対ホロウ6課副課長、月城柳。
トラックのラジオで報じられていた千面相事件を指揮した人物が、そこに立っていた。
「……柳さん」
「お久しぶりです、クラムさん。こんなところでお会いするとは、奇遇ですね」
「本当ですよ。対ホロウ6課の副課長様が、こんな下町のビデオ屋で何をしてるんですか?」
クラムは大袈裟に周囲を見回す。
「千面相の事件が片づいたばかりなんでしょう? まだ仕事は山積みじゃないんです?」
「その帰りに立ち寄っただけですよ。このところ連勤続きでしたので、少し頭を休めたくて」
柳の視線が、店内の棚を静かに巡る。
「その……昔のパニックホラー映画でも観ようかと」
「……どうして頭を休めるためにパニックホラーを?」
「あまり深く考えずに観ることができるからでしょうか?」
「へ、へぇ~」
パニックホラーで、本当に頭が休まるのだろうか。
張り込みの際に勧められた、あんぱんへの妙な情熱といい、柳も随分と変わった人物である。
六課の面々を思い浮かべ、クラムは頬を掻いた。
「そういえば、ラジオで千面相の主要メンバーが捕まったって聞きました。事件のその後はどうなったんです?」
月城柳は、千面相と呼ばれるプロキシ集団の摘発を指揮した人物だ。
クラムとオペラも、表向きはホワイトスター学会の調査員として捜査へ協力している。
「H.A.N.Dとしては、組織をほぼ壊滅まで追い込んだと判断しています」
柳は言葉を選びながら答えた。
「ですが、あれほど多くの人員を抱えていた集団です。逮捕を免れた残党もいるでしょう。私としては、まだ油断できないと考えています」
「まあ、あの人数じゃ全員まとめてとはいきませんよねぇ」
「それでも、主犯格の検挙まで円滑に進められたのは、クラムさんとオペラさんの協力があったからです」
柳がクラムへ向き直る。
「言葉が適切かは分かりませんが、あの時は『非常に手際の良いご協力』をいただきました。改めて感謝します」
「なぁに。俺たちは連中の通信を邪魔して、ホロウの中で迷子にしたくらいですよ」
「──本当に、それだけでしょうか」
柳の声色が僅かに変わった。
クラムの笑みは消えない。
「あの時にも感じましたが、千面相が使用していた高度な暗号を短時間で解析し、ホロウ内外にいた構成員の位置まで割り出す電子戦能力が、『ただの学会員』の範疇に収まるのでしょうか」
静かで透き通った紫の瞳が、クラムへ向けられる。
対ホロウ6課副課長として、数多くの犯罪者と向き合ってきた者の眼光に店内の空気が僅かに張り詰めた。
カウンターの18号が「ンナ……?」と不安そうに二人を見比べる。
クラムの表情には笑みが残っていた。
だが、丸眼鏡の奥の瞳にだけ、一瞬金属めいた冷たい色が宿る。
(まあ、そう思うよな)
あの時は速度を優先し、通信網の一端へ『枝付け』して一気に逆探知を行った。
その分、技術の出所を隠すための偽装は最低限しか施していない。
対ホロウ行動部の情報系統でさえ、千面相の人海戦術による撹乱には苦戦していた。
それがクラムたちの到着後、捜査は不自然なほどスムーズに進んだ。
さらに、本来ならリアルタイム通信が難しいホロウの内外にいた構成員まで、同時に探知している。
疑われない方がおかしい。
それでも、クラムは眉一つ動かさず、うなじを掻いた。
「いやぁ、買い被りですよ。ホワイトスター学会には優秀な人材が多いですし、俺たちがたまたま手を空けてたから呼ばれただけです」
「そうですか」
「それに千面相は人海戦術が基本ですからね。一人間抜けなヤツをつつけば、あとは芋蔓式ですよ」
前半はともかく、後半は嘘ではない。
実際、クラムが現場で通信妨害と逆探知を行ったところを、柳自身も見ている。
「……そういうことにしておきましょうか」
柳は数秒だけクラムを見つめたあと、追及を打ち切った。
今の会話だけで答えが得られるとは、最初から考えていなかったのだろう。
「野暮な探りを入れてしまい、申し訳ありません。明日のVRテストへ向けて、少し神経が過敏になっていたようです」
「VRテスト?」
「ホロウ調査協会が開発した新型システムの試験です。対ホロウ6課へ戦闘データの提供が依頼されています」
話しながら、柳は目的の棚を見つけたらしい。
巨大なサメが描かれた古いパニックホラー映画と、大衆向けのアニメ映画を数本手に取る。
「協会の広報も兼ねているため、外から見ればファンとの交流イベントに近いものになるでしょう」
「そのデータ提供には、雅さんも参加するんですか?」
「はい。協会は特に課長の戦闘データを求めています」
「そりゃあ、虚狩り級の戦闘データなんて、そう簡単に手に入りませんからねぇ」
クラムは納得したように頷く。
(星見雅の戦闘データか)
彼女がテストでどこまで力を見せるかは分からない。
それでも、その記録が手に入るのなら、『万が一』が起きた場合の対処を考える材料にはなる。
ただし、公開形式のテストとなれば、HIAやH.A.N.D以外の人間も周辺へ集まる。
六課のファンだけではない。
星見雅の力を利用しようと考える者が接触する可能性も、完全には否定できない。
だから柳は普段以上に神経を尖らせているのだろう。
(それにしても、虚狩りの戦闘データを公開環境で取るなんて、随分と思い切ったことをするもんだ)
柳は選んだビデオを抱え、カウンターへ向かう。
「見たかったものも揃いましたので、そろそろ失礼します」
18ちゃんが手際よく会計を始めた。
その途中、柳が何かを思い出したようにクラムへ振り向く。
「クラムさん」
「はい?」
「……もし何かあった時は、またお力を貸していただいてもよろしいでしょうか」
対ホロウ6課は非常事態であっても、まずは自分たちで解決しようとするだろう。
それでも柳が協力を求めたのは、千面相事件でクラムたちの能力を目の当たりにしていたからだ。
クラムは僅かに目を細めたあと、いつもの笑みを浮かべる。
「もちろん、俺にできる範囲であれば」
「ありがとうございます」
「蒼角ちゃんや、六課の皆さんにもよろしく伝えておいてください」
「えぇ、分かりました」
会計を終えた柳はビデオの入った袋を受け取り、クラムへ丁寧に一礼する。
ガラス扉が開き、涼やかな夜風が店内へ流れ込んだ。
「では、また」
扉が閉じる。
六分街の雑踏へ消えていく柳の背中を眺めながら、クラムは小さく息を吐いた。
「はぁ~、柳さんも大変だなぁ」
話の通り時系列としては特別劇場「虚ろに潜む報復劇」のあたりです。