プロメシュースの悔恨 ―新エリー都、その記録の外側で―   作:jolend

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The Double Sing 上—②

 11号の消息を確かめるため、クラムとオペラは前哨基地へ向かった。到着する頃には日が傾き始めていた。

 

「11号がここへ来てないか? 連絡しても返事がなくてな」

 

 クラムが切り出すと、レイは端末を操作する手を止めた。

 

「……君たちも、彼女を捜しているのか」

 

 オペラが顔を上げる。

 

「ほかにも?」

「トリガー殿だ。何度もここへ足を運んでいてね。数日前、零号ホロウで11号らしい人物を見たという報告があったから、座標を伝えたんだが……」

「その場所を教えて、私たちも行くわ」

「待ってくれ。そこにはもう彼女が向かったんだ」

 

 レイはオペラを見た。

 

「11号は見つかった。だが、助け出す前に連れ去られてしまったそうだ」

 

 オペラの手が、端末を握ったまま止まる。

 

「……どこへ?」

「そこまではまだ分かっていない」

 

 クラムが自分の端末を開いた。

 

「だったら、こっちの足取りと突き合わせたい」

 

 画面へ、荷物を抱えた受取人の映像を出す。続いて配送車の通行記録を並べた。

 

「俺たちはこの車を追ってきた。薬と軍用の補修部品を運んでたヤツだ。最後に通ったのは零号ホロウの外縁だな」

 

 レイは映像へ身を寄せ、記録にある地名を確かめた。

 

「トリガー殿にも見せて構わないか?」

「ああ、向こうの記録も見せてもらえるならありがたい」

「聞いてみよう。彼女も手がかりを待っているはずだ」

 

 レイが通信端末を取り上げた。

 オペラはその場で待っていた。クラムが隣の椅子を引いても、座ろうとはしなかった。

 しばらくして、レイが二人へ向き直る。

 

「共有してくれるそうだ。ただ、戦闘中の記録だから、かなり途切れているらしい」

「残っているところだけでもいいわ」

 

 オペラの返事に、レイはうなずいた。

 

 ☆

 

 トラックへ戻った二人の前で、数日前の映像が動き出す。

 欠落の多い記録だった。

 

 銃声

 

 途切れた音声

 

 武装した男が、誰かの進んだ方向を指す。

 

 画面が激しく揺れ、しばらく地面だけが映った。

 

「ここ、音は戻せないの?」

「これで全部だ、続きは残ってる」

 

 クラムが再生位置を少し進める。

 遮蔽物の向こうに、見覚えのある軍服が現れた。

 

『11号……!』

 

 記録の中で、トリガーが声を上げる。

 11号は頭を垂れ、身体に力が入っていなかった。両脇を抱えられても、足を踏ん張ろうとする様子さえない。

 オペラは再生を止めかけた。

 

「……止めるか」

 

 クラムの手が操作盤へ伸びる。

 

「いいえ、続きを見せて」

 

 オペラは画面から目を離さなかった。

 止めても変わらない。これは、もう起きたことだ。

 軍服を着た者たちが11号を抱え、遮蔽物の奥へ下がる。

 その動きを追っていたクラムが、画面を止めた。

 

「左だな」

「何が?」

「逃げ口だ」

 

 指先が、崩れた高架の陰を叩く。

 その時点では、裂け目は映っていなかった。

 

「どうして?」

「そこだけ空けてる。味方の逃げ道を塞ぐほど馬鹿じゃないらしい」

 

 再生が進む。

 敵の声が、スピーカーから流れた。

 

『シルバーの復活は止められない』

 

 銃声と同時に、敵が11号を引きずって走る。

 クラムの示した場所で裂け目が開いた。

 紫色の光が、11号を呑み込む。

 トリガーが追おうとした先へ、新たな敵が現れる。

 銃撃が続き、次に高架の陰が映った時には、裂け目は消えていた。

 

 オペラは、閉じた空間を見つめた。

 11号は数日前から、あの向こうにいる。

 自分が薬箱を調べ、帳簿をめくっている間も。

 

「……もう一度、開く直前を見せて」

「行き先までは分からんぞ」

「分かっているわ」

 

 クラムが記録を戻す。

 オペラは、ホロウ内で観測された残留波形と最終座標を保存した。

 配送車の通った道も、外縁の同じ方面へ続いている。

 

 同じ施設へ向かった証拠にはならない。

 それでも、別々に追っていたものがここで初めて重なった。

 

「命令書の経路も調べる」

 

 クラムがもう一台の端末を起動した。

 

「柳には、軍への照会を避けるよう言ったでしょう」

「通常の問い合わせ先は使わない。古い管理系統へ認証番号だけ投げる」

「向こうに記録は残るわ」

「ああ、だから俺の鍵でやる。店の名前もお前や11号のことも入れない」

 

 クラムは接続先を確かめた。オペラの端末との共有を切ってから、薬局の受領控えにある認証番号を入力する。

 

 接続先の防壁に阻まれ、認証待ちの表示が出た。

 クラムが自分の鍵を提示すると、照会画面が開く。

 

「……そのタイプの鍵は抹消されたはずよ」

 

 クラムは答えない。返されたのは、閉鎖された物資管理系統の番号だった。

 第七系統の古い記録へ繋がっている。

 所属欄は空白、クラムは関連記録の照会をかけ、その間に別の検索欄を開いた。

 

《シルバー小隊》

 

 計画終了

 

 所属個体、全喪失

 

「便利な書き方だな」

「何を失ったのか、書かずに済むものね」

 

 オペラは画面を見つめた。

 

 全喪失

 

 死亡も、回収不能も、記録から抹消した者も、管理する側には同じ結末なのかもしれない。

 

「11号もここでは喪失扱いなのね」

「この名簿じゃな、今の所属とは記録を繋いでないらしい」

 

 現在の防衛軍が把握しているオペラは、R.E.L.I.C.のメンバーだ。

 この名簿の中に、今の名前はない。

 クラムが検索結果を保存する。関連記録の照会は、応答待ちのままだった。

 

 その時、トリガーから通信が入った。

 

『記録はご確認いただけましたか?』

「ああ、こっちの受取人と同じ相手かどうかはまだ分からない。だが、運んでた部品は軍の旧規格だ。薬剤の許可証にも古い認証経路が使われてる」

『11号が受け取った命令書にも、同じ経路があったと』

「ええ、私が見たわ」

 

 オペラが答える。

 

『その点も含めて情報を突き合わせたいところです。こちらにも進展がありました』

 

 追跡に失敗したあと、トリガーは仲間を通じて情報を募っていた。

 

 シルバーの復活

 

 その意味を知る人物から、連絡があったという。

 

『明日の朝、六分街で会います』

「相手の名前は?」

『ハンバーガーなき少女、と』

 

 クラムと視線が合った。

 

「心当たりがあるわ」

『お知り合いですか?』

「本人なら、でも会って確かめて」

『承知しました』

 

 通信が切れる。

 クラムは照会番号を控え、端末を閉じた。

 

 ☆

 

 六分街へ戻った時、Random Playの店先にアンビーがいた。

 店の中から呼ばれ、短く返事をして奥へ入っていく。

 以前、邪兎屋と共闘した時と変わらない姿だった。

 

「最近、あそこに泊まってるらしいぞ」

 

 クラムが運転席から言った。

 

「邪兎屋じゃなくて?」

「店先で会った時に聞いた、事情までは知らん」

 

 オペラは閉じた扉を見た。

 アンビーが情報提供者なのか、まだ確認は取れていない。

 それでも、あの名前を知る彼女が、今ここにいる。

 

「守るために、また黙って消えたのかしら」

「ほかのやり方を知らないんだろ。不器用なんだよ、誰かさんと同じでな」

「理由を知らない側には、見捨てられたようにしか見えないわ」

 

 その答えは、自分でも分かっていた。

 あの夜、11号へ同じことを言われたのだから。

 アンビーが仲間を見捨てたとは思っていない。

 ただ、残された側へ何が伝わるかまで、彼女が考えていたのかは分からなかった。

 

 ☆

 

 翌朝、六分街には薄い雲がかかっていた。

 トリガーとの待ち合わせへ向かう少女を、オペラはR.E.L.I.C.のトラックから見送った。

 

 ヘッドホンをつけた白銀の髪

 

 緑を基調とした服

 

 片手には、食べ終えたチキンバーガーの包み

 

 小隊にいた頃とは服も持ち物も違う。それでも、歩き出す前に周囲の退路を確かめる癖は変わっていなかった。

 雑貨店の近くで、トリガーと少女が言葉を交わす。

 

 トリガーの許可した共有回線から声が届いた。今回は、情報提供者の証言を照合するための接続だった。

 11号やオペラと容姿が似ていることを尋ねると、少女は弁明を重ねず、かつてシルバー小隊を指揮していたこと、シルバー小隊の壊滅したあの日は、11号の代わりに作戦へ入ったことを告げた。

 

 自分が本物かどうかは、戦い方を見れば分かるとも。

 声を聞いた瞬間、オペラは右手を強く握り込んだ。

 

「隊長……」

 

 意図せず、呼び名が漏れる。

 送話表示は消えていた。クラムはオペラの方を見ず、画面へ向いたままだった。

 

 少女──アンビーは、トリガーとともにホロウへ入った。

 

 共有された戦闘映像に、剣戟の間隔が刻まれていく。

 初撃、二撃目を浅く入れて退路を限定する。三撃目の前に、半歩だけ味方の射線を空ける。

 シルバー小隊の教本にはない動きだった。

 教本を作った者より先に、アンビーが身につけていた動き。

 オペラは何度も、その半歩に命を救われた。

 

 トリガーも同じ結論へ達したらしい。そして、11号を奪還するために手を組むと告げる。

 二人がホロウから戻ったという通知が点いた。

 共有映像が終わったあと、オペラはトラックの後部扉へ手をかけた。

 クラムが先回りし、扉を背中で塞ぐ。

 

「どいて」

「今お前が出たら、話が余計ややこしくなる」

「既に状況は複雑化しているわ」

「軍の古い名簿じゃ小隊は全喪失だ。11号は現役にいるが、お前やアンビーの今の名前は繋がってない。そこへ自分から生存報告を足してみろ。救出の次に、回収対象を増やすことになる」

「アンビー隊長に協力するのが、そんなにいけない?」

「協力はするさ。お前の昔の所属まで明かすのは11号を取り戻してからだ」

「なぜアナタが決めるの?」

「今回は俺がお前を連れて帰る役だ」

 

 言い方だけなら、保護だった。

 かつて同じ調子で下された命令を、オペラの身体は別の意味で覚えている。

 

 動くな

 

 声を出すな

 

 目を閉じろ

 

 あの時続いたのが銃声だったのか、救命装置の作動音だったのか。記憶は、二つへ割れたままだ。

 オペラは扉から手を離した。

 

「アンビー隊長は、11号を見捨てていなかった」

「そうだな」

「けれど、11号は知らない」

「なら、今度は戻ってくるところまで見せりゃいい」

 

 クラムが背中を外し、代わりに扉を電子錠で施錠した。

 

「それまでは、勝手にいなくなるなよ」

「アナタに言われたくないわ」

 

 返した直後、卓上の端末が鳴った。

 昨日、クラムが軍へ送った照会だった。

 起動時の応答確認で、保存されていた回答が見つかったらしい。

 

「ようやくか」

 

 クラムが椅子へ戻る。

 照会用の端末だけを外部へ接続し、回答の取得を始めた。チップも、その複製を調べた作業端末も繋いでいない。

 

「共有は切ったままにしておけよ」

「分かっているわ」

 

 届いた記録を保存し、照会用端末の画面で内容を確かめる。

 オペラは彼の隣から画面を覗いた。

 添付された物資管理記録の中に、古い命令書が二通あった。

 

 発令時刻は同一

 

 承認鍵も同一

 

 対象部隊は、シルバー小隊

 

《残存個体救出命令》

 

《残存個体処分命令》

 

 オペラの指が止まる。

 署名の検証結果は、どちらも正規の物だった。

 

「……両方とも?」

「ああ」

 

 クラムが二通を並べる。

 同じ部隊を救えという命令と、処分せよという命令。

 どちらが取り消されたのかを示す記載はない。実行結果も添付されていなかった。

 

「これだけじゃ、何が行われたかは分からん」

 

 クラムはそう言い、生データを保存した。

 オペラは彼の横顔を見た。

 丸眼鏡に、二つの命令書が映っている。

 その時、回答一覧に新しい項目が加わる。同じ照会番号に対する追加通知だった。

 

《現個体名11号──収容済》

 

《回収順序を更新》

 

 クラムが回線を抜き、通信表示が消える。

 読み込みかけていた一覧は、途中で止まった。

 オペラは画面へ身を寄せた。

 

 欠損個体

 

 その欄に、見覚えのある識別符号があった。

 

「……私の符号よ」

 

 現在の名前も、R.E.L.I.C.の所属も書かれていない。

 かつて自分を呼び分けるために使われていた文字列だけが、回収対象として並んでいた。

 

「私が生きていると、知っているのかしら」

「分からん、古い一覧を使ってるだけかもしれない」

「11号の収容状況は新しいわ」

「ああ、だからただの保管記録とも思えない」

 

 クラムが通知の宛先を確認する。

 記されていたのは、彼が送った照会の番号だった。

 

「お前に直接届いたわけじゃない。俺の問い合わせにこれを返してきた」

「アナタなら、この符号が誰のものか分かると思った?」

「そこまで知ってるかは別だ。こっちがどう反応するか、見たいだけかもしれん」

 

 オペラは続きを読んだ。

 

《残存個体は帰還せよ》

 

 帰還先の欄には、既に存在しない部隊名がある。

 

「……誰が出した命令なの?」

「名乗りもしないヤツの命令なんか、受ける必要はない」

 

 クラムは受信した通知を、古い命令書とは別に保存した。

 過去の日付を持つ二通。

 今、照会への回答として付け加えられた回収指示。

 同じ画面に現れても、同じ者が出したとは限らない。

 

 チップは封印されたままだった。

 

 自分たちが記録を辿り、その先へ問い合わせた。

 返ってきたのは、探していた資料と、尋ねてもいない帰還先だった。

 

「照会は取り消すの?」

「今は触らない。次に見る時も、この端末だけで確認する」

「……分かったわ」

 

 トラックの外では、アンビーとトリガーが次の行動に移ろうとしていた。

 画面には最後に開いた通知だけが残る。

 

 帰還先──シルバー小隊

 

 

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