやすくするためにも、先に開国から公武合体の頃の経済状況をさらっと説明して終わりにするぞ~」
「既に説明したように、東北と九州の鉱山開発や工具工房の増産、そして大学の設立が今後の経済や政治に関わるから覚えておけよ」
「出島のオランダ商館から伝わっていた情報に加え、多くの人々が目にした黒船。これらから日本の技術力は完全に劣っていたことを痛感したんだろうな~。
なにせ、帆船の軍艦すら持っていなかったんだからな。漁船でどう戦えって感じだったのかもしれないな」
一人の生徒が教師の琴線に触れる質問を投げかけてくる。
「先生、20世紀には世界一の海軍を有していた筈ですから間違いなのでは?
『軍艦、全部言えるかな』という歌もありますし、外国と間違えてないですか?」
「信じられないよな。ここでのインパクトが尾を引いてしまい過剰な建艦競争に突っ走った面もあるんだろうよ。
当時は長く続いた平和な江戸時代のせいで軍艦なんて必要なかったんだ。鎖国もしていたから、外海に出る必要なんてほとんどなかった。だから島国なのにそんな状態に陥ってしまったんだ」
「軍艦には兎に角金がかかる。製造だけでなく維持費、それに係留代もある。
英国の言葉だが、船は女だ。手に入れるのには金と手間暇を惜しんではいけない。手に入れてからも化粧台ばかりがかかる。
日本だと船の名前は男っぽい○○丸が多いが、俺はあっちの方がユーモラスで好きだ。愛着も湧きそうだしな」
「今は男も化粧しますよ。先生にも俺の化粧水貸してあげましょうか?」
生徒の茶化すような質問のおかげで教師は落ち着きを取り戻す。時間の制約があるというのに、余計な部分まで話してしまっていた。
「……つまり、黒船に対抗するには経済力の強化が第一だってことだ。それに経済が安定すれば社会不安も落ち着く。だから幕府は工業化以外にも投資を始めた。端的に言えば、すぐに金になる産業の育成だな。中長期的成長策から短期的な成長へとシフトしたとでも言おうか」
一見回り道にしか見えない話に生徒達は付いて行けているだろうかと教師は生徒達を見渡す。どの生徒もが困惑した表情を浮かべてはいない。だが、理解しやすいように心がけ説明を続ける。
「手始めに大阪でのアヘン生産。
開国したことで外国に商品を売れるようになった影響だな。アヘン戦争で分かるように清でアヘンは大人気だったから良い稼ぎになった」
少し早口で教師は説明を終えた。ここについては深く掘り下げてはならない。大陸で生まれ育った生徒も居るからだ。誰も故郷を貶されるようなことは言われたくない。だから、教師は雑談を挟み矛先を逸らす。
「そうしていたら、なぜか日本産のアヘンがフランスでも流行して更に歳入が増えたんだ。完全な余談だが、当時フランスとの貿易を行えるだけの交易所は無かったし、どういう経路で流行るほどの量が渡ったのか謎とされている。逆シルクロードや、この時代で一番世界を股にかけたのはイギリスではなくアヘンなんて歴史ファンがジョークを飛ばすこともあるだ」
「麻薬で稼ぐなんて畜生じみてる……。日本鬼子は昔から悪魔……」
「お前んち、アヘン貿易会社じゃあねえか!
同じ大陸人に売りさばいてるだろ!」
これは非常に不味い。生徒同士の口ぶりからして本気ではないのだろう。だが、それを放っておけば対立の火種となりかねない。それこそ、国の発展を目指し民を豊かにした幕府が、民から追い落とされた歴史をなぞりかねない。
「はいはい、差別は法律で禁止されてるからな~。
次に幕府の後押しを受けた大企業の設立だ。財閥とも呼ばれるな。
みんな知ってる住友は日本初の大企業として1863年に設立された。アヘンでの利益はこっちにも使われたとされている。
鉛・工具・製鉄・肥料を主に扱う住友は工業化や近代化に不可欠な産業製品の垂直管理を行った。それまでバラバラに生産していた小工房を統一化したことで無駄が減り、生産性が向上したんだ。ついでに、その副産物として建設の効率が向上したんだ。これも日本が飛躍した大きな一因とされている」
教師は何とかして火種になりかねない話題から逸らすべく、白板に様々な書き込みを加えていく。工具が出来るまでのサプライチェーンや、工具作成に当たって必要な原料や人材、そして住友がどのような部分で関わってきたかといった高校の授業の範疇を超えている部分まで板書していった。
「暗黒メガコーポ四天王の一角……そんな時代からあったんだ……」
狙い通り、生徒達の意識は板書に向いたようだ。
教師が壁掛け時計を確認する。まだ授業時間は残っている。だが、これ以上歴史の針を進めると確実にチャイムを跨いでしまうだろう。対外貿易の話になると相手国との関係も説明しなければならない。仕方がない、少しだけ日本史に踏み込むが、生徒達の理解を深めるため大学の話をすることにする。
「最後に大学の増設だ。これは直接利益に繋がった訳じゃないが欠かせない。
出島から講師を招き、当時は蘭学と呼ばれた西洋の知識を研究する九州。それと、直に現場の声を汲み取って実験・開発できる環境がある東北に、多くの大学が建てられた」
「九州の初期で代表的なものといえば、証券取引所の効用の理論化だな。
情報の集積地を用意することで資本家だけでなく、各地に伝える飛脚、それらを相手にする商売人が集まる。この情報伝達によって物流の効率も良くなるということを証明した」
「当たり前じゃない、先生? それが発明とは言わないでしょ」
「定式化されたことで幕府や資本家の援助が受けやすくなったんだ。
考えてみれば当然のことでも、証明されることで裏付けが得られる。つまり、信頼の置ける事実になった。誰だってあやふやなものに金を払いたくないんだよ」
「東北だと産業系だな。紹介するにしても多すぎて困る。
工具工房同士が切磋琢磨しつつ、幕府の命で協力して作り出したのが鉄性の工具だ。
その存在は勿論既に知られていたが、どうやって量産するか、高温多湿な日本の環境でどう安定させるかといったことがここで研究された。その後の製鉄、更に純度の高い精錬鉄を用いた製品もここで開発されていった」
「お前達に親近感を持たせてやろう。
名前さえかければ大学に入れるようになった今の下地を作ったのはこの時だ。その後もガンガン乱造されていって、大学がない市は日本じゃないとまで明治時代には言われるようになった。一時期それで京都は国中で笑われてたなんて話もある。
お前達もしっかり勉強しないと、日本語すら怪しい所に通うハメになるぞ~」
教師の全く気迫のこもっていない脅しを受け、おどける生徒や互いに茶化し合う者も出始めた。それらの明るい声を宥めるように、教室にチャイムの音が響き渡る。
プレイ中の私:
・ジャーナル(ゲーム側で設定されている目標)
多分以前なかったジャーナルなので挑戦してみる。それに従いアヘン増産。達成報酬でなぜかフランスがアヘンに夢中になる。
【挿絵表示】
・公武合体
新しいジャーナルがよく分からずとりあえず条件を達成していく。以前と比べ大日本帝国化が面倒になっただけで、何が何だか分からない日本史エアプ勢の私。一体、何だったんだ……?