プロメシュースの悔恨   作:jolend

2 / 8
#2 スコット前哨基地

ホロウの裂け目を抜けた瞬間、視界が一気に開けた。

肌を刺すようなエーテルの圧迫感が薄れ、代わりに頭上から吹きつけたのは、離陸していくヘリコプターの風だった。

 

スコット前哨基地

 

巨大な零号ホロウを背景に、無数のテントや調査用コンテナが並び、大型輸送車が絶え間なく行き交っている。

重厚な防護服を着た兵士や調査員たちは、戻ってきた二人へ目を向ける余裕もなく忙しなく動き回っていた。

 

「ハァ~……疲れた」

 

「ようやく戻ってきたか。君たちに限って、断層の中でくたばるとは思っていなかったが」

 

聞き覚えのある声に、クラムが顔を上げる。

こちらへ歩み寄ってきたのは、眼鏡の奥から冷静な視線を向ける女性だった。

ホワイトスター学会の研究員にして、スコット前哨基地で零号ホロウ対応の統括を行うレイ・エリツィンだ。

 

「あれだけ道中が長ければ、そりゃ時間もかかりますよ。ほとんど休みなしで動きっぱなしだったんですから」

 

前哨基地のテントへ入り、クラムは空になったデータポスト用のバッグをレイの机へ置いた。

 

「持っていったデータポストを……使い切った?」

 

レイはバッグの中を確認し、怪訝そうに眉を寄せる。

 

「まさか、最奥の第4研究所まで行ったのかい? 二人だけで?」

「おかげで相方の足はオシャカだし、俺の肩はゴリゴリですけどね」

「誰のせいだと思っているの?」

 

近くの椅子へ腰を下ろしたオペラが、軋む音を立てる義足をさする。

 

「ああ、それと。外周部にしては異様に高いエーテル反応があるって言われてたやつ、デッドエンドブッチャーのドッペルゲンガーでしたよ」

 

「……君がここへ戻ってきたということは、それも倒したのだろう?大したものだね…」

「エッヘヘ、褒められちゃった」

「引かれているのよ」

 

 

クラムは丸眼鏡を押し上げ、満面の笑みを浮かべるが、オペラは義手で銀髪のはえた頭を抱える。

 

レイは深く追及することなく、受け取ったデータ端末を自分のコンソールへ接続した。

 

「環境データはすぐに学会のサーバーへ保存しておこう。これで断層深部の探索も進めやすくなる」

 

転送状況を確認しながら、レイが眼鏡の位置を直す。

 

「それと、私から君たちの本当の素性や、『深部』で何をしていたのかを追及するつもりはないよ。研究に必要な情報を持ち帰ってくれた。それで十分だ」

 

「相変わらず話が早くて助かります」

 

「ただし学会の名を使う以上、最低限の報告は忘れないでくれ。協力には感謝している。また何かあれば頼むよ」

 

「はいよ~。レイさんも何かあれば呼んでください」

 

クラムは無邪気な笑顔を崩さず、ひらひらと手を振った。

レイもそれ以上踏み込まず、手際よくデータの引き継ぎを終える。

研究第一である彼女らしい、割り切った距離感はクラムたちにとってもありがたいものだった。

 

「ふぅ……これで表向きの仕事は完璧、と」

 

テントを出たクラムは、基地の奥まった区画へ停めていたトラックへ向かった。

荷台には

『ホワイトスター学会 大崩壊前史研究部門 WSI:R.E.L.I.C』

と白い塗装で文字が刻まれている。

 

「ほら、手を貸すよ」

 

運転席へ荷物を放り込み、助手席の扉を開ける。

 

「……情けないわね」

 

「そう自分を責めるなって。整備を怠ったわけじゃない。あそこのエーテル濃度が異常だったんだ」

 

クラムは、歩くたびに義足を軋ませるオペラへ手を差し出した。

彼女は僅かに躊躇したあと、その手を取って助手席へ乗り込む。

 

「……アナタがいなかったら、私はあそこで死んでいたかもしれないのよ」

 

安全地帯で限界を迎えたオペラを、クラムは帰路の途中から背負って運んできた。

自力で歩けなかったことが、彼女のプライドに触れたのだろう。

オペラは生身の左手で、機械化された右腕を強く握る。

クラムはそれを一瞥したが、何も言わなかった。

からかうことも、慰めることもせず、ただトラックのエンジンを始動させる。

エンジンの低い振動が車内を満たし、二人を乗せたトラックはスコット前哨基地をあとにした。

 

 

「帰りに六分街へ寄ろう。『TURBO』で義体を見てもらわないと」

 

ハイウェイへ入ったところで、クラムが言った。

 

「俺も借りてたビデオを返さないといけないし」

「…いつも思うのだけれど、ビデオを借りるのは『Random Play』じゃないと駄目なの?」

 

オペラは銀髪を束ねたローポニーテールを指先で弄りながら、窓の外へ視線を向けている。

 

「サブスクじゃ見られない作品があるんだよ。最近は昔のヒーロー映画が俺の中で熱くてね」

「それって、邪兎屋のビリーがいつも言っているやつ? ほら、スターライトナイト」

「いや、それじゃない。あれも面白いんだが……あ゛ぁ、しまった!」

「何!?」

 

オペラが反射的に身構える。

 

「前哨基地で昼飯を食えばよかった!11号から、基地のカレーは美味いって聞いてたんだよなぁ……」

「…もしかして、スターライトナイトの赤色からカレーを連想したの?」

「うん」

「アナタ、よく天然って言われない?」

「失敬だな! 俺の身体は百パーセント天然由来だよ!」

「そういう話はしていないわ」

 

オペラが呆れたように溜息を吐く。

ラジオが14時を回ったことを知らせた。

交通状況を考えれば、六分街へ着く頃には夕方になっているだろう。

 

「一応、夕方には着けそうだってエンゾウおじさんへ連絡しておくわね」

「頼むよ。監視映像の復元処理は荷台の端末で走らせてるから、頑張れば明日には結果が出るはずだ」

「…まさか、そのまま二徹するつもり?」

 

携帯端末で修理の連絡を入れながら、オペラが眉をひそめた。

 

「今日すぐ解析したところで、状況が変わるわけではないでしょう」

「いやいや、さすがの俺でもそこまで不健康な生活はしないって」

 

クラムは運転席の背もたれへ身体を預ける。

 

「お前もずっとナビゲートしてたんだ。六分街へ着くまで寝てていいぞ」

「丸一日近く荷物を背負ってホロウを歩き回って、あの化け物と戦ったのよ。私よりアナタの方が疲れているでしょうに」

「フッ。タフって言葉は俺みたいなヤツのためにあるんだよ」

「寝不足の人間が言っても説得力がないわ」

「いいから寝た寝た」

 

軽口の中に、拒否を許さない柔らかな強さがあった。

オペラはしばらくクラムの横顔を見つめていたが、やがて諦めたように目を閉じる。

 

「分かったわ。お言葉に甘えさせてもらう。……ねぇ、クラム」

「ん?」

「アナタも無理は駄目だからね。運転中に眠くなったら、すぐに休憩所へ停めなさい」

 

僅かに言葉を切る。

「…絶対に、事故なんて起こさないで」

「はいはい。分かってますよ」

 

クラムは前方から視線を逸らさず、穏やかに答えた。

 

「安全運転で送り届けるから、余計なことを考えずに休みな」

 

それで安心したのか、隣からほどなく静かな寝息が聞こえ始める。

義体の幻肢痛に耐え、ホロウ内で神経を削り続けたオペラが、ようやく訪れた安らぎの中で眠りについた。

 

「なんだ。やっぱり限界だったんじゃないか」

 

クラム自身も、身体の奥に重い疲労を感じていた。

眠気覚ましのエナジードリンクを開け、単調なハイウェイを進んでいく。

 

車内ラジオから流れてきたのは、『千面相』と呼ばれるプロキシ集団の主要メンバーが、対ホロウ六課によって一斉に摘発されたというニュースだった。

 

「柳さんが主導したやつか」

 

クラムとオペラも、表向きはホワイトスター学会の調査員として捜査へ協力している。

連中の通信を妨害し、ホロウ内外に散らばっていた構成員の位置を割り出す。

月城柳たち六課が主犯格へ辿り着けたのも、その支援があったからだ。

 

「でも、このニュースは少し前から何度も流れてたよな。市長選が近いから、ホロウレイダーへの牽制も兼ねてるのか?」

 

少なくとも、六課へ協力した身としては、もう少し報奨があってもいいような気がするが。

そんなことを考えながらラジオの音量を下げ、アクセルを僅かに踏み込んだ。

エンジンの重低音が一段高くなり、トラックが滑らかに速度を上げる。

六分街へ近づくにつれ、サイドミラーに映る西日が橙色を帯び始めていた。

 

ハイウェイの防風壁の隙間から、遥か遠くに新エリー都の高層ビル群が見える。

黄金色の光を浴びてそびえ立つ都市を眺めながら、クラムは呟いた。

 

「さて。今度は何を借りようかな」




誤字脱字等あればご指摘ください。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。