プロメシュースの悔恨 ―新エリー都、その記録の外側で― 作:jolend
『星見雅……幻を振り切ったか』
監視画面の中で、ブリンガーが雅の名を呼んだ。
白く変異した巨体から発せられた声は、ノイズに歪みながらも明瞭だった。
『お前も元凶の一人だな?』
雅が無尾へ手を添える。
『だったら、どうする?』
『なに。容疑者を速やかに捕らえる、これも修行だ』
『フッハハハーッ!! 無駄だ! 妖刀の力は、既に私のものだ! やれるものか!』
ブリンガーが白い巨腕を振り上げる。
周囲のコンテナが浮き上がり、地面から生えたエーテル結晶に呑み込まれた。
結晶を次々と異形の姿を作り上げていく。
「どうやら、素直に捕まるつもりはないみたいだな」
クラムは監視画面から目を離した。
「11号、コイツは頼む」
「了解。私は対象を臨時拘束区画まで護送するわ」
11号はサラの拘束具を確認し、その鎖を握る。
既に観測室の外では、防衛軍の護送班が接近していた。
「引き渡しの記録は残しておいてくれ。誰が、いつ、どこへ連れていったか」
「規定どおり処理するわ」
「なら任せた」
クラムが観測室を出ようとした時、背後からサラの声が届いた。
「行くのね」
「お前の実験台を止めにな」
「止めても、結果は変わらないわ」
「知ってる」
クラムは振り返らなかった。
「だからって、好きに暴れさせておく理由にはならない」
☆
観測室からブリンガーのいるコンテナ埠頭までは、直線距離なら遠くない。
だが、ホロウ内部の空間は既に激しく変動していた。
海岸へ続いていた搬送路が垂直に立ち上がり、倉庫の壁が地面へ沈み込んでいる。
クラムの端末へ、アキラから新しい経路が届いた。
『クラム、そこの通路を右へ、そこから整備用の昇降機を抜ければ埠頭側へ出られる』
「了解だ! イアスは?」
『六課と一緒だ、こっちは問題ない』
クラムは崩れた配管を飛び越え、搬送路を駆け抜ける。
進路を塞いでいた結晶群が、轟音とともに砕け散った。
その向こうでは、白祇重工の重機がコンテナを押し退けている。
崩れたコンテナの隙間を抜ける。
右手では、ヴィクトリア家政が大量のエーテリアスを引き受けていた。
ライカンが先頭の一体を蹴り上げ、リナの電撃が後続をまとめて足止めする。
別の区画では、カリュドーンの子が巨大な結晶体を囲んでいた。
シーザーの盾が、振り下ろされた結晶の腕を正面から受け止め、その隙にライトが懐へ潜り込み、拳を叩き込んで巨大な腕を吹き飛ばした。
『埠頭まであと200メートル!』
邪兎屋から共有された情報が、クラムのAR上へ矢印を表示する。
これまで兄妹たちが、新エリー都で関わってきた者たちが、それぞれのやり方で一つの道を繋いでいた。
クラムは最後の障害を飛び越え、コンテナ埠頭へ降り立った。
☆
そこでは、六課とブリンガーが激突していた。
悠真の矢が白い巨腕へ突き刺さる。
電撃を伴うその矢を起点に展開したワイヤーが腕の動きを止め、蒼角の一撃が足元を凍結させる。
だが、ブリンガーは拘束されたまま腕を振り回した。
ワイヤーが引き千切られ、凍った地面がひび割れる。
「えーっ! なんで止められないの!?」
「まったく……! 本当に頑丈なヤツだな……!」
悠真が次の矢を番える。
「頑丈なだけではありません」
柳がブリンガーの動きを見据えた。
「あれは私たちの動きを見て狙う相手を選んでいます。やはり、エーテリアスでは……」
ブリンガーが後方のイアスへ狙いを定める。
その動きを読んだ雅が間へ入り、妖刀を無尾で受け流した。
「雅さん!」
「終わったのか」
「あぁ!」
コンテナから飛び降りたクラムは七陽を地面へ突き立てる。
周囲へ青白い描画ノイズが走り、クラムの姿が五つに分かれた。
「小細工を!」
ブリンガーが吠える。
白い腕が虚像の一つを叩き潰す。だが本物のクラムはその脇を駆け抜け、七陽を扇状に展開した。砲身から放たれた七本の極太の照射ビームが、光芒となって巨腕の関節に大穴をあける。
体勢を崩したブリンガーへ、雅の斬撃が走る。
だが、傷口から噴き出したエーテルが周囲の結晶へ吸収され、その巨体へ戻っていく。
『エーテル活性がまた上がってる!』
イアスを通じ、アキラの声が響いた。
『みんな、あの目玉に注意してくれ! エーテルを吸収するたびに内部の反応が強くなっている!』
ブリンガーの胸部に、何重もの白い装甲に覆われた奥で、巨大な目が開いた。
「あれが弱点か」
雅はその瞳を見据えた。
だが、目はすぐに装甲の内側へ隠れた。
「開いている時間が短すぎるな……!」
「だったら、また凍らせればいいんだね! いっくよー!」
蒼角が旗を振り回し、地面へ叩きつけた。
氷塊がブリンガーの足元から這い上がる。
全身が凍結し、その動きが一瞬止まった。
「浅羽隊員!」
「はいはい! 分かってますよ!」
悠真の矢が左右から飛来する。
矢はブリンガーの肩と腕へ突き刺さり、展開された電撃ワイヤーが巨体を後方へ引いた。
「こんなものぉ!」
ブリンガーが力任せに拘束を破ろうとする。
クラムは再び複数の虚像を展開した。
何十人のクラムが別々の方向から七陽を構える。
「分身はぁ! こう使う!!」
ホログラムであったはずのクラムの七陽全てから光線が放たれる。しかし、それがブリンガーを貫くことはなく、だが、視線が分散する。
「今です!」
次の瞬間、柳の雷撃が凍結した巨体を貫いた。
氷と雷
二つの異なる反応が衝突し、ブリンガーの体内で爆ぜる。
装甲の隙間から光が漏れ、胸部の目が大きく開いた。
『今だ!』
アキラの声が響く。
「おのれぇ!!」
ブリンガーの周囲へ、残された結晶が集まり始める。
弱点を守るための壁。
だがそれを気にも止めず、雅が地面を蹴る。
無尾が鞘から抜かれた。
青白い狐火は、もう雅を呑み込もうとはしていない。
その意思に従い、一筋の刃となっている。
「星見雅ッ!」
ブリンガーが巨大な刀を振り下ろす。
悪⸺
雅は止まらなかった。
直⸺
妖刀が届くより早く、彼女の姿が掻き消える。
「斬っ!」
一閃
無尾が静かに鞘へ収まる。
鍔の音が鳴る。
その斬撃はホロウを揺るがし、胸部の目を中心に、ブリンガーの巨体へ一本の亀裂が走る。
遅れて、斬撃が内側から炸裂した。
「グォアアアアア⸺ッ!」
白い巨体が仰け反る。
全身を覆っていた結晶が砕け、巨腕が力を失って地面へ落ちた。
地響きとともに、ブリンガーの体が崩壊していく。
それでも、まだ意識は残っていた。
「おのれ……星見…………雅…………」
雅は無尾へ手を添えたまま、倒れたブリンガーを見下ろした。
「終わりだ」
ブリンガーの身体から漏れ出していたエーテルが、急速に弱まっていく。
周囲に生まれた異形も形を維持できなくなり、次々と崩れ落ちた。
静かになった埠頭へ、海の音が戻ってくる。
☆
柳が周囲の状況を確認し、通信回線を開いた。
「こちら六課。対象の戦闘能力喪失を確認しました。周辺のエーテル活性が安定するまで、各員は順次撤収してください」
邪兎屋と白祇重工が帰還経路の確保を始め、ヴィクトリア家政とカリュドーンの子は、残ったエーテリアスの掃討へ移っていた。
クラムは倒れたブリンガーへ視線を向けた。
肉体は動かない。だが、その目はまだ雅を追っている。
「雅さん」
クラムが呼ぶと、雅がこちらを振り返った。
「さっき伝えた通り、サラは確保しました。コイツが使った薬も回収してある」
「そうか」
「俺はそっちの処理に戻るんで。後は任せました」
「ああ」
それだけを交わし、クラムは埠頭を離れた。