ソードアート・オンライン〜英雄の影に英雄あり〜 作:静かな人
団長・ヒースクリフとのデュエルの際の不信感を抱きながらもまだ開放されて1日と経っていない七十五層のフィールドに出ていた。山のような地形が大半を占め足場も悪く重装備のタンクなどは大変そうなフィールドだが俺にはさほど問題はなかった。
「…ルォォォォ!!」
青龍刀とせめぎ合いをしているのは巨大な牛のツノ。
このフィールドで最も強いモンスターで色は違うが見た目はニ層の巨大牛の型モンスター《トレンブリングス・オックス》だが、スピードとパワーは桁違いだ。足場の悪いフィールドゆえに他は人型モンスターなのだがこいつだけは四足歩行で地面の凸凹を踏み整えるように歩く。近くの岩に当てても無駄なことで、突進で角が突き刺さる…というのは甘く、その岩を砕き破片を飛ばしダメージを食らわせるという始末である。
そんな牛の角を破壊用ソードスキル「隼羅」の水平斬りで斬ろうとしている。威力は中の上くらいの技でポイントをついているので間も無く破壊できる…残り10%…5%…0…ツノが斬られる瞬間後ろに退き怯んだ隙を突く。
「ラァ!」
青龍刀スキル強攻撃「
それを待っていたかのようにメッセージが届く。周りを確認し、敵がいないことを確かめメッセージを見る。
初めは何かよくわからなかった。もう一度読み、理解した。顔が青ざめるのが分かった。瞬きを一秒長くした後ウインドを開き、操作してから走って行く。
ハァ、ハァ、誰がこんなことを?!
そう思いながら情報屋・アルゴは走っていた。正確には何人もの男から逃げていた。横から男が出てきて襲いかかってくる。「パラライズピック」を投げつけると簡単に麻痺し、倒れる。
10分ほど前からずっとアルゴは戦いながらも逃げている。
多分人数は10人ほど。ピックは合計20本、一番初めに襲いかかってきたのがさっき倒したやつだったから10人でローテーションしながら襲いかかっているみたいだ。
その間もずっと考えていた、自分の追われる理由を。
アルゴは情報屋という恨まれる仕事をしてるが間違えていたことはベータテストの時との変更点以外は一度もない。誰かから指摘をされてたら確かめに行ったが間違っていたことはなかった。何より問題なのが自分について行けるスピードだということだ。情報屋はフィールドに入るので安全マージンをとるのでレベルは高い、しかも敏捷値極振りのアルゴについて行けるとオレンジプレイヤーは聞いたことがない。
もう少しで主街区!
そう思った時索敵スキルの範囲圏内に反応がでる。凄いスピードで後ろから来ている、多分親玉だろう。
アルゴは走り続けるが着実に距離を詰められる。10メートルにちかづいた時、親玉はどいつだと思い、振り返った。
えっ、なんで?なんで今更になって「こいつら」が?正確には「こいつ」が?
目を見てしまった、燃えあがる目を。
その瞬間わかった、私がいくら敏捷値パラメーターが上だろうと逃げ切ることができないと。
走りながらウインドウを開いて、メッセージを送る。
カー君に「助けて」とそれだけ送った。
いつの間にか「こいつ」は前にいた。手には真ん中に鍵穴がついている錠前を持っている。それを私の胸に全力で叩きつけてきた。私は吹っ飛んだが錠前はくっついて来る。
するとその錠前から鎖が伸びて私をきつく縛る。「こいつ」は歩いてきて真っ赤な目で足まで縛られ動けない私を見下ろしつぶやいた。
「やっとだ。長く長く待ちわびた時がやってきたでござる。すぐに嬲り殺してそっちへ送ろう。」
『嬲り殺す』その言葉がいとも簡単に出てきたのが怖くて声が出なかった。でも心の中で「助けて、カー君」と叫び続けた。
アルゴのメッセージから五分、索敵スキルの「追跡」の足跡が途絶えていた。急いでアルゴの名前をフレンドリストから確認する。よかった、まだ生きてる。そのまま位置を確認し、再び全力疾走で駆け抜ける。
1分後アルゴのいる場所に洞窟がだとわかった。
(中には…3…6…7…どんどん増えてきやがる!)
ポーチのパラライズピックを確認して洞窟に入る。
入るとすぐに索敵スキルで確認していた奴が現れる。両手にアックスを装備した男がアックスを上段まで上げた瞬間相手の懐に飛び込み、ピックを投げずにそのまま突き刺す。
崩れ落ちるのを確認する間もくれないようで次は短剣装備がソードスキルの突きを繰り出すが左半身を半身にし、ポーチからピックを取り出しすれ違う瞬間に突き刺す。
次々に現れ、襲ってくる奴らを麻痺させ、倒していく。
私は鎖で拘束された後洞窟に運ばれた。その洞窟はとてもわかり辛い場所にあり、私もまだ入ったことのない場所だった。曲がった道が200メートルほど続くと大きくなったドーム状の部屋に出る。何もない所で大きさは半径40メートルほどのだだっ広い部屋だった。
私はそこの中心に放り出された。全身が縛られ動かないのでゴツゴツした地面に体を打ちつける。
「こいつ」が背後の部下達に合図するとドーム状の部屋から出て行く。
そして「こいつ」が転がされている私の前に向き直る。
「覚えているでござるか?このコタローと《風魔忍軍》のイスケを」
捕まる前から「イスケ」か「コタロー」かのどちらかはわかっていた。だが目だけでは判断がつかなかったがやっとわかった。こいつは「コタロー」だ。
「覚えてるヨ、イスケはどうしたんだイ?」
最もな疑問を口にした。気づけば声が出ているがそれよりも疑問が上回った。
ベータテストの時から一緒の相棒のイスケはどうしたのかと。人を拉致するような大きな作戦になぜ参加していなのかと。
だがそれがまずかったらしい、コタローの目が追いかけている時のようになった。
「このくそ野郎が!!」
そう叫ぶと腹を踏みつけてくる。
「グゥ!?」
突然の攻撃に驚く。HPは鎖が盾になってくれたのかそこまで減っていない。
「お前のせいで!お前のせいで!イスケは!イスケは!」
言い終わると獲物のシミターで斬りつけてくる。HPが一割ほど削られる。改めて装備を見ると二層であった時と装備は似ているがかなり良い品でこの層でも普通に通用するだろう。それほどまで計画を念入りにしてたのか。
「お前のせいで死んだのだ!」
アルゴは酷く困惑した、自分が人を殺した?このゲームオーバーが死の世界で?アルゴにはもちろん覚えはない。だがさっきの素に戻った口調や執念に燃えた目がコタローの言葉を裏付けている。
「何を言うの!私は殺してなんかいない!」
だが覚えが無いものは無い、否定した。その言葉が素に戻っていたことには気づかなかった。それほどに動揺していた。
「ある日狩りをしている時、イスケがモンスターの攻撃を受けたのだ!するとイスケの得物が折れ!そのまま戦うことができずに死んだ!あの時体術スキルさえあれば戦えたのに!貴様の貴様のせいだ!」
唐突に言われたことだが理解した。そんなのおかしいじゃないか!そんなの、逆恨み。
「逆恨みよ!」
最後は発音できてなかったかもしれない、それほどコタローの蹴りは速かった。
「もういい。殺す!」
今度は鎖を潜り抜けた蹴りによって1メートルほどと少しHPが削られたアルゴにシミターを抜きながら迫ってくる。
燃える目で睨まれているのに身体の芯が凍る。
「いや、お願い…!止めて…!」
アルゴの懇願は聞き入れられるはずなく、斬られていく、それもわざと少しずつHPが減るように。身体を仮想世界の痛み、鈍い痛みが伝わっていく。でも死を前にしたアルゴにはリアルの、現実世界のものだった。
(帰ってから最もしたいこといっぱいあったのにな…でも最後にカー君に会いたかったな…)
涙で滲む目でHPバーを見る。後少しで死ぬんだ。自分斬るシミターが風を斬る音と自分を斬る音しか聞こえない。そう思った時。アルゴの視界が変わった。
20本あるピックを全て出てくる凶暴な顔つきの男に突き刺すと開けた部屋が見える。そこに灰色の男がシミターを振るっていた、アルゴに向かって。
足が遅くなる。意識が遠くなる。脳の奥にしまっていた記憶が出てくる。
また目に付くもの全てを壊してしまうような人格がでてくるのか?シンカーを助けた時、アルゴを斬ろうとしていたあの時のような人格が?もうしたくない。不意にアルゴを見る。
一つの意思が湧き上がってきた。
彼女を守らなければならない。
意識が戻ってくる。いや、別の人格が元の人格を引っ張ってきたと言うべきか。不思議な感覚だった、怒ってはいる。でも目の前のものを破壊するのではなく『守ろう』としていた。
一気に走り出す。近くで見ると忍者のような格好をした奴は俺の5メートル手前で飛び退く。アルゴを抱えてからジャンプして一回転、入り口と逆側の壁の手前で着地し、アルゴを壁にもたれさせる。
危惧することが一つあった。人間は恐怖が過ぎると壊れてしまうらしい。それはこのゲームが始まってからすぐ知った、自殺するのではなく廃人のようになってしまうこと。
鎖で体を縛られ、その上嬲るように斬られていたのだ。心が壊れるのには十分だった。
「大丈夫かアルゴ?」
恐ろしい想像を払いのけ聞く。
「大丈夫だよ、カー君」
フードが外れ、金髪を揺らしながらいつもの明るい声返事が返ってくる。安堵すると涙が流れてきた。
「よがった…ほんっ、ほんどうによかった…」
「泣かないでよ…」
と困ったように言うアルゴを見るとまだ体に鎖が巻きついている。その前に体力を回復させようと回復結晶を取り出す。
「ヒール、アルゴ。…?ヒール、アルゴ!」
もしかして結晶無効化空間かと思ったが違った。
「無駄でござる。それは【命の錠前】。その鎖に縛られた者はアイテムの使用ができない。外したければその錠付けた者を殺すのみ。無論付けたのは拙者でござる」
聞いたことの無いアイテムだが対処法を教えてくれたので結論はすぐに出た。
「なるほど、お前を殺せばいいわけだな!」
「そうでござる。…だが貴様には斬れぬ」
反発しようと思ったがそれより早くこの言葉は自然に出た。当たり前のように。
「俺には愛する者を守るためならどんなこともする『覚悟』がある!」
「そんなもの、友の仇を取るという『信念』には足元も及ばん!」
ござる口調を崩し、普通に喋る。「友の仇」という言葉が聞こえたが何の問題にもならなかった。こいつはアルゴを傷つけた斬るべき相手に変わりはなかった。
「どっち上だとか、それは今から決めよう」
カイが灰色の男に歩き出す。
「そうだな」
灰色の男がカイに歩き出す。
互いに20メートル、数十秒ほど歩くと互いが間合いに入る。
カイは腰の青龍刀の柄を掴み、イスケは背中シミターの柄を掴む。数秒ほどの沈黙の後二つの声が洞窟に木霊する。
「死ねッ!」
「うぉぉぉあああ!」
俺は咆哮と共に刀を抜く。シミターも抜かれる。太刀筋から狙っているのは首、そして俺も首を狙っている。
シミターは俺の首の手前で止まった。俺の刀が真一文字に首を斬り飛ばしたからだ。その首から出たポリゴンは赤く、紅く、赧く、緋く、朱く、赫く、人の死を深く認識した。ポリゴンの爆散と共に手に鍵が現れる。それを握り締め、アルゴの元に向かう。
俺が膝をついてアルゴの胸の位置にある錠前を外そうとした時小さく呟いた。
「ごめんね…」
目に涙を溜めているのが下からだとわかる。
「アルゴ、俺は自分がしたことに後悔はない。だから悲しまないでくれ。それに君は命の恩人だ、命の恩人には命を持って尽くす。君は謝る必要はないんだ」
今度はうまく言葉が出てこずおかしくなってしまった。
でも意思を汲み取ってくれたらしく、宝石の様な涙を零しながら、鈴の音の様な声で
「ありがとう。カー君」
こくりと頷くと錠の鍵穴に鍵を差し込むといっきに鎖が弾ける。
「ちょっと待ってね」
そう言うと後ろを向いて何かをしている。
十秒ほどでアルゴが振り返ると《鼠のアルゴ》の所以たるおヒゲがないのだ。
ドキッとした。とても可愛い。ヒゲの有無だけでこんなに変わるのかと思えるほどだ。
そして次はさらにドキッとした。
急にアルゴが背伸びをし、顔がほとんど同じ位置になり、何をするんだろう?思ったとき。
アルゴの桃色の唇が俺の唇をふさいだ。
後ろに下がろうとしたがアルゴの腕が俺を抱きしめ、阻止される。俺もアルゴの体を抱きしめる。十秒にも満たない時間だった。離れるとアルゴに一言だけ言う。
「帰ろう」
アルゴに転移結晶を渡し、俺も持つ。
「うん、早く帰ろ」
ニコリと笑っていてくれていた。
後一話投稿したら新婚編に入っていきます。