プロメシュースの悔恨 ―新エリー都、その記録の外側で―   作:jolend

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これがやりたかった その4


#12 ポート・エルピス

 デッドエンドホロウを抜けた先で、潮の臭いが鼻を突いた。

 

 崩れた防波堤

 

 海へ向かって傾いた貨物クレーン

 

 半分以上がホロウへ呑まれたコンテナ埠頭

 

 新エリー都の外縁に位置する港湾区――ポート・エルピス。

 

 イアスの案内で裂け目から飛び出したクラムたちを、複数の車両と慌ただしく動き回る人影が迎えた。特務捜査班の治安官たちが周囲の封鎖を進めていた。

 

 少し離れた道路上では、六課と白祇重工の車両も見える。

 

 オペラはクラムの姿を見つけると、無言のまま一直線に歩み寄ってきた。

 

「よぉ。そっちは――」

 

 言い終える前に、銀色の義手がクラムの顔を掴んだ。

 そのまま左右へ向けられ、割れた眼鏡、焦げた上着、肩と掌の傷を順番に確認される。

 

「ひはい、ひはい! がおがづむれる!」

「死なないでと言ったわね」

「ゔぁっ……だから生きて帰ってきただろ?」

「言葉の意味を最低限しか守らないのは、守ったとは言わないのよ」

 

「ははっ、あんだけ心配されてたのに、まだ軽口叩く余裕あんじゃねえか」

 

 少し離れたところで、クレタが腹を抱えた。

 

「えーホントですかクレタさ――あ゛いだだだだっ!!」

 

 締めつけが一段強くなった。

 

 オペラはそのまま端末を傷口へ近づけ、生体情報を走査する。

 骨折はない。内臓にも今すぐ処置が必要な損傷は見られない。ただし全身に打撲があり、両腕の神経へエーテル負荷が残っている。

 

「重大な損傷はないようね」

「ふぁえふぁふぃふぇふェ」

「しばらく七陽の高出力運用は禁止」

「うぇー」

「返事は?」

「ふぁえむひひふぇんふぉ――」

「禁止」

「……あい」

 

「き、キレてる時の姉貴並だな……」

 

 クレタが半歩引いた。

 

 その後ろで裂け目が揺らぎ、雅と朱鳶が続いて姿を現した。

 無尾の狐火は完全に収まり、雅の足取りも戻っている。

 

 だがオペラはクラムを放すと、クラムと雅の間へ回った。

 

「まだ共鳴の跡が残っている。雅も先に検査を受けて」

「私は問題ない」

「さっきまで問題しかなかった人間の発言に、説得力があると思う?」

「ブリンガーを追わなければならない」

 

 クラムは潰された頬をさすりながら、二人の間へ声を挟んだ。

 

「追うのは分かります。でも正直今の雅さんと無尾であの薬を持った相手に近づくのは危険だ。ブリンガーが何してくるかも分からんし、少しでいい。身体と鞘だけでも診てもらってくれ」

 

 朱鳶も雅の肩へ手を置いた。

 

「お願い、雅。もしまた無尾が暴走したら、今度こそあなた自身が一番後悔することになる」

 

 しばらく沈黙したあと、雅は不承不承ながら頷いた。

 

「……分かった。すぐ戻る」

「その間にブリンガーの位置は押さえておきます」

 

 側へ来た柳が答える。

 

「プロキシさん。課長が戻り次第、すぐ合流できるよう手配をお願いできますか」

 

 イアスの受信機から、アキラの声が返った。

 

『分かった。ちょうど頼れそうな知り合いがいる。僕から連絡してみるよ』

 

 雅は朱鳶とともに、治安官が設けた簡易医療区画へ向かった。

 クラムが親指を立て、雅は一度だけ振り返り、同じように返した。

 

 ⸺

 

 港の封鎖線では、青衣が一人の女性と話していた。

 ネズミのシリオン。長い黒髪。どこか捉えどころのない笑み。

 

 「こちらが今回の情報提供者、ジェーン殿だ」

 

 青衣はそれ以上の説明をせず、こちらへ向き直った。

 

「なるほど。オペラに情報をくれたのはジェーンさんか」

 

「へぇ。ホワイトスター学会の調査員さん?」

 

 ジェーンの視線が、クラムの傷と七陽を順番になぞった。

 

「学者先生にしては、随分と物騒な格好ね」

「最近のフィールドワークは命懸けなんですよ」

「ふふっ、そうね」

「えぇ、本当に」

 

 初対面とは思えないほど、互いに相手の言葉をそのまま受け取る気がない。

 

 クラムは笑みを崩さないまま、本題へ戻した。

 

「ブリンガーは?」

「もう網の中」

 

 ジェーンが携帯端末へ地図を表示する。

 

「スロノス区へ向かう船を探してた。それだけじゃなく、ホロウに残した『貨物』を後から運ばせたいんですって。かなり扱いに気を遣う物らしいから、特別なエーテル原料じゃないかって話よ」

 

「それで密輸業者の連絡役に化けた、と」

「正解~。今ごろはこっちが指定した場所で迎えを待ってるはず」

 

 地図上で、ポート・エルピス内部の座標が一つ点滅する。

 

「貨物の記録は?」

「これよ。全部は読めなかったけど、急いで持ち出したいみたいね」

 

 オペラが共有された輸送記録を開いた。

 数秒後、認証欄で指が止まる。

 

「……この生成規則。第四研究所で見たものと同じ系統だわ」

「お前が言うんなら当たりだな」

 

 クラムは地図へ別の解析情報を重ねた。

 ブリンガーの待ち合わせ地点から少し離れたコンテナ区画。そこでは微弱な通信が断続的に発生している。

 

「ブリンガーは六課とアキラ君たちに任せる。俺とオペラはこっちを当たる。さっき決めた通りでいける?」

 

「うん!まかせて!」

 

「分かりました。ただし、位置情報は常に共有してください」

 

 柳の言葉に、悠真が横から口を挟んだ。

 

「いいんですか~副課長? ずいぶん自然に仕切られてますけど」

 

「課長が任せた相手です。それに、私もこれまでの行動を見ています。異論はありません」

 

「なるほど。じゃあ僕も楽できますね」

「浅羽隊員」

「はいはい、ちゃんと働きますよ」

 

 柳は六課の隊員たちへ突入準備を促した。

 イアスも「ンナンナ」と携帯型H.D.D.との接続を確認し、先頭へ出る。

 

「アキラ君」

『なんだい?』

「六課のみんなと雅さんを頼む」

『ああ。そっちも無茶はするなよ』

 

 二つの部隊は、同じホロウへ別々の経路から入った。

 

 ⸺

 

 港湾管理区画の奥には、海食洞を利用した古い荷役設備を、そのまま研究室へ転用した空間が隠されていた。

 

 岩壁へ並ぶ保冷庫。

 薬剤を充填するための装置。

 第四研究所から持ち出されたとみられる機材まで、いくつか据え付けられている。

 

 その傍らでは白いスーツを着た数人が、輝磁製の薬剤ケースを小型船へ積み込んでいた。

 

「ざーんねん。輸送作業は中止だ」

 

 どこからともなく聞こえた声に、白服たちが一斉に銃を構える。

 

研究室に複数のクラムの残像が散り、白服たちの照準を分断した。放たれた銃弾が、

青い描画ノイズだけを空しく撃ち抜く。

 

「なにっ!?」

 

 本物のクラムは床を滑り、先頭の白服の顔面を蹴りとばす。

 

 白服たちの照準が乱れた隙に、オペラが船へ跳び移る。

 白服の混乱に乗じてオペラが船に乗り込んだ。銀色の義手が白服の一人の腕を握り潰し、

返す肘打ちが別の白服をむき出しの岩壁へ叩きつける。

 

 

「やっぱり、身体を動かしている方が性に合うわ」

「義体は直ったばかりだろ。壊すなよ!」

「むしろ調子がいいくらい」

 

 最後の一人が非常扉へ手を伸ばす。

 

 クラムは剣先の一門だけを起動し、制御盤を撃ち抜いた。

 扉が閉じ、行き場を失った男が懐から細い注入器を引き抜く。

 

「あぁ、主よ! 私に再ぞ――」

 

 言い切る前に、オペラの義足が顎を跳ね上げ、その意識を速やかに刈り取った。

 

「制圧完了」

「薬は!?」

 

 二人は船に積まれた保管ストレージへ駆け寄った。

 内部には未使用のシリンダーが六本。

 

 ラベルには、同じ文字が並んでいる。

 

 Elixir P07

 

「やっと見つけた。第四研究所で回収できなかったブツだ」

「待って」

 

 オペラが一本を走査する。

 

「残っているのは基剤だけみたい。反応が揃ってないわ」

「完成品は?」

「ここにはない。無尾由来の反応も残っていない。一本分だけ、保管記録が空いてる」

 

 クラムが保管庫の空いた区画へ目をやった。

 

「……ブリンガーの手元か」

「可能性は高いわ。残った六本は成分が揃っていない。これだけで何が起きるか、今ここでは断定できない」

 

 背後で拍手が響いた。

 

「見事ね」

 

 赤い服の女が、隔壁の向こうに立っていた。

 第四研究所の監視映像に残されていた人物。

 

 サラ

 

「ようやく直接会えたな」

 

 クラムが丸眼鏡を押し上げる。

 

「雅さんを薬で暴走させて、群衆の中へ放り込む計画は失敗。ブリンガーも実験台にして、自分だけ逃げるつもりか?」

 

「訂正しておくわ。星見雅へ薬なんて投与していない」

 

 サラは淡々と答えた。

 

「彼女を呑み込んだのは、星見家が自ら受け継いできた妖刀の力。私たちは扉を開けただけよ」

 

「知ってる。でもそれを都市へ説明するつもりはない。お前たちが虚狩りを罠へ掛け。薬を使って雅さんを錯乱させ、暴れさせ、風評を落とそうとした、それが真実だ」

「真実より、都市に受け入れられる物語を選ぶのね」

「真実なんて個人の解釈次第だ」

「でも、誰も傷つかなかったでしょう?そんな物語、すぐに風化して忘れ去られるものよ」

「俺が命懸けで止めたからだ!」

 

クラムが声を荒らげても、サラは不敵に笑うだけだった。

 

「そう。無尾を引きつけられる武器が、あの場に偶然存在したおかげでね」

 

サラの視線が、クラムの背にある七陽へ移る。

 

「それと同時に、無尾が予定以上に激しく暴れた理由が分かったわ」

「……何が言いたい」

「無尾は、あなたを敵として認識した。互いに喰らい合おうとするほど近しい力……」

 

クラムは七陽を軽く振った。

 

「お前はコイツが何なのか、知ってるのか?」

「今ここで、あなたに教える理由があるかしら?」

 

クラムが一歩踏み出す。

同時に、サラが手元の端末へ指を滑らせた。

研究室全体へ警報が鳴り響く。

保冷庫の奥から大量のエーテルが噴き出し、隔壁の周囲に空間の歪みが生まれた。

 

「クラム、下がって!」

「あゔぇあ!」

 

オペラがクラムの襟を掴み、後方へ引く。

 

「悪いわね。私にも、まだ済ませていない用事があるの」

 

 裂け目がサラの背後へ口を開く。

 

 その寸前だった。

 

『目標を確認しました。射線を確保――狙撃します』

 

 海食洞の海上から、稲妻を纏った弾丸が飛来した。

 サラの手元を掠め、裂け目を制御していた端末だけを弾き飛ばす。

 

 空間の歪みが均衡を失い、紫黒色の光が内側へ潰れた。

 

 続いて研究室側面の隔壁が、外側から赤熱した刃で切り裂かれる。

 

 銀灰色の髪。

 オレンジ色のカラーゴーグル。

 オボルス小隊の戦闘服。

 

「対象を確認。逃走経路は封鎖済みよ」

 

「11号!?」

 

「ずいぶん派手に負傷したわね、クリム」

 

「クラムね、クラム。挨拶より先に心配してくれるとは、成長したねぇ」

 

「戦力低下を指摘しただけよ」

 

 オペラが僅かに目を細めた。

 

「どうしてここに?」

「反乱軍がこの港で取引相手と接触するという情報を追っていたの。トリガーが外から動きを拾ったわ」

 

『反乱軍へ指示を出していた人物を追跡し、この区画まで辿り着きました』

 

 クラムの端末から、先ほど狙撃した人物の声が流れる。

 

「トリガー! さっきはナイスアシスト!」

『どういたしまして。外側は私たちで押さえます。そちらは目標を』

 

 別回線でも短い応答が重なった。

 防衛軍側の退路封鎖は、すでに進んでいるらしい。

 

 その間にも、サラは後退していた。

 

 壁面へ手を触れる。

 研究室の奥へ通じる隔壁が落下し、分厚い金属板が床へ激突した。

 

「おい、逃げられたぞ!」

「いいえ」

 

 11号が携帯端末へ区画図を表示する。

 

「あの先は旧観測室。外へ通じる搬送路は、防衛軍側で封鎖済みよ」

 

「つまり行き止まりか」

「ええ」

 

 その時、クラムの端末へ別の通信が割り込んだ。

 

『クラム、マズイ事になった!ブリンガーが自分に薬剤を使ったら、妙なエーテリアスに変貌した!』

 

 遠くで巨大な咆哮が上がる。

 

「野郎、サクリファイスを自分に使ったのか!? 雅さんは!?」

 

『まだだ。今、シーザーが送り届けてる。けど、サクリファイスって――』

 

「すまん、説明は後だ! 今はみんなを頼む!」

 

『……分かった!』

 

 港湾区全体が揺れ、天井から細かな瓦礫が落ちる。

 

 オペラが薬剤ケースを抱え上げた。

 

「基剤六本と製造設備は確保できたわ」

 

「トリガーたちと合流して安全圏へ運んでくれ。ブリンガーの変異記録と照らせば、薬剤が何を変えたのか追える」

 

「アナタはサラを追うのね」

「そのために11号が来たんだろ?」

 

 11号が刀身を払う。

 

「反乱軍へ指示を出していた首謀者を確保する。それが私の任務よ」

 

 オペラは二人を見比べた。

 

「二人で行くのは構わない。クラム、高出力運用は禁止。……11号、無視したら殴ってでも止めて」

 

「……了解よ」

 

「なんでお前ら、いつもそういう時だけ息ぴったりなんだよ」

 

 オペラは薬剤ケースを抱え、来た道を引き返した。

 

 クラムと11号は、閉ざされた隔壁の前へ並ぶ。

 

「共同戦線だな」

「久しぶりね、プラム」

「今度は果物……まあ、頼りにしてますよ」

 

 クラムが制御盤へデータジャックを接続する。

 11号は背後へ向き直り、刀を構えた。

 

 数秒後、隔壁が持ち上がる。

 二人はその隙間へ身体を滑り込ませた。

 

 ⸺

 

 搬送路の先には、港湾区全体を管理する旧観測室があった。

 

 壁一面の監視画面では、白い巨腕を振るうブリンガーと、その周囲で戦う六課たちの姿が映し出されている。

 

 白祇重工が塞がれた進路を砕く。

 ヴィクトリア家政が側面から迫るエーテリアスを引き受ける。

 邪兎屋から送られた情報が、六課の進む道を繋いでいた。

 

 だがサラが見ているのは、戦況そのものではない。

 

 変異前後の神経活動

 

 発話中枢の反応

 

 自己認識を示す意識波形

 

 肉体が化物になったあとも、それらの数値は消失していなかった。

 

「ブリンガーを実験台にしておきながら、もう興味なしか?」

 

クラムが壁の映像へ目を向ける。

ブリンガーは妖刀の名を呼び、六課へ激しい攻撃を仕掛けていた。

 

「必要な結果は、もう出ているわ」

「やはり第四研究所の試作品は、自我を失う欠点を取り除くためのものだったのか」

「えぇ、肉体を作り替えるだけなら従来の薬でもできた。必要だったのは、その先よ」

 

サラの手持ちの端末に、意識波形の照合結果が表示される。

変異前と変異後。肉体の形は大きく異なっていたが、二つの波形は同一人物のものとして重なっている。

 

「人としての意識を保ったままのサクリファイス化は完了した。Elixir P07はたしかに有効だった」

「つまり、アイツが勝とうが負けようが、どうなろうが関係ないってわけか」

「そう。ブリンガーは役割を果たしたわ、彼はもう用済み」

 

サラの声には、かつての協力者へ向ける感情など欠片もなかった。

その指が、中央制御端末へ滑る。

サラが、赤いレバーへ手を掛ける。

 

だが、引き切られるより早く、クラムが七陽の先端の一門で撃った。

 

桃色のビームは、レバーの支点だけを正確に砕く。

 

折れた金具が筐体へ噛み込み、レバーは作動寸前で停止した。

 

「悪いね。お前の筋書きどおりにはさせない」

 

サラは壊れたレバーを見つめた。

 

 11号が逃走路を塞ぐ。

 クラムも七陽を構えたまま、サラの手元を見る。

 

 次に出てくるのが武器か、注入器か、別の端末か。

 

 だがサラは、静かに中央端末から手を離した。

 床へ通話状態のままの携帯端末を床に置き、片足で二人の方へ滑らせる。

 

「……何のつもりだ?」

 

「見れば分かるでしょう?」

 

 両手が肩の高さまで上がった。

 

「投降するわ」

 

 クラムは切っ先を下げなかった。

 

「へぇ……随分と諦めがいいな」

 

「逃げ道は塞がれ、記録の消去にも失敗した。ここから抵抗して斬られることに、何の意味があるの?」

 

「忠実なしもべなら、始まりの主のために命懸けで抵抗するんじゃないのか?」

 

「信仰と自暴自棄は別のものよ」

 

 11号が刃を向けたまま近づいた。

 

「後ろを向いて、膝をつきなさい。両手は頭の後ろへ」

 

 サラは、抵抗することなく素直に従った。

 軍用拘束具が両手首へ掛かり、短い電子音が鳴る。

 

 11号がボディチェックをし、小型端末を回収する。

 

「対象を確保。武器の所持なし」

 

 それでもクラムは七陽を収めなかった。

 

「なあ。お前、本当に捕まったって分かってんのか?」

 

 サラが振り返る。

 

「ええ」

 

「だったら、少しくらい困った顔するとかないの?」

 

「捕らえた相手がどんな顔をすれば、あなたは安心できるのかしら?」

 

「少なくとも、迎えを待ってるみたいな顔じゃなければな」

 

 サラは僅かに口元を緩めた。

 

「仲間が助けに来る算段でもあるのか?」

「さあ」

 

 止められた中央端末へ目を向ける。

 

「けれどあなたは、根拠のない答えを嫌うでしょう?」

 

 11号が外部回線を開いた。

 

「こちら11号。対象を確保したわ。容疑は反乱軍への指示、違法薬剤の製造及び施設への侵入、身柄は防衛軍の臨時拘束区画へ移送する」

『了解しました、護送班を向かわせます。鬼火隊長には私から連絡を入れておきます』

「頼むわ」

 

 返答を聞いた瞬間、サラの視線がほんの僅かに動いた。

 

「……今、笑ったか?」

 

「そう? 気のせいよ」

 

「防衛軍へ連れていかれるのが、そんなに嬉しいか?」

 

「いいえ。正しい手順だと思っただけ」

 

 クラムの眉間へ皺が寄る。

 

「11号。搬送まで絶対に目を離すな」

 

「えぇ、ここまで来て逃げられるなんて失態は、絶対に無いわ」

 

 捕らえたのは、防衛軍が追っていた反乱軍へ指示を出した人物でもある。

 その身柄を防衛軍が引き取ること自体はおかしくない。

 

 それでも、細い棘のような違和感が残った。

 

 護送班を待つ間、サラがふとこちらを向いた。

 

「そういえば。私を捕らえた人間の名前を、まだ聞いていなかったわね」

 

「クラム。クラム=アンマイヤーだ」

 

「クラム……」

 

 視線が七陽へ落ちる。

 

「あなたは、それを何だと思っているの?」

 

「古代戦争が残した遺物の一つ。それ以上は知らない」

 

「遺物、ね」

 

 サラは、古い冗談でも聞いたように小さく笑った。

 

「終わったものに使う言葉でしょう?」

 

「……何が言いたい」

 

「今日の無尾と七陽が、初めて出会ったように見えた?」

 

 クラムは答えなかった。

 答えないこと自体が返事になった。

 

「なら、武器の方が人間より歴史に正直ということね」

 

「……お前たちは戦争を、その続きを、“始まりの主”にさせるつもりか?」

 

「続き?」

 

 サラは静かに首を振る。

 

「勝者を決めても、次の争いが始まるだけ。あのお方が再創するのは、勝敗ではないわ」

「じゃあ、何を」

「世界そのものよ」

「ハッ、………世迷い言だな」

「貴方は言ったわね、真実なんて個人の解釈次第だって、覚えておきなさい、クラム=アンマイヤー。今日あなたが触れたのは過去の残骸ではない。今もなお、続いているものよ」

「……」

 

サラは唇の中で「クラム=アンマイヤー」とその音を噛み締め、静かに微笑んだ。

 

「だから、あなたの名前を聞いたのよ」

「……もう会うこともないさ」

 

 その時、港の外周からエンジンの轟音が響いた。

崩れた道路を飛び越え、一台のリバーストライクがホロウの境界を突き破る。

 

先頭に立つのは、巨大な盾を構えたカリュドーンの子のリーダー、シーザー。

 

その後方に、星見雅の姿があった。

 

無尾は静かに鞘へ収まり、その瞳にはもう迷いも青白い炎もない。

 

サクリファイスとなったブリンガーが彼女を認め、明確な憎悪とともにその名を呼ぶ。

 

『皆、待たせた』

 

監視映像越しに、雅の声が届く。

 

サラは振り返らなかった。

彼女にとってブリンガーは、既に必要な結果を残した被験体に過ぎない。

 

クラムは拘束されたサラと、壁の監視画面を交互に見る。

 

「雅さんも間に合ったみたいだ。これで、こっちは終わりのはずなんだけどな」

「何か問題があるの?」

 

11号が尋ねる。

 

「いや」

 

クラムは背中の七陽を見た。

 

サラはもう、何も言わない。静かに護送班の到着を待っていた。

 

「簡単に終わりすぎて、気持ち悪いだけだ」




この場面でオボルス小隊、というか11号を登場させたかった&サラを捕まえたかった。
ここで捕まえたところで……と言ったところで原作に沿わせられそうです。
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