プロメシュースの悔恨 ―新エリー都、その記録の外側で―   作:jolend

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The Double Sing 後—①

 右手を閉じる

 

 開く

 

 今度は、思ったところで指が止まった。

 

「もう1回」

「いつまでやるつもり?」

「待ってろよ、同じように動くか調べてるんだから」

 

 クラムは診断器を見たまま、整備台を指で叩いた。

 オペラはもう1度、右手を握った。

 トラックの外は明るくなっていた。六分街を走る配送車の音に、店を開けるシャッターの音が重なる。

 昨日、11号を運び込んだ時には閉まっていた向かいの窓が開いた。

 

「よし、腕は終わり」

「ありがとう」

 

 クラムは右腕から診断器のコードを外した。オペラは修理された指をもう一度曲げ、袖を戻す。

 

「足は?」

「エンゾウに見てもらうわ。歩けないほどではないもの」

「歩ける、を蹴り合えるに読み替えるなよ」

「善処するわ」

「便利な言葉だねぇ? 誰から学んだのか……」

 

 クラムの端末には、昨夜の地図が残っていた。

 

 最後の区間が欠けた道

 

《真実を知る者より》

 

「そちらは?」

「続きの取得に対象の認証が要る。ご丁寧にお前の符号を指定してる」

「私を繋げば開く?」

「開くかもしれないし、繋いだ先を教えるだけかもしれない。やらないぞ?」

 

 クラムは別の地図を重ねた。

 

 古い設備の点検に向かう作業員が使っていた道だった。現在の道路に埋もれた線が、街の外、ゼロ号ホロウへ延びている。

 オペラは地図から目を離し、自分の端末を上着へ収めた。

 

「少し、出てくるわ」

「足の点検忘れるなよ」

「分かっているわ」

 

 クラムは地図へ向き直った。オペラはその背後を通り、荷台の扉を開けた。

 

 ☆

 

 Random Playでは、リンがカウンターの内側で伝票を揃えていた。

 

「11号なら、トリガーと出かけてるよ」

「外へ?」

「うん、身体の方は落ち着いたから、少し歩いてくるって。トリガーはデートだって言ってたけど」

「えっ、デート? 記憶は?」

「まだ抜けるところがあるみたい。遠くへは行かないし、疲れたらすぐ戻るって」

 

 オペラは、11号が休んでいた部屋の方へ目を向けた。

 

「アンビーも邪兎屋のみんなに会いに行ってるよ。それで、アンタはどうしたの?」

「アナタたち二人にお願いがあるの」

 

 リンが伝票から顔を上げた。

 

「お願い?」

「ええ、私個人の」

 

 ほどなく、アキラが奥から出てきた。オペラの手にある記録媒体を見て、店の奥へ二人を促す。

 リンが扉を閉めるのを待ち、オペラは媒体を机に置いた。

 

「この二つが、本物かどうか調べてほしいの」

 

 オペラは、前日に保存していた指令を開いた。取得した際の照会記録も添えてある。

 クラムが軍へ出した問い合わせに、古い指令と新しい回収通知がまとめて返ってきた。その経緯を、順に説明した。

 

「署名の照合は通っているわ。でも、返してきた相手を信用できない」

「指令そのものにも、手を加えられているかもしれないと?」

「ええ」

 

 アキラは画面を拡大した。

 

「今送られて来ている経路については、クラムも調べているわ。私がお願いしたいのは、こっち」

 

 救出

 

 処分

 

 昨夜、そのどちらに従ったのかを尋ねた。だが、クラムは答えなかった。

 もう一度聞くとしても、同じ二通を見せるだけでは、同じところへ戻ってしまう。

 

 アキラは二つの文面を読み、すぐには何も言わなかった。隣から画面を覗いていたリンも、オペラへ視線を戻す。

 

「ここに持ってきたこと、クラムは知ってる?」

「話していないわ」

 

 オペラは媒体に添えた指を動かさなかった。

 

「彼にもう一度聞く前に知っておきたいの。だからこの依頼の連絡は、私にお願い」

 

「分かったよ。」

 

 アキラはそう答えてから、もう一度画面を見た。

 

「片方が、あとから作られた可能性を調べたいんだね」

「ええ。どちらか一方でも」

「ただ、必ず答えが見つかるとは約束できない。それでもいいかい?」

「分かっているわ」

 

 オペラは媒体から手を離した。

 

「調べられる範囲でいい。私が渡したものの中に答えがあるのか」

 

 アキラは頷き、確認用の画面を開いた。

 

「解析はFairyに任せるよ」

「フェアリー?」

「うちで解析を担当しているんだ。Fairy、この記録を確認してくれるかい?」

 

 スピーカーから声がした。

 

『了解。外部へ通信できない隔離環境で確認します。添付プログラムは実行せず、記録部分のみを解析対象とします』

 

 オペラは音のした方を見る。

 

「……よろしくお願いするわ」

『資料が不足する場合は、必要な項目をお知らせします。なお、不足分を推測や考察、妄想で補うサービスは含まれていません』

「……ユーモアのあるAIアシスタントね」

 

 リンが指令の番号を控える。

 

「じゃあ、私はこの番号から当時の記録を探してみるね。同じところの答えを二つ並べても、そろって嘘だったら困るでしょ?」

「お願い」

 

 依頼の内容と連絡先を確認し終えると、アキラは媒体を預かった。

 

「結果が出たら、君に知らせるよ」

 

 部屋を出ると、店の入口でアンビーと行き会った。

 アンビーに似た、小さな人形を持っている。

 

「貰ったの?」

「うん」

 

 アンビーは少しだけ、人形を持ち上げた。

 

「帰ったら、またみんなと話すの。そう約束したわ」

「邪兎屋のみんなと?」

「うん、みんなと」

 

 ☆

 

 その夜、オペラは廊下で足を止めた。

 扉が、わずかに開いていた。

 11号の寝台の脇にアンビーが座っている。昼間持っていた人形は小さな棚へ置かれていた。可愛らしい丸い顔が、二人のいる方を向いている。

 

 部屋の中から、声が聞こえた。

 

 昔の呼び名

 

 置いていった理由

 

 謝罪の言葉

 

「……ハリン」

 

 オペラは扉へ触れかけた手を下ろした。

 自分の知らないことが、あの中にはある。知りたいからといって、きっと今ここで聞いてよいものではなかった。

 声が途切れ、しばらくして扉が開く。

 

 彼女は廊下にいるオペラを見ても、驚かなかった。

 

「眠ったの?」

「……話したことを忘れたわ」

 

 アンビーの手は、何かを握っていた形のまま止まっていた。

 

「忘れてしまうと分かっていたから、話せたの」

 

 オペラは返事を探した。

 

 いいこととも、卑怯とも言えなかった。

 

「次に話すことまで、なくなったわけではないでしょう」

 

 アンビーは部屋を振り返った。

 

「うん」

 

 店の方では、アキラとリンが待っていた。

 

 アンビーは二人の前へ進む。

 

「プロキシ先生。もう一度、あの研究所へ行きたいの」

 

 リンが腕を組む。

 

「……また一人で行っちゃうつもりじゃないよね?」

「そのつもりだったわ。でも、やめた」

 

 アンビーは顔を上げた。

 

「私の問題だから、一人で片づけるべきだと思ってた。でも、それで帰れなくなったら、またみんなを待たせてしまう。……案内をお願いできる?」

 

 アキラがカウンターの鍵を取った。

 

「もちろんだ。僕たちが案内するよ。行きだけじゃなく、帰りもね」

「ええ。そのつもりで頼んでいるわ」

 

 オペラの端末が短く震えた。

 クラムからだった。

 

『搬入車が動いた。昨日とは違う荷だ。荷下ろしが終わる前に、外から確かめる』

 

 オペラは返信を送る。

 搬入口へ向かう外側の経路を確認する。

 少し間を置いて、着信に切り替わった。

 

 オペラは店を出る前に、誰もいない廊下へ戻って通話を開いた。

 

『足の点検は?』

「済んでいるわ」

『そうか……ツイッギーを止めに行くんだな』

「えぇ」

 

 受話口の向こうで、何かを机に置く音がした。

 

『あの女を連れ戻してみんなで仲直り。そういうハッピーエンドはありえない』

 

 オペラは黙って聞いていた。

 

『失ったものは戻らない、11号にやったことも消えない、生きて外へ出たら今度は犯した罪の責任を問われる』

「分かっているわ」

『お前に助けられたとは思わないかもしれない。余計なことをしたなと恨まれるかもしれない』

 

 オペラは右手で端末を持ち直した。今朝、クラムが直した指は滑らかに動いた。

 

「それは、ツイッギーが決めることよ」

『……それでも行くか?』

「ええ、それでも、生きていてほしいの」

 

 口にしてから、オペラは一度息を継いだ。

 

「連れ出した先でどうなるか私にも分からない。良かったと思ってもらえないかもしれない。より悪い結果になるかも知れない……でも、ここで待っているつもりはないわ」

『連れ出せたら、それで終わりにはできないぞ』

「終わりにしない。あの人が私と話したくなくても、治療を受けられる場所は探す。その後のことも、放り出さないわ」

 

 返事のない間に、店の方から扉を閉める音が聞こえた。

 

『……分かった。搬入口の外は俺が調べる。中へ入る前に連絡しろ』

「ありがとう」

『礼は帰ってからでいい。帰りの人数が増えそうなら、早めに言ってくれ』

 

 通話が切れた。

 

 オペラは端末を収め、廊下を引き返した。

 店の奥では、アキラとリンが経路を確認している。

 

「私も入るわ。アンビーとは、ルートを分けたいの」

 

 オペラは地図に残るメンテナンス用の通路を指した。

 

「ここを調べる。荷下ろし場の近くへ出られれば、退路にも使えるはずよ」

「今も通れるかは分からないよ。塞がっていたら知らせてね!」

「ええ。中へ入る前に連絡するわ」

 

 リンが通路へ印を付け、アキラが別の画面を開いた。

 

「クラムには、こちらからも位置と進行状況を伝える。内部の映像は僕たちで確認するよ」

 

 クラムは搬入車と外周を調べる。アキラたちはアンビーを案内し、オペラから届く情報で別の出口を探す。

 オペラは携行ケースの留め具を確かめ、上着の裾を戻した。

 入口で、アンビーが振り返った。

 

「向こうで会いましょう」

「ええ」

 

 アンビーが頷き扉を開けた。オペラもその後へ続く。

 

 11号は連れ帰ることができた。

 

 今度はツイッギーを、あの場所から連れ出すために向かう。

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