プロメシュースの悔恨 ―新エリー都、その記録の外側で― 作:jolend
早めに完成したので投稿を早めました。
雅とサラを乗せた護送車は、治安総局へ向かう経路を完全に外れていた。
演説会場まで、残り数十分。
クラムは気づかれないように一定の距離を保ったまま、トラックでその後を追う。
前方には護送車が、そのさらに先にはブリンガーの公用車を示す光点がARに表示されている。
二台は別々の道を走っていたが、目的地だけは同じだった。
「そっちの状況は?」
回線の向こうで、何かが派手に倒れる音がした。
『見つけたわ。パールマンは生きているわ』
オペラの声に続き、遠くから情けない悲鳴が聞こえる。
『ただし、ホロウへ投げ戻されたことについて、雅へ損害賠償を請求すると騒いでいるけれど』
「はっ、元気そうで何よりだ。柳さんたちは?」
『全員無事よ。ブリンガーの追手を撒いて朱鳶治安官から報告された物を確認しているわ』
「朱鳶さん?」
『……あった。パールマンの右の襟足に埋め込み痕がある』
勝手に体を触るなと怒鳴るパールマンをよそに、画面へ拡大された直径は二ミリほどの傷の画像が届く。
古い傷に見えるが、皮下からは微弱な信号が発せられていた。
『治安局が重大事件の被疑者へ使用する追跡タグです』
そこへ、柳が別の通信回線を割り込ませた。
『朱鳶治安官、こちらが先ほどお話しした協力者のクラムさんです。現在、ブリンガー長官の車両を追ってくださっています』
『……特務捜査班の朱鳶です。柳副課長から話はお聞きしています。このような混乱の中でのご挨拶となり申し訳ありません』
「どうも、丁寧な挨拶は恐縮なんですけど、お互いそれどころじゃないですし手短にいきましょう」
『感謝します。では、本題ですが……』
朱鳶は深く息を整え、迅速に状況を共有した。
『局内の記録を確認したところ、パールマンの追跡タグは今も有効な状態でした。長官がその気になれば、彼の居場所はいつでもパールマンの位置を特定できたはずです』
「なのに、ずっと行方不明として扱っていたわけだ」
『はい。長官はパールマンを見失っていたのではなく、意図的に泳がせていた可能性が高いと考えられます』
クラムは前方の護送車を睨んだ。
郊外での襲撃。パールマンを追う六課をまとめて陥れるために用意されたホロウの出口。
「パールマンは餌で、やはり狙いは雅さんだったか」
『はい、その可能性が高いと考えています』
『なんか、ものすごく行きあたりばったりな計画ですね。僕らがパールマンを探しに来るなんて分かると思えないんだけど……まぁ、こうなっちゃったから何も言えないですけどね』
「はっ、確かにな」
悠真が軽口を挟んだ。
『クラムさん。雅の護送車は?』
「演説会場へ一直線です。車両識別情報と現在地を送ります」
『ありがとうございます。私もすぐに向かいます!』
回線の奥から、六課から離れて朱鳶と合流していた、イアスを通したアキラの声が割り込んだ。
『朱鳶さん、道路はもう演説へ向かう車で詰まってる、普通に走ったら間に合わない』
『ですが、ほかにどうすれば⸺』
『デッドエンドホロウを抜ける線路がある、それを使えば⸺』
「ヴィジョンの爆破未遂の時のか! なるほど。そっちの方が速い!」
『クラム? なんでキミが?』
「あー、色々あってな……ニコめ……ちゃんと話してなかったな……」
クラムは表示された地図へ目を走らせた。
ホロウを貫き、演説会場付近へ伸びる旧路線を。
『クラムさんはどうするんですか?』
「俺はこのまま護送車を追います。見失う理由もないんでね、両方の車両の位置情報も共有しときます、アキラ君、リンちゃんにも送っておいて」
朱鳶は僅かに迷ったあと、はっきりと答えた。
『分かりました。先行をお願いします。ただし、絶対に一人で無茶はしないでください』
「なーんか最近そればっかり言われるなぁ」
『すみません待ってください。もう一つ確認したいことが』
割り込んできた柳の声が、さらに険しくなる。
『現場で回収された課長の刀……無尾も、そのまま護送車へ持ち込まれましたか?』
「ああ、サラが受け取ったまま、雅さんと一緒に同じ護送車へ乗った」
『やはり……狙いは最初から無尾だったのですね』
クラムの声から、ふたたび軽さが消えた。
「無尾はただの刀じゃないんだろ」
『……それも知っているんですね』
無尾は、規格外の力だけを与える刀ではない。
その力に見合う代償を、必ず使い手へ要求する。もしも鞘による封が崩れれば、刀の力が使い手の意識を呑み込み、暴走する可能性がある。
「サラは、おそらく千面相を通じて雅さんと無尾の同期波形まで盗んでる。封印へ干渉する方法を割り出していたら、外から暴走条件を作れるぞ!」
回線の向こうが静まり返る。
やがてアキラが口を開いた。
『正確な仕組みと止め方は星見家に直接聞くしかない……! 朱鳶さん、星見さんの家族へ連絡できませんか?』
『ご当主はたしか選挙関係の会合に出席中で、通常の連絡先からは繋がらないはずです……』
『上流階級の会場なら心当たりがある。ライカンさんに頼んでみるよ』
(ライカン? ヴィクトリア家政って、メイフラワー市長の私兵じゃなかったか?)
アキラがRandom Playからヴィクトリア家政へ回線を繋ぐ。
一度は使用人の守秘義務を理由に断られたものの、アキラから事情を聞いたライカンは別の方法を探すと約束した。
数分後、星見家当主を名乗る男、星見宗一郎の声が回線へ加わる。
朱鳶が状況を手短に説明し、アキラが郊外で無尾が制御を失った時の様子を伝えた。
それまで悠然としていた宗一郎の声色が、一変する。
『よく聞いてくれ。あの刀の鞘は常に完全な状態で機能していなければならない』
クラムは万が一にそなえ、前方の護送車との距離を詰めた。
『鞘の封が損なわれた状態で、雅を刀身へ触れさせてはならない。もしそれが起これば、あの子一人の問題では済まなくなる』
『やっぱり、鞘が封印の要なんですか? 暴走した場合には……どうなります?』
アキラが慎重に聞き出す。
『……無尾が、斬るべき相手を選ばなくなる』
演説会場には、すでに大勢の市民が集まっている。
サラが雅と無尾を、わざわざ同じ車へ乗せた理由。
断片だった情報が、最悪の企みとして繋がった。
「無尾を暴走させて、雅さんごとあの会場を惨劇の渦に叩き込む気か」
『クラムさん、どうか間に合わせてください!』
「言われなくても!」
通信相手がオペラへ切り替わる。
『こちらは六課と一緒にパールマンを白祇重工へ連れていくわ。本人に保管箱を確認させれば書類を特定できる』
「そっちは任せた、少し派手になるが演説を少し賑やかにしておく」
『……本当にやるつもり?』
「もちろん!」
クラムは自動運転へ切り替えると、助手席側の端末を引き寄せた。
画面を指で払うたび、いくつものウィンドウが浮かび上がる。
映像記録
資金の流れ
機材の搬入履歴
過去の演説
どれもブリンガーを一発で仕留められるほど決定的なものではない。
だが、だからといって使えないわけでもなかった。
最初に開いたのは、つい先ほど回収したばかりの映像だった。
封鎖されたバレエツインズ周辺で、治安官たちに囲まれた雅の両手へ手錠が掛けられる。
その傍らで、サラが押収された無尾を受け取っていた。
治安官でもなければ、六課の人間でもない。
むしろ立場を考えれば、捜査を受ける側にいてもおかしくない女だ。
それなのに、誰も彼女を止めない。
さらに少し離れたところには、拘束の一部始終を見届けているブリンガーの姿まで映り込んでいた。
クラムは映像を何度か巻き戻し、三人が同時に映るところで止める。
手錠を掛けられた雅
無尾を持つサラ
そしてブリンガー
「……これだけでも、十分面白い絵だよな」
撮影時刻と位置情報、それから映像が改変されていないことを示す認証コードだけを残す。反対に、撮影機器や入手経路へ辿られそうな情報は落としていった。
続いて、ヴィジョンがカンバス通りの爆破解体に向けて搬入した機材の記録を開く。
一覧に混じった治安局仕様の装備を抜き出し、当時の現場通信や、救出された住民の証言と照らし合わせていった。
爆薬を積んだ列車を奪い、取り残された住民をホロウの外へ逃がしたのは邪兎屋だ。
その後、治安局が現場を封鎖し、治安官を装っていた連中を確保している。
ところが別のウィンドウで再生された選挙特番では、レポーターがヴィジョンの犯罪を阻止した英雄としてブリンガーを紹介していた。
淀みない口調のまま、総監選の有力候補であるという説明へ移っていく。
クラムはそのくだりを抜き出し、救出までの経緯をまとめた記録へ添え、過去の演説映像から該当箇所を抜き出し、現場記録の隣へ置いた。
余計な説明はいらない。二つを並べて見せれば、それで済む。
次の資料へ手を伸ばしたところで、クラムの指が止まった。
複数の迂回口座を経由した送金記録であり、その一部はブリンガーの後援団体へ流れ込んでいる。
時期を照らし合わせれば、ヴィジョンへ治安局仕様の機材が持ち込まれた頃と不自然なほど重なっていた。
さらに追えば、その先には別の線も見える。
讃頌会
だが、クラムは表示された名前をしばらく眺めたあと、そのウィンドウを閉じた。
『使わないの?』
「使えないな、今ここで讃頌会だのサクリファイスだの言い出しても、普通の市民からしたら何の話だってなる。秘匿情報もあるしな」
クラムは次の資料を開きながら続けた。
「全部まとめて証明できるなら別だけど、中途半端に混ぜたら、他までまとめて陰謀論扱いされる」
今必要なのは、全部を暴くことではない。
確実なところだけを突きつけてブリンガーの足を止めること、それで十分だった。
最後に開いたのは、ほとんどが公に出ている記録だった。
ブリンガーがTOPSを称賛した過去の演説
治安局とTOPSが共同開発してきた設備の一覧
選挙集会へ招待されたTOPS関係者
旧管轄の住民が残した、ブリンガーは市民よりTOPSの顔色を窺っていた、という証言
親交そのものは罪ではない。
共同開発も、選挙支援も、それだけなら珍しい話ではなかった。
だが、横に何を置くかで見え方は変わる。
治安局仕様の機材が外部へ渡っていた疑いと不透明な資金の動き。
その隣へTOPSとの近すぎる関係を置けば、自然と一つの疑問が浮かび上がる。
「誰のために仕事してたんだって話になるよな、っと」
クラムは資料を一つずつ整えていく。
断定は避ける
決めつけもしない
見る側が自分で疑問を持てる形にしておく
文章にすればどれも短いが、その横に映像や記録があれば、単なる言い掛かりでは済まなくなる。
『告発状ね』
一通り確認したオペラが呟く。
『……少し多すぎない? 逆にフェイクっぽく見えそうだけど』
「だから、こっちから結論は出さない」
『逃げたわね』
「調べて裏を取るのは記者の仕事だ」
『詭弁ね』
「褒め言葉として受け取っとくよ」
クラムは送信先を開いた。
演説の取材許可を得ている報道機関
地方紙
独立系のニュース配信者
汚職を専門に追っている記者
そこへさらに、インターノットの選挙実況スレッドやヤヌス区の地域掲示板、ヴィジョン事件を追う検証コミュニティ、TOPS加盟企業の動向を監視する経済板を加えていく。
一か所へまとめて投げるような真似はせず、保存先や投稿経路を分け、複製も別々の場所へ置いておく。
どれか一つを消されても、同じ認証コーコードつ写しが別の場所から出てくるように。
「さーて、消しに回る頃には手遅れ、っと」
使い捨ての匿名アカウントをいくつも通し、最後に件名だけを打ち込む。
『次期総監への告発』
『ずいぶん煽るのね』
「選挙演説の最中なんだ。読まれないタイトルじゃ意味ないだろ」
実行キーに指を置いたまま、クラムは一度だけ前方へ目を向けた。
護送車との距離は、確実に縮まっている。
ブリンガーを今ここで完全に失脚させる必要はない。
記者に囲ませる
支持者に疑わせる
陣営に対応させる
そうやって壇上へ縛りつけている間に、白祇重工から本命の証拠が届けばいい。
「この場でそのまま潰れてくれりゃ、一番楽なんだけどな」
クラムは端末の送信ボタンを押し込む。画面の隅で、複数の送信表示が一斉に走り始めた。
『そこまで素直な相手なら、初めから苦労していないわ』
「知ってる」
クラムは端末から手を離し、再び前方の護送車を見据えた。
「だから、こっちは時間を稼ぐだけだ」
☆
デッドエンドホロウ付近の特設会場は、人で埋め尽くされていた。
そこはかつて、パエトーンと邪兎屋が爆薬列車を奪い、取り残された住民を救出することでヴィジョンの爆破解体を阻止した場所に近い。
そのため、集まっているのはブリンガーの支持者だけではなかった。
避難対象から外され、危うく爆破へ巻き込まれかけたカンバス通りの住民や、当時の事件の説明を求める市民、そして選挙の行方を追う記者たちだ。
その全員へ向け、壇上の金髪オールバックの大男、ブリンガーが両腕を広げていた。
『あー……治安を脅かす者が、いかなる力を持っていようと⸺』
会場の大型モニターに、その顔が映し出される。
クラムは少し離れた立体駐車場の陰へトラックを滑り込ませた。
護送車は関係者専用の搬入口へ向かっている。
ブリンガーの演説は、まだ始まったばかりだった。
「間に合った」
クラムが呟いた直後、記者席のあちこちで端末が震え、ほぼ同時に観客席でも無数の通知音が鳴る。
『次期総監への告発』
同じ件名の投稿が、インターノットの複数の掲示板へ一斉に現れた。
添付された資料には改変検知用の認証コードが付けられ、すでに何十もの匿名アカウントが複製を始めている。
レポーターの一人が画面を開き、それに続いて隣の記者へ耳打ちする。
同じ動きが波のように広がり、壇上を向いていたカメラが次々と手元の端末へ下がっていった。
違和感を感じたようだか、それでもブリンガーは演説を続けようとした。
だが、質疑応答を待たず、一人の記者が立ち上がる。
『長官! 先ほど対ホロウ六課の星見雅課長を拘束した際の映像が届きました!』
ざわめきが会場を駆け抜けた。さらに別の記者が、受け取った映像を自社の配信画面へ表示する。
治安官に手錠を掛けられる星見雅
その目前で、彼女の刀を受け取るサラ
場所は、選挙警備の名目で封鎖されていたバレエツインズ付近で、少し離れた場所には、一連の拘束を見届けるブリンガーの姿も映っており、時刻はほんの数十分前を示していた。
『この女性は、住民を残したまま進められたヴィジョンの爆破解体計画を主導した疑いが持たれています! なぜ民間人である彼女が対ホロウ六課課長の拘束と押収品の管理へ関与しているのですか!』
『映像は本物なのか!』
『星見課長をどのような容疑と手続きで逮捕したのですか!』
『ヴィジョン爆破解体事件で使用された治安局仕様機材の横流しへ、長官が関与したという資料も届いています!』
『後援団体への送金について説明を!』
さらに、後方の記者が声を張り上げた。
『カンバス通りから生還した住民が、救出に当たったのは邪兎屋だったと証言しています! 長官は事件を阻止した英雄として報道されていますが、当時具体的にどのような指揮を執られたのですか!』
その名が出たことで、会場は別の意味でも割れた。
素性の怪しい何でも屋の売名だと叫ぶ者
自分たちを助けたのは、確かに邪兎屋だったと訴える元住民
混乱に乗じて選挙を潰そうとしているだけだと、ブリンガーを庇う支持者
そして、壇上の背後に掲げられたTOPS系列企業のロゴを指差し、長官は誰のために演説しているのかと問い詰める者たちの質問が一斉に浴びせられる。
ブリンガーの笑みが、一瞬だけ固まった。
『あー……皆さん落ち着いてください、騙されてはいけません! えー……このようなものは選挙を妨害するために作られた、出所不明の怪文書にすぎません!』
『では、TOPSとの関係は否定されないのですか!』
『治安局の装備はTOPSとの共同開発だから付き合いは避けられないと、以前上司はそう説明していました! その関係が選挙支援へ及んでいないと証明できますか!』
『ヴィジョンを“人命を軽んじる永遠の敵”と呼びながら、その計画を指揮した女性と会っていた理由を答えてください!』
会場スタッフが記者席の音声を切ろうとするが、しかしすでに複数の配信が始まっていた。
一つ止めれば、別のカメラが拘束映像を流す。
会場の公衆回線を落とすよう指示が飛んだが、それも逆効果だった。
『長官陣営が告発を隠そうとしている』
そんな書き込みが新たな複製とともに拡散され、インターノットの急上昇欄が瞬く間に埋まっていく。
星見雅拘束の真相
ブリンガーとサラ
次期総監へ四つの告発
カンバス通りの更なる真相
TOPSの傀儡
近隣の大型広告まで、演説中継からニュース配信へ表示を切り替えた。
巨大な画面へ、雅が手錠を掛けられ、その刀をサラが受け取る場面が繰り返し映し出されると、来賓席にいたTOPS関係者たちは顔を見合わせ、一斉に席を立った。
事実関係を確認するまで選挙支援を保留すると、各社の広報名義で発表がなされた。
型どおりの言葉と共に。
それでも、TOPSの支援を誇示してきたブリンガーにとっては、壇上で梯子を外されたも同然だった。
支持者は捏造だと叫び、反対側では説明を求める声が上がる。
警備員が前へ出ると、今度は『被害者を黙らせるのか』という怒号が飛んだ。
規制柵が軋み、記者席と観客席の境目が崩れる。
演説原稿を映していたプロンプターには、陣営スタッフからの指示とTOPS側からの問い合わせが同時に流れ込み、文章が何度も途切れた。
壇上前の治安官たちまで、記者を抑えるべきか、膨らみ始めた群衆を押し戻すべきか判断できずにいた。
「ははっ、もっと燃えるがいいや!」
『やりすぎよ、下手したら暴動になるわ』
「それだけブリンガーに鬱憤が溜まってた連中がいるのさ、さて……」
クラムは会場の様子を確認しながら、蜃気楼を起動する。
演説は完全に止まり、予定表はすでに十分以上遅れている。
「これで白祇重工の書類が届くまで、壇上へ釘付けにするには十分だ、状況は!」
『ちょうど到着したわ。今、白祇重工のアカウントでグレースが生放送を流してて、パールマンに目的の箱を探させてるわ。該当する可能性が高いのは一箱だけよ』
「生放送か、ナイスアイディアだ!」
クラムは白祇重工が生放送で流してる映像をひらく。
あったぞ! とパールマンが大きな声を上げて目的の箱を机の上に置く。
『今、生放送とは別で、ベンが記録映像を取りながら、アンドーが開封している。中身が証言どおりなら、柳たちは監察官へ正式に提出するそうよ』
「ああ、それが本命だ。俺の情報だけじゃ、アイツを副総監の地位から引きずり下ろせないだろう」
『分かっているなら、何度も言うけど無茶し過ぎないで』
「善処する」
『クラム』
「……切るぞ。護送車が会場へ入った」
返事を待たず、クラムはトラックを降りた。
周囲の景色へ溶け込み、搬入口へ向かって走る。
☆
護送車の中で、雅は窓の外へ視線を向けていた。
治安総局へ向かう道から外れていることには、とうに気づいていた。
ここで車を止めるのは難しくない。それでも大人しく従っているのは、相手が何を企んでいるのか、まだ確かめる必要があったからだ。
正面の座席では、サラが無尾を膝へ載せている。
こちらを眺めるその顔に、雅を警戒している様子はない。
「随分と大人しいのね」
「逃げる必要がない」
「手錠を掛けられて、刀もこちらにあるというのに?」
「刀がなくとも、お前たちを制圧することはできる」
脅しではなかった。サラもそれは承知しているのだろう。気分を害した様子もなく、口元に笑みを浮かべた。
「そうでしょうね。あなた自身は、誰にも止められないほど強い」
細い指が、無尾の鞘をなぞる。
「だけど、私たちはあなたを倒す方法なんて探していないの」
雅の狐耳が僅かに動いた。
サラは懐から小型端末を取り出す。
画面に表示されたのは、HIAのVR試験から盗み出された同期波形だった。
星見雅の神経反応
無尾から放たれたエーテルの変動
そして、その両者が重なった瞬間の記録
「本来の目的は果たさなかったけど、千面相は必要なものだけは持ち帰ってくれた」
「あの事件も、お前が仕組んだのか?」
「あなたと無尾について、どうしても知っておきたいことがあったの」
サラが端末を操作する。
無尾の鍔元で、小さな機械音が鳴った。
それまで鞘の内部で抑え込まれていた力が、脈打つように膨れ上がる。
雅の表情が初めて変わった。
「何をした……!?」
「星見家が隠し続けてきた、妖刀の真の姿を目覚めさせるの。代々受け継ぎながら、そのたびに使い手が代償を支払う。立派な家宝だけれど、扱う側はたまったものではないわね」
「……何が言いたい」
「よくできた鞘だと思っていたのよ。あれだけのものを閉じ込めて、あなたが平然と持ち歩けるようにしているのだから」
サラの指が、鞘の口元で止まる。
雅の目つきが変わった。
「そのために、私のデータを集めたのか……!」
「えぇ、あなたのデータは⸺この瞬間のために。これが、私たちが本当に欲しかったもの」
雅は言い終えると同時に、左腕に力を込め、手錠の鎖が乾いた音を立てて千切れる。
サラへ身を乗り出したその瞬間、護送車が大きく揺れた。
膝から滑った無尾が、雅の方へ傾く。固定の外れた刀身が鞘から覗いたのを見て、雅は柄を掴んだ。もう片方の手を伸ばし鞘を押し戻そうとする。
だが、サラはまだ鞘を握っていた。
雅の手が届く寸前、その手が鞘を引く。掴むはずだったものがずれ、露出した刀身へ掌が触れた。
「⸺っ!」
青白い炎が、車内を満たした。
「さぁ、始まりよ」
☆
搬入口まで数十メートルの地点で突如、護送車の内部から濃密なエーテル反応が噴き上がり、クラムのARが警告で埋め尽くされる。
波形を見た瞬間、クラムの顔色が変わった。
「無尾だ……クソっ! 鞘の封印を崩された!」
車体が内側から軋み、窓ガラスへ狐火のような光が走る。
クラムはオペラの回線を呼び出した。
『どうしたの?』
「サラが無尾と雅さんの同期を強制的に引き上げてる!」
『雅の意識は!?』
「まだ残ってるはずだ。だがこのままだと無尾に呑まれる。だからって外から無理に切り離せば、代償がどんな形で雅さんへ返るか分からない!」
『待ってクラム、車へ近づかないで! 朱鳶たちの到着を待って⸺』
「それまで待ってくれる相手ならなっ!」
護送車が関係者用の通路を抜け、そのまま舞台脇へ急停止した。
記者たちの追及に晒されていたブリンガーが、護送車の到着に気づき、その顔へ余裕を取り戻したような笑みが浮かんだ。
『皆様、根拠のない中傷と! それを否定するために⸺私の演説に特別な来賓がいらっしゃってくれたようです!』
会場の視線が、一斉に車へ集まる。
記者席の混乱を強引な演出によって塗り替えるつもりらしい。
側面の扉が開く。
観客席から見えない方の扉が静かに開き、サラが真っ先に降り立った。その手にもう無尾はない。
代わりに雅が車内から姿を現す。
片手には、僅かに抜かれた妖刀。
俯いた顔は長い前髪に隠れ、足取りはひどく覚束ない。
それでも、彼女の姿を認めた観客から歓声と、逮捕されたはずの彼女がなぜここにいるのかという困惑のどよめきが上がった。
「雅さん……! サラ……!」
クラムの視界が、舞台裏へ離れていく赤い服の女を捉える。
追えば捕らえられるかもしれない。
しかし、雅の刀が鞘の内側で鳴った。
舞台前には何百人もの市民がいる。
クラムは奥歯を噛み、サラから視線を外した。
「今日は本当に、二兎を追わせてくれないねぇ……!」
匿名の告発は会場とインターノットを同時に燃え上がらせ、ブリンガーの演説を中断寸前まで追い込んだ。
稼いだ時間を無駄にはできない。
遠く、デッドエンドホロウへ続く旧路線から列車の制動音が響く。
朱鳶とアキラのイアスが、もう間近まで来ている。
あと少しだけ、この場を持たせればいい。
クラムは蜃気楼を解除した。
突然姿を現したピンク髪の少年に、近くの治安官と群衆がざわつく。
それでも構わず、雅と群衆の間へ歩み出る。
深呼吸をする。頬につたう汗を拭う。
(このまま暴走状態が続くなら俺は……おそらく彼女に勝てない……だが……)
頼むぞ
「あぁ、そうだな」
七陽も彼女に、無尾に呼応するように震える
彼女に、民衆を傷つけさせない。
そしてなにより、彼女を、虚狩りを、■■■るわけにはいかない。
「俺も貴方を信じるよ」
クラムは、七陽を構える。
「星見雅!」
呼びかけに、狐耳が動いた。
「聞こえてるなら、こっちを見ろ」
彼女が、ゆっくりと顔をあげる。
「手合わせしてやる、この……クラム=アンマイヤーが」
青白い炎に揺れる赤い瞳が、何百人もの群衆ではなく、真っ直ぐクラムだけを捉えた。
無尾が、鞘の中で再び鳴る。
「修行の時間だ」