サカイ・マキナは蛮族の手綱を握りたくない。 作:青いカンテラ
「わたくしたちもやりますわよ! ガンプラバトル!」
-1-
漆黒の宇宙を切り裂くように、幾丈ものビームが交差する。
互いに放たれるビームの合間を縫うように、スラスターの光の尾を引きながら飛ぶ二機の
一度、二度、三度……爆ぜる閃光が火花を散らすたびに、お互いの機体のどこかが破損する。
「ハッ、随分と前のめりな攻めじゃねえか! まるでサカリのついたイヌみてぇだなぁ!?」
「その言葉そっくりそのまま返してやるぜテメェによぉ! まだまだこんなもんじゃねえだろ! もっと熱く感じさせてみな!」
新校舎にある部室棟、その一室にて。この淑女のための学び舎である、百合籠女学園に通う者にはおよそ相応しくない荒々しい言葉をぶつけあっている少女が二人。
普段の彼女たちを知るものであれば、あまりのギャップに卒倒してしまうかもしれないほどに獰猛な笑みを浮かべているその二人……ヤエザクラ・ツミキとシロガネ・ルルカ……の
教室のど真ん中に鎮座している
その戦いを、はねっ毛のある黒髪の少女……
戦いの興奮に頬を蒸気させ、汗の雫を散らしながら興じる、その
乱れている姿は理性のない獣のそれであり、貞淑さを重んじるこの学園の生徒にあってとても相応しいとは言えない。それでも、心から否定することはできなかった。
二人はただ己の内から湧き上がる熱意のままに戦い、素の自分を曝け出している。それほどまでに前のめりに、目の前の戦いに集中している。熱中している。没頭している。
その姿がとても気持ちよさそうで。
「……いいなあ……」
ヨネミの唇からは無意識に言葉が漏れていた。
-2-
もくもくと、もぐもぐと、ヨネミは手製のおにぎりを小さく、ついばむようにして食べていた。
場所は中等部の校舎にある空き教室。昼頃になるとわざわざやって来るような人もいないため、静かに昼食を食べられるので気に入っている。いた。
少し前まではヨネミ一人だけの場所だった。家柄マウントバトルに鎬を削るお嬢様たちの合戦場から抜け出して、一人心穏やかにいられる小さな世界だった。
けれど今は、一人ではなかった。友人……と言っていいのはヨネミには分からなかったが、彼女たちとの関係性を表すのならば、きっとそれが一番近い言葉なのだろう……。友人が、二人いる。
「それで、ガンプラバトル? だっけ。ヨネミは先輩たちがそれを部室でしてるのを見たんだ」
「は、はい……。その、とっても楽しそうだなって……。えへへ」
今も思い出すと、胸の内がぼんやりと熱を帯びる……。そんな感覚がしてくる。引っ込み思案なヨネミにとって、先輩二人の生の感情をむき出しにした
二人の友人の一人、瑠璃色の髪をウルフカットにした少女……
「……今ってガンプラが大人気らしいからね~。CMでもバンバン流れてるし。うちにもガンプラに付けるためのジュエリーが欲しいってお客さんがたまに来るし。……ガンプラに宝石くっ付けるなんて、自分はいかにも派手好きですってアピールしてるようなもんだと思うけどね」
コヨリは明治の時代から続く、大きな宝石商の娘だ。毎日多くの者が宝石を買いに、あるいは売りに来ているのを見ている。その中でも近年は、小粒の宝石を求める向きが少し強まっているのを感じていた。
ガンプラを飾り付けるための宝石が欲しい……。いかにも派手好きな成金趣味のようでコヨリ自身はあまり好きにはならないが、家のものたちはそれに商機を見出しているらしく『あなたのガンプラが宝石でさらに輝く!』などと喧伝している。それもあって、コヨリはガンプラに対してあまりいい印象を持っていなかった。
「なんか高等部はこの前、生徒会主導で新しく『模型部』ができたとかでザワついてるみたいだけど……中等部にはあんま関係なさそうな話題だよね」
そう言って、小さくなったメロンパンの残りを口に放り込み、パックのぶどうジュースで流し込む。
「あ、えっと……ちゅ、中等部なら……。クワジマさんと、キソジさんが……やってるみたいです……ガンプラ」
「そうなん?」
「は、はい……。クラスの、子たちが……話してるのを、聞きました……。ガ、ガンプラで……高等部のお姉さまたちと、
「ふーん。あ、スールと言えば……お嬢様のお姉さんって生徒会の会長でしたよね。どうなんです? 会長肝いりの模型部の話」
先ほどからずっと黙って弁当を食べていたもう一人……薄い桃色の髪をサイドテールにしている、気品のある少女……
「この百合籠女学園は一流の淑女を育成するための、伝統と格式がある学び舎ですわ。しかしいつまでも積み重ねてきたものにだけ固執していては、逆にそれが重しとなって硬直し、時代に取り残されてしまいますもの。まあ、いきなり庶民の遊びを取り入れるというのは劇薬過ぎる気もしますけれど」
食べ終えた弁当を片付け、水筒に入れたお茶で食後の一杯をするミヤ。そのお茶を飲むという何気ない仕草ですら、優雅な気品さを感じさせる。
「んー、本音は?」
「
「過激な発言だねぇ」
「はわわ……ば、爆発は……ダメ、です……」
苦々しい表情で、およそこの学園の淑女らしからぬ言葉遣いになるミヤ。これでも彼女は旧財閥にルーツを持つ天ヶ瀬家の次女である。しかし、何かと優秀な姉のミクと比べられて「落ちこぼれ」扱いされてきた影響で、中身は結構やさぐれていた。
「しかし、解せませんわね。いくらガンプラが世界的に流行していて、時代に乗り遅れないためだとしても……
ミヤの知る姉は……アマガセ・ミクという女は、常に成績学年トップクラス、性格は大らかで落ち着きがあり、その立ち居振る舞いも気品に溢れている。それゆえ、百合籠女学園が誇る淑女の中の淑女たる『白百合の淑女』に最も近いとされているほどだ。
家でも一部の隙も無い姉は、両親からの寵愛と期待を一心に受けており、少なくともミヤの知る限りガンプラなどと言う庶民の遊びを主な活動内容とする『模型部』立ち上げのために奔走するような女ではない。だからこそ、その模型部のために諸々の交渉や調整をしていたという姉の行動が解せない。
「あー、でも、会長ってGBNしてるみたいですよ? これ、たぶん生徒会長ですよね?」
「は? そんなわけ……!?」
ミヤから見て完璧超人とも言える姉の行動に「むむむ」と頭を悩ませていると、適当に何かを見ていたコヨリがスマホの画面を見せてきた。
そこに映っていたのは、衣装こそ違うもののほぼミク本人であろう人物が、ガンプラバトルをしている動画だった。
「……な、はぁ!? なにをしてますのあの女!? 天ヶ瀬家の長女にして、百合籠女学園生徒会長ともあろうものが……!」
思わずガタッと立ち上がる。天ヶ瀬家の者として、淑女たるものとして、と色々な思考がミヤの脳内に飛び回り、そして合点が行った。なぜ今頃になって姉が模型部を立ち上げたのか。表向きは百合籠女学園のためと言いながら、その実は自分の欲望のためだったのだ。
「こうしてはいられませんわ……。わたくしたちもやりますわよガンプラバトル!」
「え、えと……さっきガンプラは、庶民の遊びって……」
「あの女にできてこのわたくしにできないわけがありませんわ! そしてあの女を追い抜いてやるんですのよ!」
「そこで告発して引きずりおろしてやる! とかならないあたりがお嬢様らしいね」
姉のミクへの対抗心で完全にヤル気スイッチの入ったミヤを見て、コヨリは呟く。相手の隠していた事実を知って、それを弱みとして使うでもなく、その相手と戦い上回りに行く方向へと行く。彼女のそんなところがコヨリは気に入っていた。
「えっと……模型部に、入ったり……。クワジマさん……と、キソジさん……もいるみたいですし……。中等部のわたしたちも、頼めば、たぶん……えへっ……」
「何を言ってますのキヌカワさん。あの女の息がかかった部活になんて入りませんわよ。わたくしたちが目指すのは打倒生徒会長。そのためには、敵に手の内を晒すわけにはいきませんのよ!」
「敵て」
「倒すべき相手の息がかかっている部活に所属しているのですから、もれなく敵と言わずしてなんといいますか! いいですかリリノハラさん。キヌカワさん。これはわたくしたちと、あの女の勢力との戦いでもあるのですわ! よろしくて!?」
ぐっ、と拳を握って力説するミヤ。ヨネミはあわあわとしながら右往左往するだけだったが、コヨリはこのお嬢様はヤル気スイッチが入るといつもこんな感じだなー、と思いながら見ていた。
「あ、あの……。コヨリさんは……いいんですか……? その、ガンプラ……わ、わたしのせいで……巻き込まれちゃって……」
「んー? 別に、全然いいよ。何事も経験ってね。それに、一度こうなったお嬢様は誰にも止められないし」
「個人経営の店舗でもばいしゅ……専属契約を……」などと呟き始めたミヤを見て、ヨネミは申し訳なさそうにコヨリへと言う。
「アマガセさんは……すごい、です……。思い立ったら、すぐに行動できて……。わたしなんか、全然……。わたしも、アマガセさんみたいに……感情を、思いっきり……出せたら……よかったのに……えへ」
「あー、お嬢様は暴走機関車みたいなものだから。これをマネしちゃダメだよ」
「暴走……機関車……」
「ま、焦んなくてもいいと思うよ。人には人のペースっていうのがあるんだし。ヨネミのペースで変わろうとすれば、それでいいんじゃない?」
そう言ってコヨリは「お嬢様ー、そろそろ昼休み終わっちゃうよー」とミヤの方へと向かう。
「リリノハラさん、キヌカワさん、ガンプラショップに行きますわよ! ついていらっしゃいな!」
「お嬢様ー、行くのはいいけどまだ午後の授業残ってるよー」
「ならば放課後に行きますわよ!」
「わたしのペースで……えへへ……」
ドタバタとしている友人二人を見ながら、ヨネミはその豊満な胸に手を置いてコヨリの言葉を反芻していた。模型部で行われていたガンプラバトルを思い出す。
いつかは自分も、あの時の二人のようにできるだろうか。淑女らしからぬ口の悪さ……はともかくとして。全身全霊で心から楽しむことが。憧れを胸に、ヨネミは急いで午後の授業に向かうミヤとコヨリに続くのだった。
―――End
その憧れは小さく灯る炎のように。