プロメシュースの悔恨 ―新エリー都、その記録の外側で― 作:jolend
数時間後、R.E.L.I.C.のトラックは零号ホロウ外縁の荒れた道を登っていた。
荷台の椅子にもたれ、オペラは小型端末を見つめている。
後部扉はまだ施錠されていた。
クラムが認めたのは車内からの観測支援だけだ。救出に協力することと、彼女を現地へ入れることは別らしい。
「候補を絞った」
運転席から声が飛ぶ。
端末に地図が届いた。配送車の通行記録で絞った外縁の一帯へ、トリガーの追跡座標が重なる。
「裂け目の先までは追えない。ただ、この近くに使われていない軍施設がある。そこの旧中継設備が、例の回答に残ってた経由先と一致した」
「向こうが見せたかった場所かもしれないわね」
「だろうな、親切な道案内にしちゃ差出人が怪しすぎる」
「アンビー隊長たちには?」
「候補と根拠は送った。トリガーが外から確かめてる」
「私も──」
「観測を頼む、中へ入る役は足りてる」
オペラは画面へ視線を戻した。足りているなら、それでいい。
それで済むことを、祈るしかなかった。
やがてトラックが尾根の陰で止まる。
共有回線へトリガーの声が入った。
『換気設備が動いています。周囲には警備の反応もあり放棄された施設とは思えません』
『こっちに入口を見つけた』
続いたのはアンビーだった。
車外カメラの映像に、斜面へ身を伏せる姿が映る。
『私はここから入る、11号の場所を確かめたい』
オペラは施設の外壁を拡大した。
通風口の下に、点検用の配線が露出している。
「設備側を調べるわ、開けられる扉があるかもしれない」
『助かるわ』
アンビーが設備の保守用接続口へ小型中継器を差し込んだ。そこを経由して、設備の識別信号がオペラの端末へ届く。
オペラは呼び慣れた役職を口にしかけ、送話を入れる前に止めた。
画面の中でアンビーが斜面を下り始める。
オペラは中継器から換気系統へ入り、残された設備図面と気流や電力の計測値を重ねた。
稼働中の区画は3つあり、中央の実験区画には複数の熱源が、南側は警備ロボの整備施設、北側だけが医療装置に近い周期で電力を消費している。
11号がいるなら、北側の可能性が高い。
「換気路から設備の点検区画へ降りられる。入口のセンサーはこちらで30秒だけ眠らせるわ」
『助かる』
オペラは警戒網へ偽の信号を流した。
監視装置が誰もいない通路を追い始める。そのわずかな隙にアンビーが地下へ消えた。
初めて入る施設のはずなのに、扉へ近づく角度も、曲がり角で速度を落とす位置も、まるで内部の構造を知る者のようだった。
「何か気になるか?」
「いいえ」
答えた直後、アンビーが閉じた扉から半歩だけ離れた。数秒後、内側を巡回していた警備ドローンが通り過ぎる。
駆動音を聞き取った、そう説明はできる。ただ、その半歩がどこか古い記憶と重なった。
アンビーは東側の連絡路を抜け、医療区画の職員用扉へ近づいた。
扉は閉じている。横の通気口から、甘い女の声が漏れていた。アンビーが足を止めると、その声が携行端末を通じてオペラにも届く。
『ねえ、11号。いつまで寝ているつもり? 久しぶりに会ったお姉ちゃんをそんなに退屈させないで』
扉の細い窓越しに、白い拘束台が見えた。
11号が横たわっている。腕には管が繋がれ、呼びかけにも動く様子がない。
その枕元に、女が腰かけていた。
『……ツイッギー』
アンビーが声を落とす。
『11号を確認。北側の医療区画にいた』
オペラは映像を拡大した。11号の顔を確かめてから、音声の増幅を上げる。
ツイッギーと呼ばれた女は、眠る11号へ顔を寄せ、返事も待たず語り続けていた。
アンビーが取っ手を確かめるが、当然扉のロックはかかっており、オペラは映像を記録しながら、扉の制御先を探した。
ツイッギーは眠る11号に語り続ける。
手足を失ってから、どこへ運ばれたのか。誰に売られ、何を調べられたのか。
声はひどく穏やかだった。喫茶店で雑談をするような調子で、身体を切り開かれた時のことまで口にする。
オペラの右手が止まった。
人工神経用の接続材。身体の方を合わせると言った発注者。帳簿の向こうにいた人間の輪郭が、ようやく見え始めていた。
『あの人が欲しがったのは、私の頭の中に残っていたものだったの。あんなに身体をめちゃくちゃにしておいてね。……笑っちゃうでしょう?』
通信が途切れる。
次に拾えたのは、研究資料と記憶を突き合わせたという話だった。
闇医者の女
姉妹
研究
家
オペラの義眼ではない、もうある筈の無い左眼に赤い光が滲む。
非常灯
床に触れた頬
壊された装備
先のない手足
左腕を掴む誰かの手
引き起こそうとしているのか、押さえつけようとしているのか。そこから先は、いつも同じところで途切れる。
「オペラ」
クラムの声で、卓上の画面が戻った。
「聞こえているわ」
オペラは息を吐き、増幅を戻した。
「録音は残しておけ。ただ、聞き取れないところを想像で埋めるなよ」
「分かっているわ」
11号から何かを採取している。研究にはほかにも人が関わっている。
そこまでは聞こえた。何が完成し、何が足りないのかはまだ分からない。
映像の端で人影が動いた。
室内の棚の陰から、黒いマスクをつけた、ツイッギーと同じ姿の少女が現れた。
アンビーは動かなかった。少女は声を上げる代わりに、手元の端末へ指を走らせた。
直後、施設の警報が鳴った。
ツイッギーが顔を上げる。11号のそばを離れ、窓の向こうのアンビーを見た。
『ああ……来てくれたのね……隊長。隠れていないで出てきて、せっかく会いに来てくれたんだから』
『11号を返して』
『ふふっ、私には挨拶もないの?』
ツイッギーの指が、壁の操作盤へ触れた。
職員用扉を覆う防護シャッターが下り始める。奥には、管理階への細い階段が見えた。
『何をしてるの!? 早く来なさい!』
『……』
ツイッギーは少女を促し、その階段へ向かった。二人の姿が窓から消え、11号だけが拘束台に残される。
アンビーが扉へ踏み込もうとした時、連絡路の奥で警備ロボが起動した。
シャッターの向こうでは、足音が遠ざかっていく。扉を破る間背後を守る者はいなかった。
「いったん戻って、通路の銃座を止めるわ」
オペラは中継器を通じて設備の管理系統へ入り、射撃管制への接続を試みた。
「防壁がある、少し待って」
メンテナンス用の通信に紛れ込ませた要求が通り、銃座の照準が止まる。
オペラは開いた操作画面から、管制への妨害を続けた。
アンビーは閉じたシャッターを一度だけ振り返り、身を翻した。
『トリガー、入口へ戻るわ』
『こちらも敵を確認しました。合流地点を送ります』
外周の瓦礫が動く。銃座の覆いが外れ、警備ロボの駆動音が重なる。トリガーは最初の射撃を避け、斜面を下った。
オペラが東側入口の隔壁を開け、二人の合流路を確保する。続けて照明制御を奪い、銃座の識別装置へ偽の標的情報を流し込んだ。
進入してきた警備ロボへ、味方の銃口が向く。
地下から連続した爆発音が響いた。
「十分だ、あとは二人に任せろ」
クラムの指示が届く。
北側区画から設備の管理回線へ警告が上がった。
先ほど映像で確かめた拘束台。その装置番号に中断されていた薬剤投与の再開指示が入っている。
「北側の投与装置がまた動き始めてる!」
「見えてる」
「11号の状態に警告が出ている。それでも次の投与を始めるつもりよ!」
「アンビーたちに戻ってもらう。扉が開けば装置から離せるだろ」
「その扉を今閉じられたのよ……!」
「だからといって、お前が入ったところで状況が劇的に良くなる保証はない」
クラムの言ってる事は正しい。
東側の入口で合流したアンビーとトリガーは、押し寄せる警備ロボを正確に排除してゆく。アンビーが前を崩し、トリガーが後ろから敵の回り込みを防ぐ。戦力は足りていた。
けれど、投与装置の準備工程は止まらない。
オペラが停止命令を送っても、施設側の操作が優先される。投与開始まで残り3分ほどだった。
さらに、起爆装置を備えたドローンが連絡通路へ進んでいた。そこを壊されれば、アンビーたちが医療区画へ向かう道も、患者を運び出す道も塞がれる。
「爆薬まで動かしている。救出路を潰すつもりね」
「こっちから止めようとしてるが、操作を受け付けない」
「見ているだけなら死ぬわ……!」
「なら感想じゃなく成功率で話せ」
オペラは、把握できた設備と移動経路から組んだ予測を開いた。
地上の作業員用ハッチから下りれば、警備ロボが塞いだ連絡路を迂回して、医療区画の手前にある設備室へ出られる。投与装置の電源制御盤はそこにある。
11号へ直接手が届かなくても、追加の投与は止められるはずだった。
その間にアンビーたちが爆薬を排除し、中央区画へ抜けて搬送口を開ければ11号を運び出せる。
「遠隔操作だけで両方を止められる確率は32パーセント。現地へ入れば61パーセント」
「お前自身の損耗を計算に入れてないだろ」
「入れれば58よ、遠隔では間に合わない。私が止めるわ!」
「お前まで閉じ込められたら、誰が拾いに行くと思ってんだ」
「拾わせないようにするから……!」
「約束としてはずいぶん頼りないな」
後部扉の脇へ手を伸ばす。
非常解錠装置の封を、義手でねじ切った。
「オペラ」
「待機命令は受けられないわ」
レバーを引く。警告音が鳴り、ロックが外れた。
開いた扉からゼロ号ホロウの冷たい風が流れ込む。オペラは地面へ降り、尾根の陰にある作業員用ハッチへ走った。
止めろという声は、追ってこなかった。
代わりに、義眼へ北側区画までの経路が届く。
『投与が始まるまで3分だ、それまでに装置を止めろ』
「短い!」
『長居したくなる内装じゃないだろ』
「それは見てから判断する」
『観光に行くんじゃねえぞ!』
マンホールを開け、身体を滑り込ませた。
右義手で梯子の側桁を掴み、両足を壁へ当てて降下する。途中で金具が外れた。落ちた梯子を見送るより先に、横の鉄骨へ手を移す。
肩に衝撃が走る。
義足で壁面を蹴り、下層の足場へ着地した。
『やるからには結果を持って帰れ、あと身体もな、五体満足で帰ってこい』
「今の私はせいぜい2.5体満足よ」
『洒落にならねぇよ。ほら、行くなら早く行け!』
オペラは肩を一度回し、右手の応答を確かめた。義眼に届いた経路を、北側の医療区画まで辿る。
投与装置はまだ動いている。
足場を離れ、配管の並ぶ通路へ踏み出した。