「おい、起きろ~。六分街へ着いたぞ」
助手席へ声をかける。
オペラはゆっくりと目を開き、白い髪を手櫛で整えながら顔を上げた。
「……どのくらい寝てた?」
「二時間ちょっとかな。おかげで静かなドライブだったよ」
「それは良かったわね」
トラックは、六分街の『TURBO』にほど近い駐車スペースへ停められていた。
空はすでに茜色へ染まり、商店街には仕事や学校を終えた人々の姿が増え始めている。
クラムは運転席から降りると、助手席側へ回って扉を開けた。
「ほら、掴まって」
オペラの華奢な身体を抱えるように支え、二人で西日に染まる路地を横切る。
歩くたび、限界を迎えた義足から耳障りな軋みが漏れた。
見慣れたガレージ──カスタムショップ『TURBO』の暖簾をくぐる。
店内には油と金属、溶接の臭いが満ちていた。
作業場の奥では、大きなスパナを握った男がボンプの部品を調整している。
入口のベルに気づいた男が振り向いた。
「おう、来たか。待ってたぞ」
☆
「まったく、どんな無茶をしたんだ? これは今日中にどうにかできる状態じゃないぞ」
作業台の上には、オペラから取り外された二本の義足が並んでいた。
エンゾウは外装を外し、エーテルに侵食された内部部品を確認している。
「……ごめんなさい、エンゾウおじさん」
「別に怒ってるわけじゃねぇ。この俺が仕上げた傑作を、ここまで派手に壊すような無茶が何だったのか聞きたいだけさ」
「守秘義務があるから、詳しくは話せないけれど。それでもよければ」
「構わねぇよ」
エンゾウは豪快に笑い、交換用の部品箱を引き寄せた。
「よし。オペラはしばらくここにいてもらうぞ。この状態だと、最低でも今夜いっぱいはかかる。仕上がるのは明日の朝一番ってところだな」
「分かったわ」
「あぁ、ずっと作業場にいろって意味じゃないぞ。話を聞いたあとは、ボンプたちにトラックまで送らせる」
エンゾウはクラムへ顔を向けた。
「お前はどうする? 悪いが、俺でもその武器は見られねぇ。構造が理解できないものは、整備のしようがないからな」
「うん、分かってる。コイツは自分で見ますよ」
クラムは背中の武器へ軽く触れる。
七陽の構造を完全に把握している者は、クラム自身を除けばほとんどいない。
ホワイトスター学会も、軍も、TOPSも、その正体までは理解しておらず、『解析不能な高出力兵装』として扱っているだけだ。
「俺は借りてたビデオを返して、少し時間を潰してきます。今日泊まる場所も考えないと」
それからオペラへ向き直る。
「何か欲しいものがあったら、ついでに買ってくるよ」
「ええ、お願い」
クラムは手を振り、油の臭いが立ち込める『TURBO』をあとにした。
☆
『TURBO』から目と鼻の先。
少し古めかしい黄色の外観をしたビデオ店、『Random Play』へ足を向ける。
扉を開けると、小さなベルの音が店内へ響いた。
壁一面の棚には、新旧さまざまなビデオのパッケージが整然と並んでいる。
「こんにちは~店長。借りてたビデオを返しに──」
カウンターに店長兄妹の姿はない。
代わりに、白黒のツートンカラーをしたボンプが、カウンターの向こうからぴょこんと顔を出した。
胴体には『18』の番号。首元には赤いスカーフ。
『Random Play』の店番を務めるボンプ、18号(トワちゃん)だった。
「ンナ! ワタンナ〜!(あっクラムさん! いらっしゃいませ!)」
18ちゃんはクラムの顔を見ると、短い手をパタパタと振って愛想よく挨拶をした。
「ハーイ18ちゃん、いつもご苦労様。……アキラ君とリンちゃんはまた留守かい?」
「ンナナ、ワタ(郊外へ出張中なんです。だから留守の間のビデオの取り扱いは任せて下さい!)」
「へぇ〜、郊外に」
クラムは返却するビデオをカウンターへ置き、薄桃色の後ろ髪を撫でた。
パエトーン兄妹の方は、逃亡したパールマンを追う計画か進んでいるのだろう。
(ブリンガーを追い詰めるための、もう一つの経路か)
ヴィジョンが行った爆破解体では、住民を閉じ込めるために治安局の装備が使われていた。
一企業が簡単に用意できる代物ではない。
それを誰が横流ししたのか。
パールマンの身柄か、彼が持つ記録を押さえられれば、ブリンガーへ繋がる不正の証拠を引き出せる可能性がある。
ただし、パールマンの確保に失敗した場合
途中で口封じされた場合
あるいは、彼の持つ情報そのものが決定打にならなかった場合は、ブリンガーを失脚させるための証拠は失われる。
だからこそ、上はクラムたちを第四研究所へ送り込んだ。
表向きの任務は、アルペジオ大断層の環境調査
だが本命は試作サクリファイス化薬剤の回収であり。カルト組織である讃頌会とブリンガーの繋がりを示す、別の物的証拠を確保するためだった。
(だけど、あの兄妹が郊外で動いているなら、話は変わる)
クラムはビデオの棚へ視線を移しながら考える。
パエトーンのプロキシとしての手腕は極めて高い。
彼らがパールマンの身柄と決定的な証拠を確保できれば、ブリンガー失脚までの道筋は成立する。
もし手間取ることがあれば、11号を通じてオボルス小隊へ協力を頼むよう、それとなく誘導することもできるだろう。
クラムとしては、大事になる前から防衛軍を動かしたくはなかったが。
(今の俺たちが優先して追うべきなのは、ブリンガー本人じゃなくなりそうだ)
脳裏へ浮かぶのは、第四研究所の監視映像。
白い服を着た一団
その先頭にいた、赤い服の人物
(追うべきは、試作薬剤を持ち去った赤い服のやつだ)
パールマンの証拠によってブリンガーを追い詰められたとしても、持ち出された薬剤が消えるわけではない。
あれを野放しにすれば、新エリー都で新たな惨劇が引き起こされる可能性がある。
監視映像の復元結果が出たら、行方をくらませたヴィジョンの関係者と、ブリンガーが接触していたTOPSの人間も洗い直す必要があるだろう。
(実質的に爆破計画を主導した、サラとかいう女も怪しいんだよな)
赤服の人物と近い格好の女であるが、現状一致しているのはその程度だ。
顔の見えない監視映像だけでは、まだ同一人物と断定できない。
「ンナ?」
考え込んでいたクラムを心配したのか、18ちゃんが首を傾げて顔を覗き込む。
「ああ、ごめんごめんトワちゃん。ちょっと考え事をしてた」
クラムは笑って誤魔化した。
「返却はこれで最後。ついでに、何本か新しいのを借りていくよ」
実写ヒーロー映画の棚へ手を伸ばす。
その時だった。
「⸺お久しぶりですね、クラムさん。このような場所でお会いするとは」
静かで落ち着いた、凛とよく通る声。
クラムの手が止まる。
扉が閉まるとベルが鳴り、ゆっくりと振り返ると、『Random Play』の入口に一人の女性が立っていた。
アンダーリムの眼鏡。
ピンクがかった長い髪を束ね、知性と冷静さを同居させた端正な顔立ち。
身に纏っているのは、新エリー都の治安を守る最高峰の精鋭部隊──対ホロウ6課の制服。
「……柳さん」