プロメシュースの悔恨   作:jolend

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#3 六分街

「おい、起きろ~。六分街へ着いたぞ」

 

 助手席へ声をかける。

 オペラはゆっくりと目を開き、白い髪を手櫛で整えながら顔を上げた。

 

「……どのくらい寝てた?」

「二時間ちょっとかな。おかげで静かなドライブだったよ」

「それは良かったわね」

 

 トラックは、六分街の『TURBO』にほど近い駐車スペースへ停められていた。

 空はすでに茜色へ染まり、商店街には仕事や学校を終えた人々の姿が増え始めている。

 クラムは運転席から降りると、助手席側へ回って扉を開けた。

 

「ほら、掴まって」

 

 オペラの華奢な身体を抱えるように支え、二人で西日に染まる路地を横切る。

 歩くたび、限界を迎えた義足から耳障りな軋みが漏れた。

 

 見慣れたガレージ──カスタムショップ『TURBO』の暖簾をくぐる。

 

 店内には油と金属、溶接の臭いが満ちていた。

 

 作業場の奥では、大きなスパナを握った男がボンプの部品を調整している。

 入口のベルに気づいた男が振り向いた。

 

「おう、来たか。待ってたぞ」

 

 ☆

 

「まったく、どんな無茶をしたんだ? これは今日中にどうにかできる状態じゃないぞ」

 

 作業台の上には、オペラから取り外された二本の義足が並んでいた。

 エンゾウは外装を外し、エーテルに侵食された内部部品を確認している。

 

「……ごめんなさい、エンゾウおじさん」

「別に怒ってるわけじゃねぇ。この俺が仕上げた傑作を、ここまで派手に壊すような無茶が何だったのか聞きたいだけさ」

「守秘義務があるから、詳しくは話せないけれど。それでもよければ」

「構わねぇよ」

 

 エンゾウは豪快に笑い、交換用の部品箱を引き寄せた。

 

「よし。オペラはしばらくここにいてもらうぞ。この状態だと、最低でも今夜いっぱいはかかる。仕上がるのは明日の朝一番ってところだな」

「分かったわ」

「あぁ、ずっと作業場にいろって意味じゃないぞ。話を聞いたあとは、ボンプたちにトラックまで送らせる」

 

 エンゾウはクラムへ顔を向けた。

 

「お前はどうする? 悪いが、俺でもその武器は見られねぇ。構造が理解できないものは、整備のしようがないからな」

「うん、分かってる。コイツは自分で見ますよ」

 

 クラムは背中の武器へ軽く触れる。

 七陽の構造を完全に把握している者は、クラム自身を除けばほとんどいない。

 ホワイトスター学会も、軍も、TOPSも、その正体までは理解しておらず、『解析不能な高出力兵装』として扱っているだけだ。

 

「俺は借りてたビデオを返して、少し時間を潰してきます。今日泊まる場所も考えないと」

 

 それからオペラへ向き直る。

 

「何か欲しいものがあったら、ついでに買ってくるよ」

「ええ、お願い」

 

 クラムは手を振り、油の臭いが立ち込める『TURBO』をあとにした。

 

 ☆

 

『TURBO』から目と鼻の先。

 

 少し古めかしい黄色の外観をしたビデオ店、『Random Play』へ足を向ける。

 扉を開けると、小さなベルの音が店内へ響いた。

 壁一面の棚には、新旧さまざまなビデオのパッケージが整然と並んでいる。

 

「こんにちは~店長。借りてたビデオを返しに──」

 

 カウンターに店長兄妹の姿はない。

 

 代わりに、白黒のツートンカラーをしたボンプが、カウンターの向こうからぴょこんと顔を出した。

 

 胴体には『18』の番号。首元には赤いスカーフ。

 

『Random Play』の店番を務めるボンプ、18号(トワちゃん)だった。

「ンナ! ワタンナ〜!(あっクラムさん! いらっしゃいませ!)」

 

 18ちゃんはクラムの顔を見ると、短い手をパタパタと振って愛想よく挨拶をした。

 

「ハーイ18ちゃん、いつもご苦労様。……アキラ君とリンちゃんはまた留守かい?」

「ンナナ、ワタ(郊外へ出張中なんです。だから留守の間のビデオの取り扱いは任せて下さい!)」

「へぇ〜、郊外に」

 

 クラムは返却するビデオをカウンターへ置き、薄桃色の後ろ髪を撫でた。

 パエトーン兄妹の方は、逃亡したパールマンを追う計画か進んでいるのだろう。

 

(ブリンガーを追い詰めるための、もう一つの経路か)

 

 ヴィジョンが行った爆破解体では、住民を閉じ込めるために治安局の装備が使われていた。

 一企業が簡単に用意できる代物ではない。

 それを誰が横流ししたのか。

 

 パールマンの身柄か、彼が持つ記録を押さえられれば、ブリンガーへ繋がる不正の証拠を引き出せる可能性がある。

 

 ただし、パールマンの確保に失敗した場合

 

 途中で口封じされた場合

 

 あるいは、彼の持つ情報そのものが決定打にならなかった場合は、ブリンガーを失脚させるための証拠は失われる。

 

 だからこそ、上はクラムたちを第四研究所へ送り込んだ。

 

 表向きの任務は、アルペジオ大断層の環境調査

 だが本命は試作サクリファイス化薬剤の回収であり。カルト組織である讃頌会とブリンガーの繋がりを示す、別の物的証拠を確保するためだった。

 

(だけど、あの兄妹が郊外で動いているなら、話は変わる)

 

 クラムはビデオの棚へ視線を移しながら考える。

 パエトーンのプロキシとしての手腕は極めて高い。

 彼らがパールマンの身柄と決定的な証拠を確保できれば、ブリンガー失脚までの道筋は成立する。

 もし手間取ることがあれば、11号を通じてオボルス小隊へ協力を頼むよう、それとなく誘導することもできるだろう。

 クラムとしては、大事になる前から防衛軍を動かしたくはなかったが。

 

(今の俺たちが優先して追うべきなのは、ブリンガー本人じゃなくなりそうだ)

 

 脳裏へ浮かぶのは、第四研究所の監視映像。

 

 白い服を着た一団

 

 その先頭にいた、赤い服の人物

 

(追うべきは、試作薬剤を持ち去った赤い服のやつだ)

 

 パールマンの証拠によってブリンガーを追い詰められたとしても、持ち出された薬剤が消えるわけではない。

 あれを野放しにすれば、新エリー都で新たな惨劇が引き起こされる可能性がある。

 

 監視映像の復元結果が出たら、行方をくらませたヴィジョンの関係者と、ブリンガーが接触していたTOPSの人間も洗い直す必要があるだろう。

 

(実質的に爆破計画を主導した、サラとかいう女も怪しいんだよな)

 

 赤服の人物と近い格好の女であるが、現状一致しているのはその程度だ。

 顔の見えない監視映像だけでは、まだ同一人物と断定できない。

 

「ンナ?」

 

 考え込んでいたクラムを心配したのか、18ちゃんが首を傾げて顔を覗き込む。

 

「ああ、ごめんごめんトワちゃん。ちょっと考え事をしてた」

 

 クラムは笑って誤魔化した。

 

「返却はこれで最後。ついでに、何本か新しいのを借りていくよ」

 

 実写ヒーロー映画の棚へ手を伸ばす。

 その時だった。

 

「⸺お久しぶりですね、クラムさん。このような場所でお会いするとは」

 

 静かで落ち着いた、凛とよく通る声。

 クラムの手が止まる。

 扉が閉まるとベルが鳴り、ゆっくりと振り返ると、『Random Play』の入口に一人の女性が立っていた。

 

 アンダーリムの眼鏡。

 ピンクがかった長い髪を束ね、知性と冷静さを同居させた端正な顔立ち。

 身に纏っているのは、新エリー都の治安を守る最高峰の精鋭部隊──対ホロウ6課の制服。

 

「……柳さん」

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